俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第五章 もう一人の剣

第247話 小さな光

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「キュ! キュゥゥゥ、キュウウゥゥゥゥゥッ!!」

 全ての希望が絶たれ、霧崎の切っ先が煌めいた瞬間、シャーリーの腹部から、一筋の小さな炎弾が放出される。その一撃は、霧崎に傷こそ与えられなかったものの、奴を怯ませ、彼女の命を繋いでくれた。

 シャーリーを救った幸運の女神様は、腰のポシェットで眠っていた、幼竜のリース。頭だけ覗かせた彼女は、霧崎の事を、親の敵のように睨みつけている。

(これ以上、パパとママをいじめないでください!)

 その表現はまさに正しく、彼女にとって今の俺達は親も同然。そんなリースの登場に、呆気にとられていた霧崎だが、すぐに口元を歪めると、再び大声で笑い出す。

(パパ、だってよ。こんなのに父親呼びさせるとか、お前も大概変態だよなぁ)

(パパを、パパを侮辱しないでください! パパの心は温かいんです。壊すことしか知らない、冷酷なあなたと一緒にしないでください!)

 呼び方一つにまでケチをつける霧崎に、純粋なリースは正面から立ち向かおうとする。淀み無い彼女の瞳に触発された霧崎は、今までで最高の狂気を見せ、リースに襲いかかった。

(黙れよチビ。そこまで言うなら望み通り、てめぇから殺してやるよ)

 彼女の言葉に腹を立てたのか、それとも人間以外には興味がないのか、迷いの欠片も見せず鋭く伸びる霧崎の切っ先。その刃が、リースの鼻を掠める直前、シャーリーの左手が、奴の刀身を抑え込む。

「……リースに……手は……出させない」

(ちっ、そんなチビの魔力はいらねぇと、少しばかし気ぃ緩めすぎたか)

 残り少ない彼女の魔力が、霧崎の汚い力に蹂躙される。そう思い、心臓が止まりそうになったが、奴の力は万能ではなく、発動にある程度の制限があるようだ。

(ったく、くだらねぇお涙頂戴だよなぁ。トオル、気が変わったよ。お前の女、一人残らず目の前で殺してやる。あいつには、最後まで抵抗されたって正直に伝えておいてやっからよ! けどな、その前に)

 またもリースに助けられ、安堵の息を漏らしていると、突然体を持ち上げられ、軽々と俺は振り回される。

(俺達の体って、どうなってるんだろうな!)

 それは一瞬の出来事。この状況で危害を加えられる事なんて無いと、高をくくっていた油断が状況の判断を鈍らせ、精神的防御もままならぬまま、グラシャラボラスの右手によって、後方の大木に叩きつけられる。

(があぁっ!!)

 人間で言うところの、背中の部分が軋みを上げ、激痛に喉から悲鳴がこぼれ落ちた。

「……とお……る」

(パパ!)

 魔力を通していない状態での、物理的衝撃には限界があるらしく、全身から火花が散るような感覚と共に、意識が吹き飛ばされそうになる。

(へぇ、背中って認識を受けるのか。なら、こっちは!)

 続けて地面に叩きつけられ、意識は再び呼び戻されるも、頭を打った衝撃により、脳震盪のうしんとうのように意識が朦朧とした。なんでこういうとこだけ、中途半端に人間なんだよ。

「……とおる……トオル!!」

 頭部の出血と連動するかのように、流れ出た魔力が地面を赤く染めていく。

(良いねぇ、その表情。剣だからって、打ち合い以外で傷つけられないと思ってたかよー。いやー、試してよかったぜ)

 全身が悲鳴を上げ、思考がまわらない。死ぬ、のか? 剣として全力も出せず、物理的になぶられて、死ぬのか俺は? 

(パパ! しっかりしてください! パパ! パパ!!)

 リースにかっこ悪いとこ見せて、そのままおっ死ぬのかよ? 嫌なのに、体が言うことを聞かねぇ。魔力の操作すら、一切受け付けねぇ。

(さて、こっちは存分に楽しんだし、メインディッシュと洒落込もうか。じゃあな、徹の名前をたくさん呼びながら死んでくれよ、シャーリー)

 受け付けなかったはずなのに、霧崎がその名前で彼女を呼んだ瞬間、俺の心臓は万力で潰されたように締め付けられ、意識がクリアになる。

 俺だけにしか呼ばせない神聖な領域、そこに土足で踏み込まれて、彼女という存在そのものを穢されたような、そんな気がしたのだ。

(やめ――)

「そんな事は、この俺がさせない!」

 心も体も踏みにじられ、最後に残された言葉という武器を発しようとした刹那、頭上から一筋の影が躍り出る。

 放り上げられていた霧崎の体が、グラシャラボラスの右手に戻り、刃が振り下ろされる直前、魔神の左手に蹴りをくらわせた影は、彼女を救い出し、お姫様抱っこで地面へと降り立つ。

 その姿はまるで、姫を守る騎士のようだった。俺には絶対真似できない、男としての背中が、この体には眩しすぎる。

「ご無事ですか王女殿下!」

 彼女を助けた男の名は、ソイル・マクラーレン。黒いノースリーブスーツがカッコイイ、鋼の筋肉で戦う、ベルシュローブの守護神。

「舞い踊れ、八翼の疾走! バーストフェザー!!」

 そして、彼の後ろを追従してきたのは、白銀の鎧を纏った赤翼の女神。背中の翼を八枚に分離させ放つと、炎の魔弾は縦横無尽に木々をすり抜け、グラシャラボラスの胴体めがけて一斉に襲いかかる。

 正確無比に飛ぶ女神の魔弾からは、流石のグラシャラボラスも逃げることは出来ず、吸い込まれるように全弾直撃するも、魔神は静かに咆哮を上げた。

(へぇ、本物の女神様とは、驚きだねぇ。その綺麗なお顔を、是非お目にかかりたいもんだが)

「あいにく、貴方様にお見せする汚い顔を、私は持ち合わせていませんので」

(そうかよ、そいつは残念だ)

 二枚に戻した炎の翼で、空を飛ぶスクルドに興味を示した霧崎。その隙を狙ったかのように、俺の体がすくい上げられ、一息の間に後方へと下がりきる。

「スクルド! 先輩回収した! ん? んんっ? ……くんくん、なんか、アンモニアくちゃい」

 息の合った連携で、俺を救い出した天道だが、あまりの臭いに鼻をひん曲げ、しかめっ面で俺を見つめる。まぁ、当然だろうな、乾き始めたとは言え、俺の全身はシャーリーの聖水でぐちょぐちょなのだ。臭いに関しては、我慢して頂く他ない。

「……けん……ふれちゃ……だっ!? つあぁ!」

 バルカイトを含めた皆の到着に安心したのか、シャーリーは再びよがり始め、場の空気は一触即発。霧崎と俺の四人の仲間が、正面切ってにらみ合う。

「あなたは、トオル様とは違うようですね」

(おなじだよ。俺も徹も、ただの剣さ)

(スクルド、そいつと、はなしても、むだ、ゲホ、ゴホ)

「……十分、承知しております」

 俺と同じと認識しながらも、スクルドは霧崎を瞬時に敵だと見定める。その一言目から、奴の話術は始まっていると感じた俺は、最後の力を振り絞り彼女に助言を促した。

(ったく、後から後から、いい女揃えやがって……まっ、いいわ、今日は興が削がれた。後日再戦ってことで、命拾いしたな王女様)

「待ちなさ――」

 その意図が通じているのか、不安に思いながら二人の出方を見守っていると、突然グラシャラボラスは踵を返し、スクルドの静止も意に介さず、木々を蹴散らし俺達の前から姿を消す。

 あまりにも鮮やかな引き際に、拍子抜けする四人であったが、この状況に俺は、深く安堵するしかなかった。
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