俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

文字の大きさ
上 下
248 / 526
第五章 もう一人の剣

第247話 小さな光

しおりを挟む
「キュ! キュゥゥゥ、キュウウゥゥゥゥゥッ!!」

 全ての希望が絶たれ、霧崎の切っ先が煌めいた瞬間、シャーリーの腹部から、一筋の小さな炎弾が放出される。その一撃は、霧崎に傷こそ与えられなかったものの、奴を怯ませ、彼女の命を繋いでくれた。

 シャーリーを救った幸運の女神様は、腰のポシェットで眠っていた、幼竜のリース。頭だけ覗かせた彼女は、霧崎の事を、親の敵のように睨みつけている。

(これ以上、パパとママをいじめないでください!)

 その表現はまさに正しく、彼女にとって今の俺達は親も同然。そんなリースの登場に、呆気にとられていた霧崎だが、すぐに口元を歪めると、再び大声で笑い出す。

(パパ、だってよ。こんなのに父親呼びさせるとか、お前も大概変態だよなぁ)

(パパを、パパを侮辱しないでください! パパの心は温かいんです。壊すことしか知らない、冷酷なあなたと一緒にしないでください!)

 呼び方一つにまでケチをつける霧崎に、純粋なリースは正面から立ち向かおうとする。淀み無い彼女の瞳に触発された霧崎は、今までで最高の狂気を見せ、リースに襲いかかった。

(黙れよチビ。そこまで言うなら望み通り、てめぇから殺してやるよ)

 彼女の言葉に腹を立てたのか、それとも人間以外には興味がないのか、迷いの欠片も見せず鋭く伸びる霧崎の切っ先。その刃が、リースの鼻を掠める直前、シャーリーの左手が、奴の刀身を抑え込む。

「……リースに……手は……出させない」

(ちっ、そんなチビの魔力はいらねぇと、少しばかし気ぃ緩めすぎたか)

 残り少ない彼女の魔力が、霧崎の汚い力に蹂躙される。そう思い、心臓が止まりそうになったが、奴の力は万能ではなく、発動にある程度の制限があるようだ。

(ったく、くだらねぇお涙頂戴だよなぁ。トオル、気が変わったよ。お前の女、一人残らず目の前で殺してやる。あいつには、最後まで抵抗されたって正直に伝えておいてやっからよ! けどな、その前に)

 またもリースに助けられ、安堵の息を漏らしていると、突然体を持ち上げられ、軽々と俺は振り回される。

(俺達の体って、どうなってるんだろうな!)

 それは一瞬の出来事。この状況で危害を加えられる事なんて無いと、高をくくっていた油断が状況の判断を鈍らせ、精神的防御もままならぬまま、グラシャラボラスの右手によって、後方の大木に叩きつけられる。

(があぁっ!!)

 人間で言うところの、背中の部分が軋みを上げ、激痛に喉から悲鳴がこぼれ落ちた。

「……とお……る」

(パパ!)

 魔力を通していない状態での、物理的衝撃には限界があるらしく、全身から火花が散るような感覚と共に、意識が吹き飛ばされそうになる。

(へぇ、背中って認識を受けるのか。なら、こっちは!)

 続けて地面に叩きつけられ、意識は再び呼び戻されるも、頭を打った衝撃により、脳震盪のうしんとうのように意識が朦朧とした。なんでこういうとこだけ、中途半端に人間なんだよ。

「……とおる……トオル!!」

 頭部の出血と連動するかのように、流れ出た魔力が地面を赤く染めていく。

(良いねぇ、その表情。剣だからって、打ち合い以外で傷つけられないと思ってたかよー。いやー、試してよかったぜ)

 全身が悲鳴を上げ、思考がまわらない。死ぬ、のか? 剣として全力も出せず、物理的になぶられて、死ぬのか俺は? 

(パパ! しっかりしてください! パパ! パパ!!)

 リースにかっこ悪いとこ見せて、そのままおっ死ぬのかよ? 嫌なのに、体が言うことを聞かねぇ。魔力の操作すら、一切受け付けねぇ。

(さて、こっちは存分に楽しんだし、メインディッシュと洒落込もうか。じゃあな、徹の名前をたくさん呼びながら死んでくれよ、シャーリー)

 受け付けなかったはずなのに、霧崎がその名前で彼女を呼んだ瞬間、俺の心臓は万力で潰されたように締め付けられ、意識がクリアになる。

 俺だけにしか呼ばせない神聖な領域、そこに土足で踏み込まれて、彼女という存在そのものを穢されたような、そんな気がしたのだ。

(やめ――)

「そんな事は、この俺がさせない!」

 心も体も踏みにじられ、最後に残された言葉という武器を発しようとした刹那、頭上から一筋の影が躍り出る。

 放り上げられていた霧崎の体が、グラシャラボラスの右手に戻り、刃が振り下ろされる直前、魔神の左手に蹴りをくらわせた影は、彼女を救い出し、お姫様抱っこで地面へと降り立つ。

 その姿はまるで、姫を守る騎士のようだった。俺には絶対真似できない、男としての背中が、この体には眩しすぎる。

「ご無事ですか王女殿下!」

 彼女を助けた男の名は、ソイル・マクラーレン。黒いノースリーブスーツがカッコイイ、鋼の筋肉で戦う、ベルシュローブの守護神。

「舞い踊れ、八翼の疾走! バーストフェザー!!」

 そして、彼の後ろを追従してきたのは、白銀の鎧を纏った赤翼の女神。背中の翼を八枚に分離させ放つと、炎の魔弾は縦横無尽に木々をすり抜け、グラシャラボラスの胴体めがけて一斉に襲いかかる。

 正確無比に飛ぶ女神の魔弾からは、流石のグラシャラボラスも逃げることは出来ず、吸い込まれるように全弾直撃するも、魔神は静かに咆哮を上げた。

(へぇ、本物の女神様とは、驚きだねぇ。その綺麗なお顔を、是非お目にかかりたいもんだが)

「あいにく、貴方様にお見せする汚い顔を、私は持ち合わせていませんので」

(そうかよ、そいつは残念だ)

 二枚に戻した炎の翼で、空を飛ぶスクルドに興味を示した霧崎。その隙を狙ったかのように、俺の体がすくい上げられ、一息の間に後方へと下がりきる。

「スクルド! 先輩回収した! ん? んんっ? ……くんくん、なんか、アンモニアくちゃい」

 息の合った連携で、俺を救い出した天道だが、あまりの臭いに鼻をひん曲げ、しかめっ面で俺を見つめる。まぁ、当然だろうな、乾き始めたとは言え、俺の全身はシャーリーの聖水でぐちょぐちょなのだ。臭いに関しては、我慢して頂く他ない。

「……けん……ふれちゃ……だっ!? つあぁ!」

 バルカイトを含めた皆の到着に安心したのか、シャーリーは再びよがり始め、場の空気は一触即発。霧崎と俺の四人の仲間が、正面切ってにらみ合う。

「あなたは、トオル様とは違うようですね」

(おなじだよ。俺も徹も、ただの剣さ)

(スクルド、そいつと、はなしても、むだ、ゲホ、ゴホ)

「……十分、承知しております」

 俺と同じと認識しながらも、スクルドは霧崎を瞬時に敵だと見定める。その一言目から、奴の話術は始まっていると感じた俺は、最後の力を振り絞り彼女に助言を促した。

(ったく、後から後から、いい女揃えやがって……まっ、いいわ、今日は興が削がれた。後日再戦ってことで、命拾いしたな王女様)

「待ちなさ――」

 その意図が通じているのか、不安に思いながら二人の出方を見守っていると、突然グラシャラボラスは踵を返し、スクルドの静止も意に介さず、木々を蹴散らし俺達の前から姿を消す。

 あまりにも鮮やかな引き際に、拍子抜けする四人であったが、この状況に俺は、深く安堵するしかなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...