俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

文字の大きさ
上 下
241 / 526
第五章 もう一人の剣

第240話 もう一人の自分

しおりを挟む
「……ン! ……ツッ! ……ハアァァァッ!!」

 光を纏った俺の刀身を一閃、二閃。襲い来る魔物の群れを軽く斬り伏せ、シャーリーは高く飛び上がると、目の前の一つ目の巨人を、頭頂部から一刀のもとに両断する。

(今ので、最後か?)

「……今のところ」

 血しぶきを撒き散らす青き巨体が、二つに割れるのと同時に、俺達は再び警戒に入る。筋骨隆々の体が倒れ、地面の揺れが収まると、辺りは静けさを取り戻した。

 倒した魔物の数は、約百体。正面入り口から迫る、千にものぼる魔物の群れとは別に、後方から来る小さな分隊を察知した俺達は、あえてそちらに向かったが、どうやらこちらが本命だったようである。

 一つ目の巨人サイクロプスに、同等の大きさを持つ怪鳥マグナ・イーグル、岩をも砕く鋭利な爪を備えたシャープパンサーにデスグリズリーと、周辺の生態系とは一線を画した魔物達が多数存在していた。

 天道やスクルドが相手でも問題は無いと思うが、町に侵入されるリスクを考えれば、ここで食い止められたのは、最善と言って間違いない。後は、伏兵がいない事を祈るばかりだが……その瞬間、頭の中に奇妙な声が響き渡る。

(面倒なお使いに連れ回されてみりゃ、面白いやつがいるじゃねぇか!)

 声の聞こえて来た方角へと視線を向けると、そこには、今まで影も形もなかった、四本脚の巨大な魔物が、仁王立ちで俺達を見下ろしていた。

 大きさはざっと、ブネが変身したファフニールと同じぐらい。正確には、ほんの少し小さいかもしれないけど、それでも十分な威圧感だ。

 こんなのが町を襲ったら、ひとたまりもない。今ここで、何としても止めないと。

(いい殺気じゃねぇか。こっちの世界に来てから、こんな殺意を向けられたのは初めてだぜ。しかも、二人も)

 同時に振り向いたことから、シャーリーにもこの声は聞こえているようだが、俺が気になったのはそこじゃない。こいつは今、俺達を見て二人と言った。って事はだ、あの魔物、俺の存在を認識している!? 

 たくましい筋肉と、獣のような面構えから粗暴な印象を受けるが、喋れないだけで知能は高いのかも。そうなると、逆に厄介だ。見た目通りのパワーで、理知的に動かれては、シャーリーでも苦戦は必死。最悪の場合、敗北もあり得る。

 とにかく、今は時間を稼ごう。本体が片付き、バルカイト達が来れば、勝ち目はある。情けないかもしれないけど、俺達は皆でチームなんだ。

 しかし、刀身にこびりつくようなこの違和感はなんだ? 目の前の魔物から、思念が送られているような気がしない。周りに気配は無いし、不自然なものと言えば……まさか!? 

 その瞬間、魔物の右手に一本の剣が握られている事に俺は気がつく。不釣り合いな大きさの剣を、何故こいつが握っているのか? 俺の仮説が正しければ、あいつは……俺だ。

(気づいたって顔してるな。いい洞察力だ、ますます面白くなってきたぜ!)

 再び脳内に響く言葉と共に、相手の持つ日本刀型の剣から、もやのようなものが現れる。瞬間、俺の顔が見えると言う、二人の言葉の意味がわかった。ホログラムのように浮かぶ、東洋人の顔。シャーリーや天道には、あんな風に俺の表情が見えていたんだ。

 釣り上がる眉と不敵な笑みに、嫌なものを感じるが、意を決して俺は、その剣に声をかける。

(そこの剣、お前、なのか?)

(ああ、そうだとも。はじめまして、もう一人の俺)

 もう一人の自分か。言い得て妙だが、奴の言葉は正しいのだろう。俺とあいつは同類、その事に相手も気づいている。

(お前も元人間だろ? 鼻でわかるんだよなー。独特の匂いってか、あー、言いたいこと、わかんだろ?)

 その予感は正しく、獣が持つ剣は、まるで全てを理解しているかのように話を続けた。

(って事は、あんたも異世界転生者なのか?)

(異世界転生ねぇ……まっ、そういう事になるんだろうな。漫画とかアニメとか、そういうのに俺は、詳しくねぇんだけどよ)

 詳しく無いとはいえ、言葉の意味が通じるということは、俺が生まれた年代と、近しい世代の人間と言うことになる。恐らく十年前後、もしかしたら、波長が合うかもしれない。

 その場合、戦闘を回避することや、うまくいけば仲間に、友達になれるかも。淡い期待かもしれないが、ここはその線で話を進めてみようと思う。

(おもしれぇなぁ、まさか俺みたいのがもう一人いるとはよ。考えたこともなかったぜ)

(俺もだよ。散々だよな、こんな体にさせられて)

(散々って……なんだお前、望んでなったんじゃねーのかよ?)

 しかし、雲行きはかなり怪しく、相手との会話が既に噛み合っていない。望んでって、どういう意味だ? 

(俺と同じ物好きかと思ったんだが、あてが外れたか。ならよ、何でこの体に? 話ぐらいなら聞いてやるぜ?)

 正直不安しか無いが、とにかく今は、話を続けよう。最初から疑ってたら、仲良くなんてなれないもんな。

(……職業勇者の後に、スラッシュ入れてエクスカリバーって書いたら、勇者ノエクスカリバーって誤認された)

(あ? ゆうしゃのエク……おいおいおい、それで間違えられて、こんな体になったって?)

 剣になった者同士、共通の話題となれば当然語るべき事なのだろうけど、この失態は完全に末代までの恥だな。俺を認めてくれるシャーリー達には悪いけど、子供が出来たら百パーセント笑われる自信がある。子供が出来るなら、の話だけど。

 ほら、目の前の同類にも、既に笑われてるし。

(笑わないでくれよ)

(いやいやいや、おもしれぇってお前! その発想はなかったわー。それで、律儀に女の尻に敷かれて、戦ってるって訳かよ?)

(まぁ、な。することもねぇし、頼られてるからさ……悪いかよ)

(悪くねぇ、むしろ最高だわお前。それでこんな妙ちくりん、軽くツボに入りそうだ)

「……笑わ……ないで」

 他人の不幸は蜜の味、とまではいかないだろうけど、奴にとっては相当面白かったらしく、目の前の剣の男は、腹を抱えて笑っている。

 これだけ盛大にバカにされると、流石の俺も気が滅入る。けれど、俺をからかう男に対し、不快感を顕にしてくれるシャーリーに、思わず笑みが溢れてしまう。

(悪い悪い、彼氏のこと気に入ってんだ。許してくれ)

 それでも奴は笑いを止めず、うわべだけの謝罪を述べる。バルカイトと言い、こういう性格の軽いやつは、どうも苦手だ。そうだよな、仲間に引き入れるも何も、元々俺ってボッチな挙げ句、受け身体質だもんな。

 唯一の友達とも、趣味が合うから意気投合してるだけで、それが無ければ話しかけすら出来ないってのに……そもそも、こっちに来てからだって、一度も俺から話しかけた事ねーじゃねーかー!! 

 これだけ女の子に囲まれて、全員逆ナンとか、笑えよ、ベジタブル王子。って感じだ。

(さて、ここで会ったのも何かの縁だ。お前、俺の仲間になる気はないか?)

 あまりの自分の不甲斐なさに、心の中で悶ていると、目の前の剣から、逆に交渉を持ちかけられる。相手から誘われるのは、予想外だった。

(それってつまり、魔神の側に付けって事かよ?)

 ただし、向こう側に付くって事は、魔神の味方になれという事。

(意外と悪くないぜ? ちょっと面倒だが、三食昼寝付き、しかも食い放題ときた。結構な高待遇と思うんだがな?)

 普通の人間が聞けば、奴の言葉は耳触りの良いものに聞こえるのかもしれない。けれど、欲望のままに、魔神と一緒に他人を蹂躙するなんて事、俺に出来るわけがない。

(そう言えば、この近くに村があったよな。他に魔物が千匹ほど近づいて来てんだが、お前が仲間になんなら、止めてやっても良いぜ?)

 それに、やっぱりこいつが、裏で糸を引いてるって訳か。

(あいにく、そっちには信頼してるのが何人か居るんでね。それに、魔物の群れを止めた所で、お前は行くつもりなんだろ? だったら、止めなきゃいけないのは、お前のほうだろうが)

(正解だ。よーく、わかってるじゃないの。それなりに頭が切れるのも、お兄さん好印象だぜ。で、こっちに付く気は本当にないのかよ?)

(あぁ、大切な誰かを見捨ててまで、生き延びようとは思わないんでね)

(あーあ、同じ剣のよしみで、折角生かしておいてやろうと思ったのに、残念なこって)

 交渉は決裂した。魔神でこそ無いものの、考え方そのものは、今までの奴らと同じ。ここで止めなければ、ベルシュローブだけでなく、リィンバース全土に被害が及ぶ。

(まっ、いいさ。結局のところ、俺とお前は、同じ臭いの持ち主だからな)

 ただ、なんだこの感じ? まるで、心の奥を見透かされているような……

(お前さ、世界ってやつに絶望したことあるだろ?)

 男に睨まれた次の瞬間、俺の喉元に、死神の鎌が寸分違わず押し付けられる。

(面見ればわかるんだよ。もう何も怖くない、生に執着するぐらいなら死んだほうがマシだって書いてあるぜ)

 それは、紛れもなく悪魔のささやきだった。

(何を、根拠に……)

(目が真っ直ぐすぎんだよ。両目がギラついてて、鏡で見た時の俺そっくりだ)

 俺が死にたがりだったなんて話は、とっくの昔にシャーリーにしてる。けど、こいつが見てるのは、もっと奥にある深い部分。大切な人にも知られたくない深淵。いかがわしいものとは違う、もう一つの狂気。それを彼女に聞かれているという状況に、冷や汗が止まらない。

(まぁ、そうだよな。あんな肥溜めみたいな世界、生きてるだけで吐き気がするもんな。わかるぜその気持ち、だからこうして死んだんだろ。やりたいことをやるためにさ!)

 不快感と言い回しに頭がついていかず、奴の言葉に俺は、完全に呑まれかけていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あの、神様、普通の家庭に転生させてって言いましたよね?なんか、森にいるんですけど.......。

▽空
ファンタジー
テンプレのトラックバーンで転生したよ...... どうしようΣ( ̄□ ̄;) とりあえず、今世を楽しんでやる~!!!!!!!!! R指定は念のためです。 マイペースに更新していきます。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

処理中です...