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第五章 もう一人の剣
第262話 苦悩と焦り
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(今のは、ちょーっと危なかったぜ)
シャーリーに使われている俺自身でさえ、彼女の剣戟の全てを見切れている訳では無いというのに、感覚だけで神速の七連撃を凌ぎ切る霧崎は、やはり戦いの天才であると言える。
(けどな、悪い。こっちも完成したわ)
そんな天才の体は、今の連撃を受け止めたことで、禍々しい輝きを放ち始めた。
そして、不敵な笑みを浮かべた霧崎の刀身は、黒々とした圧を纏い俺達へと迫ってくる。
(オラオラオラ! 避けてるだけじゃ、話になんね―ぞ!)
お互いが剣同士で斬り結んでいるというのに、一切つばぜり合いを行わないというでたらめな攻防が続く。
正確には、こちらが拒否し続けているだけなのではあるが、霧崎のエナジードレインが発動した今、まともに戦うのは愚策。奴の斬撃を極力避けなければ、こちらに勝機はありえない。
「大丈夫よ、トオル。これ以上、貴方を傷つけさせたりしないから」
しかし、これだけの動きを実現するためには、それ相応の精神力と体力が必要になる。如何にシャーリーと言えど、そんな状態が長く続くわけもなく、彼女の動きに少しずつ粗が見え始める。
「ッツ!」
そして、霧崎からの攻撃を避けること数十回目、遂にシャーリーの右足を、奴の刃が掠めてしまう。
(かぁぁぁぁっ! やっぱ、うめぇよこの女。なぁ徹? 俺にくれよ? 他にもいんだろ、女なら二人。そっちで良いじゃねーか?)
(ふっざけんな! シャーリーを、てめぇなんかに渡すわけねーだろが!)
人間離れした彼女の体力をもってしても、魔神のスタミナと霧崎の斬撃の精度には敵わない。それでも、負ける訳には行かない。女性を物のように扱う最低の屑に、彼女を渡すわけには行かないんだ!
(おー、怖い怖い、ちゃんと丁寧に扱ってやろうってのに。殺しゃしねーよ。毎日ギリギリまで吸って、その綺麗な体、楽しんでやるからよ。あんただって、ほんとはしたいんだろ? あんだけ気持ちよくぶっ飛んでんだからなぁ!)
既に勝負は決まっているとでも言いたげな霧崎の余裕の態度に、頭の中が沸騰して冷静でいられなくなる。しかも、彼女を淫乱だと決めつけるような物言いに、俺の怒りは限界だった。
今の俺では、男として彼女を満足させることは出来ないのかもしれない。それでも、女性を弄んで何が楽しい? そんな、汚らしい目で彼女を見るな。
「負けられない」
(あっ?)
「負けられないの。あなたにも、アサミにも。私は……負けられない!!」
悪逆非道の限りを尽くそうとする霧崎に対し、怒りを顕にしたシャーリーは、悪鬼羅刹の形相でグラシャラボラスへと斬りかかる。
襲い来る霧崎の刃を、際どい所で回避しながら突き進んだシャーリーは、グラシャラボラスの右足を、やっとの事で切り抜ける事に成功する。
しかし、魔神の足へと刻み込んだ傷は浅く、後方に回り込んでしまったことから相手の後ろ蹴りをもろに受けてしまう。
「がぁっ!!」
(シャーリー!)
華奢な体を吹き飛ばされ、木々の生え揃う場所まで滑り込んだシャーリーは、背中をのけぞらせながら激しく悶え苦しむ。
普通の人間なら致命傷。内臓が破裂し背骨は砕け、その衝撃で彼女は既に死んでいるはずだ。
(ちっ、やっちまったか。おい、グラシャラボラス。てめぇは勝手に手ぇ出すなって、前から言ってんだろうが? アイツ殺したら、俺がてめぇを殺すぞ? いや、俺が殺らなくても、ご主人さまに殺されちまうかもなぁ!)
(シャーリー? シャーリー!)
「……くっ!」
だが、彼女は普通の人間ではない。セイクリッドの治癒力は、人間の不可能を可能にする。
彼女の体は内臓を治療し、砕け散った骨を強引に繋げると、表面上は無傷で立ち上がる。吐血こそしたものの、彼女は一瞬で致命傷の一撃から持ち直したのだ。
「だい、じょうぶ。まだ、やれ……げほ! ごほ!」
けれど、あくまでそれは表面上のこと。彼女の体内が、ボロボロである事には変わりない。これで背中はほとんど動かず、激しく動けば内蔵を傷つけ、今のような吐血と共に再び動きを止めるだろう。
彼女は強いが万能ではない。その事は、近くで見てきた俺が一番良くわかってる。
(今ので平然と生きてるとか、たまげたねぇ。戦姫様は、根本的な体の作りが違うってか? ったく、そっちの方がよっぽど化物じゃね―かよ)
「このぐらいじゃなきゃ、フェアじゃ、ないでしょ?」
(まっ、それもそうだな。にしてもよ、お前も大変だな徹。いくら理屈を並べても、てめぇのお姫様は結局自分のためだってよ)
それに、彼女が何に悩んでいるのかは大方想像がつく。シャーリーが取り乱すのは、いつも俺のためなんだ。
「なんとでも、いいなさい。私は、私はぁ!!」
(シャーリー……冷静さだけはかくなよ)
「……ごめんなさい。ありがとう、トオル」
だから、俺は口を挟まない。俺の一番でありたいと願うシャーリーの気持ちは、俺に対する優しさだから。
(良い信頼関係だこって。それでこそ、潰しがいがあるってもんだ!! けどよ、その体で戦わせるのはフェアじゃねーよな。グラシャラ、あれを出してやれ)
彼女の想いが弱さにならぬよう、最低限の忠告だけ俺が済ませると、彼女は軽く首を振り前を向き直す。それと同時に、霧崎がグラシャラボラスへと指示を出すと、背中の蔵から魔神は瓶を取り出し、シャーリーめがけて投げつける。
それを左手で受け取った彼女は、親指でコルクを弾き飛ばし中身を確認する。すると、中には何やらドロッとした液体が、瓶いっぱいに詰め込まれていた。
(塗っても良いが、飲んだほうが即効性は高い……って、言ってたぜ。まっ、毒じゃねーよ、たぶんな。信じるか信じないかは、ご自由にどーぞ)
異世界人の俺からしてみれば、どこからどう見ても怪しい液体以外の何物でも無いのだが、彼女は躊躇なく瓶に口をつけると、その中身を一息で飲み干してしまう。
一片の迷いも無い彼女の行動に一瞬唖然としてしまったが、瓶を投げ捨てたシャーリーの体から、膨大な魔力が湧き上がり始める。
「エリクシルの秘薬とか、こんなものを私によこして、いったいどういうつもりなわけ?」
エリクシル……俺の知識と、こちらの世界の効能が同じであれば、今のは完全回復薬だ。エリクサーや、エリクシール等とも呼ばれ、錬金術における至高の創作物、賢者の石と同一視されるものでもある。また、エリクサーの名を冠したお酒や、エリキシル剤と呼ばれる製剤も実在するが、今はそちらの話をしている場合ではないだろう。
シャーリーのおかげで瓶の中身こそ理解はできたが、万能の霊薬を敵に渡す霧崎の目論見が全くもって理解できない。敵は、彼女をどうしたいと言うんだ?
(あんたが死にそうになったら飲ませとけって、クライアントから言われてたんだが、マジモンの全回薬か。ガチで連れ帰りたいんだな、あいつ)
今の薬は、敵の親玉からの差し入れらしいが、そこまでしてシャーリーに固執する理由は何だ? 益々もって、敵が何を考えているのか俺にはわからない。
「何が目的かは知らないけれど、国を滅ぼそうとする連中に、付き従うつもりは無いわ。あれに隷属するぐらいなら、死んだほうがましよ」
(やれやれ、御大層なこって。ならさ、徹があんたと釣り合わないって、俺が証明してやるよ)
強い口調で啖呵を切る、完全復活したシャーリーを見て、獲物が戻ってきたかのように喜ぶ霧崎。そして、彼女を再び引きずり降ろそうと、奴お得意の話術が始まろうとしていた。
シャーリーに使われている俺自身でさえ、彼女の剣戟の全てを見切れている訳では無いというのに、感覚だけで神速の七連撃を凌ぎ切る霧崎は、やはり戦いの天才であると言える。
(けどな、悪い。こっちも完成したわ)
そんな天才の体は、今の連撃を受け止めたことで、禍々しい輝きを放ち始めた。
そして、不敵な笑みを浮かべた霧崎の刀身は、黒々とした圧を纏い俺達へと迫ってくる。
(オラオラオラ! 避けてるだけじゃ、話になんね―ぞ!)
お互いが剣同士で斬り結んでいるというのに、一切つばぜり合いを行わないというでたらめな攻防が続く。
正確には、こちらが拒否し続けているだけなのではあるが、霧崎のエナジードレインが発動した今、まともに戦うのは愚策。奴の斬撃を極力避けなければ、こちらに勝機はありえない。
「大丈夫よ、トオル。これ以上、貴方を傷つけさせたりしないから」
しかし、これだけの動きを実現するためには、それ相応の精神力と体力が必要になる。如何にシャーリーと言えど、そんな状態が長く続くわけもなく、彼女の動きに少しずつ粗が見え始める。
「ッツ!」
そして、霧崎からの攻撃を避けること数十回目、遂にシャーリーの右足を、奴の刃が掠めてしまう。
(かぁぁぁぁっ! やっぱ、うめぇよこの女。なぁ徹? 俺にくれよ? 他にもいんだろ、女なら二人。そっちで良いじゃねーか?)
(ふっざけんな! シャーリーを、てめぇなんかに渡すわけねーだろが!)
人間離れした彼女の体力をもってしても、魔神のスタミナと霧崎の斬撃の精度には敵わない。それでも、負ける訳には行かない。女性を物のように扱う最低の屑に、彼女を渡すわけには行かないんだ!
(おー、怖い怖い、ちゃんと丁寧に扱ってやろうってのに。殺しゃしねーよ。毎日ギリギリまで吸って、その綺麗な体、楽しんでやるからよ。あんただって、ほんとはしたいんだろ? あんだけ気持ちよくぶっ飛んでんだからなぁ!)
既に勝負は決まっているとでも言いたげな霧崎の余裕の態度に、頭の中が沸騰して冷静でいられなくなる。しかも、彼女を淫乱だと決めつけるような物言いに、俺の怒りは限界だった。
今の俺では、男として彼女を満足させることは出来ないのかもしれない。それでも、女性を弄んで何が楽しい? そんな、汚らしい目で彼女を見るな。
「負けられない」
(あっ?)
「負けられないの。あなたにも、アサミにも。私は……負けられない!!」
悪逆非道の限りを尽くそうとする霧崎に対し、怒りを顕にしたシャーリーは、悪鬼羅刹の形相でグラシャラボラスへと斬りかかる。
襲い来る霧崎の刃を、際どい所で回避しながら突き進んだシャーリーは、グラシャラボラスの右足を、やっとの事で切り抜ける事に成功する。
しかし、魔神の足へと刻み込んだ傷は浅く、後方に回り込んでしまったことから相手の後ろ蹴りをもろに受けてしまう。
「がぁっ!!」
(シャーリー!)
華奢な体を吹き飛ばされ、木々の生え揃う場所まで滑り込んだシャーリーは、背中をのけぞらせながら激しく悶え苦しむ。
普通の人間なら致命傷。内臓が破裂し背骨は砕け、その衝撃で彼女は既に死んでいるはずだ。
(ちっ、やっちまったか。おい、グラシャラボラス。てめぇは勝手に手ぇ出すなって、前から言ってんだろうが? アイツ殺したら、俺がてめぇを殺すぞ? いや、俺が殺らなくても、ご主人さまに殺されちまうかもなぁ!)
(シャーリー? シャーリー!)
「……くっ!」
だが、彼女は普通の人間ではない。セイクリッドの治癒力は、人間の不可能を可能にする。
彼女の体は内臓を治療し、砕け散った骨を強引に繋げると、表面上は無傷で立ち上がる。吐血こそしたものの、彼女は一瞬で致命傷の一撃から持ち直したのだ。
「だい、じょうぶ。まだ、やれ……げほ! ごほ!」
けれど、あくまでそれは表面上のこと。彼女の体内が、ボロボロである事には変わりない。これで背中はほとんど動かず、激しく動けば内蔵を傷つけ、今のような吐血と共に再び動きを止めるだろう。
彼女は強いが万能ではない。その事は、近くで見てきた俺が一番良くわかってる。
(今ので平然と生きてるとか、たまげたねぇ。戦姫様は、根本的な体の作りが違うってか? ったく、そっちの方がよっぽど化物じゃね―かよ)
「このぐらいじゃなきゃ、フェアじゃ、ないでしょ?」
(まっ、それもそうだな。にしてもよ、お前も大変だな徹。いくら理屈を並べても、てめぇのお姫様は結局自分のためだってよ)
それに、彼女が何に悩んでいるのかは大方想像がつく。シャーリーが取り乱すのは、いつも俺のためなんだ。
「なんとでも、いいなさい。私は、私はぁ!!」
(シャーリー……冷静さだけはかくなよ)
「……ごめんなさい。ありがとう、トオル」
だから、俺は口を挟まない。俺の一番でありたいと願うシャーリーの気持ちは、俺に対する優しさだから。
(良い信頼関係だこって。それでこそ、潰しがいがあるってもんだ!! けどよ、その体で戦わせるのはフェアじゃねーよな。グラシャラ、あれを出してやれ)
彼女の想いが弱さにならぬよう、最低限の忠告だけ俺が済ませると、彼女は軽く首を振り前を向き直す。それと同時に、霧崎がグラシャラボラスへと指示を出すと、背中の蔵から魔神は瓶を取り出し、シャーリーめがけて投げつける。
それを左手で受け取った彼女は、親指でコルクを弾き飛ばし中身を確認する。すると、中には何やらドロッとした液体が、瓶いっぱいに詰め込まれていた。
(塗っても良いが、飲んだほうが即効性は高い……って、言ってたぜ。まっ、毒じゃねーよ、たぶんな。信じるか信じないかは、ご自由にどーぞ)
異世界人の俺からしてみれば、どこからどう見ても怪しい液体以外の何物でも無いのだが、彼女は躊躇なく瓶に口をつけると、その中身を一息で飲み干してしまう。
一片の迷いも無い彼女の行動に一瞬唖然としてしまったが、瓶を投げ捨てたシャーリーの体から、膨大な魔力が湧き上がり始める。
「エリクシルの秘薬とか、こんなものを私によこして、いったいどういうつもりなわけ?」
エリクシル……俺の知識と、こちらの世界の効能が同じであれば、今のは完全回復薬だ。エリクサーや、エリクシール等とも呼ばれ、錬金術における至高の創作物、賢者の石と同一視されるものでもある。また、エリクサーの名を冠したお酒や、エリキシル剤と呼ばれる製剤も実在するが、今はそちらの話をしている場合ではないだろう。
シャーリーのおかげで瓶の中身こそ理解はできたが、万能の霊薬を敵に渡す霧崎の目論見が全くもって理解できない。敵は、彼女をどうしたいと言うんだ?
(あんたが死にそうになったら飲ませとけって、クライアントから言われてたんだが、マジモンの全回薬か。ガチで連れ帰りたいんだな、あいつ)
今の薬は、敵の親玉からの差し入れらしいが、そこまでしてシャーリーに固執する理由は何だ? 益々もって、敵が何を考えているのか俺にはわからない。
「何が目的かは知らないけれど、国を滅ぼそうとする連中に、付き従うつもりは無いわ。あれに隷属するぐらいなら、死んだほうがましよ」
(やれやれ、御大層なこって。ならさ、徹があんたと釣り合わないって、俺が証明してやるよ)
強い口調で啖呵を切る、完全復活したシャーリーを見て、獲物が戻ってきたかのように喜ぶ霧崎。そして、彼女を再び引きずり降ろそうと、奴お得意の話術が始まろうとしていた。
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