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第四章 地底に眠りし幼竜姫
第209話 女神の心情
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天道との押し問答は長時間続き、彼女は俺を辱められなかった挙げ句、「ユーゴくんに嫉妬してヤキモチ焼く先輩なんて、大好きだぞ、コンチクショウ!!」なんて捨て台詞を残して去っていった。全く、変な所、素直じゃないと言うか、もっと正直に喜べばいいのに。って、それはそれで、催淫的にまずいのか。
結局の所、気ぃ使われてるのは俺の方なんだよな。等と感嘆しつつ、そんな彼女だからこそ、一緒にいて欲しいと、思ってしまうのだろう。
(……で、お前も、何か言いたいのか?)
「えっと、バレちゃってました?」
天道の心遣いに思いを馳せ、何事も無いように言葉を投げる。すると、部屋の隅の暗がりから、緑髪の幼女が姿を現し、困ったように笑顔を見せる。何時から居たのか定かではないが、部屋にはスクルドが、俺を見守るように潜んでいたのだ。
「おかしいですね。気配は念入りに、消しておいたはずなのですが……」
(あのな、お前の魔力は特徴的すぎるんだよ。近くにいれば、俺でもわかる)
普段より、少し軽めな女神の口調に、彼女なりの気遣いを感じる。確かに、スクルドの気配遮断は完璧で、その精度は、彼女がいつ入ってきたのか、知覚出来なかったことからも明らかだろう。
だが、同じ場所に停滞を続けると、体の表面から魔力の層が少しずつ滲み出る。簡単に言うと、体温が可視化されていくような感じで、空気に移った魔力が、モヤのように見えてしまうのだ。特に彼女の場合、女神特有の高貴な魔力が溢れ出して、俺の瞳には眩しくて仕方がない。
「いえ、女神の魔力と言うのはですね、普通の人間には感知出来ないはずなんです。それも、隠蔽スキルを使った状態で見分けるなど、同じ神……はっ! そ、それだけトオル様が、私を理解してくださっている! スクルドは、スクルドは、胸の中がいっぱいで、嬉しゅうございます!」
ところが、それはどうにも凄い事らしく、スクルドは恍惚の表情で、俺の刀身を見つめてくる。
(そいつはどうも。それで、何のようだ?)
この程度で、喜んでくれるのは嬉しいけど、俺の疲労もピークに達している。なので、なるべく早く済ませて欲しいと言うのが本音だ。
「あ、その……先程は何一つお役に立てず、トオル様を苦しませ、なにか私にできることは無いかと……」
しかし、女神故の義理堅さと、落ち込んだ表情を見せられ、男として、しおれている訳にはいかない。
(大丈夫だよ、天道にも慰められて、少しは元気でた。だから、気にすんな)
「そう、ですか……良かった」
それに、女の子から心配されて、嬉しくないわけがない。けど、彼女の表情は固いままで、思い詰めている感じが消えることはなかった。
(ならさ、気の紛れることでも、何か話してくれないか? スクルドの声、もっと聞きたい)
本当はこれから、天道に言われた言葉の整理や、シャーリーとどう向き合うかを考えたかったのだけど、帰れ、なんて言える雰囲気じゃないし、こんな表情の女の子を帰したら、俺自身、許せそうにない。だから、彼女が望む罪滅ぼしも兼ねて、どうせなら俺を、もっと幸せにしてもらおうと考えたのである。
「声……は、はい! 承知致しました!」
彼女にしては珍しく、呼吸の音がやけに早い。緊張しているのは、俺に声を聞きたいと、頼まれたからだろうか? 恥ずかしそうに体を揺らす、幼女な女神を見ていると、人間と変わらないんだなって、少しだけ微笑ましい。
そんな彼女の姿をずっと見ていたい。意地悪のような独占欲に駆られるも、不埒な時間は長く続かず、彼女の軽い咳払いと共に、短い夢は終わりを告げる。
「こほん、では、僭越ながら」
普段の落ち着きを取り戻し、女神の威光をその背にまとうと、彼女は溶ける雪のように、しっとりとした言葉を紡ぎ出す。
「トオル様もご存知とは思いますが、私は女神として、この世に生を受けました。与えられた職務をまっとうし、ただひたすらに責務をこなす。そんな毎日に、疑問を持ったことはありません。楽しかったんです、誰かの役に立てるという充実感、ほんの気まぐれにオーディン様に褒められる一時。それを夢想して働く毎日が、本当に楽しかったんです」
彼女が話すのは、自身の生い立ちと、感じてきた心のすべて。明るいスクルドの涼やかな声のおかげで、彼女の幸せが俺の心にまで伝わってくる。
「けれど、気がついてしまいました。自分がこんなにも虚無で、空虚だからこそ、あの方の一言が、私にとって最高のご褒美になっていたと言うことに」
(それって、俺のせい?)
俺のせい? と聞くには、少々語弊があるかもしれないけど、俺と出会ってしまったために、彼女の人生を大きく変えてしまったのは、確かだと思う。
「はい、オーディン様は、褒めてこそくださいましたが、私のような女神に、真の愛を注がれたことは無かったと存じます。しつこい女と思われるかもしれませんが、「お前が必要だ」などと、情熱的に迫られたのは、トオル様が初めてなんです」
でも、蕩けるような、彼女の瞳を見ていると、これでよかったんだと思えてくる。バルカイトの言葉をなぞるのは癪だけど、こんな恋する乙女みたいな顔、天界で仕事に明け暮れてたら、彼女がすることは、なかったんだろうから。
「嬉しかった。自分の中が満たされていく事が、こんなにも気持ちのいいものだったなんて。幸せで、幸せで、おかしくなるぐらい、トオル様に焦がれたのです」
情熱的な瞳に見つめられ、こそばゆい気持ちに包まれるけど、俺みたいな男で狂ってくれる。それがどれだけ嬉しい事か、俺の方が感謝したいぐらいだ。
「ですから、その、知りたくなったんです、人間というものを。従者である私が、このような事を考えること自体、おこがましい行為である事は理解しています。ですが、止められませんでした。近づきたかったんです、トオル様に、もっともっと……」
近づいてくる彼女の温もり、浅い吐息が聞こえるだけで、彼女の体を抱きしめたくなる。
「もっと、近づきたいからこそ、シャーロットさんともアサミさんとも、仲良くしたいんです。二人はきっと、トオル様と同じですから。私の中を満たしてくれる、特別な存在。と言いましても、チクチクするような、少し不快な感じではありますけど、嫌じゃ、ないんです。嫌ではないですし、トオル様のためにもっと理解もしたいのですが、どうしても喧嘩腰に……」
けど、そんな不真面目な事しか考えられない自分に、少しだけ嫌気が差す。彼女は天道のことを、こんなにも真剣に考えているのに、俺は内心エロいことばかりだ。
(スクルドはさ、天道の事どう思ってる? やっぱり、悪魔は嫌いか?)
純粋な彼女の気持ちに応えようと、声の調子を下げて話すと、スクルドは瞳を伏せ、戸惑うように視線を彷徨わせる。
(正直に答えていい。どんな答えが返ってきても、俺はお前を嫌ったりしないから)
彼女が話せないのはたぶん、俺に対する恐怖があるから。間違えば嫌われる、その感情は俺にもわかる。だから、俺なりの方法で、その不安を取り除く。
すると、険しい表情ながら彼女は、心の内をゆっくりと語りだす。
「はい。正直に申しますと、あの方の臭いは不快です。あの臭いを嗅ぐと、頭の中を黒い耳鳴りが走り抜けて、どうするべきなのか、わからなくなるんです。でも、嫌いじゃありません。アサミさんには、いて欲しいんです」
苦しそうに声を絞り出しながらも、天道を好きになろうとしてくれる。そんな彼女の心が、俺にはとても嬉しい。
(だから、死に物狂いで、止めようとしてくれてたんだよな)
「はい、あれが私の精一杯でした。トオル様のことを考え、アサミさんをかばうのは、あれで精一杯だったんです……」
それで十分。その気持が大切で、悔しさに嘆く彼女の表情とは裏腹に、温かな笑みを、俺は浮かべてしまっている。スクルドが、俺以外の誰かを好いてくれる。それは、彼女の進歩であり、成長なのだ。
(そっか、ありがとな。天道のこと、考えてくれて)
「い、いえ! トオル様から感謝の言葉をいただいくような、大層なことは! ……むしろ、為す術のなかった無力な自分に、罰を与えていただく事こそ、今の私の女神としての、役目であると存じます」
なのに、彼女は自分の失敗を責め、俺に罰を与えて欲しいと、震える声で懇願する。そんな事できるはずがないのに、彼女は唇をかみしめながら、俺をじっと見つめてきた。
いつもなら、また例のドMだろと軽く笑い飛ばす所だけど、今の彼女は心から、罰を与えて欲しいと願っている。
(いいや、謝らなきゃいけないのは俺の方だ。ごめんなスクルド、全部お前に背負わせて)
けど、それなら余計、謝らなきゃいけないのは俺の方だ。だって、あの時一番迷惑をかけたのは、俺なんだから。
「や、やめてください! あやまらないでください! あやまられたら私、どうして良いのか、もっと、もっとわからなく……」
(わからないならそれで良い、これから知っていけば良い。スクルドはまだ、これからなんだから)
「とおる、さまぁ」
彼女は本当に純粋で、そのいじらしさが可愛らしい。決めたことを曲げられない、女神としての彼女の性格。それは長所でもあり短所でもあって、たとえ俺がマスターでも、無理やり押し通すのは彼女の心のストレスになる。だから、わかれなんて言わない。戸惑う彼女と一緒に、二人で見つけていけば良いんだ。今みたいに、彼女が泣かなくて済む方法を。
(うん、いい子だ。けど、人間ってやつは、間違いを認めないと前に進んでいけないんだよ、成長できないんだ。だから、俺にも謝らせて欲しい。俺が前に進むために、間違いを正すチャンスを、俺にくれないか?)
スクルドも天道もシャーリーも、それぞれ真っ直ぐな彼女達だからこそ、俺が三人を導かなくてはいけない。三人が笑って過ごせるよう、三人が臆さず戦えるよう、そのためには俺が、冷静でないといけないんだ。
「……はい、かしこまり、ました」
(ありがとう……スクルド、ごめんなさい)
「わたしも、もうしわけ、ありませんでした」
(よし! これで俺達は新しい俺達だ。昨日よりも強い、新しい俺達だ)
「とおる、さま……」
それはただの小さな儀式で、弱い二人の傷のなめ合い。両目を腫らした幼女女神と、少し気弱なご主人様の、明日へ向けた小さな誓い。
互いを許し、認めあった俺達は、これで前に進んでいける。二人の距離がまた一つ、近づいたように俺は感じた。
(なんだよ、いきなり笑いだして)
そんな俺の笑顔につられてか、浮かべた涙を拭うのも忘れ、幼女は再び笑顔を取り戻す。小さく揺れる、彼女のまつげが愛おしすぎて、俺はスクルドに軽口を叩いた。
「いえ、トオル様のお部屋にあった、アニメーション? のような感じで、なんだか嬉しいなと」
それを聞いて思ったこと、彼女の知識の大半が、俺の趣味で埋め尽くされていることに、小さな罪悪感を覚えてしまう。
結局の所、気ぃ使われてるのは俺の方なんだよな。等と感嘆しつつ、そんな彼女だからこそ、一緒にいて欲しいと、思ってしまうのだろう。
(……で、お前も、何か言いたいのか?)
「えっと、バレちゃってました?」
天道の心遣いに思いを馳せ、何事も無いように言葉を投げる。すると、部屋の隅の暗がりから、緑髪の幼女が姿を現し、困ったように笑顔を見せる。何時から居たのか定かではないが、部屋にはスクルドが、俺を見守るように潜んでいたのだ。
「おかしいですね。気配は念入りに、消しておいたはずなのですが……」
(あのな、お前の魔力は特徴的すぎるんだよ。近くにいれば、俺でもわかる)
普段より、少し軽めな女神の口調に、彼女なりの気遣いを感じる。確かに、スクルドの気配遮断は完璧で、その精度は、彼女がいつ入ってきたのか、知覚出来なかったことからも明らかだろう。
だが、同じ場所に停滞を続けると、体の表面から魔力の層が少しずつ滲み出る。簡単に言うと、体温が可視化されていくような感じで、空気に移った魔力が、モヤのように見えてしまうのだ。特に彼女の場合、女神特有の高貴な魔力が溢れ出して、俺の瞳には眩しくて仕方がない。
「いえ、女神の魔力と言うのはですね、普通の人間には感知出来ないはずなんです。それも、隠蔽スキルを使った状態で見分けるなど、同じ神……はっ! そ、それだけトオル様が、私を理解してくださっている! スクルドは、スクルドは、胸の中がいっぱいで、嬉しゅうございます!」
ところが、それはどうにも凄い事らしく、スクルドは恍惚の表情で、俺の刀身を見つめてくる。
(そいつはどうも。それで、何のようだ?)
この程度で、喜んでくれるのは嬉しいけど、俺の疲労もピークに達している。なので、なるべく早く済ませて欲しいと言うのが本音だ。
「あ、その……先程は何一つお役に立てず、トオル様を苦しませ、なにか私にできることは無いかと……」
しかし、女神故の義理堅さと、落ち込んだ表情を見せられ、男として、しおれている訳にはいかない。
(大丈夫だよ、天道にも慰められて、少しは元気でた。だから、気にすんな)
「そう、ですか……良かった」
それに、女の子から心配されて、嬉しくないわけがない。けど、彼女の表情は固いままで、思い詰めている感じが消えることはなかった。
(ならさ、気の紛れることでも、何か話してくれないか? スクルドの声、もっと聞きたい)
本当はこれから、天道に言われた言葉の整理や、シャーリーとどう向き合うかを考えたかったのだけど、帰れ、なんて言える雰囲気じゃないし、こんな表情の女の子を帰したら、俺自身、許せそうにない。だから、彼女が望む罪滅ぼしも兼ねて、どうせなら俺を、もっと幸せにしてもらおうと考えたのである。
「声……は、はい! 承知致しました!」
彼女にしては珍しく、呼吸の音がやけに早い。緊張しているのは、俺に声を聞きたいと、頼まれたからだろうか? 恥ずかしそうに体を揺らす、幼女な女神を見ていると、人間と変わらないんだなって、少しだけ微笑ましい。
そんな彼女の姿をずっと見ていたい。意地悪のような独占欲に駆られるも、不埒な時間は長く続かず、彼女の軽い咳払いと共に、短い夢は終わりを告げる。
「こほん、では、僭越ながら」
普段の落ち着きを取り戻し、女神の威光をその背にまとうと、彼女は溶ける雪のように、しっとりとした言葉を紡ぎ出す。
「トオル様もご存知とは思いますが、私は女神として、この世に生を受けました。与えられた職務をまっとうし、ただひたすらに責務をこなす。そんな毎日に、疑問を持ったことはありません。楽しかったんです、誰かの役に立てるという充実感、ほんの気まぐれにオーディン様に褒められる一時。それを夢想して働く毎日が、本当に楽しかったんです」
彼女が話すのは、自身の生い立ちと、感じてきた心のすべて。明るいスクルドの涼やかな声のおかげで、彼女の幸せが俺の心にまで伝わってくる。
「けれど、気がついてしまいました。自分がこんなにも虚無で、空虚だからこそ、あの方の一言が、私にとって最高のご褒美になっていたと言うことに」
(それって、俺のせい?)
俺のせい? と聞くには、少々語弊があるかもしれないけど、俺と出会ってしまったために、彼女の人生を大きく変えてしまったのは、確かだと思う。
「はい、オーディン様は、褒めてこそくださいましたが、私のような女神に、真の愛を注がれたことは無かったと存じます。しつこい女と思われるかもしれませんが、「お前が必要だ」などと、情熱的に迫られたのは、トオル様が初めてなんです」
でも、蕩けるような、彼女の瞳を見ていると、これでよかったんだと思えてくる。バルカイトの言葉をなぞるのは癪だけど、こんな恋する乙女みたいな顔、天界で仕事に明け暮れてたら、彼女がすることは、なかったんだろうから。
「嬉しかった。自分の中が満たされていく事が、こんなにも気持ちのいいものだったなんて。幸せで、幸せで、おかしくなるぐらい、トオル様に焦がれたのです」
情熱的な瞳に見つめられ、こそばゆい気持ちに包まれるけど、俺みたいな男で狂ってくれる。それがどれだけ嬉しい事か、俺の方が感謝したいぐらいだ。
「ですから、その、知りたくなったんです、人間というものを。従者である私が、このような事を考えること自体、おこがましい行為である事は理解しています。ですが、止められませんでした。近づきたかったんです、トオル様に、もっともっと……」
近づいてくる彼女の温もり、浅い吐息が聞こえるだけで、彼女の体を抱きしめたくなる。
「もっと、近づきたいからこそ、シャーロットさんともアサミさんとも、仲良くしたいんです。二人はきっと、トオル様と同じですから。私の中を満たしてくれる、特別な存在。と言いましても、チクチクするような、少し不快な感じではありますけど、嫌じゃ、ないんです。嫌ではないですし、トオル様のためにもっと理解もしたいのですが、どうしても喧嘩腰に……」
けど、そんな不真面目な事しか考えられない自分に、少しだけ嫌気が差す。彼女は天道のことを、こんなにも真剣に考えているのに、俺は内心エロいことばかりだ。
(スクルドはさ、天道の事どう思ってる? やっぱり、悪魔は嫌いか?)
純粋な彼女の気持ちに応えようと、声の調子を下げて話すと、スクルドは瞳を伏せ、戸惑うように視線を彷徨わせる。
(正直に答えていい。どんな答えが返ってきても、俺はお前を嫌ったりしないから)
彼女が話せないのはたぶん、俺に対する恐怖があるから。間違えば嫌われる、その感情は俺にもわかる。だから、俺なりの方法で、その不安を取り除く。
すると、険しい表情ながら彼女は、心の内をゆっくりと語りだす。
「はい。正直に申しますと、あの方の臭いは不快です。あの臭いを嗅ぐと、頭の中を黒い耳鳴りが走り抜けて、どうするべきなのか、わからなくなるんです。でも、嫌いじゃありません。アサミさんには、いて欲しいんです」
苦しそうに声を絞り出しながらも、天道を好きになろうとしてくれる。そんな彼女の心が、俺にはとても嬉しい。
(だから、死に物狂いで、止めようとしてくれてたんだよな)
「はい、あれが私の精一杯でした。トオル様のことを考え、アサミさんをかばうのは、あれで精一杯だったんです……」
それで十分。その気持が大切で、悔しさに嘆く彼女の表情とは裏腹に、温かな笑みを、俺は浮かべてしまっている。スクルドが、俺以外の誰かを好いてくれる。それは、彼女の進歩であり、成長なのだ。
(そっか、ありがとな。天道のこと、考えてくれて)
「い、いえ! トオル様から感謝の言葉をいただいくような、大層なことは! ……むしろ、為す術のなかった無力な自分に、罰を与えていただく事こそ、今の私の女神としての、役目であると存じます」
なのに、彼女は自分の失敗を責め、俺に罰を与えて欲しいと、震える声で懇願する。そんな事できるはずがないのに、彼女は唇をかみしめながら、俺をじっと見つめてきた。
いつもなら、また例のドMだろと軽く笑い飛ばす所だけど、今の彼女は心から、罰を与えて欲しいと願っている。
(いいや、謝らなきゃいけないのは俺の方だ。ごめんなスクルド、全部お前に背負わせて)
けど、それなら余計、謝らなきゃいけないのは俺の方だ。だって、あの時一番迷惑をかけたのは、俺なんだから。
「や、やめてください! あやまらないでください! あやまられたら私、どうして良いのか、もっと、もっとわからなく……」
(わからないならそれで良い、これから知っていけば良い。スクルドはまだ、これからなんだから)
「とおる、さまぁ」
彼女は本当に純粋で、そのいじらしさが可愛らしい。決めたことを曲げられない、女神としての彼女の性格。それは長所でもあり短所でもあって、たとえ俺がマスターでも、無理やり押し通すのは彼女の心のストレスになる。だから、わかれなんて言わない。戸惑う彼女と一緒に、二人で見つけていけば良いんだ。今みたいに、彼女が泣かなくて済む方法を。
(うん、いい子だ。けど、人間ってやつは、間違いを認めないと前に進んでいけないんだよ、成長できないんだ。だから、俺にも謝らせて欲しい。俺が前に進むために、間違いを正すチャンスを、俺にくれないか?)
スクルドも天道もシャーリーも、それぞれ真っ直ぐな彼女達だからこそ、俺が三人を導かなくてはいけない。三人が笑って過ごせるよう、三人が臆さず戦えるよう、そのためには俺が、冷静でないといけないんだ。
「……はい、かしこまり、ました」
(ありがとう……スクルド、ごめんなさい)
「わたしも、もうしわけ、ありませんでした」
(よし! これで俺達は新しい俺達だ。昨日よりも強い、新しい俺達だ)
「とおる、さま……」
それはただの小さな儀式で、弱い二人の傷のなめ合い。両目を腫らした幼女女神と、少し気弱なご主人様の、明日へ向けた小さな誓い。
互いを許し、認めあった俺達は、これで前に進んでいける。二人の距離がまた一つ、近づいたように俺は感じた。
(なんだよ、いきなり笑いだして)
そんな俺の笑顔につられてか、浮かべた涙を拭うのも忘れ、幼女は再び笑顔を取り戻す。小さく揺れる、彼女のまつげが愛おしすぎて、俺はスクルドに軽口を叩いた。
「いえ、トオル様のお部屋にあった、アニメーション? のような感じで、なんだか嬉しいなと」
それを聞いて思ったこと、彼女の知識の大半が、俺の趣味で埋め尽くされていることに、小さな罪悪感を覚えてしまう。
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