俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第五章 もう一人の剣

第231話 変わりゆく五人

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天翔る七剣星グローサー・ヴァーゲン!」

 七芒星を地面に描き、踏み込んだ一突きは、グリフォンの翼を持った魔神、ザガンの体を貫くと、七の痣をその胴へと刻み込む。刻まれた聖痕から光が溢れ出すと、瞬く間に広がり魔神の存在を浄化した。

 瞬間、溜まった魔力が煙のように放出され、体内に取り込んでいたフランベルジュが飛び出すと同時に、大きな音を立てて砕け散る。レプリカとは言え、バルカイト渾身の一作がこうも簡単に壊れてしまうのは、本当に口惜しい。

「これで、終わり、ね」

 間髪入れずシャーリーの変身が解けると、彼女は足をもつれさせ、地面へと尻餅をついてしまう。

(シャ、シャーリー!?)

「……ごめん……大丈夫」

 デオルドさんの死を乗り越え、俺達は、首都リィンバースを目指し旅を続けている。あれから二週間、ここまでの間に小さな小競り合いがいくつもあり、その影には必ず、魔神の存在が見え隠れしていた。

(その……また俺、負担、かけたかな?)

「……違う……トオルが……強くなりすぎ」

 小さくなった俺の姫は、心配する俺に視線を向けると、最高の笑みを返してくれる。今回を含め七回、俺達は魔神と激闘を繰り広げ、その全てに対し勝利を収めてきた。

 そのうちの前半四体は本当にギリギリの戦いで、死にかけた事も一度や二度ではない。シャーリーにも、たくさんの重荷を背負わせたと思う。

 けど、直近の三体は違くて、今までの苦労が嘘のように怪我一つなく倒すことができた。それもこれも全部、デオルドさんとバルカイトのおかげ。剣として成長し、シャーリーとの絆も深まって、向かうところ敵なしって感じだ。

 ただ、その分負担もかかるのか、変身後の彼女はこうして膝をつくことが多い。息の上がりも尋常ではなく、発汗も酷いのだが、いつも俺を気遣い優しい言葉をかけてくれる。

 本当に、気を使ってくれているだけかもしれないけど、それでも、彼女の気持ちが純粋に嬉しい。これが最近の、俺達二人の関係。あまりにも幸せすぎて、周りからはバカップルに見えているかもしれない。

 そのせいか、新しい問題も生まれつつある。

「う~ん」

(ん? どうした天道?)

「あのさぁ、シャーロットと先輩が強すぎて、最近の私達、完全に蚊帳の外でつまんないんだけど」

 そのうちの一つがこれ。シャーリーと俺がピンチにならないせいで、活躍の機会が無いというか、天道は疎外感を感じているようなのである。

 そもそも、命のやり取りをしているこの状況で、つまらないと言う言葉が出て来ること自体が問題ではあるのだが……

「そうですねぇ、雑魚の露払い程度で、緊張感が無いのは確かですね」

 大胆な主張はしないものの、似たような思いを抱いているのか、スクルドも現状への不満を吐き出していた。

 シャーリー一人が目立っていて面白くない、という気持ちもわからんでもないが、二人が傷つかなくて済むのなら、それに越したことはないと俺は思っている。けど、簡単にはわかって貰えないだろうな。これも一種の、緊張感の無さみたいなものだし。

(あー、俺としては、凄く助かってるつもりなんだけどな。皆が回りを固めてくれるおかげで、戦いに集中できる。そのおかげで全力を出せる訳だし、二人がいなかったら、今みたいな勝利はありえないよ)

 実際、シャーリーとの同調と、剣の融合という二つの作業を並行するようになって、周りを見る余裕が無くなっているのも事実である。しかも、別の剣と合体すると、問答無用で性格が変わるからな……基本好戦的で困ってるんだよ、ほんと。

 それに、魔物を従える動きが各魔神にも出てきている。スクルドの言う通り、露払いになるのかもしれないけど、周囲の取り巻きを二人が処理してくれるおかげで、本当に助かっているのだ。

「いや、その、役に立ててるなら良いけどさ」

 不満を漏らしながらも、顔は犬のように素直に喜ぶ所は、天道のチャームポイントだと思う。嬉しそうに尻尾を振る所なんか……って、自然とサキュバス化するなし。

 そして、そんな天道の姿に、少しだけシャーリーにやきもちを焼かれるのも当たり前になりつつあって、この瞬間を幸せと感じるようになってしまっていた。

「トオル様、私はまだ、納得していませんよ」

 そんな中、スクルドが珍しく異論を申し立てる。

(何が不満だ、言ってみろ)

 傍から見れば、俺の態度は偉そうに見えるかもしれない。けど、彼女は俺の女神であり、俺の事を尊敬している。そんな彼女に対し、それなりの態度を取ることは、俺の義務であり、責任なのだ。

 もちろん俺も、彼女のことを大切に思っている。持ちつ持たれつの関係故に、理不尽な命令は絶対にしない。これは俺の誓いであり、スクルドに対する信頼でもあった。

「ここのところ私、トオル様になじられてません。欲求不満です。使えない女神に罰を所望します!」

 ただし、理不尽な要求は、結構な確率で突きつけられるけどな。いったい誰に似たんだか……

 そんな彼女を似せたであろう制服の淫魔は、珍しい色の植物に目を奪われ、子供のように戯れている。仲良くなるのは嬉しいけど、変なところまで真似ないでほしい。遠慮しないのが二人に増えると、俺の心労が溜まるんだよなぁ……

 とまぁ、花びら占いを始める無邪気な後輩はおいておくとして、問題はこっちだ。目つきこそ真剣だが、内容はただのドM。叱りつけた所でそれは、彼女の思う壺。半分は俺の責任とは言え、どうしたら、彼女をこの呪縛から解き放てるのか……いっそ、とことん一度虐めてみるか? 

(良いだろう。この先川を見つけたら、深さに関わらずお前の体を放り投げる。良いな)

 よし、こう言えば流石のドMもビクついた挙げ句、泣いて許しを請うてくるだろう。新しいトラウマは、古いトラウマで埋める。強引なやり方かもしれないけど、これで彼女がまともになってくれるなら、俺は鬼にでも悪魔にでもなろう。しかし、彼女の口からは、予想外の言葉が返ってくる。

「と、トオル様にみじゅ、みじゅじぇめぇ! は、はう、わたし、わたし、しょうてんしてしまいましゅうぅぅぅぅぅッ!」

 何故だ、何故このドMは喜んでいる……いや、ドMなんだから喜ぶのは当然なんだが……じゃなくて、おかしいだろ! お水怖いですー! とか、二週間前に言ってたのはどこのどいつだよ!! あぁ、女神の鼻息が荒すぎて、めっちゃ頭痛い。

 そんな、駄女神の絶叫に興味を持ったのか、エロの権化が俺達の元へ駆け寄ってくる。

「へー、いつの間に克服したんだスクルド! それならそうと、先に言ってよ。だったら、今日は二人であらいっこしよ! たっぷりしっぽり、綺麗にしたげる!」

 しっぽりはともかく、女神と淫魔が洗いっことか、エロすぎませんか天道さん。

「……いえ、アサミさんにはちょっと」

 不敵な笑みを浮かべる天道の言葉に、互いをまさぐり合うあられもない二人の姿を想像する中、先程とは打って変わって、スクルドは彼女の言葉に怯え始める。

「えー、なんでさ?」

「そ、その。トオル様ですから良いのであって、他の方にされるのはちょっと……」

 訝しむ淫魔に女神が返した答え、それを聞いて変に納得する自分がいる。なるほど、俺にされるという事実が重要なのか、覚えておこう。

(天道、スクルドへの水責めを許す。やり方は任せた)

「オッケー! では早速」

「と、トオル様!? あ、アサミさん、冷静になりましょう。はなしあえばわかります、わかりますからぁ!!」

 迫りくる天道の毒牙に泣き叫ぶスクルド。考えようによっては、この命令も俺からの罰のはずなんだけどなぁ……彼女なりのルールってのがあるんだろうけど、あくまで罰は罰、自分から求めた以上甘んじて受け入れてもらおう。

「……トオルも……大変」

(まっ、これも俺の責務だからな。でっ、シャーリーの方は、もう大丈夫なのか?)

「……うん……もんだいな……い!?」

「おっと! トオルの前だからって、無茶するなよお嬢」

 手を焼く二人に呆れながら、ゆっくりと立ち上がるシャーロットだったが、再び足をもつれさせ、小さな背中をバルカイトの無骨な両手に支えられる。

「……ありがとう……でも……トオル関係ない」

 俺の名前を引き合いに出され、全身を真っ赤に染めるシャーロットの姿に、バルカイトは呆れたように首を振る。

「やれやれ、似た者夫婦というか何というか。あと、そんなに睨まなくても、お嬢の事とりゃしねぇよ」

 そんな二人の姿に俺は、知らず識らずの内に表情を強張らせていたらしい。

「……トオルの……あまえんぼさん」

 笑顔で撫でられる柄頭の感触に、今度は俺がそっぽを向く。少しずつ、シャーロットの気持ちがわかり始めている今日このごろだった。

「さて、お嬢もこの調子だし、トオルの調整もしたいからな。近くの町って言うと……」

「……ベルシュ……ローブ」

 彼女がつぶやいた町の名前に、自然と熱い想いが込み上げてくる。

(そんな場所まで来てたのか)

「……うん……急いだから」

 かなりの時間道草を食っていたつもりだったけど、こんなにも俺達は前に進んでいたんだ。

「ねぇねぇ、ベルシュローブって?」

「……トオルとの……始まりの場所」

 泣きべそをかく女神を背に連れ戻ってきた天道に対し、シャーロットは少しだけ誇らしげに答える。正確には少し違うけど、彼女と出会い、初めて恋をした町、ベルシュローブへと俺達は帰ってきていた。
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