俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第五章 もう一人の剣

第248話 疼く体

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「ッツ! あっ! んッ!」

「ご、ごめんなさい! 力、いれすぎちゃいました」

「はぁ……ううん……わらしの……もんらい……らから」

 霧崎の撤退から約二時間、宿に戻った俺とシャーリーは、同じ部屋の少し離れた場所で治療を受けている。俺の修理は、言わずもがなバルカイトが。シャーリーの治療は、ベルシュローブギルドのヒーラー、イリスが担当してくれている。

 彼女の治癒術はとても優秀で、ギルドマスターであるソイルが全幅の信頼を寄せる程だが、霧崎の催淫強度はゴモリーと同格らしく、彼女の力でも完全に取り除くことは出来ない。それでも、治癒を始めた頃に比べれば、シャーリーの喘ぎもかなり落ち着いている。

 見た目は、幼女シャーリーと同じくらいのイリスちゃんだけど、実力に関しては、ソイルの推薦通り信頼して良さそうだ。

 それに、宿に入るまでが大変だったもんな。ソイルにお姫様抱っこされて戻ってきたシャーリーに対するやっかみや、正面入り口の戦域で戦っていたスクルドやバルカイトが目立っていたこと等、複数の要因が重なり、俺達のパーティーは引っ張りだこ。シャーリーが苦しんでいるというのに、一般人に囲まれて前に進めないったらありゃしない。そんな人の波をかき分け、対処してくれたのが、一番目立っていない天道だった。

 氷の魔法を組み合わせ、ソイルの氷像を作ったり、子供を楽しませるような手品を披露したりと、俺達から興味を逸らし、道を作ってくれたのである。

 流石は元業界人、ファンの扱いには慣れていると言うか、喜ばせることに余念がないと言うか。とにかく、彼女には感謝感謝なのだ。

「ん……んんっ! んっ……」

 そして今、シャーリーの声がくぐもって聞こえる理由は、口の中に白い布を、猿ぐつわのようにはめているからなのだ。

 始めてすぐは、魔力を当てるだけで喘いでしまい正直治療どころではなく、舌を噛み切る恐れもあった事から、このような処置と相成った。

 口にはめられた布のおかげで、力いっぱい歯を立てる事ができ、精神的に彼女も楽そうに見えるのだが、俺からするとイリスちゃんにシャーリーが責められているような気がして……って、こんな時にまで何を考えてるんだか、俺は。

 けど、動けないように魔力のロープで手足まで縛られ、椅子にくくりつけられている状態を見たら、想像も膨らむというもの。イリスちゃんの両手から放たれる光が傷に当たる度、気持ち良さそうに首を振り回すシャーリーに対して、心の下半身が反応し、欲望を満たしてしまう。

 そんな自分を軽蔑しながらも、俺自身、余裕という余裕はない。バルカイトの魔力が体内に送り込まれると同時に全身には激痛が走り、彼女とは別の意味で、声を押し殺すのに必死なのだ。

 痛みと快楽、相反する二つの感情が悲鳴という行為で繋がった時、二人の体の中を、麻薬のような液体が駆け巡る。自然と視線は絡み合い、愛する者同士、狂乱のハーモニーに溺れてしまう。

 そう思っているのは俺だけかもしれないけど、そうだったら良いなと、彼女の視線を追ってしまう。現金な話だが、この激痛に耐えられるのも、彼女の甘い悲鳴のおかげ。この声が無ければ俺は、もっともっと、子供のように泣き叫んでいた事だろう。

 あれだけ啖呵を切ってこの醜態、彼女の喘ぎを心地よく思ってしまう俺は、霧崎と同じなのかも……

「えっと、その。先輩! 大丈夫なんですか?」

 そんな時、眉を落としていた天道がバルカイトに声をかける。シャーリーと俺、最後までどちらを優先するか悩んでいたようだけど、最終的に俺を選んでくれたらしい。

 喜びの感情が真っ先に来るが、シャーリーを選んで欲しかった気持ちと重なって、うまく言葉にならない。なったとしても、声に出せる程の魔力はまだ無いのだが、何だかとても落ち着かない気分だ。

「あぁ、命に別条はない。こいつ特有の魔力枯渇ってやつさ。ったく、面倒な体してるよな、トオルは」

「面倒、って」

「言い方が悪かった。難儀なやつだよ、ほんと。俺だって、細かい所はわからないのさ。神様ってのがいて、トオルを神剣だと言ったら、俺は信じるね。そういや、女神の嬢ちゃんは、トオルが何か知ってるのか?」

「いえ、不本意ながら、私は何も」

「だろうな。わかってんなら、いの一番に、嬢ちゃんが口を挟むはずだもんな」

 バルカイトにしては珍しい、二人を突き放すような言い分に、正直俺は驚いている。二人に睨まれて尚、取り繕おうとしない態度に、彼の本気が伺えた。それだけ、切羽詰まっていると言うことなのだろう。紳士的なバルカイトが、何の理由もなく、女の子を邪険に扱うわけがない。

 それに「そうだったら、どんだけ楽だろうな」と小さな声で自嘲気味に笑う彼の言葉を、俺は聞き逃さなかった。

 その瞬間、心が体の痛みを超え、全身が虚無に包まれる。これだけの人達に愛されて、俺はいったい何をしているのだろう? 俺は皆に、何かを返せているのだろうか? 

 漠然とした喪失感の中、皆に対する負の感情が、俺の痛みをかき消していく。自信を持てない裏の自分が、再び顔を顕にした瞬間だった。

「ひとまず傷はふさがりました。気分は、どうですか?」

「……ん……だいひょーぶ」

 それから暫くが経ち、シャーリーの治療が終わっても、俺の体は良くなる気配を見せない。これだけ時間がかかるって事は、バルカイトですら手を焼くほど、損傷が酷いという事なのだろう。

 同じ剣である俺と、霧崎の相性が良すぎるのか、それとも、マグマエーテルが邪魔をしているのか。どちらにせよ、バルカイトにも不確定要素増々で、治療はさっぱり進まない。

 せめてもの救いは、俺とシャーリーどちらを心配するべきかと、未だに狼狽えている天道の姿が可愛いって事ぐらいかな。

 悔しいけど、天道を見てると元気が湧いてくる。シャーリーに言ったら怒られるだろうけど、彼女は俺の、心のアイドルだから。

「えっと、遅れて、ごめんね」

「……いい……私が……選んだこと」

 そんな俺のアイドルが、憂いを帯びた表情でシャーロットに話しかける。猿ぐつわを外され、自由になったシャーリーは、自分の体を抱きしめながら彼女を軽くあしらった。

「で、でもでも、あの時のシャーロットの恍惚な表情、凄~く良かったな~。私も、先輩に虐められて、あんな顔してみたい」

「……よく……ない」

 つれない素振りを見せる彼女を、なんとかして喜ばせたいのか、辛そうな彼女そのものを、天道は笑いに変えようとする。しかし、シャーリーは再び彼女の言葉を突っぱね、苦しそうに視線を逸らした。

 こういう状況だ、天道も、サキュバスなりのやり方で励まそうとしているのだろうけど、本当に辛い出来事をネタにされ、笑えるような人間はそういない。

「あ……そうだよね……やっぱり! してもらうなら先輩からだよね! 先輩の手で、ヒィヒィアンアン言わされたいよね!」

「……アサミ……怒る……よッ!!」

 それでも、必死に食い下がる天道であったが、遂にはシャーリーに怒られ、その勢いを失くしてしまう。けど、その反動で快楽の波に火がついたのか、シャーリーは全身を真っ赤に染め、切なそうに息を吐いた。

「ちょ、ちょっと、大丈夫?」

「……近寄ら……ないで……逆……効果」

 そんな彼女を心配し、慌てて近づく天道の右手が彼女の頬に触れそうになった瞬間、精一杯の声を張り上げ、彼女は天道を拒絶する。

「ガビ~ン! 確かに私淫魔だけど、その言いようは酷いんじゃないかな!」

「……ちがう……さわ……られる……と……!? ッツ~~~~~!!」

「悪いが、遊んでるだけなら出ていってくれ。集中できん」

 シャーリーにうとまれ泣き出す天道と、否定しながらも発情するシャーリー。二人のやり取りの煩わしさに耐えかねたのか、バルカイトが背中を向けたまま、二人を一括する。

「いやー、めんごめんご」

 そんな彼に対し、表面上悪気無さそうに謝った天道は、真剣な顔つきで、シャーリーと再び向き合った。

(天道のこと怒らないでやってくれ。あれでもたぶん、気ぃ使ってるはずなんだ)

 空回りし続ける、彼女の優しさを不憫に感じ、自然と俺は天道をフォローしてしまう。

「わかってるよ。あの嬢ちゃん、お前と一緒で不器用そうだもんな」

 とは言え、それが逆効果な事は、シャーリーの苦しむ悲鳴が物語っている。好きを語る時は、あんなにも真っ直ぐなのに、普通の会話だと、どうしてこうまどろっこしくなってしまうのか。

 もしかして、俺相手だから普通に喋れる。なんて考え方は、流石に自惚れ過ぎか。

「ただな、あっちの嬢ちゃんばっか気にかけてると、お嬢が拗ねてヒステリー起こすから、程々にしとけよ。そうなっても俺は一切関与しないからな。不機嫌なお嬢が面倒なのは俺が一番良く知ってる……っと、だいぶ安定してきたな。ちょっと強めに魔力送るぞ」

 辛そうなシャーリーの視線が、私そんなに酷くない、と訴えかけてるような気がするけど、それに反応する余裕はまだ無い。

 それでも、バルカイトの魔力のおかげで、乱れた呼吸はだいぶ落ち着きを取り戻しつつある。先程声が出せたのも、そのおかげだ。

(くっ!)

 だが、一斉に注ぎ込まれた他人の魔力は、俺の体を蝕み、激痛から悲鳴を上げそうになる。他人の血を取り込むと死ぬってのは、こういう感じなのだろう。魔力の濃度が違いすぎて、循環が追いつかない。

 全身がしびれ、岩のように重くなること数瞬、エーテルを流し込まれた時のような、死すら生ぬるい感覚に襲われると思いきや、体内の魔力が一斉に流れ出し、血流が改善される。

 これも、バルカイトの為せる技なのか、それとも、魔力と血液の違いなのか。どちらにせよ、死の危機からは免れられた、って感じか……ほんと、生きることへの執着が強くなったよな、俺。一昔前なら、やっと死ねるとか思ってただろうに。

「……トオル……大丈夫?」

 そんな俺を変えてくれた女性からの言葉、俺のことなんか心配してる場合じゃないだろと言ってやりたい所だったが、それを言うのは無粋と感じ、心の底にしまい込む。

(ああ、大丈夫だよ。すっかり気分もいい)

「……そう……良かっ……つぅ~~!?」

 少しばかり無理をして、元気な自分を演じてみせると、シャーリーは突然苦悶の声を漏らし、こちらに背を向けゴソゴソと体を動かし始める。

(シャーリーも、無理、するなよ)

「……ん……ありが……とう……ちょっと……ごめん」

 俺が優しく声をかけると、彼女はゆっくり立ち上がり、足を引きずりながら部屋を後にした。

「う~ん、あれはこれからエッチなことをする前兆ですな。先輩も、悶々としてるなら私が――」

(いいから、出てけ)

「は~い。シャーロットの痴態は、後でゆっくり説明してあげるからね! それじゃ!」

 そんなシャーリーにつられるかの如く、捨て台詞を残した天道も、胸を踊らせながらこの部屋を出ていく。

(……スクルド、悪い。二人のこと、見張ってきてくれないか? 主に天道の方を中心に)

 一人にするのは二人とも心配だが、あの状態で動くほどシャーリーも向こう見ずじゃないはず。それ以上に、今のシャーリーに近づく天道が、いつ淫魔として目覚めるのか、そっちの方が心配で仕方がない。

「トオル様は、大丈夫なのでしょうか?」

(リィンバース最高の鍛冶師が見てくれてるんだ、時間はかかるかもだけど、問題はないよ。だからさ、頼む)

「……かしこまりました」

 不服そうな表情で、部屋を出て行くスクルドだったが、これで彼女も、俺を気にしなくてすむだろう。無表情を演じていても、体は正直だからな。

 心配してくれるのは嬉しいけど、手や足を常時震わされていては、こちらも落ち着かない。

「えと、バル兄さま?」

「イリスは持ち場に戻ったほうが良い。ソイルも待ってるだろうからな」

「は、はい! それでは、失礼します」

 最後に、一人残されたイリスちゃんも、バルカイトの提案を聞いた後、この部屋を去っていく。残されたのは男二人、これでやっと落ち着ける。
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