俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第四章 地底に眠りし幼竜姫

第206話 心の悪と変態サキュバス

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(うーん、暇だ)

 バルカイトが部屋を出てから、どれ程の時間が経つだろう。俺は一人置いてけぼりで、何故か今日は人恋しい。病み上がりのせいなのか、独りでいる事が辛くてたまらない。

 この世界には、時計と呼ばれるものがあまりなく、時間の判別がとてもしにくい。そのぶん、時の流れもゆっくりで、俺達のいた世界が、如何に時間に追われていたのか良くわかる。とは言え、体内時計が働かないこの体では、時間の感覚が余計にわからず、時計がないのは致命的なのだ。いつでも誰かが側にいる、それがどれだけ幸せな事か、俺は今痛感させられている。

 因みに、バルカイトの服については、俺がカッコイイと思ってるんだから良いんだよと言う、とても前向きな答えが返ってきて終了となった。人の意見を気にせず、いつだってポジティブシンキング。羨ましい限りである。あいつのそういう所は、認めないといけないよな。

 こうやって、うじうじ悩んでる自分は、本当にかっこ悪い。しかも、悩めば悩むほどドツボにはまっていく。けど、何かを変えていけそうな、そんな予感がしていた。

(俺がシャーリーを、ベルシュローブを救った、か)

 未だに少し、信じられない部分もある。けど、あれだけ熱心に説明されたんだ、信じなきゃ罰が当たるってもんさ。

(そう言えば、俺の状態ってどうなってるのかな?)

 町を救った英雄の剣、なんてカッコつけはしないが、王女様の剣として弱いままじゃカッコがつかない。バルカイトによる修復と改良、それによって、どれだけ自分が変わったのか、気になり初めて来ていたのだ。絶対安静とも言われてないし、少しだけ試してみるか。

 精神を集中させ、いつもどおりに力を入れる。湧き上がる魔力の感覚、熱くなる心の胎動。そして、次の瞬間、俺の体は今までとは桁違いの輝きを放ち、工房内を焼け尽くすような勢いで照らし出す。

(……なんだよ、これ)

 その異常なまでの輝きに、俺自身言葉が詰まる。これじゃまるで、シャーリーと一緒に戦ってる時みたいだ。

 焦りに焦った今までの自分、それがまるで嘘のように、歓喜に満ち溢れている。これがバルカイトの力、超一流の刀匠である証。

(明日また、あいつに礼を言わないとな)

 怖いぐらいの力の本流、その凄まじさに感動を覚えていると、不意に居間へと繋がる扉からノックの音が聞こえてくる。

「先輩、入ってもいいかな?」

 音に続いて聞こえたのは、普段ではとても考えられない、天道の儚げな声。彼女もシャーリーと一緒で、ずっと我慢してきたのだろう。

(あぁ、構わないぞ)

「えっと、おじゃましまーす」

 彼女の負担にならぬよう、毅然とした態度で呼び込むと、天道は落ち着きなく視線を彷徨わせ、慎重に部屋へと入ってくる。その動き、彼氏の部屋に初めて入る、彼女かお前は。

「あの……どうかな、体調は?」

(だいぶ気分は良い。魔力の方は、まだ不安定だけど、バルカイトが調整してくれるってさ)

「そっか……良かった」

(そうすれば、戦闘の方も……えっと、何故に不機嫌?)

 部屋に来てからというもの、落ち着きなく指と指をすり合わせ続ける天道だったが、話を聞き、安心したと思いきや、いきなり頬を膨らませ俺の事を睨みつける。

「何でもう、戦いの事とか考えてるのかな~って」

(そりゃ考えるだろ? 今の俺は、戦うための道具であって、それ以上でもそれ以下でもないんだから)

 バルカイトに言われた事は理解してる。それでも、武器であるという本質を忘れたら、俺はまた無価値な存在になり下がる。そうだと言うのに、彼女は声にうなりを利かせ、俺に対し怒りをぶつけた。

「あのさ、先輩は死にかけてるんだよ? それも、何度も何度も! そこの所、全然わかってないでしょ?」

(わかってるよ。だからこうして喜んでるんだろ、また戦えることをさ)

 天道の言う通り、今までの俺は弱かった。弱かったから、何度も何度も死にかけた。けど、これからは違う、バルカイトがいてくれれば、俺はもっと強くなれる。俺が強くなれば、シャーリーも強くなって、どんな相手にも負けない。それをわかってないのはお前の方だろと、自信満々に宣言すると、今度は思い切りため息を吐かれてしまう。

「こんなんじゃ、シャーロットが飛び出していくわけだ」

 おかしい。俺の方が正論を言ってるはずなのに、彼女の見せるつれない態度が、何だかとても腑に落ちない。いったい、何がいけないっていうんだ。

「先輩はさ、あの子にどれだけ大切に思われてるか、もっと自覚したほうが良いよ」

 くっ、天道のくせに、バルカイトと似たようなこと言いやがって。

(わかってるよ。わかってるからこそ、戦いたいんじゃねぇか)

 俺だって理解はしてる。あれだけ泣き叫ばれて、わからないほど鈍感だったけど、バルカイトの言葉にしっかりと叩き込まれた。でも、逆に知ってしまったからこそ、彼女の愛に報いたいんだ。

 俺にできる事なんて、戦うぐらいしか無いのだから。

 けれど、そんな俺を、彼女はきっと認めない。あくまでこれは男の意地で、皆が求めているものとは違う。だから怒られる。もしかすると、シャーリーの時のように泣きつかれるかもしれない。

「……なんでこう、ばかなのかなぁ」

 そう覚悟していたのに、彼女は俺の鍔に向け、自嘲気味に微笑みかける。そして、俺の体を持ち上げると、腕の中でそっと抱きしめた。予想外、その一言が思考を遮って、俺は今、間抜けな顔をしていることだろう。そんな表情など気にせず、彼女が紡ぐ新たな言葉に、俺はまた小さな事実を知る事になる。

「先輩の覚悟はわかった。そんな風に言える先輩のこと、私は好きだよ。でもね、世の中には限度ってものがあって、頑張り過ぎは良くないと思うんだ。だって、死んじゃったらさ、元も子もないじゃんか。それに、火口から帰るとき、シャーロットが震えてたの、先輩気づいてた?」

 シャーリーが震えていた? 火口から戻る途中、彼女の事をあれ程見つめていたのに、俺はいったい何を見ていたのだろう。激しい動揺の最中とは言え、全く気づいてやれなかった精神的ショックに、俺は無言で首を振る。

「だよねー、先輩ってそういう所にぶちんだからなー。当然、私が震えてたのも気づいてないっしょ」

 大切な事に、何一つ気づけない自分の不甲斐なさ。その圧倒的バカさ加減に、無意識で頷くと、再び彼女に盛大な溜息を吐かれてしまう。

「もー、しょうがないんだから。よし! 朝美ちゃんは可愛いって、三回言ってくれたら許してあげよう」

(天道はかわいい、天道はかわいい、天道はかわいい)

「むぅ、名前じゃないのがちょっとあれだけど、そのぐらいで勘弁してあげる」

 贖罪から漏れ出る人形のような言葉、そんなものでも彼女は納得し、俺の柄頭を優しく撫でる。

「私達だって、怖いんだよ。大好きな人が、目の前から消えちゃうのはさ。守れないって責任を感じるのは、先輩と同じ。女の子だって守られてばっかじゃない。それを一番よくわかってるのは、先輩っしょ?」

 戦う女性はかっこいい、三人を見てると如実にそれを感じられる。けど、それなら俺だって、守られてばかりじゃいられない。

(じゃあ、お前は諦めろっていうのかよ)

「?」

(シャーリーの、あんな苦しそうな顔とか、あんな悲しい笑顔とか、そういう物を見せられて、黙って諦めろっていうのかよ!)

 傷つき、倒れ、それでも健気に俺を守ろうとする、そんなシャーリーの姿が頭から離れない。勿論、目の前の彼女が苦しむ姿だって、俺は見たくない。

(傷つくんだよ、俺が弱かったら皆が。お前も傷つくんだよ!)

「先輩……」

(それに、やっぱ駄目だよ俺、あんな表情受け入れられねぇよ。あんな顔見て興奮できねぇよ)

 ゴモリーとの戦い、あれは、俺の男と言う部分に、消える事のないトラウマを残してくれた。自分は変態で、どんな状況であろうと、艶めかしい表情と可愛い喘ぎ声さえ聞けば、エロい感情を抑えきれずに興奮してしまう。

 そんな、真性の変態だと、自分をずっと責めてきたのに、本気で苦しむ彼女を見て、大切なものが壊されていく瞬間を見て、黙って興奮するなんてこと、出来なかったんだ。

 あの時俺は死にかけていて、そんな余裕がなかっただけかもとか、色々と思う所もあるけど、そのぐらいには、俺の中の良心ってやつは残されていて、どうしようもなかった事に気づいてしまったんだ。

「たはは……なんつーか、まーた変な所で葛藤してますな」

(うるせぇ。俺の事変態扱いしてるのは、お前の方だろ?)

「まぁ、確かに、先輩は、変態さんだからねー。可愛い女の子ならなんでも興奮しちゃうような」

 そんな俺の葛藤を、理解しているのかしていないのか、明後日の方向を向きながら、彼女は朗らかに笑い始める。

(それは遠回しに、自分が美少女だと?)

「うん! 少なくとも、先輩からみたら私は美少女でしょ?」

 いたずらめいた彼女の笑顔。それが何だかとても悔しくて、精一杯の皮肉を並べてみたが、否定される事をまるで考えていない、純粋すぎる彼女の返答にぐうの音も出ない。だめだ、こいつとの口喧嘩に、勝てるビジョンが全く見えん。

「いいじゃん別に、自分のまっとうな部分が見つかったんだからさ。そのまま受け入れちゃいなよ」

(受け入れるねぇ……)

 そして、俺は受け入れるという言葉に、また難色を示してしまう。

「何故にそこで戸惑うかね」

 彼女に対する小さな屈辱に、決して意固地になっているわけではない。

(わかんなくなっちまったんだよ。自分が、余計にさ)

 これはもう、自分の中の悪との戦い。狂気と触手に彩られた、どす黒い自分の影との戦い。この気持をわかって欲しいとも思う。けど、わからない方が良いに決まってる。

「まーそうだよね~。先輩の性癖は、普通の女の子には絶対に受け入れがたいタイプだし、嫌われたくないって気持ちはわかるよ~。なんとなく」

 そんな俺に笑顔を向けて、柄頭を撫で続ける彼女の姿が、今はとても神々しく見える。適当な言葉でさえ、嬉しいと思ってしまう。なんでこいつは俺の事を、こんなにも好きでいてくれるんだ。

「でも、うじうじしてる方が、もっとかっこ悪いと思うぞ」

 ヘタレな自分を卒業したい。それはいつも思っていることで、吐き出せるなら吐き出したい。それでもこんな話、女の子には相談できないし、しちゃいけないと思ってる自分がいる。だからこうして悩んでて、自分の腐った部分をどうしたら良いのかと、ずっと困っているんだ。

「しょうがないにゃ~、この淫魔のお姉さんに、溜まってるもの全部吐き出しちゃいなさい! もちろん、白いドロドロも大歓迎だよ!」

 そうやって、俺が真面目に悩んでるのに、彼女はいつもの調子で変態おねーさんを演じてくる。何だよ、白いドロドロもって、お前はいちいち一言多いんだよ。

「大丈夫、私はちゃんと聞いてあげるから。むしろ、そのための私でしょ? なんて言ったら怒られるか。でも、性的な悩みも含めて、先輩を受け入れてあげたい。その気持ちは本当だよ? それだけは、忘れないでね」

 そんな彼女だからか、こんな時なのに涙が出てくる。ふざけた事は得意げに、真面目な話は優しく諭す。バカだってわかってるのに、俺はまた天道に引き寄せられていく。

 憂いに満ちた彼女の瞳と、唯一寄り添えるその心に、俺は素直になろうと思った。
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