俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第五章 もう一人の剣

第245話 囚われの天使

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「なんで、はんのう、でき、ッツ~!」

 それに、問題はそこだ。彼女の動きは、完全に死角を捉えていたはずなのに、奴は何故、正確にあそこまで反応出来たのか、それは俺にも疑問だった。

(あー、あんたが完全なら、今のもついてけねーんだろうけどよ、徹の汁じゃ二割ってところだろ? それじゃ俺には届かねぇ)

(汁……って)

 どうしてこいつらは、こういう卑猥な表現しか出来ないんだ。快楽至上主義のイカレポンチ共が……くっ、俺まで乗せられてどうする。

 自己主張も勿論だろうが、奴らがいやらしい表現を含むのは、俺達にとってそれが効果的だとわかっているからだ。人の欲を否定する事、それは綺麗事なのかもしれない。それでも、暴虐の限りを尽くし、シャーリーを傷つけようとするこの男を、俺は、俺は! 

(その、でぃあなんとかってのさ、童話で例えりゃ、王子様の目覚めのキスだろ? 王女様の呪いを解くには、最善の方法だよなぁ。けどよ、徹の濁った唾液程度じゃ、解けるのはせいぜい顔まで。今のあんたは、首から下が眠ったままなのさ)

 霧崎の言動を否定しながらも、俺の心は奴の論理に打ち負かされていく。考えないようにしてきたが、奴の言う通り、俺の力は不完全なのかもしれない。

 エーテルを取り込み、強くなったと思っていたけど、中途半端にディアインハイトの出力を強めたおかげで、二人のバランスを崩し、逆に彼女を苦しめていただけなのではないだろうか? 

 そうだよ、今の彼女が完全なら、俺なんかに振り回されるはずがないんだ。それに、数分打ち合っただけで、俺達の状態を見抜いた霧崎は、間違いなく殺しのプロ。そんな相手に、俺で勝てるのか? シンジに不良品扱いされたこの俺に、勝ち目なんて……

「トオルを、トオルをバカにしないで」

 奴の言葉に打ちのめされ、疲弊する俺の弱い心は、押し殺した王女様の声で息を吹き返す。

(バカになんてしてねぇさ、事実を言ってるだけだよ俺は)

「彼は私を助けてくれた。自らの人生全てをかけて、私を守ってくれたの。そんな彼を侮辱することは、私が許さない!!」

 本当なら、立っているのも辛いはずなのに、内股になる両足を庇いながら俺の誇りを守ろうとしてくれている。そんな彼女の、見るからに辛そうな表情を見て、俺の中で何かが変わった。

 淫欲に耐えて戦う、健気な女の子の前で、男の俺が諦めてどうする。彼女が信じる俺を信じる、今はそれで良いじゃないか。

 それに、戦いはこれからだ。まだ負けたわけじゃない。

(許さなくても結構だが、そんなに取り乱して良いのかよ? 徹に、嫌われちまうぜ?)

「うるさい!!」

 だから俺は、グラシャラボラスに飛びかかるシャーリーのために、全ての魔力を刀身へと送り込んだ。

(真っ直ぐなこって。けどな、そういう女の方が……)

(なっ!? 正面!)

(扱いやすくて、助かるんだよ!)

 しかし、その先は霧崎の領域。全てが奴の思いのままと、俺の切っ先は、霧崎の刀身へと吸い込まれるように突っ込んでいく。そして、俺の体が霧崎の側面に触れた瞬間、魔力で出来た幻惑の大蛇が、再び一斉に俺の体へと食らいついた。

(くっ、まさか、どこでも、がぁぁ!)

(ったく、呆れるぐらいに有効な戦術だぜ)

 五匹の蛇に噛みつかれ、全身に毒が回る。幻覚だとわかっているのに、脳はそれを拒絶できず、感覚が痛みに支配されていく。

(ガッ、があぁァァァァァァァッッ!!)

 魔力が吸われ、意識が、思考が、霞のように消え始める。

「クッ!」

(自分から突っ込んできたんだ! 止まらねぇよな! 止められねぇよなぁ! 王女様!!)

 状況が最悪なのはわかってる。それでも、俺には何も出来ない。悔しそうに歪むシャーリーの顔を、見ていることしか出来ないんだ。後はただ、ミイラのように干からびるまで、後悔するしか……

「とお、る、ああァァァァァァ!!」

 前にも後ろにも進めない、そんな絶望的状況に身を任せる俺の後ろで、シャーリーは方向を変えようと、全力で雄叫びを上げ続ける。

 美しい彼女の顔が、ひん曲がって戻らなくなるのでは、と心配になるぐらいシャーリーは力を込め、俺の存在を救おうとする。

 右腕の血管から、悲鳴が聞こえるほど躍起になる彼女であったが、それでも、俺の体はびくともしない。このままじゃ間違いなく共倒れ。それだけは避けたいのに、痛みで声すらまともに出すことが出来ない。

 完全に詰んだ。そう思った瞬間、彼女の背中に二枚の翼が現れ、羽ばたく力で強引に推力を殺し、俺の体を霧崎の刀身から遠ざけた。

(ヒュー! ブラボー! けどな、あんたのそういう素直な所が、命取りなんだよー!)

 俺の進化と同時に、顕現できるようになった背中の翼は、彼女の魔力を急速に消耗させる。初めての時は、マグマエーテルが生み出す大気中の魔素のおかげで維持できていたが、魔力の薄いこの場所では、使用すること自体が自殺行為。

 負荷のかかった彼女の体は、空中で身動きが取れず、グラシャラボラスの左手に、あっさりと掴まってしまう。

「ッ!? あっ!」

 巨大な魔神に掴まれた激しい衝撃に、彼女の背中の翼は離散し、緩んだ右手からすり抜けた俺の体は、地面へと落下を始める。

 翼をもがれた麗しの女神が、通りすがりの少年に助けを求める。落ちていく俺の両目には、そんな風に彼女が映り、届かない両手が自分の無力さを教えてくれた。……伸ばす手も無いのに、何を言ってるん――

 背中にかかる衝撃に、意識が再び混濁する。この程度の落下の衝撃、痛みなど感じないはずなのに、それだけ俺が、今の現実から目をそむけたがっている証拠なのかも。

(しっかし、脆いねぇ。ちょっと男にちょっかいかけただけでこれとか、繊細すぎるにも程がある。戦い向きじゃねーよあんた。まっ、そういう女を壊すのも、嫌いじゃねーけどな)

「うるさ、あ、があぁぁぁぁ!!」

 今までの戦いが、まるで子供の喧嘩であったかのように思えてくる一方的な状況に、俺は戦意を失くしていく。しかし、聞こえてきたシャーリーの悲鳴に、意識は強引に覚醒した。

(おっと、グラシャラボラス。無断で殺していいなんて、俺は一言も言ってね―ぞ。ご主人さまに逆らったらどうなるか、わかってんだろうな?)

 彼女を握りつぶそうと、力を込めたグラシャラボラスは、霧崎の視線を感じ、まるで怒られたペットのように、左手を緩め萎縮する。

 訳知り顔な言動に、魔神を制する発言力。俺と同じ立場だと言うのに、霧崎と言う男は、敵の幹部クラスだとでも言いたいのか? 

「悪いな姫様、俺の相棒が失礼して。内蔵とか大丈夫だろうな? ちゃんと叫んでくれねぇと、面白みが半減するからよ」

 シャーリーの体を、おもちゃのように扱われていると言うのに、反論する力もわいてこない。体内の魔力が無くなりすぎて、あのとき同様、喋る事すら出来ないのだ。

「さて、お待ちかねの調教の時間だ。たっぷりサービスするからよ、いい声で鳴いてくれよ!」

 そんな俺を気にすることなく、振りかざされた霧崎の刃が、シャーリーの左太ももを貫き通す。

「くっ! あっ、いやっ、はぁあああぁん!!」

 必死になって、快楽に抗うシャーリーであったが、種としての本能的な力には逆らえず、艶めかしい悲鳴を上げ、右足をピンと突っ張らせる。

 あられもない彼女の姿を直視できず、すぐさま視線を逸らすと、ボタ、ボタと、大粒の雨のように彼女の血が、一滴ずつ俺の体へと降ってきた。

 血に残る、生々しい魔力の残り香に彼女を感じ、暴れだす男としての欲望に抗っていると、シャーリーの体が突然光を放ち始める。俺からの供給が絶たれ、急速に魔力を吸い取られた彼女の体は、幼女の姿に戻ってしまった。

「……はぁ……はぁ……とお……る」

 縮んでしまったシャーリーの、弱々しい天使のような泣き声が、俺の心を苦しめる。

(愛しの王女様が、お前の名前を呼んでるぜぇ!! さぁ、なんとかしないのかよ? 徹ぅ!!)

 悔しいが、俺の刀身からだは動かない。もし、動けたとしても、この怒りを力に変える魔力すら、俺にはもう残っていないのだ。

(そっか、そっか。何もする気がねぇのなら、俺様がひん剥いてやるよ)

 布の裂ける音が聞こえ、彼女の首に巻かれたケープが、風に乗って飛んでいく。まさかこいつ、本当に彼女を脱がす気じゃ!? 

(ただし、剥くのはこの柔らかくて最高な、女の肉と肌だけどなぁ!)

 霧崎の宣言通り、奴が動くと同時に、彼女の肌から血が流れてくる。しかし、かなり濃厚に味わっているのか、落下する血液の量は少ない。とは言え、彼女の繊細で瑞々しい肌が、傷つけられていることに変わりはなく、ところどころ小さな布片も落ちてくる。

 少しずつ裂かれる服に、いつ剥かれるかもしれない恐怖。今も彼女は、襲い来る快楽の波に耐え、漏れ出る悲鳴を最小限に抑えようと、必死になって抗っている事だろう。

 俺がいなければ、彼女は無理をせず、喘ぎ散らすことが出来るのだろうか? 見えないからこそ妄想が幻覚を生み、彼女の苦しみが俺の心を締め付ける。

 初めて俺は、二次元で鍛えられてきた、自分の妄想力を恨んだ。自分の感性が、もっともっと貧弱なら、よがり狂う彼女を想像しなくて済んだのに……

(王子様が見えなくて、そろそろ寂しいよな? 王女様?)

「!? だ……だめ!」

(正直になれよ。ほら、感動のご対面だぜ!)

 そんな彼女を少しでも楽にさせたいと、無意識に方法を探る中、霧崎はシャーリーを、俺の正面へと無理やり向かせ、楽しそうに笑い出す。

 彼女の四肢に傷のない部分はなく、服も絶妙に切り裂かれ、彼女は羞恥に視線をそらす。そしてこの角度、染みの出来た彼女の下着が見えていることに、自然と体は興奮を覚えた。

 国宝級の白い素肌が、少しずつ赤に汚されていく。彼女の顔に傷がないのが、せめてもの救いだが、真っ赤に染まった頬を見せられ、それ以上の屈辱を感じてしまう。

 シャーリーの全てが霧崎の手で塗り替えられ、男としての自信が砕かれていくのを感じた。
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