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第四章 地底に眠りし幼竜姫
第208話 愛の奴隷
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「そういえば~、エッチな事すると、頭の中空っぽになって~、ストレスとか吹っ飛んで元気になる、って聞いたんだけど~……先輩、してみない?」
そんな彼女に対し、色々と感謝の気持ちはあるけれど、事あるごとにエッチエッチでは、俺の身体がたまらない。
(その事で一つ、言いたいことがあるんだが)
「え!? なになに! ご褒美? ご褒美なのかな!!」
(……話を聞け)
「ハーイ!」
それに、毎度断る、俺の気持ちにもなってくれ。一喜一憂してくれるのは嬉しいけど、女の子を無下に扱うのって、俺からしたら結構辛いんだ。
しかも、羽とか尻尾とか、興奮で無意識に出てるし、放置しておくには、あまりに危険過ぎる。だから、俺は意を決し、彼女にこう宣言する。
(これ以降、俺に対し、色目を使う事を禁止する。良いな?)
その瞬間、辺りの空気が凍りつき、彼女は口を半開きにしながら、ポカーンというオノマトペが飛んで来そうな表情を俺に見せる。
「え? ……えぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
そして、近隣に住む、全ての住人が起きても飽き足らない程の大声を上げ、直立不動のまま、彼女はその場で気絶した。
(おーい、大丈夫かー)
「……はっ!? なんで、何でなのさ!」
しかし、俺が声を掛けた途端、彼女は意識を取り戻し、四方八方やたらめったらと俺の体を振り回す。
(お前の愛情表現は、明らかに危険なんだよ。その行動が、どれだけ俺のストレスになってるか、わかってるのか?)
全身を好き勝手にぶん回されながらも、俺は努めて冷静に、彼女の問に返事をする。こんな事が可能なのも、シャーリーと二人、激しい戦闘に耐えてきた賜物だろう。
「す、ストレスって、なんか酷くないかな?」
(しょうがないだろ? 曲がりなりにもお前はサキュバスで、俺は男なんだ。お前が俺にすり寄る事がどれだけ危険か、お前自身わかるだろ?)
二人の関係が、危ない橋の上にある事を説明すると、流石の天道も口をすぼめ、俺を見ながら黙り込む。
「そりゃ、うん。今なら何でもできる自信あるけど……で、でも! 一応ちからのコントロール、少しはできるようになってるはずー、なんだけどなぁ」
(はずーだから、興奮すると暴走するんだろうが。今も背中の羽、出てるの気づいてないだろ?)
それでも諦めきれないのか、なんとか俺を納得させようと、天道は必死に説得を試みる。しかし、背中の羽を指摘してやると、取り繕うような笑顔とともに、慌てて尻尾ごと、体の中へ引っ込めた。
(そんなんだから、いつでもどこでも色目使って、俺をすーぐ誘惑したがるんだろ?)
俺の発言が正しいからか、比較的おとなしい天道であったが、ついにそれにも耐えきれなくなり、涙目になりながら、逆切れのように怒り出す。
「いやいや先輩、それは別にサキュバスとか関係なくて、好きな人を愛してあげたいな~って思うと、そうなるのが女の子じゃないかな? それに、そういう目で見てくるのは先輩の方でしょ? 私を可愛いと思わなければ、催淫になんてかからないって!」
(可愛いと思うなって、しょうがないだろ! お前の肌とか体つきとか、顔も声も全部、俺にとっては魅力的なんだよ! 惹かれないほうがどうかしてる! だから、余計に注意しろって言ってるんだ!)
そんな彼女の態度と、先程の美少女でしょ? に対する抑えきれない衝動が重なって、恥ずかしげもなく俺は、自分の気持を彼女へと伝えてしまう。
「うっ、なんかすっごい嬉しい事言われてるのに、なんかすっごく釈然としない」
(それに、気の迷いで情事に不蹴込むようなダメな男に、俺はなりたくないんだよ)
本音を言えば、俺だって嬉しい。歪な力であろうと、憧れのアイドルと恋人以上の関係になれるんだ、それが嬉しくないわけがない。でも、欲望に身を任せたら、俺はきっと、三人の女の子を泣かせることになる。それだけは絶対に避けたい。避けなきゃ、いけないんだ。
「で、でも、お妾さんって、そういう事するのが仕事じゃない? だからほら、先輩がシャーロットのこと気にするなら、無心でも……構わないんだよ?」
だが、どんな手段を使ってでも、俺と愛を確かめ合いたいのか、妾という存在の価値を、天道は存分に使おうとしてくる。しかし、彼女の目は曇っていて、心にも思ってないのが良く分かった。
そんな気持ちでしてみろ、どうせ途中で耐えられなくなって、催淫で無理やり堕としにくるか、もっと私を見て、って泣き叫ぶに決まってる。それがわかっていて、そんな彼女を受け入れるなんて事、俺には出来ない。
(そうかもしれないな。けど、将来妾を取ったとして、そういう用途に俺は使わないからな)
「!?」
(別に俺は、お前達とエッチな事がしたいために、好きだとか妾だとか、そういう話をしている訳じゃない。愛されてる責任を取りたいってだけで、気になる男の一人でも見つけたら、せっせとそっちに行ってほしいぐらいなんだよ。その方が、シャーリーと二人きりになれる時間も増えるからな)
なんて事を考えながらも、俺も俺で、心にも無い事を言ってるよな。本当は皆のこと大好きで、ずっと側に居てほしいのに。でも、こうでもしないと、俺自身もたないんだよ。だって、俺達の住んでた国は、重婚禁止だったんだから。
「ねぇ……人間ってさ、一人しか愛しちゃいけないのかな?」
(そりゃそうだろ。少なくとも、俺達が居た国は、そうだったじゃねぇか)
「そう……だね。でもそれって、向こうの世界の話だよね! ここの世界の話じゃないよね!」
その感覚が残っているから、みんなと一緒にいて良いのか、俺はまだ迷っている。けど、心にも無い否定を続けた結果、俺は彼女の怒りを買い、天道は近場の机を叩くと、その勢いのまま喚き散らす。彼女の突然の豹変っぷりに、俺は完全に呑まれていた。
「先輩が、クソが付くほど真面目なのもわかってる。それで苦しんでるのもわかってる! でも、先輩の事が好きなの! 先輩しか見れないの! 先輩とじゃなきゃ、生きていけないの!!」
鬼気迫る彼女の形相から、俺は目が離せない。今にも泣き出しそうな、天道の熱い眼差し、ぐちゃぐちゃな表情、その全てが、俺の体を惹きつける。
「自分がうざいのもわかってる。でも、ここは異世界で、私にとっては最高のチャンスなの! それを逃すな、掴み取れって、そう言ったのは先輩でしょ? だったら、責任とってよ!」
胸の奥が、張り裂けそうになるほどの叫びに、俺の記憶が揺さぶられる。一年ほど前になるか、大きなオーディションの話が来たと、悩んでた薙沙ちゃんのブログのコメント欄に、やらないで後悔するぐらいなら、砕けちるつもりで手を伸ばしてみろ。そんな事を偉そうに、つらつらと書いた記憶がある。
その後、やっぱり熱心なファンにフルボッコにされたから、忘れたい事の一つなんだけど……そういう話を、ここで持ち出してくるかね、こいつは。
一つ一つの積み重ね、それはこうして、一つの結果に結びつく。勢いで行ったつまらない行動が、結果的に彼女を動かし、俺の首を締め始める。これが、因果応報ってやつか。結局ツケは回ってくる訳で、軽はずみな行動は出来ないもんだ。
「いつまでも縛られないで、古い常識に縛られないで。その鎖を、一人で引きちぎれないって言うなら、私が手伝ってあげる。私がぶち壊してあげるから、だから!」
(ったく、好き勝手言ってくれるよな。それもこれも、全部お前がしたい、ただの願望じゃねぇか)
「だって、しょうがないじゃんか。私の心も体も命も、先輩に首ったけで、愛の奴隷なんだから……」
天道が提案する言葉の全てが、彼女のための独りよがりなのはわかる。けど、目の前でさ、こんなにも深い涙を流しながら、そんな事を言われたら、男として、否定できないじゃないか。
(……すまん)
「こら、そうやってすぐ謝らない。先輩は隙を見せ過ぎだよ」
流石のサキュバスといえど、涙でクシャクシャに晴らした笑顔で言われても、説得力がない。
「だからね、私は絶対に、先輩を見捨てないよ」
(てん……どう?)
だから、これは完全に不意討ちだった。彼女の優しさに、俺の心の殻が、少しずつ剥がされていく。
「どんなに弱くても、戦えなくなっても、私は先輩のそばにいる。先輩のそばをはなれない。だって、死んでまで追っかけて来たんだよ私。それなのに、嫌いになれるわけ無いじゃんか」
埋もれていく自身の体、妖艶で温かな彼女の匂い。笑顔の中にある少女の涙に、俺は完全に堕とされる。
「それでも、それでもね、先輩が心配だって言うなら、ここに誓ったげる」
二人だけの小さな空間。優しく微笑んだサキュバスは、地面に俺を突き刺すと、おでこを鍔にそっと合わせる。そして、つややかな彼女の唇は、契りの言葉を刻み始めた。
「私、天道朝美は、生涯をかけて先輩……明石徹くんのそばにいることを、ここに誓います」
(お前、それ……)
彼女のそれは、本気だった。俺の事を名前で呼ぶ、それだけで、彼女がどれ程の勇気を出したのか、今の俺にはわかる。わかるのだが……
「そして、誓いを破った時は、サキュバス流の吟二として、先輩に好き放題される権利を、ここに与えます」
(……は?)
今までの感動は、彼女の間抜けな発言に、音を立てて崩れ去る。
「よし、これで完璧だ! これで私は先輩から離れられないし、逃げられない! 私がもし気の迷いに陥っても、先輩の言葉一つで、色欲奴隷まっさかさまの、先輩への愛に目覚められる!」
何だろう、色々言いたいことはあるけど、上手く言葉にならない。あまりに急な方向転換に俺の思考は追いつかず、言える言葉があるとすれば……アホだ、やっぱりこいつ、アホだ。
(じゃあ、そん時は止めないで、俺の方からおまえの事、捨てるな)
「へ? ちょ、ちょっとたんむぁ! 何故に? 何故にそうなるわけ!」
(だって、お前の意思を尊重しないのは、俺の主義に反するし)
見えない彼女の心根に、俺が冷たくあしらうと、天道はいつもどおりの快活な雰囲気で俺の言葉に食い下がる。しかし、彼女の言葉はもう何も、俺の心に響いて来ないのだ。
「頼む、いかないで! 俺、俺、強くなるから! って言ってた先輩は、どーこいっちゃったのかなぁ!?」
(お前、何処まで聞いてんだよ、ほんとに)
「全部、全部聞いてるよ! どこまででも聞いてるよ! だからさぁ、ちゃんと縛れよ! ちゃんと私を奴隷にしろぉ!!」
(いや、お前には側に居てほしいけど、奴隷は、ちょっとな)
「あー! なんでそういうとこ無駄に優しいかな! そういう先輩の軟弱な所、嫌いで、大好きだぞコノヤロー!!」
明かしきれない二人の本音、色々危ない二人だけど、結局最後はこんな風に、バカ騒ぎに落ち着くのであった。
そんな彼女に対し、色々と感謝の気持ちはあるけれど、事あるごとにエッチエッチでは、俺の身体がたまらない。
(その事で一つ、言いたいことがあるんだが)
「え!? なになに! ご褒美? ご褒美なのかな!!」
(……話を聞け)
「ハーイ!」
それに、毎度断る、俺の気持ちにもなってくれ。一喜一憂してくれるのは嬉しいけど、女の子を無下に扱うのって、俺からしたら結構辛いんだ。
しかも、羽とか尻尾とか、興奮で無意識に出てるし、放置しておくには、あまりに危険過ぎる。だから、俺は意を決し、彼女にこう宣言する。
(これ以降、俺に対し、色目を使う事を禁止する。良いな?)
その瞬間、辺りの空気が凍りつき、彼女は口を半開きにしながら、ポカーンというオノマトペが飛んで来そうな表情を俺に見せる。
「え? ……えぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
そして、近隣に住む、全ての住人が起きても飽き足らない程の大声を上げ、直立不動のまま、彼女はその場で気絶した。
(おーい、大丈夫かー)
「……はっ!? なんで、何でなのさ!」
しかし、俺が声を掛けた途端、彼女は意識を取り戻し、四方八方やたらめったらと俺の体を振り回す。
(お前の愛情表現は、明らかに危険なんだよ。その行動が、どれだけ俺のストレスになってるか、わかってるのか?)
全身を好き勝手にぶん回されながらも、俺は努めて冷静に、彼女の問に返事をする。こんな事が可能なのも、シャーリーと二人、激しい戦闘に耐えてきた賜物だろう。
「す、ストレスって、なんか酷くないかな?」
(しょうがないだろ? 曲がりなりにもお前はサキュバスで、俺は男なんだ。お前が俺にすり寄る事がどれだけ危険か、お前自身わかるだろ?)
二人の関係が、危ない橋の上にある事を説明すると、流石の天道も口をすぼめ、俺を見ながら黙り込む。
「そりゃ、うん。今なら何でもできる自信あるけど……で、でも! 一応ちからのコントロール、少しはできるようになってるはずー、なんだけどなぁ」
(はずーだから、興奮すると暴走するんだろうが。今も背中の羽、出てるの気づいてないだろ?)
それでも諦めきれないのか、なんとか俺を納得させようと、天道は必死に説得を試みる。しかし、背中の羽を指摘してやると、取り繕うような笑顔とともに、慌てて尻尾ごと、体の中へ引っ込めた。
(そんなんだから、いつでもどこでも色目使って、俺をすーぐ誘惑したがるんだろ?)
俺の発言が正しいからか、比較的おとなしい天道であったが、ついにそれにも耐えきれなくなり、涙目になりながら、逆切れのように怒り出す。
「いやいや先輩、それは別にサキュバスとか関係なくて、好きな人を愛してあげたいな~って思うと、そうなるのが女の子じゃないかな? それに、そういう目で見てくるのは先輩の方でしょ? 私を可愛いと思わなければ、催淫になんてかからないって!」
(可愛いと思うなって、しょうがないだろ! お前の肌とか体つきとか、顔も声も全部、俺にとっては魅力的なんだよ! 惹かれないほうがどうかしてる! だから、余計に注意しろって言ってるんだ!)
そんな彼女の態度と、先程の美少女でしょ? に対する抑えきれない衝動が重なって、恥ずかしげもなく俺は、自分の気持を彼女へと伝えてしまう。
「うっ、なんかすっごい嬉しい事言われてるのに、なんかすっごく釈然としない」
(それに、気の迷いで情事に不蹴込むようなダメな男に、俺はなりたくないんだよ)
本音を言えば、俺だって嬉しい。歪な力であろうと、憧れのアイドルと恋人以上の関係になれるんだ、それが嬉しくないわけがない。でも、欲望に身を任せたら、俺はきっと、三人の女の子を泣かせることになる。それだけは絶対に避けたい。避けなきゃ、いけないんだ。
「で、でも、お妾さんって、そういう事するのが仕事じゃない? だからほら、先輩がシャーロットのこと気にするなら、無心でも……構わないんだよ?」
だが、どんな手段を使ってでも、俺と愛を確かめ合いたいのか、妾という存在の価値を、天道は存分に使おうとしてくる。しかし、彼女の目は曇っていて、心にも思ってないのが良く分かった。
そんな気持ちでしてみろ、どうせ途中で耐えられなくなって、催淫で無理やり堕としにくるか、もっと私を見て、って泣き叫ぶに決まってる。それがわかっていて、そんな彼女を受け入れるなんて事、俺には出来ない。
(そうかもしれないな。けど、将来妾を取ったとして、そういう用途に俺は使わないからな)
「!?」
(別に俺は、お前達とエッチな事がしたいために、好きだとか妾だとか、そういう話をしている訳じゃない。愛されてる責任を取りたいってだけで、気になる男の一人でも見つけたら、せっせとそっちに行ってほしいぐらいなんだよ。その方が、シャーリーと二人きりになれる時間も増えるからな)
なんて事を考えながらも、俺も俺で、心にも無い事を言ってるよな。本当は皆のこと大好きで、ずっと側に居てほしいのに。でも、こうでもしないと、俺自身もたないんだよ。だって、俺達の住んでた国は、重婚禁止だったんだから。
「ねぇ……人間ってさ、一人しか愛しちゃいけないのかな?」
(そりゃそうだろ。少なくとも、俺達が居た国は、そうだったじゃねぇか)
「そう……だね。でもそれって、向こうの世界の話だよね! ここの世界の話じゃないよね!」
その感覚が残っているから、みんなと一緒にいて良いのか、俺はまだ迷っている。けど、心にも無い否定を続けた結果、俺は彼女の怒りを買い、天道は近場の机を叩くと、その勢いのまま喚き散らす。彼女の突然の豹変っぷりに、俺は完全に呑まれていた。
「先輩が、クソが付くほど真面目なのもわかってる。それで苦しんでるのもわかってる! でも、先輩の事が好きなの! 先輩しか見れないの! 先輩とじゃなきゃ、生きていけないの!!」
鬼気迫る彼女の形相から、俺は目が離せない。今にも泣き出しそうな、天道の熱い眼差し、ぐちゃぐちゃな表情、その全てが、俺の体を惹きつける。
「自分がうざいのもわかってる。でも、ここは異世界で、私にとっては最高のチャンスなの! それを逃すな、掴み取れって、そう言ったのは先輩でしょ? だったら、責任とってよ!」
胸の奥が、張り裂けそうになるほどの叫びに、俺の記憶が揺さぶられる。一年ほど前になるか、大きなオーディションの話が来たと、悩んでた薙沙ちゃんのブログのコメント欄に、やらないで後悔するぐらいなら、砕けちるつもりで手を伸ばしてみろ。そんな事を偉そうに、つらつらと書いた記憶がある。
その後、やっぱり熱心なファンにフルボッコにされたから、忘れたい事の一つなんだけど……そういう話を、ここで持ち出してくるかね、こいつは。
一つ一つの積み重ね、それはこうして、一つの結果に結びつく。勢いで行ったつまらない行動が、結果的に彼女を動かし、俺の首を締め始める。これが、因果応報ってやつか。結局ツケは回ってくる訳で、軽はずみな行動は出来ないもんだ。
「いつまでも縛られないで、古い常識に縛られないで。その鎖を、一人で引きちぎれないって言うなら、私が手伝ってあげる。私がぶち壊してあげるから、だから!」
(ったく、好き勝手言ってくれるよな。それもこれも、全部お前がしたい、ただの願望じゃねぇか)
「だって、しょうがないじゃんか。私の心も体も命も、先輩に首ったけで、愛の奴隷なんだから……」
天道が提案する言葉の全てが、彼女のための独りよがりなのはわかる。けど、目の前でさ、こんなにも深い涙を流しながら、そんな事を言われたら、男として、否定できないじゃないか。
(……すまん)
「こら、そうやってすぐ謝らない。先輩は隙を見せ過ぎだよ」
流石のサキュバスといえど、涙でクシャクシャに晴らした笑顔で言われても、説得力がない。
「だからね、私は絶対に、先輩を見捨てないよ」
(てん……どう?)
だから、これは完全に不意討ちだった。彼女の優しさに、俺の心の殻が、少しずつ剥がされていく。
「どんなに弱くても、戦えなくなっても、私は先輩のそばにいる。先輩のそばをはなれない。だって、死んでまで追っかけて来たんだよ私。それなのに、嫌いになれるわけ無いじゃんか」
埋もれていく自身の体、妖艶で温かな彼女の匂い。笑顔の中にある少女の涙に、俺は完全に堕とされる。
「それでも、それでもね、先輩が心配だって言うなら、ここに誓ったげる」
二人だけの小さな空間。優しく微笑んだサキュバスは、地面に俺を突き刺すと、おでこを鍔にそっと合わせる。そして、つややかな彼女の唇は、契りの言葉を刻み始めた。
「私、天道朝美は、生涯をかけて先輩……明石徹くんのそばにいることを、ここに誓います」
(お前、それ……)
彼女のそれは、本気だった。俺の事を名前で呼ぶ、それだけで、彼女がどれ程の勇気を出したのか、今の俺にはわかる。わかるのだが……
「そして、誓いを破った時は、サキュバス流の吟二として、先輩に好き放題される権利を、ここに与えます」
(……は?)
今までの感動は、彼女の間抜けな発言に、音を立てて崩れ去る。
「よし、これで完璧だ! これで私は先輩から離れられないし、逃げられない! 私がもし気の迷いに陥っても、先輩の言葉一つで、色欲奴隷まっさかさまの、先輩への愛に目覚められる!」
何だろう、色々言いたいことはあるけど、上手く言葉にならない。あまりに急な方向転換に俺の思考は追いつかず、言える言葉があるとすれば……アホだ、やっぱりこいつ、アホだ。
(じゃあ、そん時は止めないで、俺の方からおまえの事、捨てるな)
「へ? ちょ、ちょっとたんむぁ! 何故に? 何故にそうなるわけ!」
(だって、お前の意思を尊重しないのは、俺の主義に反するし)
見えない彼女の心根に、俺が冷たくあしらうと、天道はいつもどおりの快活な雰囲気で俺の言葉に食い下がる。しかし、彼女の言葉はもう何も、俺の心に響いて来ないのだ。
「頼む、いかないで! 俺、俺、強くなるから! って言ってた先輩は、どーこいっちゃったのかなぁ!?」
(お前、何処まで聞いてんだよ、ほんとに)
「全部、全部聞いてるよ! どこまででも聞いてるよ! だからさぁ、ちゃんと縛れよ! ちゃんと私を奴隷にしろぉ!!」
(いや、お前には側に居てほしいけど、奴隷は、ちょっとな)
「あー! なんでそういうとこ無駄に優しいかな! そういう先輩の軟弱な所、嫌いで、大好きだぞコノヤロー!!」
明かしきれない二人の本音、色々危ない二人だけど、結局最後はこんな風に、バカ騒ぎに落ち着くのであった。
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