250 / 526
第五章 もう一人の剣
第249話 二人の過去とリア充と
しおりを挟む
「大変だな、お前」
(その言葉、心に染みるよバルカイト……けど、自分で選んだ道だからさ、このぐらい受け止めてやらないと、三人に対して失礼だろ?)
「坊主のくせして、いっちょ前に男気取ってんじゃね―よ」
バルカイトが居てくれて、今は本当に良かったと思ってる。こんな所、三人には見せられないし、包み隠さず話せたことで、気持ちが少しスッキリした。
とは言っても、八方美人の挙げ句、全員養う覚悟が出来ていない時点で、男としては駄目駄目なんだけどな。ついでに、稼ぎの部分については、大きく目を逸らすこととする。だって無理じゃん? この体でどないせいっちゅーねん!
「まっ、時間がかかるは余計だったけどな」
(事実を言ったまでだよ)
男二人になったおかげか、言葉がすらすらと口をつく。歳の離れた兄貴がいたら、こんな感じなのかなと思うと、嬉しくてたまらない。
俺って兄弟いなかったからさ……一人って、結構寂しいんだぜ?
「生言ってんじゃねーよ。と、しっかし、酷ぇなこりゃ」
(状態、そんなに酷いのか?)
そんな彼も、シャーリーがいなくなったからか、少しずつ本音を語りだす。
「ああ、フレームがイカれてダメになってやがる。同時に芯までヒビが入って、刀身はボロボロ。魔力を限界まで吸われたな、こりゃ。しかも、爺さんの加工をここまで無効化するとか、なんつーバケモンだよ」
俺とシャーリーが生き残れたのは、本当に奇跡だったのかもしれない。バルカイトにここまで言わせる、霧崎の凄さが良く分かる。
「普通なら使い物にならないんだが、そこは俺の技術でなんとかした。ただし、あくまで最低限だ。正直、完治するまでに、どれだけかかるかわからねぇ。当分、安静にしておいたほうが良いぞ」
使い物にならないか……最後にくらった、物理的損傷が効いてるんだろうな。それに、バルカイトがいなければ、剣として完全に死んでいたのかと思うと、ゾッとする。俺は、皆に助けられて生きているんだなと、この瞬間に強く感じた。
(なあ、バルカイト、シャーリーには黙っておいてくれないか?)
「黙っててもいいが、お嬢の感は鋭いぞ」
(バレた時はそれでいい。それまでは彼女に……あいつらに、これ以上心配かけさせたくないんだ)
俺の今の状態を知ったら、彼女はきっと戦えなくなる。下手をすれば、三人だけで無謀に突っ込んで行くかもしれない。知らない所で、彼女達が傷つくなんて、俺には耐えられないから。
「そうかよ。で、何悩んでんだ、今度は? 同じ剣に負けたのが、そんなに悔しいか?」
現状できる全ての処置が終わったのか、俺の体が置いてあるテーブルから離れると、バルカイトは上着のポケットから短い茶色の棒を一本取り出し、部屋の壁に寄り掛かりながら口にくわえる。
見た目から、こちらの世界のタバコと推察したのだが、火をつける様子も無く、煙も出ない事から、それとは違うものらしい。先端が緑に輝く所を見るに、魔力補給のための何かのようだ。
(……そう、見えるか?)
「あぁ。構ってくださいって、顔の表面に書いてあるぜ」
バルカイトのくわえる棒は気になるけど、先んじては俺の話か。正直言えば、あまり話したくはないのだけど、シャーリーに……いや、天道に根掘り葉掘り聞かれるぐらいなら、同じ男に話す方がましか。
そう思い、意を決した俺は、彼に話を聞いて貰うことにする。
(その、あいつに負けたのは悔しいけど、そうじゃなくて……ソイルが、カッコよく見えた)
「はぁ、まーたそっち系の話か。お兄さん、心配して損したぜ」
(わ、悪かったな! どうせ俺は、ちんちくりんで微妙な顔のただのヘタレだよ!)
バルカイトはいい男だと思う。それでも、こういう所は嫌いだ。こっちは真面目に相談してるのに、呆れた挙げ句塩対応ではたまらない。自分に自身があるから、もてない男の気持ちなんてわからないんだよ。
あの時の俺は、間違いなくモブだった。シャーリーの王子様ではなく、地べたを這うただの一般人。それに比べて、ソイルの背中は勇者の貫禄。彼女みたいなお姫様には、俺なんかより、カッコ良い男の方が似合うんだよ。
「お前さん、そっち方面も相当重症だな」
(……うるへー)
まともに女の子に相手にされず、彼女いない歴十八年を生きて来た人間の気持ちなど、イケメンのお前にはわかるまい。女の子に声をかけて、普通に対応される男と、嫌な顔をされる男の間には、深くて大きい溝があるんだ。
「コンプレックスを抱えるのは勝手だが、悲観的になる必要はないと、俺は思うんだがね」
(リア充のお前にはわかんねぇよ)
これは俺の感覚だけど、なんだかんだ男ってのは、女の子に声をかけられるだけで嬉しいもんだ。それが普段全く無いと、気持ちはくすぶり、だんだんと腐っていく。つまり、何が言いたいのかと言うと……リア充爆発しろ。
「リア充ってのが何かわからんが、誰かのために何か出来る男がかっこ悪いと、俺には思えないんだがね。特に、好きな女の前でなら余計にな」
嫉妬に狂っていく中、バルカイトの言葉に俺は衝撃を受ける。見た目のかっこ良さだけでなく、中身もかっこいいとか、卑怯すぎんだろ。
その割に、普段は無理して、女の子にドン引きされているのは何故なのだろうか……俺には全くわからん。
「察するに、トオルは見た目を気にしてるんだろうが、お嬢がそれを気にするたまか?」
(そうかもしれないけど、やっぱり人間、見た目だろ?)
「トオルよ、その台詞、今の自分の体よーく思い出してから言おうな!」
言われてみれば確かに。そうだよな、見た目の話をし始めたら、こんな俺を好きになったシャーリーは、俺以上の変態になってしまう。
とは言え、こんな俺を好きになる女の子だから、絶対に安全とも限らない。より強く、より眩しいものへと惹かれて行くのが人間なんだ。
だから、どんだけ信頼していても、自分の惨めさを知る度に、心は不安に押しつぶされそうになっていく。
「なら、強くなればいい、殴られて強くなるのが男ってもんだろ」
(んな、前時代的な……)
「もちろん、物理的な話じゃねぇ。失敗して、打ちのめされて、何度も何度も立ち上がりながら、男は成長していくんだ。世の中、失敗のない人間なんていねーよ。いるとしたら、失敗を失敗と思わない、都合よく記憶を捻じ曲げるダメな男さ。そういう奴は、成長しない。だから、いつも、他人に失敗を押し付ける……お前は、そういう人間じゃないだろ?」
(買いかぶり過ぎだよ。俺は、そんなに強い男じゃない)
「そういう謙虚さは、強くなれる人間の特権だと俺は思うがね。まっ、本人にはわからないか」
バルカイトにしては、優しすぎて気持ち悪い。何か、裏があるのではないかと、心の底が疑心暗鬼に染まっていく。それに、思わせぶりな彼の態度は、やっぱりちょっと気に入らない。
(……なんで、今日はそんなに優しいんだよ?)
「これでも俺は、お前のこと応援してるつもりなんだがね。まっ、そういうじれったい所は嫌いだけどな」
けど、今日の彼は、尊敬できる年長者って感じで、本当にかっこいい。こんな男に叩きのめされるなら、男として本望かも。
(あんたに褒められるの、なんかちょっと、気持ち悪いな)
「このちんちくりんは、一言多くしかしゃべれんのかね」
こんな体に転生して、なんだかんだと文句を言いながらも、温かい人達に囲まれて、俺は幸せ者なのかもしれない。
「お嬢には、幸せになって欲しいからな。お嬢の信じたお前を、信じてみたいだけだよ」
(……シャーリーは、なんであんなに、気丈でいられるのかな)
バルカイトに褒めちぎられて、心を開き始めた俺は、そんな疑問を口にする。真っ直ぐな彼の瞳を、俺も信じてみたいと思ったのだ。
「そりゃ、お前が居るからだろ。大切な人のために意地を張るのは、男も女も変わらないってね。そういうことさ」
(けど、俺だったらきっと、目も合わせられないと思う)
「ふぅ……お前はさ、好きな女の粗相一つで、そいつを嫌いになれるのか? 苦しそうに吐き散らす姿を見て、汚らしいって軽蔑するか?」
(無いよ、ねぇけどさ……)
それでも、彼の言葉は、俺の心に重くのしかかる。人間が綺麗なんてのは幻想だ、アイドルがトイレに行かないなんて嘘を信じられるほど、俺はもう子供じゃない。
けど、彼女自身はどう思う? 本当は深く傷ついてるはずだ。そんな彼女を、どんな風にフォローしたら良い?
「恥ずかしくないって言ったら嘘になるんだろうが、お前のこと、それだけ信頼してるんだろうよ」
(けど! けどさ……)
「なら、顔も合わせられないってぎくしゃくして、疎遠になるのがお前の望みか?」
(……)
「結局のところ人間ってやつは、自分のことが一番なのさ。お前のそれも、責めて貰えたら楽なのにって、そういう事だろ?」
バルカイトの言う通り、結局の所、俺は怖いんだ。不器用な自分が声をかけて、彼女をもっと悲しませたらどうしようって。
彼女に嫌われたくない、側に居たいって思いは、所詮自分のエゴだ。最終的に選ぶのは、彼女自身。それでも、彼女と俺の絆が、このぐらいで切れるような、やわなものじゃないと信じてる。けど、失いたくないからこそ、信じきれない自分がいるんだ。
「気持ちはわかるけどな。俺にも昔、あったからよ」
臆病な自分に怯える横で、感傷に浸るようにバルカイトが、ゆっくりと天井を見上げる。あった、ってどういう事だろう?
「俺達が騎士になってから、あれは三回目の遠征だった。王都近隣の村々が襲われてるって通報があってな。しかも、小さな村だけが被害にあってるって話で、お嬢が勇み足で飛び出していった。話によると、敵はゴブリンの集団、そこに少数の魔獣ってわけで、安全だろうと高をくくってたんだけどな……」
彼の話す内容に、嫌な予感が止まらない。刀身の周りがピリピリとはじけ、魔力の流れが急速に早まっていく。
「よくある話さ、駆け出し冒険者が油断した挙げ句、魔物に殺される。それは騎士も変わらない、同じ人間だからな。そん時だよ、お嬢を守ろうとして死んだやつが出たってのは。そして、お嬢自身も餌食になった」
(!?)
彼の最後の言葉に、俺の心は張り裂けそうな程の痛みを感じた。シャーリーが、魔物の慰み者にされたなんて、想像しただけで俺は、自分自身を殺したくなる。
「安心しろ、体の中までは汚されてねぇから。ただ、全身ひん剥かれるとこまでは行ったけどな」
そんな彼のフォローに安堵を覚えると同時に、こらえきれない程の怒りが、心の底から込み上げて来る。何を安心してるんだ、俺は? 彼女が襲われた事に変わりは無いのに、膜の有無で安堵するとか、最低じゃね―か。しかも、人が死んでるってのに……結局俺も、体にしか興味のない、ただのクソ野郎なんだ。
「要するに、お嬢は知ってるんだよ。戦うってことが、綺麗事じゃないって事をさ。だからあれだけ、平然としてられんだろ。そん時も、お嬢は言ったよ。バルカイトのせいじゃない、ってさ。何も出来なかった俺に、しかも笑いながら言いやがった。なら、付いていくしか無いだろ? 受けた恩は、返すのが騎士ってな」
(……変わら、ないんだな)
けれど、俺の口からは、自然とそんな言葉が漏れ出ていた。そうか、だからあの時、彼女は気丈に笑えたんだ。現実を知っていたからこそ、彼女は自分の恥辱より、俺を優先してくれた。
そんな彼女を愛せたことが嬉しくて、俺は笑みを浮かべてしまう。どれだけ自分を嫌いになって、どれだけ頭で迷って見せても、彼女を好きである事に、代わりはないんだ。
「そういう事だ。お嬢の事、気に入ってる男は結構多いんだぜ。そんな奴らを押しのけて、お前はそこにいるんだ。少しは胸張らないと、失礼ってもんだろ」
バルカイトの左手が、俺の体をそっと撫でる。彼の言葉はやっぱり重く、俺の心にのしかかるけど、それだけ彼女は愛されていて、そのぐらいの覚悟が必要なんだ。
それは、彼女が王女だからではなく、この世界の中から一人の男として、俺を愛してくれたから。だから、向き合わなければならない。自分がダメだと思うなら、彼の言う通り、少しずつ成長するしかないんだ。幸いにも、そのチャンスはまだ残ってる。
彼女の思いに報いるために、心の底から、俺は強くなりたいと思った。
「まっ、ゆっくり考えてみろ。今のお前さんに結論を求めるのは、無茶って話だからな。言われたくなかったら、前だけ向いて生きてみろ。後悔なんて言葉は捨ててな」
そんな言葉を残しながら、バルカイトは部屋を出ていく。一人残された部屋で考えるそれは、俺にとって最も難しい課題だった。
(その言葉、心に染みるよバルカイト……けど、自分で選んだ道だからさ、このぐらい受け止めてやらないと、三人に対して失礼だろ?)
「坊主のくせして、いっちょ前に男気取ってんじゃね―よ」
バルカイトが居てくれて、今は本当に良かったと思ってる。こんな所、三人には見せられないし、包み隠さず話せたことで、気持ちが少しスッキリした。
とは言っても、八方美人の挙げ句、全員養う覚悟が出来ていない時点で、男としては駄目駄目なんだけどな。ついでに、稼ぎの部分については、大きく目を逸らすこととする。だって無理じゃん? この体でどないせいっちゅーねん!
「まっ、時間がかかるは余計だったけどな」
(事実を言ったまでだよ)
男二人になったおかげか、言葉がすらすらと口をつく。歳の離れた兄貴がいたら、こんな感じなのかなと思うと、嬉しくてたまらない。
俺って兄弟いなかったからさ……一人って、結構寂しいんだぜ?
「生言ってんじゃねーよ。と、しっかし、酷ぇなこりゃ」
(状態、そんなに酷いのか?)
そんな彼も、シャーリーがいなくなったからか、少しずつ本音を語りだす。
「ああ、フレームがイカれてダメになってやがる。同時に芯までヒビが入って、刀身はボロボロ。魔力を限界まで吸われたな、こりゃ。しかも、爺さんの加工をここまで無効化するとか、なんつーバケモンだよ」
俺とシャーリーが生き残れたのは、本当に奇跡だったのかもしれない。バルカイトにここまで言わせる、霧崎の凄さが良く分かる。
「普通なら使い物にならないんだが、そこは俺の技術でなんとかした。ただし、あくまで最低限だ。正直、完治するまでに、どれだけかかるかわからねぇ。当分、安静にしておいたほうが良いぞ」
使い物にならないか……最後にくらった、物理的損傷が効いてるんだろうな。それに、バルカイトがいなければ、剣として完全に死んでいたのかと思うと、ゾッとする。俺は、皆に助けられて生きているんだなと、この瞬間に強く感じた。
(なあ、バルカイト、シャーリーには黙っておいてくれないか?)
「黙っててもいいが、お嬢の感は鋭いぞ」
(バレた時はそれでいい。それまでは彼女に……あいつらに、これ以上心配かけさせたくないんだ)
俺の今の状態を知ったら、彼女はきっと戦えなくなる。下手をすれば、三人だけで無謀に突っ込んで行くかもしれない。知らない所で、彼女達が傷つくなんて、俺には耐えられないから。
「そうかよ。で、何悩んでんだ、今度は? 同じ剣に負けたのが、そんなに悔しいか?」
現状できる全ての処置が終わったのか、俺の体が置いてあるテーブルから離れると、バルカイトは上着のポケットから短い茶色の棒を一本取り出し、部屋の壁に寄り掛かりながら口にくわえる。
見た目から、こちらの世界のタバコと推察したのだが、火をつける様子も無く、煙も出ない事から、それとは違うものらしい。先端が緑に輝く所を見るに、魔力補給のための何かのようだ。
(……そう、見えるか?)
「あぁ。構ってくださいって、顔の表面に書いてあるぜ」
バルカイトのくわえる棒は気になるけど、先んじては俺の話か。正直言えば、あまり話したくはないのだけど、シャーリーに……いや、天道に根掘り葉掘り聞かれるぐらいなら、同じ男に話す方がましか。
そう思い、意を決した俺は、彼に話を聞いて貰うことにする。
(その、あいつに負けたのは悔しいけど、そうじゃなくて……ソイルが、カッコよく見えた)
「はぁ、まーたそっち系の話か。お兄さん、心配して損したぜ」
(わ、悪かったな! どうせ俺は、ちんちくりんで微妙な顔のただのヘタレだよ!)
バルカイトはいい男だと思う。それでも、こういう所は嫌いだ。こっちは真面目に相談してるのに、呆れた挙げ句塩対応ではたまらない。自分に自身があるから、もてない男の気持ちなんてわからないんだよ。
あの時の俺は、間違いなくモブだった。シャーリーの王子様ではなく、地べたを這うただの一般人。それに比べて、ソイルの背中は勇者の貫禄。彼女みたいなお姫様には、俺なんかより、カッコ良い男の方が似合うんだよ。
「お前さん、そっち方面も相当重症だな」
(……うるへー)
まともに女の子に相手にされず、彼女いない歴十八年を生きて来た人間の気持ちなど、イケメンのお前にはわかるまい。女の子に声をかけて、普通に対応される男と、嫌な顔をされる男の間には、深くて大きい溝があるんだ。
「コンプレックスを抱えるのは勝手だが、悲観的になる必要はないと、俺は思うんだがね」
(リア充のお前にはわかんねぇよ)
これは俺の感覚だけど、なんだかんだ男ってのは、女の子に声をかけられるだけで嬉しいもんだ。それが普段全く無いと、気持ちはくすぶり、だんだんと腐っていく。つまり、何が言いたいのかと言うと……リア充爆発しろ。
「リア充ってのが何かわからんが、誰かのために何か出来る男がかっこ悪いと、俺には思えないんだがね。特に、好きな女の前でなら余計にな」
嫉妬に狂っていく中、バルカイトの言葉に俺は衝撃を受ける。見た目のかっこ良さだけでなく、中身もかっこいいとか、卑怯すぎんだろ。
その割に、普段は無理して、女の子にドン引きされているのは何故なのだろうか……俺には全くわからん。
「察するに、トオルは見た目を気にしてるんだろうが、お嬢がそれを気にするたまか?」
(そうかもしれないけど、やっぱり人間、見た目だろ?)
「トオルよ、その台詞、今の自分の体よーく思い出してから言おうな!」
言われてみれば確かに。そうだよな、見た目の話をし始めたら、こんな俺を好きになったシャーリーは、俺以上の変態になってしまう。
とは言え、こんな俺を好きになる女の子だから、絶対に安全とも限らない。より強く、より眩しいものへと惹かれて行くのが人間なんだ。
だから、どんだけ信頼していても、自分の惨めさを知る度に、心は不安に押しつぶされそうになっていく。
「なら、強くなればいい、殴られて強くなるのが男ってもんだろ」
(んな、前時代的な……)
「もちろん、物理的な話じゃねぇ。失敗して、打ちのめされて、何度も何度も立ち上がりながら、男は成長していくんだ。世の中、失敗のない人間なんていねーよ。いるとしたら、失敗を失敗と思わない、都合よく記憶を捻じ曲げるダメな男さ。そういう奴は、成長しない。だから、いつも、他人に失敗を押し付ける……お前は、そういう人間じゃないだろ?」
(買いかぶり過ぎだよ。俺は、そんなに強い男じゃない)
「そういう謙虚さは、強くなれる人間の特権だと俺は思うがね。まっ、本人にはわからないか」
バルカイトにしては、優しすぎて気持ち悪い。何か、裏があるのではないかと、心の底が疑心暗鬼に染まっていく。それに、思わせぶりな彼の態度は、やっぱりちょっと気に入らない。
(……なんで、今日はそんなに優しいんだよ?)
「これでも俺は、お前のこと応援してるつもりなんだがね。まっ、そういうじれったい所は嫌いだけどな」
けど、今日の彼は、尊敬できる年長者って感じで、本当にかっこいい。こんな男に叩きのめされるなら、男として本望かも。
(あんたに褒められるの、なんかちょっと、気持ち悪いな)
「このちんちくりんは、一言多くしかしゃべれんのかね」
こんな体に転生して、なんだかんだと文句を言いながらも、温かい人達に囲まれて、俺は幸せ者なのかもしれない。
「お嬢には、幸せになって欲しいからな。お嬢の信じたお前を、信じてみたいだけだよ」
(……シャーリーは、なんであんなに、気丈でいられるのかな)
バルカイトに褒めちぎられて、心を開き始めた俺は、そんな疑問を口にする。真っ直ぐな彼の瞳を、俺も信じてみたいと思ったのだ。
「そりゃ、お前が居るからだろ。大切な人のために意地を張るのは、男も女も変わらないってね。そういうことさ」
(けど、俺だったらきっと、目も合わせられないと思う)
「ふぅ……お前はさ、好きな女の粗相一つで、そいつを嫌いになれるのか? 苦しそうに吐き散らす姿を見て、汚らしいって軽蔑するか?」
(無いよ、ねぇけどさ……)
それでも、彼の言葉は、俺の心に重くのしかかる。人間が綺麗なんてのは幻想だ、アイドルがトイレに行かないなんて嘘を信じられるほど、俺はもう子供じゃない。
けど、彼女自身はどう思う? 本当は深く傷ついてるはずだ。そんな彼女を、どんな風にフォローしたら良い?
「恥ずかしくないって言ったら嘘になるんだろうが、お前のこと、それだけ信頼してるんだろうよ」
(けど! けどさ……)
「なら、顔も合わせられないってぎくしゃくして、疎遠になるのがお前の望みか?」
(……)
「結局のところ人間ってやつは、自分のことが一番なのさ。お前のそれも、責めて貰えたら楽なのにって、そういう事だろ?」
バルカイトの言う通り、結局の所、俺は怖いんだ。不器用な自分が声をかけて、彼女をもっと悲しませたらどうしようって。
彼女に嫌われたくない、側に居たいって思いは、所詮自分のエゴだ。最終的に選ぶのは、彼女自身。それでも、彼女と俺の絆が、このぐらいで切れるような、やわなものじゃないと信じてる。けど、失いたくないからこそ、信じきれない自分がいるんだ。
「気持ちはわかるけどな。俺にも昔、あったからよ」
臆病な自分に怯える横で、感傷に浸るようにバルカイトが、ゆっくりと天井を見上げる。あった、ってどういう事だろう?
「俺達が騎士になってから、あれは三回目の遠征だった。王都近隣の村々が襲われてるって通報があってな。しかも、小さな村だけが被害にあってるって話で、お嬢が勇み足で飛び出していった。話によると、敵はゴブリンの集団、そこに少数の魔獣ってわけで、安全だろうと高をくくってたんだけどな……」
彼の話す内容に、嫌な予感が止まらない。刀身の周りがピリピリとはじけ、魔力の流れが急速に早まっていく。
「よくある話さ、駆け出し冒険者が油断した挙げ句、魔物に殺される。それは騎士も変わらない、同じ人間だからな。そん時だよ、お嬢を守ろうとして死んだやつが出たってのは。そして、お嬢自身も餌食になった」
(!?)
彼の最後の言葉に、俺の心は張り裂けそうな程の痛みを感じた。シャーリーが、魔物の慰み者にされたなんて、想像しただけで俺は、自分自身を殺したくなる。
「安心しろ、体の中までは汚されてねぇから。ただ、全身ひん剥かれるとこまでは行ったけどな」
そんな彼のフォローに安堵を覚えると同時に、こらえきれない程の怒りが、心の底から込み上げて来る。何を安心してるんだ、俺は? 彼女が襲われた事に変わりは無いのに、膜の有無で安堵するとか、最低じゃね―か。しかも、人が死んでるってのに……結局俺も、体にしか興味のない、ただのクソ野郎なんだ。
「要するに、お嬢は知ってるんだよ。戦うってことが、綺麗事じゃないって事をさ。だからあれだけ、平然としてられんだろ。そん時も、お嬢は言ったよ。バルカイトのせいじゃない、ってさ。何も出来なかった俺に、しかも笑いながら言いやがった。なら、付いていくしか無いだろ? 受けた恩は、返すのが騎士ってな」
(……変わら、ないんだな)
けれど、俺の口からは、自然とそんな言葉が漏れ出ていた。そうか、だからあの時、彼女は気丈に笑えたんだ。現実を知っていたからこそ、彼女は自分の恥辱より、俺を優先してくれた。
そんな彼女を愛せたことが嬉しくて、俺は笑みを浮かべてしまう。どれだけ自分を嫌いになって、どれだけ頭で迷って見せても、彼女を好きである事に、代わりはないんだ。
「そういう事だ。お嬢の事、気に入ってる男は結構多いんだぜ。そんな奴らを押しのけて、お前はそこにいるんだ。少しは胸張らないと、失礼ってもんだろ」
バルカイトの左手が、俺の体をそっと撫でる。彼の言葉はやっぱり重く、俺の心にのしかかるけど、それだけ彼女は愛されていて、そのぐらいの覚悟が必要なんだ。
それは、彼女が王女だからではなく、この世界の中から一人の男として、俺を愛してくれたから。だから、向き合わなければならない。自分がダメだと思うなら、彼の言う通り、少しずつ成長するしかないんだ。幸いにも、そのチャンスはまだ残ってる。
彼女の思いに報いるために、心の底から、俺は強くなりたいと思った。
「まっ、ゆっくり考えてみろ。今のお前さんに結論を求めるのは、無茶って話だからな。言われたくなかったら、前だけ向いて生きてみろ。後悔なんて言葉は捨ててな」
そんな言葉を残しながら、バルカイトは部屋を出ていく。一人残された部屋で考えるそれは、俺にとって最も難しい課題だった。
0
お気に入りに追加
123
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる
兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる