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第五章 もう一人の剣
第241話 自由と絶望と悦楽に塗れた剣
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(悪い悪い、今のはジョーダンだ。流石にこの体は想像できなかったよ。それに、死んだらたまたま御眼鏡に適ってラッキー、って感じだもんな俺達。まっ、こっちの神様には感謝してるぜ。俺の生きがいって奴を、無条件で満たしてくれたんだからな。お前も……楽しいだろ?)
それでも、思考を止めるわけにはいかない。ここで全てを認めて、魔神に手を貸す奴らと同じだなんて、シャーリーに思われたくないから。
(楽しいかはわからないけど、神様って奴には、それなりに感謝してる)
目の前の男の生きがいとか、そんなものはどうでもいい。けど、シャーリーに引き合わせてくれたんだ。そんな神様を否定したら、罰が当たる。
(あー、お前、この姿になりたくてなったわけじゃ無かったんだよな。そりゃ、感性も違って当然か)
むしろ、どういう感性の持ち主なら、剣になりたいと思うのか、俺が聞きたいぐらいだよ。
(けど、案外良いだろ? この体も)
(そう、だな……意外と悪くない)
大好きな女の子と、いつも肌見離さず側に居られる。その点に関しては、本当に最高だからな。だが、俺の考えと奴の考えが、百八十度間違っていたことに、次の言葉で気付かされる。
(だろ! 良いよな、あの肉を切り裂く感触とか、全身に纏わりつく血液の熱さとか。骨を砕く瞬間の鈍い感覚とか、臓器が潰れる音を間近で聞ける悦楽とかよ……ん? 何、変な顔してんだよ)
駆け抜ける悪寒と共に、全身の魔力が逆流を始める。ありえない思考の連続に、遂に脳が、考える事を放棄した。
(お前……何言ってんだよ?)
(何って、お前も楽しんでるんだろ? 殺しってやつをさ)
殺しを、楽しむ。狂気に満ちた言葉の羅列に、吐き気を覚えた俺は、危うく意識を飛ばしそうになる。一人であれば、そのまま気をやってしまう所であったが、力いっぱい柄を握る手の平の感触に、俺という存在は救われた。
(最高だよな、この世界。何匹、何人殺したって、何一つ言われないんだぜ! 追っかけられることもないしよ。一つばかし不便なのは、自分自信で動けないってことだが、人間の体じゃ得られないような快楽を与えてもらったんだ、そのぐらいは妥協しないとな)
わからない。人間として、なんでそんな事が言えるのか、俺には、理解できない。
(……なんで)
(あ?)
(なんで……なんでそんな事を!)
恐怖と怒りが混ざり合い、正常な言葉が頭から出て来ない。それでも、奴を否定しなければと、心の根が叫びを上げる。
(なんでって、そりゃ楽しいからだろ? 当たり前の事聞くなよ。それに、斬ってんだろ? その女のためにお前もさ。綺麗事ぬかすなよ)
(お前とは――)
違う、とは言えなかった。
確かに俺は、まだ人を斬ってはいない。けれど、魔神の一部は元人間だ。それに、これから先、彼女が人と争わないとも限らない。その時俺は、この体で、相手を殺さないと言えるだろうか……
(第一、俺達は絶望させられたんだぜ。生まれた瞬間から未来のない、そんな世界を作ってきた大人たちによ。そいつらだって好き勝手にやってきたわけじゃねぇか。だったらよ、俺が好き勝手やったって、そいつらからお咎め食らう意味がわからねえし、罰も当たらねぇ。ってなわけで、俺は好きにやってきたってわけだよ、人殺しってやつをな)
くそっ! 何を、いってるんだこいつは! それに、人殺しをやってきたってなんだよ? まるで、何年も何年も、続けてきたような言い回ししやがって。一体、何者なんだ、こいつは。
(それに、俺にだってそれなりの正当性はある。俺は昔、酷い怪我をおったんだよ。それも、親の不始末でな。この顔に、癒えることのない傷がついた。まっ、それだけなら別に構わなかったんだけどよ。あいつら、俺を化物でも見るような目で見やがった。会うやつ会うやつ全部全部、顔の傷が酷いってだけで、俺様のことを見下しやがったのよ。わかるか? 勝手に生んだ人間の、自堕落な生活のせいで、生き地獄に落とされる気分ってやつをよ)
ホログラムとして浮かぶ奴の顔には、それらしい傷は見当たらない。転生と同時に、神様が治したのだろう。それに、奴の言うことも、少しは理解出来る。
俺達の生まれた時代は、言うこと成すこと全てがちぐはぐな、自分の地位と利益を優先する大人たちに振り回されて、子供は夢を見れなくなっていた。
そんな事では生きていけない、現実を見ろと、まるで自分達の失敗やストレスを子供にぶつけ、俺達はこれだけ苦労して来たのだから、お前らも苦しめと言わんばかりに、考えを押し付ける。
表面上、少しは良くなったと思えた時期もあるけど、結局は利益利益で、社員は搾取されるだけって話を、ネットで良く見かけた。
子供の俺に実情はわからない。けど、ネガティブな話が、これだけ乱立されているんだ。少なくとも、半数以上が事実であると、信じてしまうのが子供ってもんだよ。
しかも、親にまで見放されて、奴の感情がどす黒く塗り固まるには十分すぎると思う。
(とは言え、人間失敗の一つや二つはある。寛大な俺様は、我慢に我慢を重ねてやった。けどな、許せねぇものが一つあったんだよ。それはな……偉そうな人間のそういう視線だ。まともな人間のフリしてる、教師の目ですらうんざりだったのに、ネットやメディアで御高説たれてるような奴らが俺を見た瞬間、恐怖と嫌悪の混ざった瞳で俺を見やがった。俺は、思ったね。この偽善者がってよ)
アイドルに政治家、有名人に社長。どんなに偉い肩書きがあろうと、結局中身は同じ人間。それについては、天道を見て、よくわかってるつもりだ。故に、理解が追いつかないものを拒絶し、恐怖してしまう感情も、今ならわかる。
けど、自らの発言が、世界に対しどれだけの影響を与えるのか、その重さと自由を、もう少しだけわきまえて欲しいとは俺も思う。
(だから、俺はなってやったんだ。あいつらが望む、化け物ってやつによ!)
その責任と、自覚の無さの結果が、こいつって訳だ。
人ってやつは無責任で、言葉じゃうまいこと言っても、実際に助けてやるわけじゃない。勿論、俺とシャーリーみたいに、命がけで守り合う関係もあるけど、そこまで強い絆を結べる人間はそういないし、こいつの側に居ても、助けられた自信はない。だから、偉そうには言えないけど、心無い誰かの言動が、こういう悪魔を生むんだって……
(最高だったぜ、そこら辺で管巻いてる偉そうなおっさんがビビって逃げ腰になる様とか、他人を見下して生きてるやつが見下されて助けを乞う様とかよ。特に楽しかったのが、金持ちのボンボンの足だけ縫って、真横でそいつの女をメッタメタにしてやった時だった。まぁ、幾つかパターンはあったが、大抵が自分だけ助けてくれってやつばっかりでな。正直それはつまんなかったが、たまに女の方を助けてくれっていうナイスガイがいてよ、そいつの目の前で女の顔を恐怖に歪めて、物言わぬようになってからくっつけてやるの、あれは最高に楽しかったぜ。危うく気が緩みすぎて昇天するぐらい、本当に楽しかった!)
そこで俺は気がついた。やつが話した会話の内容、その幾つかに聞き覚えがある。あれはたしか、俺が中等部に上がった頃だから……六年ぐらい前の事、ある一大事件が世間を騒がせていた。
それは……
(まさか、お前……連続バラバラ殺人事件の犯人……)
(おう、流石に知られてるか。そうだよ、俺が百人殺して回った、霧崎雅人だよ)
最悪だ。まさか異世界で、過去の殺人鬼の生まれ変わりに出くわすなんて。手のひらを返すようで悪いが、神様、俺は今、あんたのことを盛大に恨むぜ。
(ただなぁ……正直最近つまんなくてよ。おんなじ顔ばっかで見飽きたっていうか、信念みたいなのが無くってな、満たされなくなっちまってよ。もっと大物の上玉でも狙ってみるか、とも考えたんだが、よく考えてみりゃあいつら、偉そうなおっさんと変わらねぇんだよな。警官とかSPなんて面倒臭いの相手にしてまでやるメリットが無くてよ。なんだかんだで人間一人じゃ、権力を取り巻く力には無力ってわけ。華々しく散るのも、俺の趣味じゃねぇしな。そんな所で二度目の絶望をしてな、追っかけられるのも面倒になって、自害したってわけよ。いやー、司法様の手を煩わせないとか、俺様最強だよな。ブラックな奴だけ殺して、自分から死んだんだからよ!)
あの時期の評判を、俺も少しは知っている。クソな上司が死んだとか、酷い重役がいなくなって、会社の利益が上がったなんて、称賛の言葉が多かったのを覚えている。
殆どが、眉唾ものな情報だったけど、これでこの国は変わる、保身だけを考えてると殺される時代が来たなんて言われて、一部からはめちゃくちゃ神格化されてたっけ。それだけ皆が、不満を持って生きてたんだと思う。
俺だって、幸せな人生はない、いつ死んでも良いって思って生きて来たから、湧き上がる気持ちを否定はできない。けど、こいつのやった事を認めて良いのかと聞かれれば、疑問は残る。
間違いを正すための法が機能していないのなら、新たな何かでそいつらを止めなくてはならない。ただ、恐怖や殺しで縛るのが本当に正しいのか? 皆がそれに頼った時、世界はどうなってしまうのか。それを考えれば、やはりリスクの方が大きいように俺には思えた。
(なんてさ、死んでみたら変なとこに連れてかれてよ、好きな願いを一つだけ叶えてやると来たもんだ。それだったら、人間じゃ絶対に出来ないことをしてみたいと思ってな、この体になったってわけさ)
人殺しを英雄譚のように誇る霧崎の言葉に、内心吐き気を覚えながらも、高らかに笑う奴の姿を俺は睨みつける。相手がどれだけ化け物であろうと、人間として、気持ちだけは負けてはいけないと思ったのだ。
(それに、一つ言わせてもらうぜ。俺はな、弱い人間を手に掛けたことはない。ぶっちゃけ、お前も対象外だ。死にたいとこまで追い詰められたってことは、それだけ我慢して来たんだろ? そういう奴の俺は味方だ。むしろ、お前も楽しめよ、異世界でぐらいさ)
(楽しんでるよ、十分にさ。大切な人の隣に居られて、大切な人を守れる力がある。それだけで俺には、十分すぎるんだよ)
そう、こいつと俺は違う。例え何と言われようと、俺が振るうのは、大切な人を守るための力だ。俺はあの頃の、部屋でうずくまるだけの、惨めな自分じゃない。
(お前、名前は?)
(……徹、明石徹)
(なぁ徹、本当の本当にこれが最後だ。こっち側に付く気は無いか?)
「……なんで……トオルに……執着するの?」
それぞれの想いが交錯し、三人の視線が絡み合う。
俺にとって奴は敵だ。相手が殺人鬼でも、いや、殺人鬼だからこそ、臆さずここで止めないといけない。それに、奴が俺に執着する理由は、俺自身も気になる。
(いやまぁ、徹については、俺が気に入ってるだけなんだけどよ。なんでも、うちの大将、あんたのことやけに気に入っててな。できれば生きたまま連れ帰りたいんだとよ。俺は徹を気に入ってる、大将はあんたを気に入ってる。お誂え向きのカップリングだと思わないか? 俺としては、斬ってみたくてたまらねぇんだけどよ、クライアントの命令には従わないといけねぇ。じゃねぇと、捨てられちまうからな。そこだけはほんと、不便な体だぜ)
……どうやら、純粋に気に入られたようである。女の子だけでも手一杯なのに、悪男にまで好かれるとか、こっちに来てから俺、疫病神にでも憑かれてるんですかね?
それよりも、敵の親玉が何を考えているかだ。シャーリーを殺せと、命令するなら俺にもわかる。けど、生け捕りにしろって事は、彼女に何かをさせようとでも言うのか?
「……断る」
しかし、目の前の男の挑発には乗らず、彼女は俺を、霧崎の刀身に向けて突き出す。
「……王女として……国を乱すものには……屈しない」
そうだ、何を迷ってる。俺はシャーリーの剣、王女様の剣なんだ。血みどろになろうとも、彼女の道を切り開く。それが俺の、やるべきことだ。
それに、目の前にそびえ立つ巨大な魔物は、間違いなく魔神だ。あれを倒さなければ、ベルシュローブが滅びる。
(良いねぇ、その表情。こういうやつこそ、殺しがいがあるってもんだ)
加えて、霧崎は彼女と殺る気満々だ。初めて同類と出会い、言葉の重みに惑わされたけど、最初から、迷う必要なんてなかったんだ。やることは一つ、この体で、大切なものを守る!
(ただ、やっぱり知らないってわけか)
戦いのゴングが鳴り響く直前、奴はいきなり、意味深な言葉を俺達に投げかける。
「……知ら」
(ない?)
なんだこいつ、何を言ってやがる?
(おっと、口が滑った。でも残念、口止めされてるんだなこれが。でも、これで俺と戦う理由が増えただろ)
なるほど、これも一種の駆け引きってわけか。こちらの動揺を誘いながらも、興味を惹かせて絶対に逃さないと。殺しにかけて妥協はしない。恐らく、今までで一番厄介な相手だ。
「……勝ったら……吐いてもらう……包み隠さず」
(また引き締まった。そう来なくっちゃ)
殺気立つ彼女の瞳に対し、不敵な笑みを浮かべる霧崎。満ち足りた奴の表情を見ていると、ここまでの全ての会話が、彼女を獲物として引き立てるためのスパイスだったような気がしてならない。
(シャーリー、気をつけろ。あいつは純粋に、お前を殺すことを楽しもうとしてる。だから――)
「……わかってる」
奴の気味の悪さを彼女も理解しているのか、俺を握る右手が、少しだけ震えていた。
(殺しちまうのは副次的なんだが……まぁいいか。結局最後は殺すんだからよ!)
シャーリーを怯えさせた挙げ句、殺しを楽しむこんな男に、負けてたまるかよ。
それでも、思考を止めるわけにはいかない。ここで全てを認めて、魔神に手を貸す奴らと同じだなんて、シャーリーに思われたくないから。
(楽しいかはわからないけど、神様って奴には、それなりに感謝してる)
目の前の男の生きがいとか、そんなものはどうでもいい。けど、シャーリーに引き合わせてくれたんだ。そんな神様を否定したら、罰が当たる。
(あー、お前、この姿になりたくてなったわけじゃ無かったんだよな。そりゃ、感性も違って当然か)
むしろ、どういう感性の持ち主なら、剣になりたいと思うのか、俺が聞きたいぐらいだよ。
(けど、案外良いだろ? この体も)
(そう、だな……意外と悪くない)
大好きな女の子と、いつも肌見離さず側に居られる。その点に関しては、本当に最高だからな。だが、俺の考えと奴の考えが、百八十度間違っていたことに、次の言葉で気付かされる。
(だろ! 良いよな、あの肉を切り裂く感触とか、全身に纏わりつく血液の熱さとか。骨を砕く瞬間の鈍い感覚とか、臓器が潰れる音を間近で聞ける悦楽とかよ……ん? 何、変な顔してんだよ)
駆け抜ける悪寒と共に、全身の魔力が逆流を始める。ありえない思考の連続に、遂に脳が、考える事を放棄した。
(お前……何言ってんだよ?)
(何って、お前も楽しんでるんだろ? 殺しってやつをさ)
殺しを、楽しむ。狂気に満ちた言葉の羅列に、吐き気を覚えた俺は、危うく意識を飛ばしそうになる。一人であれば、そのまま気をやってしまう所であったが、力いっぱい柄を握る手の平の感触に、俺という存在は救われた。
(最高だよな、この世界。何匹、何人殺したって、何一つ言われないんだぜ! 追っかけられることもないしよ。一つばかし不便なのは、自分自信で動けないってことだが、人間の体じゃ得られないような快楽を与えてもらったんだ、そのぐらいは妥協しないとな)
わからない。人間として、なんでそんな事が言えるのか、俺には、理解できない。
(……なんで)
(あ?)
(なんで……なんでそんな事を!)
恐怖と怒りが混ざり合い、正常な言葉が頭から出て来ない。それでも、奴を否定しなければと、心の根が叫びを上げる。
(なんでって、そりゃ楽しいからだろ? 当たり前の事聞くなよ。それに、斬ってんだろ? その女のためにお前もさ。綺麗事ぬかすなよ)
(お前とは――)
違う、とは言えなかった。
確かに俺は、まだ人を斬ってはいない。けれど、魔神の一部は元人間だ。それに、これから先、彼女が人と争わないとも限らない。その時俺は、この体で、相手を殺さないと言えるだろうか……
(第一、俺達は絶望させられたんだぜ。生まれた瞬間から未来のない、そんな世界を作ってきた大人たちによ。そいつらだって好き勝手にやってきたわけじゃねぇか。だったらよ、俺が好き勝手やったって、そいつらからお咎め食らう意味がわからねえし、罰も当たらねぇ。ってなわけで、俺は好きにやってきたってわけだよ、人殺しってやつをな)
くそっ! 何を、いってるんだこいつは! それに、人殺しをやってきたってなんだよ? まるで、何年も何年も、続けてきたような言い回ししやがって。一体、何者なんだ、こいつは。
(それに、俺にだってそれなりの正当性はある。俺は昔、酷い怪我をおったんだよ。それも、親の不始末でな。この顔に、癒えることのない傷がついた。まっ、それだけなら別に構わなかったんだけどよ。あいつら、俺を化物でも見るような目で見やがった。会うやつ会うやつ全部全部、顔の傷が酷いってだけで、俺様のことを見下しやがったのよ。わかるか? 勝手に生んだ人間の、自堕落な生活のせいで、生き地獄に落とされる気分ってやつをよ)
ホログラムとして浮かぶ奴の顔には、それらしい傷は見当たらない。転生と同時に、神様が治したのだろう。それに、奴の言うことも、少しは理解出来る。
俺達の生まれた時代は、言うこと成すこと全てがちぐはぐな、自分の地位と利益を優先する大人たちに振り回されて、子供は夢を見れなくなっていた。
そんな事では生きていけない、現実を見ろと、まるで自分達の失敗やストレスを子供にぶつけ、俺達はこれだけ苦労して来たのだから、お前らも苦しめと言わんばかりに、考えを押し付ける。
表面上、少しは良くなったと思えた時期もあるけど、結局は利益利益で、社員は搾取されるだけって話を、ネットで良く見かけた。
子供の俺に実情はわからない。けど、ネガティブな話が、これだけ乱立されているんだ。少なくとも、半数以上が事実であると、信じてしまうのが子供ってもんだよ。
しかも、親にまで見放されて、奴の感情がどす黒く塗り固まるには十分すぎると思う。
(とは言え、人間失敗の一つや二つはある。寛大な俺様は、我慢に我慢を重ねてやった。けどな、許せねぇものが一つあったんだよ。それはな……偉そうな人間のそういう視線だ。まともな人間のフリしてる、教師の目ですらうんざりだったのに、ネットやメディアで御高説たれてるような奴らが俺を見た瞬間、恐怖と嫌悪の混ざった瞳で俺を見やがった。俺は、思ったね。この偽善者がってよ)
アイドルに政治家、有名人に社長。どんなに偉い肩書きがあろうと、結局中身は同じ人間。それについては、天道を見て、よくわかってるつもりだ。故に、理解が追いつかないものを拒絶し、恐怖してしまう感情も、今ならわかる。
けど、自らの発言が、世界に対しどれだけの影響を与えるのか、その重さと自由を、もう少しだけわきまえて欲しいとは俺も思う。
(だから、俺はなってやったんだ。あいつらが望む、化け物ってやつによ!)
その責任と、自覚の無さの結果が、こいつって訳だ。
人ってやつは無責任で、言葉じゃうまいこと言っても、実際に助けてやるわけじゃない。勿論、俺とシャーリーみたいに、命がけで守り合う関係もあるけど、そこまで強い絆を結べる人間はそういないし、こいつの側に居ても、助けられた自信はない。だから、偉そうには言えないけど、心無い誰かの言動が、こういう悪魔を生むんだって……
(最高だったぜ、そこら辺で管巻いてる偉そうなおっさんがビビって逃げ腰になる様とか、他人を見下して生きてるやつが見下されて助けを乞う様とかよ。特に楽しかったのが、金持ちのボンボンの足だけ縫って、真横でそいつの女をメッタメタにしてやった時だった。まぁ、幾つかパターンはあったが、大抵が自分だけ助けてくれってやつばっかりでな。正直それはつまんなかったが、たまに女の方を助けてくれっていうナイスガイがいてよ、そいつの目の前で女の顔を恐怖に歪めて、物言わぬようになってからくっつけてやるの、あれは最高に楽しかったぜ。危うく気が緩みすぎて昇天するぐらい、本当に楽しかった!)
そこで俺は気がついた。やつが話した会話の内容、その幾つかに聞き覚えがある。あれはたしか、俺が中等部に上がった頃だから……六年ぐらい前の事、ある一大事件が世間を騒がせていた。
それは……
(まさか、お前……連続バラバラ殺人事件の犯人……)
(おう、流石に知られてるか。そうだよ、俺が百人殺して回った、霧崎雅人だよ)
最悪だ。まさか異世界で、過去の殺人鬼の生まれ変わりに出くわすなんて。手のひらを返すようで悪いが、神様、俺は今、あんたのことを盛大に恨むぜ。
(ただなぁ……正直最近つまんなくてよ。おんなじ顔ばっかで見飽きたっていうか、信念みたいなのが無くってな、満たされなくなっちまってよ。もっと大物の上玉でも狙ってみるか、とも考えたんだが、よく考えてみりゃあいつら、偉そうなおっさんと変わらねぇんだよな。警官とかSPなんて面倒臭いの相手にしてまでやるメリットが無くてよ。なんだかんだで人間一人じゃ、権力を取り巻く力には無力ってわけ。華々しく散るのも、俺の趣味じゃねぇしな。そんな所で二度目の絶望をしてな、追っかけられるのも面倒になって、自害したってわけよ。いやー、司法様の手を煩わせないとか、俺様最強だよな。ブラックな奴だけ殺して、自分から死んだんだからよ!)
あの時期の評判を、俺も少しは知っている。クソな上司が死んだとか、酷い重役がいなくなって、会社の利益が上がったなんて、称賛の言葉が多かったのを覚えている。
殆どが、眉唾ものな情報だったけど、これでこの国は変わる、保身だけを考えてると殺される時代が来たなんて言われて、一部からはめちゃくちゃ神格化されてたっけ。それだけ皆が、不満を持って生きてたんだと思う。
俺だって、幸せな人生はない、いつ死んでも良いって思って生きて来たから、湧き上がる気持ちを否定はできない。けど、こいつのやった事を認めて良いのかと聞かれれば、疑問は残る。
間違いを正すための法が機能していないのなら、新たな何かでそいつらを止めなくてはならない。ただ、恐怖や殺しで縛るのが本当に正しいのか? 皆がそれに頼った時、世界はどうなってしまうのか。それを考えれば、やはりリスクの方が大きいように俺には思えた。
(なんてさ、死んでみたら変なとこに連れてかれてよ、好きな願いを一つだけ叶えてやると来たもんだ。それだったら、人間じゃ絶対に出来ないことをしてみたいと思ってな、この体になったってわけさ)
人殺しを英雄譚のように誇る霧崎の言葉に、内心吐き気を覚えながらも、高らかに笑う奴の姿を俺は睨みつける。相手がどれだけ化け物であろうと、人間として、気持ちだけは負けてはいけないと思ったのだ。
(それに、一つ言わせてもらうぜ。俺はな、弱い人間を手に掛けたことはない。ぶっちゃけ、お前も対象外だ。死にたいとこまで追い詰められたってことは、それだけ我慢して来たんだろ? そういう奴の俺は味方だ。むしろ、お前も楽しめよ、異世界でぐらいさ)
(楽しんでるよ、十分にさ。大切な人の隣に居られて、大切な人を守れる力がある。それだけで俺には、十分すぎるんだよ)
そう、こいつと俺は違う。例え何と言われようと、俺が振るうのは、大切な人を守るための力だ。俺はあの頃の、部屋でうずくまるだけの、惨めな自分じゃない。
(お前、名前は?)
(……徹、明石徹)
(なぁ徹、本当の本当にこれが最後だ。こっち側に付く気は無いか?)
「……なんで……トオルに……執着するの?」
それぞれの想いが交錯し、三人の視線が絡み合う。
俺にとって奴は敵だ。相手が殺人鬼でも、いや、殺人鬼だからこそ、臆さずここで止めないといけない。それに、奴が俺に執着する理由は、俺自身も気になる。
(いやまぁ、徹については、俺が気に入ってるだけなんだけどよ。なんでも、うちの大将、あんたのことやけに気に入っててな。できれば生きたまま連れ帰りたいんだとよ。俺は徹を気に入ってる、大将はあんたを気に入ってる。お誂え向きのカップリングだと思わないか? 俺としては、斬ってみたくてたまらねぇんだけどよ、クライアントの命令には従わないといけねぇ。じゃねぇと、捨てられちまうからな。そこだけはほんと、不便な体だぜ)
……どうやら、純粋に気に入られたようである。女の子だけでも手一杯なのに、悪男にまで好かれるとか、こっちに来てから俺、疫病神にでも憑かれてるんですかね?
それよりも、敵の親玉が何を考えているかだ。シャーリーを殺せと、命令するなら俺にもわかる。けど、生け捕りにしろって事は、彼女に何かをさせようとでも言うのか?
「……断る」
しかし、目の前の男の挑発には乗らず、彼女は俺を、霧崎の刀身に向けて突き出す。
「……王女として……国を乱すものには……屈しない」
そうだ、何を迷ってる。俺はシャーリーの剣、王女様の剣なんだ。血みどろになろうとも、彼女の道を切り開く。それが俺の、やるべきことだ。
それに、目の前にそびえ立つ巨大な魔物は、間違いなく魔神だ。あれを倒さなければ、ベルシュローブが滅びる。
(良いねぇ、その表情。こういうやつこそ、殺しがいがあるってもんだ)
加えて、霧崎は彼女と殺る気満々だ。初めて同類と出会い、言葉の重みに惑わされたけど、最初から、迷う必要なんてなかったんだ。やることは一つ、この体で、大切なものを守る!
(ただ、やっぱり知らないってわけか)
戦いのゴングが鳴り響く直前、奴はいきなり、意味深な言葉を俺達に投げかける。
「……知ら」
(ない?)
なんだこいつ、何を言ってやがる?
(おっと、口が滑った。でも残念、口止めされてるんだなこれが。でも、これで俺と戦う理由が増えただろ)
なるほど、これも一種の駆け引きってわけか。こちらの動揺を誘いながらも、興味を惹かせて絶対に逃さないと。殺しにかけて妥協はしない。恐らく、今までで一番厄介な相手だ。
「……勝ったら……吐いてもらう……包み隠さず」
(また引き締まった。そう来なくっちゃ)
殺気立つ彼女の瞳に対し、不敵な笑みを浮かべる霧崎。満ち足りた奴の表情を見ていると、ここまでの全ての会話が、彼女を獲物として引き立てるためのスパイスだったような気がしてならない。
(シャーリー、気をつけろ。あいつは純粋に、お前を殺すことを楽しもうとしてる。だから――)
「……わかってる」
奴の気味の悪さを彼女も理解しているのか、俺を握る右手が、少しだけ震えていた。
(殺しちまうのは副次的なんだが……まぁいいか。結局最後は殺すんだからよ!)
シャーリーを怯えさせた挙げ句、殺しを楽しむこんな男に、負けてたまるかよ。
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