俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第六章 それぞれの想い

第270話 在るはずの無いもの

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「夢……か、なんだか、久しぶりに見た気がするな」

 目の前に広がる白い天井を見上げながら、小さな物思いに俺はふける。ベッドで寝ることも久しく無くなって、夢を見たのも何ヶ月ぶりだろう。それに、さっきの夢に出てきた幼女、なんとなく見覚えのあるような無いような、上手く思い出せない。

 忘れてはいけないはずなのに、何故俺は彼女の事を忘れているのだろう……まっ、考えても仕方がないか。こういうのって、ひょんな事から思い出したりするもんな。

 とにかく、今は状況の確認が最優先だ。何が起きているのか、前後の記憶が全く無いし、寝起きにしても頭が痛すぎる。ふわっとした感覚に苦しめられながらも俺はゆっくり上体を起こし、痛む頭を左手で抑え……左……手? 

 ちょっと待て、なんでここに人間の手があるんだよ? だって、今の俺は剣で、そもそもここは……

 突然起きた不可思議な出来事に驚きながら、辺りを見回し俺は気がつく。

「ここは、俺の部屋だ」

 次の瞬間、ベッドを降りた俺の両足は、自然と駆け出していた。部屋のドアを勢い良く開け放ち、廊下を走り、階段を一気に駆け下りる。転けそうになりながらも、その勢いのまま一階にある浴場へと俺は飛び込んだ。

 目の前の洗面台、そこに取り付けられた鏡には、見知った顔が映っている。もう見ることもないと思っていたそれは、本当に冴えないどこにでもいる普通の男の顔。でも、うんざりするぐらい毎日のように見た、忘れようもないそれは……

「なんで……俺がいるんだよ」

 そこには、人間として生きていた頃の、俺の顔が映っていた……しかも全裸で。

 いや、俺なんだから、俺の顔が鏡に映るのは当たり前なわけで。でも、今の俺は確か剣で、人間の体があるわけなくて、顔が映っていること事態おかしいわけで……ああ、わけがわからなくなってきた!

「トオ……ル?」

 困惑する意識の中、聞き覚えのあるか細い声が、近くから聞こえてくる。その方向へ振り向くと、舞い上がる湯気の中バスタオル一枚を纏った幼女が、呆然とした表情で俺を見つめながら立っていた。

 あぁ、そうだ、俺は覚えている。彼女はシャーロット、シャーロット・リィンバース。俺の使い手であり、大切なガールフレンド。初めて出来た、俺の彼女だ。

 そんな彼女が、裸同然の姿で目の前に立っている。瑞々しい肌から滴り落ちる水の音。血流の良くなった赤い頬と健康的な鎖骨に、喉が自然と音を上げる。

 風呂上がりの彼女の姿なんて普段から見慣れているはずなのに、何故こんなにも緊張するのだろう。

 それも当然だ、この手を伸ばせば彼女に触れられる。そのための体が、今の俺にはあるのだから。

「朝から……大胆」

 少しばかり距離の近い左手が、彼女の頬へと自然と伸びていく。しかし、その手が届く直前、彼女が発した言葉に、俺は瞬時に我へと返る。そして、彼女の視線が俺の下半身に注がれていることに気づき……あまりの羞恥心に死にたくなった。

 さっきも言ったが、今の俺は全裸なのだ。当然下も例外ではなく、下着の一つもつけていない。さらに言えば、寝起きという事もあって……これ以上は口にできない。俺の尊厳のために、話したくないです! 

「わ、わるい!」

「待って……」

 大好きな人に大切な部分を見られる。それで恥ずかしいのは男も女も関係なくて、俺はすぐさま踵を返し洗面所兼脱衣所のドアノブへと手をかける。そいつを下ろし、扉を開けようとした瞬間、俺の背中には小さくて柔らかなものが、力強く押し付けられた。

 振り返らなくとも、どういう状況になっているのかは感覚だけでわかる。それぐらい、俺と彼女は普段身近に存在していたんだ。

 バスタオル越しに伝わるシャーリーの温もり、それはとても暖かくて、布一枚の存在など頭の底から忘れさせる。抱きしめられた全身が骨の芯から痺れて行き、次第に熱を帯びていった。

「いいよ……トオルが望むなら……しよっか」

 しよっか。その言葉はやけに甘美で、俺の理性を限界まで削り取っていく。

 そうだ、俺の背中にはシャーリーが居る。この世界で、一番大好きな人が居る。後ろを振り向き、彼女を抱きしめ押し倒してしまえばいい。そんな衝動に駆られた俺は、俺は……

「ごめん!」

 シャーリーの腕を振り払うと、まるで動画を逆再生させるかのように、全速力で自分の部屋へと駆け戻る。その勢いのままドアを締め、体をあずけるように力なく倒れ込んだ。

 頭の整理が全くもって追いつかない。人間の体があることもそうだが、ここは俺のいた世界で、俺の住んでいた家で、なんでここにシャーリーが……シャーロットがいるんだよ。

 こっちの世界でも彼女は美しく、素晴らしいほどきれい……じゃなくて! ふぅ……とにかく落ち着こう。

 わからない事だらけだが、とにかくこのままの格好で居るのはまずい。何故なら、もう一度この姿でシャーリーと出会ってしまったら、何もしない自信がこれっぽっちも無いのである。

 凄くいい匂いだったな―。シャンプーとかボディーソープだけでなく、体から溢れ出すフェロモンの匂いが……あーやばい、マジで押し倒したい……では無く! このままでは、本気で危ないお兄さんになってしまう。そうしたら、俺の人生真っ暗闇だ。

 とりあえず、クローゼットから学園の制服を取り出し、俺はしっかりとそれを着込む。これと言って特徴のない地味な色のブレザーではあるが、シャーリーとの明るい未来は約束されたも同然。これで彼女に押し倒される事はあっても、俺が押し倒す理由は無くなったのである。

 女の子に押し倒される自信があるのも、男としてどうかと思うけどな。

 それから一度深呼吸をし、部屋を出て、再び一階へと下ることにする。もしかしたら、シャーリーが好きすぎて幻覚を見ただけかも知れないし。

 などという、体のいい幻想は見事に打ち砕かれ、リビングではエプロン姿のシャーリーが料理を作り始めていた。そして、エプロンの下の彼女の服装を見て、俺は再び驚かされる。決して裸ではないぞ。

 シャーリーが着ていたのは、美影市学園の制服だったのだ。
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