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第五章 もう一人の剣
第260話 民を守るもの
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(それじゃあさぁ、お前ら……俺に、殺されてくれよ)
そんな俺達をあざ笑うかのように、意味不明な提案を霧崎は持ちかける。
(……断る)
奴の無茶苦茶な申し出など飲み込めるわけもなく、真っ向から否定すると、霧崎は更に理解不能な論理を俺達に説き始めた。
(俺様さあ、お前等が死んでくれないとすごく悲しいんだ。傷ついちゃうんだよ。誰かを傷つけたく無いんだろ?)
これだ、こういうやつだ。人の善意に甘え付け込み、まるで正論のように自分の都合で解釈する人間。こういう奴が、俺は大嫌いだ。
(言っておくが、あくまでそれは、俺から手をくださないってだけだ。降りかかる火の粉は、払わせてもらう。切り捨てていいのは、切り捨てられる覚悟のあるやつだけだ)
天道の言葉を借りるようで癪だが、無抵抗で殺されろなんてのは、やっぱり間違ってる。それを認める事は、逆に殺しを正当化させることに繋がり、どんなに悪い事であろうとやった者勝ちの世界を作り出してしまう。
誰も傷つかなくて良い世界。それが俺の理想だけど、狂った悪が存在するなら、戦わなくちゃいけないんだ。
(正当な理由があれば、殺しもいとわない。それが、お前の私利私欲ってわけか)
(ああ、そうだ。彼女と一秒でも長くいるための努力をする。それが俺の私利私欲だよ。彼女を守るために俺はいる。大切な人を守り通すためにここにいる。彼女が間違いを犯さない限り、一億だろうが二億だろうが、彼女に害為す全てのものを、俺は……斬り捨てる)
これが俺の覚悟。愛する者のために命をかけ、血に濡れてでも守り抜く。
シャーリーと一緒に居る事。それが俺の欲であり、必要とあらば全てを断ち切れる唯一の感情。これが俺の、彼女に捧げる愛なんだ。
(誰かのためと理由を立てる、最低の偽善者だな。いや、最高の偽善者だよ、お前は)
(好きに言えよ。今の俺には、これしか無いんだ)
(そうかよ。だったら俺は、この世界の人間全てを斬り殺すためにここにいる。俺様が満足するまで、一億だろうが二億だろうが、俺が斬りたいと思った全てを、一人残さず斬り捨てる)
守る事と殺す事、相反する二つの考えにずっと悩まされ続けてきたけど、今なら言える。こいつと俺は違う。
俺のやり方を、活人剣だと肯定はしない。それでも、殺すだけの殺人剣では無いと、霧崎の言葉で確信した。正しく俺達は、相容れない存在なんだ。
(さてと、それじゃ徹、準備しろよ。てめぇの言葉は、所詮薄っぺらい偽善だってこと、証明してやるからよ)
グラシャラボラスが足踏みをすると同時に、シャーリーも俺の切っ先を地面へと向ける。ディアインハイトを唱え、戦闘態勢へ入ろうと考えた直後、再び霧崎の口が饒舌に動き始めた。
(あぁ、それと王女様には、もう一つ言っておきたい事があったんだ。あの程度じゃ生温かったみたいだからよ、次は……徹の前で、全身ひん剥いてやるよ。心が壊れるまで、徹底的にな!)
奴の言葉に、今まで感じた事の無い異常なまでの殺意が、俺の中を駆け巡る。こいつだけは、生かしておけない。何があっても絶対に、霧崎だけは、俺が殺す!
(てめ――)
「駄目! ……挑発に乗っちゃ……だめ」
そんな荒々しい気持ちも、彼女の静止の言葉一つで、嘘のように消えていく。
彼女と俺は二人で一つ。俺がいるから戦えて、彼女がいるから冷静でいられる。互いが求め合う意味を、また一つ感じられたような気がした。
(悪い、もう大丈夫だ)
二人の視線が自然と重なり、両目を細めて彼女は笑う。そんな俺達を見た霧崎の顔に、歪んだ笑みが浮かび上がる。
(くっくっ、これに乗って来ないとか、やっぱ俺、お前らのこと大好きだわ! 守ってやる、その女を守ってやるよ。だからさ、世界を壊そうぜ! その女を脅かす、世界ノ全テを、俺達二人でさぁ!!)
俺みたいなぼんくらに、霧崎が執着する理由はわからないが、再び俺を引き入れようと奴は画策を始める。
そんな霧崎の雄叫びが、何故か俺にはとても甘美に聞こえ、迷いの感情を抱いてしまう。彼女が笑顔でいられるなら、世界を敵に回すのも悪くないと、中二の魂に響くものを感じたのだ。
(あんたは所詮、神の尖兵だ。その呪縛から解き放ってやろうって言ってんだよ。じゃないと死ぬぜ? あんた、絶対にどこかで死ぬぜ?)
霧崎とその親玉が彼女を必要とし、彼女に危害を加えないのであれば、彼女の無事は保証される。彼女を脅かす、全てのものから彼女を守る。その考えは、お互いの利益として一致するのだ。
それに、奴の言葉には説得力があった。元を辿ればシャーリーも、スクルドと同じ神の使徒。量産品の使い捨てと考えられている可能性が高い。そんな彼女を神は守らず、無責任な存在からの命令を、命をかけてまで遂行する価値が本当にあるのだろうか?
彼女が今まで何度死にかけたか、その回数と安全性を考えれば、奴に付く選択肢もありなのかもしれない。
「……トオル……ディアインハイト」
そんな戸惑いの中、突然俺の体は地面へと突き立てられ、彼女に言われるがままにディアインハイトの詠唱を始める。
青白い光りに包まれ、大人の体へと成長したシャーリーは、気高いドレスを身に纏い、鋭い目つきで霧崎とグラシャラボラスを睨みつけた。
「勝ち負けなんてわからない。そういうものでしょ、戦いって。それでもね、自分の中にある大切なものを守りたいから、私は戦うの」
彼女を守りたい、その思いが強くなりすぎて、俺はまた焦ってしまったようだ。霧崎の言葉を一口の元に切り捨てる、そんなカッコイイ彼女の姿を見て、俺の思考は正常に戻る。
「それに、見過ごせないもの。王女として、民を傷つけるような輩をね」
そこに居たのは、正真正銘、民を守る王だった。
そうだ、こういう彼女だから俺は好きになったんだ。こういう彼女だからこそ、ついていこうと思えたんだ。だから守る。俺は……彼女の意思を守る!!
(なーんかさー、張り切っちゃってるけどよー、そういうのって、王女様の仕事じゃないんじゃないの? 名前は忘れちまったけど、あんたも神の僕だからそうせざるお得ないんじゃない訳?)
「そうかもね。けど、私にはそれしか出来ないから。神聖使者じゃなくても、私が私なら、この道を選んだと思う」
気丈に振る舞う彼女の姿が眩しすぎて、目が離せない。一瞬でも、悪魔に魂を売り渡そうとした自分が情けなさすぎて、許せなくなる。
「結局、誰かが泥をかぶらないといけないの。辛く汚く険しいことも、できる誰かがやらなきゃいけないのよ。そうしないと、守れないものもあるから」
本来なら、触れることさえ許されない神の領域。その手の中に俺は在る。人をも神をも超え、王であろうとする人と共に、俺は居る。
「私はね、賞賛が欲しい訳じゃないの。誰に認められなくても、大切なものを守れるのならそれで良い。それに、今の私には、この人が居る。彼だけは、私を見ていてくれるから」
地位にも名誉にも縛られず、民のためと戦う。そんな女性に認められて、男として嬉しくないわけがない。だから戦う。この身が砕け散るまで、彼女のために戦い続ける。
彼女を気に入ってる男は多い、その言葉の意味が、今なら素直に受け入れられるよバルカイト。
(あのさぁ、守る守るって言うけどよ、そんなやくたたずの集団助けて、いったい何が楽しいわけ? あんたが命をかける理由なんて、それこそ王族ってだけだろ? どうせ救えっこ無いんだ、全部見捨てて徹と楽しく隠居生活でもすりゃ良いじゃね―か?)
その一方で、シャーリーを口説き続ける霧崎の言葉も、確かに一理ある。どれだけ地位の高い人間であろうと、責任のために死ぬまで働けなんて、口が裂けても言えやしない。
「残念だけど。貴方の頭の中は、私にとっては間違いだらけ」
(あぁ?)
「弱いからこそ、護るのよ。戦えない人達を救うことが、強いものに課せられた使命。弱肉強食が全てなら、人間なんかに生きる価値はない。それこそ、貴方の言う通り、助ける意味なんて無くなるわ」
それでも、彼女は笑顔を絶やさずに、霧崎と向かい合う。
誰かに馬鹿と罵られようと、彼女はその手で戦い続ける。人の作り出す輪は、どんな動物にも真似のできない神聖なものと、彼女も信じてくれているんだ。
(俺は逆だね! そんなゴミ虫共、放っておきゃいいんだよ。何もしねぇ、何も出来ねぇくせに、人にはすがる。隠れてる時はいっちょまえなのに、いざ自分の番になると、土下座してごめんなさいだ。そんな奴等、生きてる価値もない! 地面に這いつくばらせときゃいいんだよ。イキってるだけのやつも、心の貧しい底辺も、せっせと食われて奪われたほうが、世界のためになるってのに、こういう正義の味方様が一番困るんだよな。害虫駆除を楽しめなくてよ)
そんな彼女に負けず劣らず、霧崎も血気盛んにシャーリーへと喰らいつく。
今の世の中、屑だと思える人間は沢山いる。けれど、その何割が、屑になりたいと思って屑になった人間なのだろう?
社会の情勢、誰かの言葉。傷ついて、傷つけられて、そうして育った悪もある。こいつだって、ある意味そうだ。
だからといって、社会のせいだと全てを壊すのが正義か? 出来ることは本当に無いのか? その何かを探すため、笑顔でいられる人間を一人でも増やすために、俺は彼女と進みたいんだ。
正義の味方で何が悪い? 全てを害虫と決めつけるな。一時の感情で気に入らない人間を殺すお前の方が、よっぽど害虫じゃないか。
(さて、時間も時間だ。あんまり長く話し込むと、俺達二人の時間がなくなっちまうからな。さぁ、切り結び合おうぜ。俺達二人にしか出来ない、鉄と鉄の火花のちらし合いって奴をさ!)
そうして霧崎はグラシャラボラスの手の中で咆え、自らの刀身を肥大化させる。余興は終わり、我慢の限界と言ったとろこだろうか? こちらとしては、三人が戻ってくるまで話し込んでくれて構わなかったのだが、あいにく俺も限界だ。これ以上こいつと話していると、頭の中がおかしくなる。
「行くわよ、トオル」
(あぁ。行こう、シャーリー!)
気高き王女と巨大な魔獣。両者共に睨み合い、互いに剣を構え合う。
風が吹き、周囲の木々が揺れた瞬間、ベルシュローブの命運をかけた、俺達のリベンジマッチが始まった。
そんな俺達をあざ笑うかのように、意味不明な提案を霧崎は持ちかける。
(……断る)
奴の無茶苦茶な申し出など飲み込めるわけもなく、真っ向から否定すると、霧崎は更に理解不能な論理を俺達に説き始めた。
(俺様さあ、お前等が死んでくれないとすごく悲しいんだ。傷ついちゃうんだよ。誰かを傷つけたく無いんだろ?)
これだ、こういうやつだ。人の善意に甘え付け込み、まるで正論のように自分の都合で解釈する人間。こういう奴が、俺は大嫌いだ。
(言っておくが、あくまでそれは、俺から手をくださないってだけだ。降りかかる火の粉は、払わせてもらう。切り捨てていいのは、切り捨てられる覚悟のあるやつだけだ)
天道の言葉を借りるようで癪だが、無抵抗で殺されろなんてのは、やっぱり間違ってる。それを認める事は、逆に殺しを正当化させることに繋がり、どんなに悪い事であろうとやった者勝ちの世界を作り出してしまう。
誰も傷つかなくて良い世界。それが俺の理想だけど、狂った悪が存在するなら、戦わなくちゃいけないんだ。
(正当な理由があれば、殺しもいとわない。それが、お前の私利私欲ってわけか)
(ああ、そうだ。彼女と一秒でも長くいるための努力をする。それが俺の私利私欲だよ。彼女を守るために俺はいる。大切な人を守り通すためにここにいる。彼女が間違いを犯さない限り、一億だろうが二億だろうが、彼女に害為す全てのものを、俺は……斬り捨てる)
これが俺の覚悟。愛する者のために命をかけ、血に濡れてでも守り抜く。
シャーリーと一緒に居る事。それが俺の欲であり、必要とあらば全てを断ち切れる唯一の感情。これが俺の、彼女に捧げる愛なんだ。
(誰かのためと理由を立てる、最低の偽善者だな。いや、最高の偽善者だよ、お前は)
(好きに言えよ。今の俺には、これしか無いんだ)
(そうかよ。だったら俺は、この世界の人間全てを斬り殺すためにここにいる。俺様が満足するまで、一億だろうが二億だろうが、俺が斬りたいと思った全てを、一人残さず斬り捨てる)
守る事と殺す事、相反する二つの考えにずっと悩まされ続けてきたけど、今なら言える。こいつと俺は違う。
俺のやり方を、活人剣だと肯定はしない。それでも、殺すだけの殺人剣では無いと、霧崎の言葉で確信した。正しく俺達は、相容れない存在なんだ。
(さてと、それじゃ徹、準備しろよ。てめぇの言葉は、所詮薄っぺらい偽善だってこと、証明してやるからよ)
グラシャラボラスが足踏みをすると同時に、シャーリーも俺の切っ先を地面へと向ける。ディアインハイトを唱え、戦闘態勢へ入ろうと考えた直後、再び霧崎の口が饒舌に動き始めた。
(あぁ、それと王女様には、もう一つ言っておきたい事があったんだ。あの程度じゃ生温かったみたいだからよ、次は……徹の前で、全身ひん剥いてやるよ。心が壊れるまで、徹底的にな!)
奴の言葉に、今まで感じた事の無い異常なまでの殺意が、俺の中を駆け巡る。こいつだけは、生かしておけない。何があっても絶対に、霧崎だけは、俺が殺す!
(てめ――)
「駄目! ……挑発に乗っちゃ……だめ」
そんな荒々しい気持ちも、彼女の静止の言葉一つで、嘘のように消えていく。
彼女と俺は二人で一つ。俺がいるから戦えて、彼女がいるから冷静でいられる。互いが求め合う意味を、また一つ感じられたような気がした。
(悪い、もう大丈夫だ)
二人の視線が自然と重なり、両目を細めて彼女は笑う。そんな俺達を見た霧崎の顔に、歪んだ笑みが浮かび上がる。
(くっくっ、これに乗って来ないとか、やっぱ俺、お前らのこと大好きだわ! 守ってやる、その女を守ってやるよ。だからさ、世界を壊そうぜ! その女を脅かす、世界ノ全テを、俺達二人でさぁ!!)
俺みたいなぼんくらに、霧崎が執着する理由はわからないが、再び俺を引き入れようと奴は画策を始める。
そんな霧崎の雄叫びが、何故か俺にはとても甘美に聞こえ、迷いの感情を抱いてしまう。彼女が笑顔でいられるなら、世界を敵に回すのも悪くないと、中二の魂に響くものを感じたのだ。
(あんたは所詮、神の尖兵だ。その呪縛から解き放ってやろうって言ってんだよ。じゃないと死ぬぜ? あんた、絶対にどこかで死ぬぜ?)
霧崎とその親玉が彼女を必要とし、彼女に危害を加えないのであれば、彼女の無事は保証される。彼女を脅かす、全てのものから彼女を守る。その考えは、お互いの利益として一致するのだ。
それに、奴の言葉には説得力があった。元を辿ればシャーリーも、スクルドと同じ神の使徒。量産品の使い捨てと考えられている可能性が高い。そんな彼女を神は守らず、無責任な存在からの命令を、命をかけてまで遂行する価値が本当にあるのだろうか?
彼女が今まで何度死にかけたか、その回数と安全性を考えれば、奴に付く選択肢もありなのかもしれない。
「……トオル……ディアインハイト」
そんな戸惑いの中、突然俺の体は地面へと突き立てられ、彼女に言われるがままにディアインハイトの詠唱を始める。
青白い光りに包まれ、大人の体へと成長したシャーリーは、気高いドレスを身に纏い、鋭い目つきで霧崎とグラシャラボラスを睨みつけた。
「勝ち負けなんてわからない。そういうものでしょ、戦いって。それでもね、自分の中にある大切なものを守りたいから、私は戦うの」
彼女を守りたい、その思いが強くなりすぎて、俺はまた焦ってしまったようだ。霧崎の言葉を一口の元に切り捨てる、そんなカッコイイ彼女の姿を見て、俺の思考は正常に戻る。
「それに、見過ごせないもの。王女として、民を傷つけるような輩をね」
そこに居たのは、正真正銘、民を守る王だった。
そうだ、こういう彼女だから俺は好きになったんだ。こういう彼女だからこそ、ついていこうと思えたんだ。だから守る。俺は……彼女の意思を守る!!
(なーんかさー、張り切っちゃってるけどよー、そういうのって、王女様の仕事じゃないんじゃないの? 名前は忘れちまったけど、あんたも神の僕だからそうせざるお得ないんじゃない訳?)
「そうかもね。けど、私にはそれしか出来ないから。神聖使者じゃなくても、私が私なら、この道を選んだと思う」
気丈に振る舞う彼女の姿が眩しすぎて、目が離せない。一瞬でも、悪魔に魂を売り渡そうとした自分が情けなさすぎて、許せなくなる。
「結局、誰かが泥をかぶらないといけないの。辛く汚く険しいことも、できる誰かがやらなきゃいけないのよ。そうしないと、守れないものもあるから」
本来なら、触れることさえ許されない神の領域。その手の中に俺は在る。人をも神をも超え、王であろうとする人と共に、俺は居る。
「私はね、賞賛が欲しい訳じゃないの。誰に認められなくても、大切なものを守れるのならそれで良い。それに、今の私には、この人が居る。彼だけは、私を見ていてくれるから」
地位にも名誉にも縛られず、民のためと戦う。そんな女性に認められて、男として嬉しくないわけがない。だから戦う。この身が砕け散るまで、彼女のために戦い続ける。
彼女を気に入ってる男は多い、その言葉の意味が、今なら素直に受け入れられるよバルカイト。
(あのさぁ、守る守るって言うけどよ、そんなやくたたずの集団助けて、いったい何が楽しいわけ? あんたが命をかける理由なんて、それこそ王族ってだけだろ? どうせ救えっこ無いんだ、全部見捨てて徹と楽しく隠居生活でもすりゃ良いじゃね―か?)
その一方で、シャーリーを口説き続ける霧崎の言葉も、確かに一理ある。どれだけ地位の高い人間であろうと、責任のために死ぬまで働けなんて、口が裂けても言えやしない。
「残念だけど。貴方の頭の中は、私にとっては間違いだらけ」
(あぁ?)
「弱いからこそ、護るのよ。戦えない人達を救うことが、強いものに課せられた使命。弱肉強食が全てなら、人間なんかに生きる価値はない。それこそ、貴方の言う通り、助ける意味なんて無くなるわ」
それでも、彼女は笑顔を絶やさずに、霧崎と向かい合う。
誰かに馬鹿と罵られようと、彼女はその手で戦い続ける。人の作り出す輪は、どんな動物にも真似のできない神聖なものと、彼女も信じてくれているんだ。
(俺は逆だね! そんなゴミ虫共、放っておきゃいいんだよ。何もしねぇ、何も出来ねぇくせに、人にはすがる。隠れてる時はいっちょまえなのに、いざ自分の番になると、土下座してごめんなさいだ。そんな奴等、生きてる価値もない! 地面に這いつくばらせときゃいいんだよ。イキってるだけのやつも、心の貧しい底辺も、せっせと食われて奪われたほうが、世界のためになるってのに、こういう正義の味方様が一番困るんだよな。害虫駆除を楽しめなくてよ)
そんな彼女に負けず劣らず、霧崎も血気盛んにシャーリーへと喰らいつく。
今の世の中、屑だと思える人間は沢山いる。けれど、その何割が、屑になりたいと思って屑になった人間なのだろう?
社会の情勢、誰かの言葉。傷ついて、傷つけられて、そうして育った悪もある。こいつだって、ある意味そうだ。
だからといって、社会のせいだと全てを壊すのが正義か? 出来ることは本当に無いのか? その何かを探すため、笑顔でいられる人間を一人でも増やすために、俺は彼女と進みたいんだ。
正義の味方で何が悪い? 全てを害虫と決めつけるな。一時の感情で気に入らない人間を殺すお前の方が、よっぽど害虫じゃないか。
(さて、時間も時間だ。あんまり長く話し込むと、俺達二人の時間がなくなっちまうからな。さぁ、切り結び合おうぜ。俺達二人にしか出来ない、鉄と鉄の火花のちらし合いって奴をさ!)
そうして霧崎はグラシャラボラスの手の中で咆え、自らの刀身を肥大化させる。余興は終わり、我慢の限界と言ったとろこだろうか? こちらとしては、三人が戻ってくるまで話し込んでくれて構わなかったのだが、あいにく俺も限界だ。これ以上こいつと話していると、頭の中がおかしくなる。
「行くわよ、トオル」
(あぁ。行こう、シャーリー!)
気高き王女と巨大な魔獣。両者共に睨み合い、互いに剣を構え合う。
風が吹き、周囲の木々が揺れた瞬間、ベルシュローブの命運をかけた、俺達のリベンジマッチが始まった。
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