俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第五章 もう一人の剣

第263話 笑顔の価値は

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(魔法ってのはな、言い換えれば呪いなんだよ。誰かを殺してやりたい、そういうまじないの気持ちが、俺達を強くするんだ)

(……何が言いたい)

(いやー、一度言ってみたかったんだよなぁ、こういう台詞。漫画とかアニメってのも、意外と悪くね―よな。よくわかんねーけどよ)

(真面目に答えろ)

 どこかで聞いた事のあるような台詞を、得意げに語りだす霧崎のいい加減さに、苛立ちが募っていく。奴の真意がどこにあるのか、考えるだけ無駄なのかもしれないけれど、性格上、言葉の意味を探ってしまう。

 それもこれも、奴の計画通りなのかもしれないが、自分がそういう人間なんだと改めて痛感させられた。

 それに、彼女と俺が釣り合わないのは、自分が一番良くわかってる。それでも、霧崎の訳のわからない理屈に踊らされるのだけは、我慢ならなかったのだ。

 しかし、奴の次の発言に、俺は衝撃を突きつけられる事となる。

(なぁ、徹。異世界転生に喚ばれる人間の条件って、何かわかるか?)

(さぁな、俺にわかるかよ)

(それはな、元の世界で不幸を感じて生きてきた人間なんだよ)

 霧崎の言葉はとても残酷で、心の底から震え上がったけれど、心理を突いているようにも感じられた。現に俺も、向こうの世界には、多大な不満を持って生きて来たからな。

(ただな、第二の人生を幸せに送ってほしいとか、そんな甘っちょろい事を神様は思っちゃいねぇ。思っちゃいね―のに、何で異世界から俺達が召喚されるのか? その理由が魔力だ。負の感情が大きい程、魔力は強く高純度に精製される。即ち、呪いの強さに応じて、俺らは召喚されてるってわけよ!)

 けれど、それが何だと言うのだ。例え、不幸が引き金でも、こうして俺達は俺達なりの幸せを掴んでいる。

 仮に、霧崎の言葉の全てが真実だったとしても、俺と彼女が釣り合わない理由としては弱い。俺の黒い部分は、彼女に全部見せているからだ。

(てーっことはだ。俺達に何が求められてると思う? 結局のところ俺達は、使いっぱしりの兵隊なんだよ。どこまで言ってもな。考えても見ろよ? この魔力で何が出来る? こんな力の塊、破壊するぐらいしか使い所がねーじゃねーか! しかも、不幸であれば不幸であるほど力が増すと来たもんだ! なら、壊すしかねーよなぁ! 自分の理念に反するものを、この力で全て壊せって、神様は言ってんだよ!)

 奴の話に共感できる部分もある。だが、それを決めるのは奴じゃない。例え、この力が負の産物だとしても、どう使うかは、俺達自身が決めることなんだ。

(だからよぉ、徹、お前はもっと強くなれる。くだらない理由とは言え、世界に絶望したお前なら、もっともっと強くなれるのさ。さぁ! 開放しようぜ! お前の中の怒りを! 敵意を! 全て解き放って、最高に幸せになろうぜぇ!!)

 とは言え、俺の中にある全ての闇を解き放てば、誰にも負けない力が手に入ると言う提案もまた魅力的に感じる。心の底からそれを願い、魔剣にまで俺が堕ちれば、彼女は一生安全なのだろうか?

(なっ? そういうやつなんだよ徹は。王女様とは、ぜん! ぜん! 釣り合わないだろ?)

 自分の中にある、捨てきれない負の感情。世界を、呪い殺したくなるような自分に彼女の隣りにいる資格があるのかと、再び心が揺らぎそうになる。

 彼女の気持ちはわかっているつもりだ。それでも、客観的に話を聞いて俺を嫌いにならないかと、不安で不安で仕方がなかったのだ。

「心に闇を抱えることの、何がいけないのよ」

(あっ?)

「さっき、あなた言ったわよね? 私のこと、私利私欲だって」

(あぁ、言ったぜ? それがどうした?)

「それが普通なのよ。人間、必ずどこかに、闇を抱えているの……私はトオルが好き。だから、アサミには負けたくない。それに、あなたの言葉が正しいと言うなら、トオルと釣り合わないのは私の方。私だって、あなたと同じで、たくさん殺して来たもの。それでも、彼は私を選んでくれた。私を好きだって言ってくれたの。彼が今でも黒い何かを抱えていて、それに押しつぶされそうになっているのなら、私が彼の希望になる。生きるための希望になる!」

 嬉しかった。あまりの喜びに、滝のように涙が溢れ出そうになる。

「そのためには、私は王女でなくちゃいけないの。彼が私の騎士であるように、私も彼の騎士でありたい。彼が私を求める限り、私は彼の、彼のための姫騎士であり続ける」

 心配なんてしなくて良いんだ。彼女はいつだって、俺の隣りにいてくれる。だって俺達は正真正銘、心の底からの相棒パートナーなのだから。

(ははっ、ほんと、ばっかじゃねーのお前ら。何が騎士だよ、詭弁と茶番とおままごと並べやがって。そんなに良い子ちゃんでいたいかよ? 俺と同じ、殺ししかできないお姫様がよ~)

「そうね。私は、戦うことしか出来ない、ただの野蛮なお姫様。それでもね、彼の隣りにいたいと願う。だから、誰かを守るために、この力を振るうの。胸を張って、彼の側にいたいから」

 だから俺も、全力で応えよう。今はこんな体だけど、彼女の側にいれるよう、胸を張って前へと進むんだ。

(くだらねー、ただの人殺しが何を――)

「違う」

(ああっ?)

「私は人を殺さない。魔を祓い、神を殺すもの。人に仇なすモノを喰らう、それが私達、神聖使者セイクリッド

(わけわかんねー! それこそ殺しを正当化してるのは、あんたらのほうじゃね―か)

 俺にはわかる。シャーリーのこれは、自らに対する誓いだ。

 世界の条理を破壊する者達から人間を守る。彼女はまさしく、この国を護る女神であり、王女様なのだ。

「言ったでしょ。誰かが泥をかぶらないといけないって……今の私には、それしかできないから。だから! この世界と、トオルに害をなすのなら、神様だって殺してみせるわ」

(こりゃ、本物の屑だ! 俺の比じゃねぇ! おもしれぇ、おもしれーよ徹!)

 戦いを遊びと捉えている霧崎には、彼女の高貴な気持ちがわからないのであろう。全てを国に捧げようとする王族としての覚悟が。

 この戦い、絶対に負けられない。彼女の名誉のために、俺は絶対に奴を超えて見せる!

(ならさ、最後にもう一度だけ聞いてやるよ。徹? てめぇの生きる理由はなんだ?)

(それは、シャーリーを守るため――)

(そうじゃねぇ。てめぇが何をしたくて、何を見たくて、この肥溜めみたいな汚い世界で生き続けたいと願うのか、そう聞いてるんだよ)

 これ以上の問いかけに意味など無いというのに、何故か会話を続けようとする霧崎。それに律儀に答えてしまう俺も俺だが、口でも体でも、奴に負けてはいけないと思ったのだ。

(俺は……俺はシャーリーの笑顔が見たい。彼女が幸せを感じられる手助けがしたい。そして、俺に関わった女の子達が、皆幸せで、笑顔でいられるように――)

(ああ、くっせぇ、くっせぇ。虫酸が走る。ただまぁ、それがお前が笑顔でいられる瞬間ってやつなんだろ?)

(あ、ああ)

(なら、俺が笑顔になれる瞬間ってやつを教えてやるよ。それはな……人を斬った時だ。刃から伝わる肉を切り裂く瞬間の、あの埋もれていく何とも言えない感覚。臓器を潰した時のプチプチうねうねした気持ち悪さ。そして何よりも、恐怖に歪む表情がたまんねぇんだよ。特に女の、あの可愛らしいお顔がいびつで不快なまでにネジ曲がった瞬間。ぞくぞくしすぎて、俺にとっては最・高! のエクスタシーなんだよ)

 もう、何度目だろうか? 呆れるぐらいに、こいつを許せないと思ったのは。

 世の中には、どうしようもなく天の邪鬼あまのじゃくな奴がいて、相手を困らせる事に生きがいを覚える人間がいる。自らの欲望に全てを委ね、何者からも話を聞かない裸の王様。同じ人間として、何故そんなにも同族を傷つけられるのかと、心が痛む。

(わかるか? やってることは一緒なんだよ。お前が自分の笑顔のためにおせっかいを焼くことと、俺が自分の笑顔のために人を殺すこと。それは手段が違うだけで、本質は一緒なんだ。自分の幸せのため、所詮は私利私欲なんだよ! 人間の生きる意味なんてやつはな!!)

(……なら、試してみるか? 俺の笑顔とお前の笑顔、どちらが正しいのか)

 霧崎の挑発に乗る必要なんて無い。そんなことはわかっている。それでも、シャーリーの幸せが人殺しと同じと言われることに、我慢ならなかったのだ。

(いいぜ、こいよ徹。全てをかけてかかってきな)

 次の一撃で勝負が決まる。俺が何も言わなくとも、シャーリーは俺を構え、霧崎達と相対する。

 純粋な剣捌きと、心の強さが勝敗を分けるこの戦い。

 両者ともに睨み合い、茂みの中で何かが動いた瞬間、一人と一匹は全速力で相手に向かって駆け出す。

 技には一切頼らない、彼女の全身全霊をかけた一撃。姫騎士と魔神が交差し、振り下ろされる聖剣と魔剣。勝ったのは……

(っつ! ぐはぁっ!!)

「!? トオル!!」

 禍々しい程に黒光りする、霧崎の刃だった。
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