俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第五章 もう一人の剣

第266話 偽りの聖剣

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「お嬢! こいつを受け取ってくれ!」

 バルカイトの右手から黄金の剣が、シャーリーの左手へと投げ渡される。剣から発せられる圧倒的存在感、これこそが光の聖剣カリバーンの証。

 模造とは言え、これ程の完成度。やはりバルカイトは、世界一の刀匠だ。

「こいつなら、同一性相対肢には当てはまらない! 二つの体が混ざり合っても、お前はお前でいられるはずだ!」

 同一の存在が混ざり合うと、どちらかが消えてしまう。ドッペルゲンガー的な仕様を、バルカイトは危惧してくれていたようで、それで迷っていたわけか。

 けど、これで勝利の方程式は決まった。後は俺の全てを、目の前のあいつにぶつけるだけだ! 

(さぁ行こう! 俺達皆の力で、霧崎を倒すんだ!)

 だと言うのに、彼女は両手の剣を見比べながら、何かに戸惑うようにその場で立ち尽くしてしまっている。

「トオル。私は、大丈夫だから……だから!」

(足元ふらつかせながら言う台詞じゃないだろ?)

 彼女もまた、俺の事を心配してくれているけど、もう時間がない。俺だって、シャーリーの限界が近い事はわかっているんだ。

「そう、だけど。でも、ならトオルだって。トオルは、大丈夫なの?」

(心配すんなって、大丈夫だよ。どっちにしろ、このままじゃ俺達に勝ち目はねぇ。だったら、俺がやるしか無いじゃねーか。だろ? 俺は、お前を護る剣なんだ。シャーリー、俺を信じてくれ)

「……わかった。貴方の言葉、信じるからね!」

 決死の思いに答えた彼女は両目を見開くと、二本の剣を地面へと突き立てる。そして、二度目のディアインハイトの詠唱を終えた時、俺の体は真なる聖剣として彼女の目の前に降臨した。

 一回り巨大になった体は黄金に彩られ、存在感あふれる肉付きの良い体型は鋼の力で全てを粉砕する……と言っても、あくまで剣の中での話だが。

 これが正真正銘最後の奥の手。俺の中にある、本当のエクスカリバーのイメージ。

 偽物であるエクスカリバーと、英雄王のもつカリバーン。二つのカリバーが融合した姿。デュアルエクス……いや、デュアルカリバー。

 この聖剣に切り崩せぬもの等、ありえない! 

(なかなか、強そうな見た目になったじゃねーか徹。それでこそ、待った甲斐があるってもんだ。さぁ、打ち込んでこいよ! 今まで通り、全部俺が吸い取ってやるからよぉ!)

 俺から溢れ出る莫大な魔力の量に興奮したのか、発情期の犬のようによだれを垂らす霧崎。しかし、その余裕もこれまでだ。俺達を本気にさせたこと、これから後悔させてやる。

「私の全てを貴方に捧げるわ。いくわよ、トオル!」

(あぁ、俺達の全力で、運命を切り開く!!)

 地面から俺を引き抜くと、彼女は両手で柄を持ち、正面に構える。そして、俺の魔力を束ねるための詠唱に入った。

「内に秘めたる聖なる力は、我が剣に殉じる」

 俺の力も体も全て、ただの偽りなのかもしれない。

「その身に宿すは純然たる願い。顕現するは冷厳なる勇姿」

 それでも、皆のおかげでここまで来ることが出来た。仲間のおかげで、俺は成長することが出来たんだ。その恩に報いたい。

「我は祈り、我は従う。折れぬ闘志、繋がる想いを力に変え、我は汝を解き放たん」

 天道にスクルド、バルカイトにシャーリー。皆の思いの詰まったこの一撃で、奴との戦いに決着を着ける。これからも、皆と歩み続けるために! 

神聖使者セイクリッドシャーロット・リィンバースの名において、世界に害為す全ての咎を、神をも屠るその力で、一刀のもとに破砕せん!」

 彼女の口上が終わると同時に俺の体は天を突き、雲を斬り裂く勢いで急速に光剣が空へと伸びる。それと同時に、彼女の背中から実態を持った白い羽根が舞い上がり、雪のように辺り一帯へと優しく降り注いだ。

 真の聖剣と化した俺の魔力によって、セイクリッド本来の姿を彼女は取り戻したのである。

(おいおい、マジかよ)

 首が九十度曲がるほど見上げても、地面からでは剣先を確認できない巨大な刃に、然しもの霧崎も焦りの色を隠せない。この光の直撃をくらえば、奴の体がどうなるか、想像に難くないだろう。

 だが、謝ってももう遅い。シャーリーの受けた心の傷、一千万倍にして返してやる! 

「自幻流奥義、一の太刀十三節、収束するシュベルト・光のシュトラー・断罪剣レンビュンデル!」

 振り下ろされる刃と共に、高層ビルと見間違うほど巨大な光が、ゆっくりとグラシャラボラスの頭部へと引き寄せられていく。

(さあ、このデュアルカリバーの最大出力、受けきってみ・や・が・れえぇぇぇぇぇぇ!!)

 周囲の木々を吹き飛ばし、目の前にある全てのものを消滅させると思いきや、聖なる光はグラシャラボラスの頭の上で、霧崎の刃に受け止められる。

(くっ! けどな、受け止めちまえばこっちのもんよ! てめぇのその力、俺がたっぷり吸い取って、王女様諸々、全員まとめて食らってやらぁ!)

 今までの俺ならば根こそぎ魔力を霧崎に吸い取られ、死の淵を彷徨うところだが、光剣の勢いは衰えることなく、グラシャラボラスの前頭部へと霧崎の体を押し込んでいく。

(ぐあっ! 馬鹿な! 魔力が、吸いきれねぇ! 体が、刃が、俺がぁ!!)

 俺の刀身から発せられる圧倒的魔力の総量に耐えきれなくなった霧崎の体は、反発と共に弾け飛び、無防備になったグラシャラボラスの頭の先から股下まで、光の刃が一刀両断、その巨体を真っ二つに斬り裂く。

 地面へと叩き込まれた光の魔力は炸裂し、衝撃が魔神の両半身を呑み込むと、塵一つ残さずこの世界から姿を消す。

 ……勝った。遂に俺は自分自身に打ち勝ち、男としての壁を初めて乗り越えたんだ。

 人間として、意地でも負けられない戦いを勝利で飾り、言いしれぬ達成感と高揚感に包まれるが、これで終わりじゃない。静かに横たわる、目の前の剣をなんとかしないとな。

「剣を壊すのは、少し気が引けるのだけど……いいわよね? トオル」

(あぁ、頼む)

 この一撃を振り下ろせば、本当の意味で霧崎との戦いに終止符が撃たれる。シャーリーにとって、意思ある武具の存在は、俺を含め、とても思い入れのあるものだとわかってはいるけれど、ここでこいつの息の根を止めなければ、誰かが傷つき、誰かが死ぬ。

 こいつを殺すことで、俺はまた大きな咎を一つ背負うであろう。それでも、皆がいてくれる。シャーリーがいてくれるから、俺は前に進めるんだ。

 一瞬の静寂をはさみ、俺の体が振り上げられた直後、突然目の前に見知らぬ人影が躍り出る。

「ちょっと待った! この剣を壊させるわけにはいかないんだな、これが」

 機敏な動きで霧崎を右手に収め、瞬時に左手を突き出し、シャーリーの動きを制した男は、忍者のような風貌で俺達の前に立ちふさがる。

「……黙って、その剣を地面に置きなさい。さもなければ、それごと切り捨てるわよ?」

「待て、待てって。俺はコイツを回収しに来ただけだ。お前さんがたと殺り合う気はねぇよ。ったく、話に聞いてた以上に、血の気の多いお嬢さんだ。あんたの相方、それ以上無理させる気かい?」

 シャーリーの向ける圧に屈さず、霧崎を守ろうとする男。次の瞬間、限界を迎えた俺の体内からカリバーンが放出され、俺の体は偽物のエクスカリバーへと戻ってしまう。

 俺の構造を理解していると言うことは、恐らくこいつも魔神の一柱だ。

「……いいわ、見逃してあげる」

 そして、彼女は俺を静かに下ろすと、目の前の男を睨みつける。

「そうかい、そいつは恩に着るぜ」

「その代わりと言ってはなんだけど、あなた達のボスに伝えておきなさい。どんな手段を使おうと、あなた達には屈さない。必ず、この国を取り戻して見せるってね」

「了解しましたよっと。じゃあな!」

 油断ならない男ではあったが、あっさり引いてくれたのはこれ幸いだ。それに、もう一戦できる自信は流石にない。こんなに魔力を放出したのは、生まれて初めてかな。後でバルカイトに、きっちり整備してもらわないと。

「とりあえずきりぬけた、って感じね。全く、貴方はいつも無茶しすぎよ。けど、ありがとねトオル。貴方がいなかったら私、本当に……」

(気にすんなよ。これが、俺の役――)

 急速に視界を揺さぶられたのはその時だった。数十キロの重りを背負わされたように突然体が重くなり、目の前がぼやけて視点が定まらなくなる。極限状態を脱して、気が抜けたのかな? 

「トオル、だいじょうぶ?」

(あ、ああ)

 だんだん視界が狭くなってきて、体の感覚も……どこだ?

(シャーリー? シャーリー、どこに、いるんだよ?)

「トオル? トオル! 私はここよ、目の前に、あなたの目の前に居るわ!」

 耳も遠くなってきて、上手く聞こえない。でも居るんだな、目の前に居るんだな。

(そっか、よかっ)

 ピシッと、何かがひび割れるような音が、近くから聞こえてくる。ああ、そうか、俺はもう……

 それでもまだ、彼女と話していたくて、何とか声を振り絞る。

(た)

 でも、それが限界で、その一文字が限界で、次の瞬間、俺の体と精神は……まっぶたつに、砕けて散った。
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