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第四章 地底に眠りし幼竜姫
第218話 晴れない迷い
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翌朝、左脇に俺を抱えたシャーリーは、石造りのテーブルの上で上機嫌にリースの頭を撫でている。ぎこちない俺とは対照的に、彼女は目一杯嬉しそうに、微笑みを浮かべていた。
「……リースも……トオル……好き?」
「キュ? キュキュゥー!!」
「……そっか」
どうやら昨日の話を、彼女は全身全霊で受け入れてしまったらしい。女は強しと言うか、本気になると先に順応するのは女の子なんだよな。
俺も照れてばっかいないで、彼女に誇れる立派な男にならないと。
「フムフム、どうやら仲直りは上手く言ったようじゃな」
(はい。お陰様で、なんとかなりました)
対面に座るデオルドさんからの質問に、二人きりの場を用意していただいた感謝の言葉を俺は述べる。シャーリーも隣で小さく頷き、同じ気持ちを表していた。
「ホッホッホッ、それは何よりじゃて」
二人の気持ちを受け止り、温和な表情を浮かべるデオルドさんであったが、何を思ったか、突然目つきが鋭くなる。
「じゃが、お嬢さんにはまだ、迷いがあるようじゃの」
心の内を見透かすようなデオルドさんの言葉に、リースを撫でるシャーリーの右手がピタリと止まる。
「慎重になるのはわかる、その少年は特別じゃて。聖剣に魂を宿すなど、並大抵の技術では叶わぬからの、簡単なことではない。じゃが、少年はこうして現れた。人智を超えし物の顕現、それは、世界に何かが起こる前触れかもしれん」
(デオルドさん、それってどういう)
そして俺も、今までで一番、意味深な老鍛冶師の発言に、思わず気持ちを前へ前へと乗り出してしまう。
「んん、それはじゃな……わしにもわからん!」
しかし、その全容はまたしても掴めず、心の中で俺は、前のめりにテーブルへと倒れ込む。彼の真意を理解するなど、俺には一生出来ないのかもしれない。
「じゃが、そのちびが懐いておるのが何よりの証拠じゃて。リィンバースの姫君、いや、神聖使者に近い何かをお主は秘めておる」
それでも、この人は何かを知っている。その確証だけは揺るがない。そう感じさせる何かを、デオルドさんは秘めているのだ。
「それにもし、わしの考えが正しければ、二人が出会ったのは必然であり、運命じゃろうて」
(必然であり)
「……運命」
そんな老人の口から出た、運命という名の神秘的な言葉に、自然と俺はシャーリーの横顔を追ってしまう。二人の出会いが必然であり、世界に定められた運命なのだとしたら、どんなにロマンチックな恋なのだろう。
「もちろん、確証はないがのう」
が、そんな幻想は直ぐにぶち壊され、落胆の悲鳴を俺は上げる。本当にこの人は掴み所がない。
ここまで適当だと、ただの中二病大好きおじさんなのではないかとすら思えてくる。まぁ、それならそれで、一定の親近感は湧いたりするのだが。
「しかしじゃ、振るえぬ剣なぞただの木偶の坊、そこらへんに落ちとる石ころほどの価値もないぞい?」
「!? トオルは! ……トオルは……そんな」
それでも、シャーリーを見据えるデオルドさんの目つきは鋭く、俺と同じ現実を彼女に突きつけていく。
昨日の会話を思い出しているのか、シャーリーは両手を震わせ、悔しそうに俺の刀身を締め上げた。
「わかっておる。じゃが、そのままではお主の目的は達成されぬぞ? それで良いのかのう? 真に坊主以外の全てを捨てる覚悟が、姫にはおありかな?」
そのおかげで、全身が軋むほど痛いのだけれど、今傷ついているのはシャーリーの方で、姫という言葉が彼女の心を締め付ける。
生まれ持った性とは言え、皆が皆、姫と彼女を追い立てる姿を見ていると、昨日の俺は冷たかったのかなと感じてしまう。だって、彼女の本音を受け止められるのはきっと、恋人である俺だけだから。
彼女の力になりたいと同時に、逃げ道でもありたいと思う自分は許されないのかと、立場の難しさに頭を抱える。そして、彼女の心に寄り添う決意は、より一層強くなった。
のは良いんだけど、そろそろ締め付けで変な液体ガガガ。
「!? ……トオル!」
(あー、だいじょぶだいじょぶ。お星さまはまだ見えてないからー)
「……バカ……ちゃんと言って」
襲い来る生命の危機に自然と体が反応したのだろう、漏れ出る悲鳴に焦った彼女はテーブルの上に俺を置くと、しおれた目つきでお叱りの声を目の前の剣に対して上げる。
こういう時、空気を読んで我慢するのが俺の悪いところよな。最終的に迷惑かけたら世話ないってのに。こんなんじゃ、言いたいことがはっきり言えるリースの方が、全然大人だよ。
「ともかくじゃ、お嬢さんがその坊主に不安を抱くというのなら、あそこへ行こうかの」
シャーリーの覚悟を問うような重苦しい話題も程々に、何処かに案内しようと席を立つデオルドさんであったが、何故か再び座り直すと、優しい表情で俺達に微笑みかけて来る。
「と、その前に、一つ話をせねばな。ドラゴンとわしらの昔話じゃて」
このタイミングで何故? という疑問はあったものの、あえて話すからには何か意味があるのだろうと、固唾を飲んで俺は見守る。
それは皆も同じようで、食べ物の好みでケンカをしていた隣のお騒がせ女子二人組も、言い争いをやめ静かになった。
と言うか、この女神、納豆もいけたんだな。栄養価の高い食品だし、純粋に偉いとは思う。ただ、俺の趣味に合わせてるだけの可能性もあるし、機会があったら試してみるか。
リースにバルカイトを含め、全員の静聴を確認したデオルドさんは、ゆっくりと瞳を閉じ、過去の出来事を語り始める。
「……リースも……トオル……好き?」
「キュ? キュキュゥー!!」
「……そっか」
どうやら昨日の話を、彼女は全身全霊で受け入れてしまったらしい。女は強しと言うか、本気になると先に順応するのは女の子なんだよな。
俺も照れてばっかいないで、彼女に誇れる立派な男にならないと。
「フムフム、どうやら仲直りは上手く言ったようじゃな」
(はい。お陰様で、なんとかなりました)
対面に座るデオルドさんからの質問に、二人きりの場を用意していただいた感謝の言葉を俺は述べる。シャーリーも隣で小さく頷き、同じ気持ちを表していた。
「ホッホッホッ、それは何よりじゃて」
二人の気持ちを受け止り、温和な表情を浮かべるデオルドさんであったが、何を思ったか、突然目つきが鋭くなる。
「じゃが、お嬢さんにはまだ、迷いがあるようじゃの」
心の内を見透かすようなデオルドさんの言葉に、リースを撫でるシャーリーの右手がピタリと止まる。
「慎重になるのはわかる、その少年は特別じゃて。聖剣に魂を宿すなど、並大抵の技術では叶わぬからの、簡単なことではない。じゃが、少年はこうして現れた。人智を超えし物の顕現、それは、世界に何かが起こる前触れかもしれん」
(デオルドさん、それってどういう)
そして俺も、今までで一番、意味深な老鍛冶師の発言に、思わず気持ちを前へ前へと乗り出してしまう。
「んん、それはじゃな……わしにもわからん!」
しかし、その全容はまたしても掴めず、心の中で俺は、前のめりにテーブルへと倒れ込む。彼の真意を理解するなど、俺には一生出来ないのかもしれない。
「じゃが、そのちびが懐いておるのが何よりの証拠じゃて。リィンバースの姫君、いや、神聖使者に近い何かをお主は秘めておる」
それでも、この人は何かを知っている。その確証だけは揺るがない。そう感じさせる何かを、デオルドさんは秘めているのだ。
「それにもし、わしの考えが正しければ、二人が出会ったのは必然であり、運命じゃろうて」
(必然であり)
「……運命」
そんな老人の口から出た、運命という名の神秘的な言葉に、自然と俺はシャーリーの横顔を追ってしまう。二人の出会いが必然であり、世界に定められた運命なのだとしたら、どんなにロマンチックな恋なのだろう。
「もちろん、確証はないがのう」
が、そんな幻想は直ぐにぶち壊され、落胆の悲鳴を俺は上げる。本当にこの人は掴み所がない。
ここまで適当だと、ただの中二病大好きおじさんなのではないかとすら思えてくる。まぁ、それならそれで、一定の親近感は湧いたりするのだが。
「しかしじゃ、振るえぬ剣なぞただの木偶の坊、そこらへんに落ちとる石ころほどの価値もないぞい?」
「!? トオルは! ……トオルは……そんな」
それでも、シャーリーを見据えるデオルドさんの目つきは鋭く、俺と同じ現実を彼女に突きつけていく。
昨日の会話を思い出しているのか、シャーリーは両手を震わせ、悔しそうに俺の刀身を締め上げた。
「わかっておる。じゃが、そのままではお主の目的は達成されぬぞ? それで良いのかのう? 真に坊主以外の全てを捨てる覚悟が、姫にはおありかな?」
そのおかげで、全身が軋むほど痛いのだけれど、今傷ついているのはシャーリーの方で、姫という言葉が彼女の心を締め付ける。
生まれ持った性とは言え、皆が皆、姫と彼女を追い立てる姿を見ていると、昨日の俺は冷たかったのかなと感じてしまう。だって、彼女の本音を受け止められるのはきっと、恋人である俺だけだから。
彼女の力になりたいと同時に、逃げ道でもありたいと思う自分は許されないのかと、立場の難しさに頭を抱える。そして、彼女の心に寄り添う決意は、より一層強くなった。
のは良いんだけど、そろそろ締め付けで変な液体ガガガ。
「!? ……トオル!」
(あー、だいじょぶだいじょぶ。お星さまはまだ見えてないからー)
「……バカ……ちゃんと言って」
襲い来る生命の危機に自然と体が反応したのだろう、漏れ出る悲鳴に焦った彼女はテーブルの上に俺を置くと、しおれた目つきでお叱りの声を目の前の剣に対して上げる。
こういう時、空気を読んで我慢するのが俺の悪いところよな。最終的に迷惑かけたら世話ないってのに。こんなんじゃ、言いたいことがはっきり言えるリースの方が、全然大人だよ。
「ともかくじゃ、お嬢さんがその坊主に不安を抱くというのなら、あそこへ行こうかの」
シャーリーの覚悟を問うような重苦しい話題も程々に、何処かに案内しようと席を立つデオルドさんであったが、何故か再び座り直すと、優しい表情で俺達に微笑みかけて来る。
「と、その前に、一つ話をせねばな。ドラゴンとわしらの昔話じゃて」
このタイミングで何故? という疑問はあったものの、あえて話すからには何か意味があるのだろうと、固唾を飲んで俺は見守る。
それは皆も同じようで、食べ物の好みでケンカをしていた隣のお騒がせ女子二人組も、言い争いをやめ静かになった。
と言うか、この女神、納豆もいけたんだな。栄養価の高い食品だし、純粋に偉いとは思う。ただ、俺の趣味に合わせてるだけの可能性もあるし、機会があったら試してみるか。
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