俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第六章 それぞれの想い

第269話 少年の見る夢

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 夢を、見ていた。

 それは時々夢に見る、蒼騎士の物語。

 魔物相手に凛々しく戦う、威光溢れる少女の夢。

 けれど、いつもと様子が違う。今、目の前で戦っているのは、とても少女とは言えない、幼き姿の小さな女性。姿だけならともかく、彼女の手の内には愛用の剣すら握られていない。

 そんな彼女が森の中、沢山の魔物に囲まれている。数は十から二十。木々の奥まで見通せば、もっといるのかも知れない。それだけの魔物の大群を、幼女が一人、拳一つで倒そうとしているのだ。普通の人間から見れば、自殺志願者以外の何者でもない。

 髪の色は同じ青だが、いつもの彼女とは別人なのか? そう思っている間に、今度は彼女の思考が流れ込んでくる。突然の出来事と、頭を揺さぶられる感覚に、俺はただ流されることしか出来なかった。


「かはっ!」

 衝撃が、私の体を駆け抜ける。両足は地面を離れ、小さな体は宙を浮き、一瞬の間を挟んで背中に強い痛みが走る。

 全身は既にボロボロで、いたるところ破けたワンピースと、ところどころに見える生傷の数々が、如何に私が無謀な行いをしているのかを物語っていた。

「このっ……程度で」

 もう、立ち上がりたくない。そんな言葉で駄々をこねる自分の体に鞭打って、私は足に力を入れる。ガクガクと揺れる両足に、彼の痛みはこんなものでは無いのだぞと言い聞かせ、前方で待ち受ける魔物の群れへと、私は勇み飛び出した。

 目の前に待ち構えるは、先程私を殴り飛ばした巨大な魔物。緑の体毛を纏ったクマ、デスグリズリー。そいつを取り囲むように、ここら一帯では珍しい赤い体毛の魔狼、ガルム。更にはあの時の残党か、ゴブリンとオーガが数体、私の周りを取り囲んでいた。

 並の人間なら絶望を感じるこの状況に、今の私は歓喜すら覚えている。これだけの異径を、屠る快楽を与えてくれるならそれも良し。もしも私が負けるのならば、私が彼に与えたと同様の、死すらも生温い痛みを味あわせて見せろと、心の中で、目の前の彼らに懇願する。

 理不尽なまでのこの願いを、彼らは理解しているだろうか? もし、していたとしても、黙って負けるつもりはない。正々堂々戦い抜く、それが自分に課せた、私の戦いの流儀だ。

 右手に魔力を集中させ、光り輝く拳をグリズリーの鼻先へと全力で叩き込む。しかし、相手もただではやられない。クマの伸ばした鉤爪を、私の体は避けきれず、左の脇腹に焼けるような痛みが広がっていく。

 嬉しかった。彼と同じ痛みを共有できているようで、自然と頬から笑みがこぼれてくる。右手に感じる骨の砕ける感覚も、血が蒸発していく温かさも、私を昂みへと押し上げた。

 いい感触だと舌舐めずりをした私は、飛びかかった勢いのまま体を捻り、グリズリーの胴体へと回転後ろ蹴りを叩き込む。

 あまりの体格差と質量に、私の左足が悲鳴を上げるが、気にせず力いっぱい振り抜き、三メートル近い巨体を遠方へと吹き飛ばす。

 しかし、着地と同時にバランスを崩した私は、背中から倒れ込みそうになる。このまま尻もちをつけば、他の魔物たちから狙い撃ち。いくら私の体が普通の人間より頑丈にできていても、今の精神状態なら間違いなく死ぬだろう。

 その刹那、私の大好きな彼の笑顔を思い出し、アキレス健を潰す勢いで左足へと力を込める。強引に体を踏ん張らせたものの、痛い、痛い、痛い! ……痛いはずなのに、私の顔はやはり笑っていた。

 脳裏を掠めた彼の姿と、頭へと伝わる激痛が繋がって、悦楽的な快楽となり私を深く喜ばせる。これがトオルの痛み、彼が受けた痛みの片鱗。それがたまらなく気持ちよくて、私をどんどんおかしくさせる。

「もっと、もっと」

 もっと痛みが欲しいと、私の心は昂ぶり、彼の千分の一でもいいから懺悔の苦しみを与えられたいと、私の頭の中は発狂した。

「もっと私を楽しませなさい!」

 懐かしい、これが私の、あの人と出会う前の私の姿。来るもの全てをねじ伏せる、殺戮の天使。

 ある者からは、震えた瞳で恐怖され、ある者からは、化け物だと罵られる。殺せば殺すだけ士気は上がり、私を避ける人は増える。それでも国のためと、剣と拳を私は振り続けた。そこには、小さな笑顔があったから。

 子供達の笑顔、私に称賛を送ってくれる数少ない人達。そして、いつでも私を褒めてくれたお父様のために。振るって、振るって、奮わせて、その先に待っていたのは……廃墟と地獄だった。

 そんな事を考えながら、来るもの全てを殴り倒し、今日もまた、私は生き残ってしまう。

「……くだらない。こんな私も殺せないようじゃ、生きてる価値なんて無いわよ」

 両腕から滴る血の雨。心の中に溜まった膿を、私は毒のように口から吐き出す。これが私の本性、大好きな彼には見せられない、汚らしい自分の姿。

 全身傷だらけの、こんな体で言えたものでは無いが、今の私にとって、生きているという状況以上に生温いものは無かったのである。

 それでもこれで、街の近くは安全になるはずだ。バルカイトの報告以来、魔物の数は日に日に増殖し、どこもかしこも冒険者だけでは手に余るようになっていると聞く。

 当然、国民が危険にさらされる場面も多くなっていて、ひどい惨状もいくつか見てきた。私の力で少しでもそれを減らせたならば、この行為にも意味はあるのだろう。意味はあるのだろうが……虚しい。何もかもが、虚しく感じてしまう。

「あの人が居たら、褒めてくれるのかな?」

 いつもの癖で、右手を首の後ろへと回してみるが、そこに有るべき者はなく、握りしめた手の平は、只々空を切るだけだった。

 それでも私は認めたくなくて、彼を抜くようにその手を戻すと、まるでそこに居るかのようにあるはずのない刀身を、私の細い両腕で力一杯抱きしめる。

「このままじゃ私、耐えられないよ。トオル」

 感じられない温もりを、自分の体で補って、呆けた顔で天を仰ぎ、そして私は涙した……


 そこで彼女の意識は途絶え、体の自由が戻ってくる。

 それが、今の彼女の思い。俺が夢を見れなかった間に、とても悲しい出来事が彼女を襲ったのであろう。全く、俺と同じ名前の誰かさんは、一体何をしていたのだろうか。こんな可愛い子を悲しませて、最低じゃないか。

 絶望に染まった彼女を助けたい。しかし、俺は夢の中の住人ではないのだ。どれだけ必死に手を伸ばそうと、この手は彼女に届かない。

 いたいけな幼女の流す大粒の涙を眺めながら、まばゆい光に包まれ、俺の意識は覚醒した。
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