俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第五章 もう一人の剣

第264話 男の意地

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(ハハッ! 勝ったのは、やっぱりオレの方だったな。これでわかったろ? 所詮お前の考えは偽善なんだよ。勝てば官軍、負ければ賊軍。それがこの世の理ってやつなのさ!)

 霧崎の斬撃は俺の刀身を捉え、光の衣を剥がすと同時に、表面に小さな傷をつける。魔力を吸われた俺の体からは生気が失われ、痺れるような感覚に全身が気だるく、意識が朦朧となる。

 完全にしてやられた。まさか、ここまで実力に差があるなんて……

(ちゃんと手加減はしてやったぜ? だからよ、まだ立てんだろ? それとも、黙ってこのまま王女様を差し出すってんなら、丁重ていちょうにおもてなししてやるぜ? お前、含めてな)

 勝てないのか? 俺達の正義ちからじゃ、欲望まみれの霧崎のちからに勝てないってのかよ? 

 弱者はひざまずき、口先だけの自分勝手が一番得をする世界。自分は選ばれた存在だなんて平然と言える、一部の上級民族だけが生き残るような世界で、本当に良いのか? 

「……トオル、ここは――」

(因みに、逃げようとしても無駄だぜ。本気のグラシャラボラスの足は、新幹線の速さと同じ……って、こっちの世界の人間にゃわかんねえか。そうだな……七倍の速さで走る軍馬だと思ってくれや。いくら姫さんが瞬間的に音速や高速を越えようと、継続的に襲いかかる三百キロの化物から逃げられるなんて、思わねぇだろ?)

 彼女の背中に襲いかかる、絶望的な霧崎の言葉の圧。苦虫を噛み潰したようなシャーリーの表情から、ここは一旦逃げるべきだと考えていたことが伺い知れる。

 くそっ、俺がもっと強かったら……それ以前に、この体が彼女の得意とする細剣であったのなら、負けることすら無かったのかもしれない。

「……そうね、私の――」

 けれども、後悔に打ちのめされている場合じゃ無い。今は立ち上がって、あいつらを倒すんだ。

(まけ、られねぇ。みとめる、わけには、いかねぇ)

 このまま負けを認めて、彼女を霧崎なんかにわたすものか。毎日のように体を切り刻まれ、絶望に染まるシャーリーの表情や、完全に屈服した姿なんて見たくねぇし、させてたまるかよ。

「バカ! そんな体で戦えるわけ――」

(いいから黙ってろ! 俺は、俺はまだ、やれる)

(あー、徹くん? 王女様泣いてるんだけど、君の理念に反してるんじゃないかなぁ?)

 くそっ、奴の一言一句がいちいちかんに障る。正論ぶってるところが、余計に腹立たしい。しかも、戦い始めてからずっと、にやけ面を維持しやがって……お前から見て俺は、そんなに弱いかよ? 笑って戦えるほど、俺達なんか余裕だって言いたいのかよ、畜生。

「トオル、無理、しないで。私のためなんかに無理、しないでよ」

 弱りゆく俺の刀身からだを、抱きしめたくても抱きしめられない。そんな彼女の感情が、震える両手から痛いほど伝わってくる。

(だい、じょうぶだ。おれは、まだ、やれる!)

 それでも俺は止まらない。今ここでシャーリーの涙に屈したら、彼女はそれ以上のものを失ってしまう。それだけは絶対に駄目だ。

 彼女の口から、霧崎様のするどいもので、かんぜんはいぼくしちゃうのぉぉぉぉっ! なんて言葉を聞くぐらいなら、このまま戦って死んだほうがマシだ。

(頼む。ここで諦めたら、俺は一生後悔する。だから!)

 大切なものを守りたい。その、純粋なる願いが俺の心を奮い立たせ、力を与えてくれる。世界は理不尽で、暴力の塊だけど、シャーリーの笑顔だけは守り通す。この誓いだけは絶対に、守り抜くんだ!

「……わかったわ。ここからは、トオルのための戦い。私がトオルの体になる!」

 俺の決意は彼女に伝わり意を決したかのように頷くと、シャーリーは振り向きグラシャラボラスへと向き直る。

(そうこなくっちゃな。第三ラウンド開始だ。お互い、泣き叫ぶまで、たっぷりと楽しもうぜ!)

 霧崎の掛け声と共に、再開される死闘。再び刀身に光を纏わせたシャーリーは、先程よりも華麗にステップを踏み続ける。そんな彼女に、グラシャラボラスは付いてこられず、斬撃を当てることが出来ない。

 しかし、状況は一方的で、何故か俺達は、霧崎の剣捌きに追い詰められていく。奴の隙を見つけだそうと、彼女がどれだけ必死になっても、好機は一切見えてこない。

(シャーリー! 俺のことは良いから打ち合え!)

「でも、っく! そんなことしたら、トオル、っつ! が!」

 それもそのはず。こんな状況でさえシャーリーは、鍔迫り合いを一切行わずに相手を斬りつけようと、無茶な行動を繰り返し続けている。

「っつぅ! はっあん!」

 そして、遂に彼女の動きは捉えられ、霧崎の刃に脇腹を掠められてしまう。魔力を吸われ、彼女の体にも電流のようなものが走ったのだろう。彼女は甘い悲鳴を上げ、一瞬だけ動きを止める。

 大きくなったその隙を、霧崎が見逃すわけもなく、渾身の力を込めた一撃を、シャーリー目掛け魔神は振り下ろした。

(シャアァァァリイィィィィ!)

 この状況をやむなしと思ったのか、俺の絶叫も相まって、ついに彼女は俺と霧崎を打ち合わせる。しかし、それも一瞬で、相手の刀身を受け流すと、勢い良く後方へと彼女は飛び退いた。

 守ってばかりでは勝てないとわかっているはずなのに、彼女は俺を意識しすぎるあまり、本来の動きが出来ていない。俺はまた、彼女の足を引っ張っている。

 ただ、打ち合えとは言ったものの、今の一撃で刀身のフレームが何本か逝ったようだ。人体で説明するなら、肋骨を数本持って行かれたらしい。たいした痛みは無いが……やばいな、視界の方が歪み始めてきてやがる。このままジリ貧を続けたら……確実に負ける。

 けど、どうする? こいつに勝てるビジョンが見えねぇ。やっぱり俺なんかじゃ、俺みたいなグズじゃ何も出来ねぇっていうのかよ! 強いものに巻かれて、食いつぶされることしか出来ねぇのかよ……

(あぁ、いいぜ、いいぜ。たまんねぇよなぁ! お前らの、その絶望的な表情! 俺様の力にひれ伏して、養分にされるしか道がない。何も出来ない、折れる手前のギリギリの瀬戸際。そそるねぇ、そそるそそる! 姫さんもよ、さっきの表情、凄く良かったぜ。今まで殺してきた中で、あんたが一番最高だ。だからさ、壊してやるよ。その反抗的な目を、恐怖と快楽で従順に塗り替えてやる。ふおぉぉぉぉぉぉ!! 想像しただけで達する! 達するぅ! 俺の至福が満たされて、お前達が絶望で壊れていく。なんて最高のギブアンドテイクだよ! 今の瞬間だけ、俺を生んでくれたことを感謝するぜ神様とかってやつよぉ!)

 俺の精神を蝕む耳障りな笑い声。理不尽すぎる霧崎の発言と、この危機的状況に、俺の中で何かが壊れ、弾け飛んだ。

(おい、霧崎。何勝手なこと言ってやがる)

(……あぁん?)

(誰がてめぇの養分だって? 誰がてめぇにへえこらするだけのクソザコナメクジだって? 冗談も大概にしろよ)

「……トオル」

 両目を見開くシャーリーの表情に、心苦しいものを感じるが黙っている訳にはいかない。俺にだって、怒りに我を忘れたくなる時ぐらいある。

 大好きな彼女が馬鹿にされているんだ。ここで何も言い返せなきゃ、男じゃねぇ。

(確かに俺は、人生損してると思う。おまえと違って自分の欲に逆らって、嫌われたくないって優しさを振りまきながら、肝心な時には何も出来ねぇとんだ甲斐性なしだ。そこに不器用とウスノロを足しても良い。しかも、二次元の嫁にブヒブヒ言う変態と来たもんだ。情けねぇよな、救いようがねぇよな。だから嫌いだよ、こんな自分が俺は大嫌いだ。けどな、一つだけ、本当に一つだけ、自分がこんなダメ人間で良かったって思うことが、今見つかった。そいつはなぁ、他人を傷つけて悦に浸る、てめぇみたいな最低のクズ野郎としてこの世に生まれてこなかったことだよ!)

 今の自分の発言が、目の前の最低と同レベルであることは理解している。それでも、もう止められない。ここで死ぬと言うのなら、全ての鬱憤を、あいつ目掛けてぶつけてやる。

(だからさ、てめぇにだけは負けられねぇ。いくら偽善と罵られようと、社会不適合者とさげすまれようと、人を人とも思わないてめぇらみたいな人間のクズに、俺は負けられねぇ、負けられねぇんだよ! こんな俺を信じて愛してくれた、大切な人達のためにもなぁ!!)

(……そうかよ。なら、次の一撃はお前らにくれてやる。いくらでも待っててやるからよ、納得のいく攻撃でくれば良い。その代わり、文句は言わせねーぜ。次で、俺を仕留められなきゃ、王女様がどうなるか、わかってるよなぁ、徹?)

 圧倒的不利な状況にも関わらず、この体が全てを左右する。俺の全てを掛け、根こそぎ魔力を放出しても奴に勝てるかわからない。

 それでも、やるしかないんだ。後悔のない人生を……いや、剣生を、今度こそ俺は送りたいから。 
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