俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

文字の大きさ
上 下
207 / 526
第四章 地底に眠りし幼竜姫

第206話 心の悪と変態サキュバス

しおりを挟む
(うーん、暇だ)

 バルカイトが部屋を出てから、どれ程の時間が経つだろう。俺は一人置いてけぼりで、何故か今日は人恋しい。病み上がりのせいなのか、独りでいる事が辛くてたまらない。

 この世界には、時計と呼ばれるものがあまりなく、時間の判別がとてもしにくい。そのぶん、時の流れもゆっくりで、俺達のいた世界が、如何に時間に追われていたのか良くわかる。とは言え、体内時計が働かないこの体では、時間の感覚が余計にわからず、時計がないのは致命的なのだ。いつでも誰かが側にいる、それがどれだけ幸せな事か、俺は今痛感させられている。

 因みに、バルカイトの服については、俺がカッコイイと思ってるんだから良いんだよと言う、とても前向きな答えが返ってきて終了となった。人の意見を気にせず、いつだってポジティブシンキング。羨ましい限りである。あいつのそういう所は、認めないといけないよな。

 こうやって、うじうじ悩んでる自分は、本当にかっこ悪い。しかも、悩めば悩むほどドツボにはまっていく。けど、何かを変えていけそうな、そんな予感がしていた。

(俺がシャーリーを、ベルシュローブを救った、か)

 未だに少し、信じられない部分もある。けど、あれだけ熱心に説明されたんだ、信じなきゃ罰が当たるってもんさ。

(そう言えば、俺の状態ってどうなってるのかな?)

 町を救った英雄の剣、なんてカッコつけはしないが、王女様の剣として弱いままじゃカッコがつかない。バルカイトによる修復と改良、それによって、どれだけ自分が変わったのか、気になり初めて来ていたのだ。絶対安静とも言われてないし、少しだけ試してみるか。

 精神を集中させ、いつもどおりに力を入れる。湧き上がる魔力の感覚、熱くなる心の胎動。そして、次の瞬間、俺の体は今までとは桁違いの輝きを放ち、工房内を焼け尽くすような勢いで照らし出す。

(……なんだよ、これ)

 その異常なまでの輝きに、俺自身言葉が詰まる。これじゃまるで、シャーリーと一緒に戦ってる時みたいだ。

 焦りに焦った今までの自分、それがまるで嘘のように、歓喜に満ち溢れている。これがバルカイトの力、超一流の刀匠である証。

(明日また、あいつに礼を言わないとな)

 怖いぐらいの力の本流、その凄まじさに感動を覚えていると、不意に居間へと繋がる扉からノックの音が聞こえてくる。

「先輩、入ってもいいかな?」

 音に続いて聞こえたのは、普段ではとても考えられない、天道の儚げな声。彼女もシャーリーと一緒で、ずっと我慢してきたのだろう。

(あぁ、構わないぞ)

「えっと、おじゃましまーす」

 彼女の負担にならぬよう、毅然とした態度で呼び込むと、天道は落ち着きなく視線を彷徨わせ、慎重に部屋へと入ってくる。その動き、彼氏の部屋に初めて入る、彼女かお前は。

「あの……どうかな、体調は?」

(だいぶ気分は良い。魔力の方は、まだ不安定だけど、バルカイトが調整してくれるってさ)

「そっか……良かった」

(そうすれば、戦闘の方も……えっと、何故に不機嫌?)

 部屋に来てからというもの、落ち着きなく指と指をすり合わせ続ける天道だったが、話を聞き、安心したと思いきや、いきなり頬を膨らませ俺の事を睨みつける。

「何でもう、戦いの事とか考えてるのかな~って」

(そりゃ考えるだろ? 今の俺は、戦うための道具であって、それ以上でもそれ以下でもないんだから)

 バルカイトに言われた事は理解してる。それでも、武器であるという本質を忘れたら、俺はまた無価値な存在になり下がる。そうだと言うのに、彼女は声にうなりを利かせ、俺に対し怒りをぶつけた。

「あのさ、先輩は死にかけてるんだよ? それも、何度も何度も! そこの所、全然わかってないでしょ?」

(わかってるよ。だからこうして喜んでるんだろ、また戦えることをさ)

 天道の言う通り、今までの俺は弱かった。弱かったから、何度も何度も死にかけた。けど、これからは違う、バルカイトがいてくれれば、俺はもっと強くなれる。俺が強くなれば、シャーリーも強くなって、どんな相手にも負けない。それをわかってないのはお前の方だろと、自信満々に宣言すると、今度は思い切りため息を吐かれてしまう。

「こんなんじゃ、シャーロットが飛び出していくわけだ」

 おかしい。俺の方が正論を言ってるはずなのに、彼女の見せるつれない態度が、何だかとても腑に落ちない。いったい、何がいけないっていうんだ。

「先輩はさ、あの子にどれだけ大切に思われてるか、もっと自覚したほうが良いよ」

 くっ、天道のくせに、バルカイトと似たようなこと言いやがって。

(わかってるよ。わかってるからこそ、戦いたいんじゃねぇか)

 俺だって理解はしてる。あれだけ泣き叫ばれて、わからないほど鈍感だったけど、バルカイトの言葉にしっかりと叩き込まれた。でも、逆に知ってしまったからこそ、彼女の愛に報いたいんだ。

 俺にできる事なんて、戦うぐらいしか無いのだから。

 けれど、そんな俺を、彼女はきっと認めない。あくまでこれは男の意地で、皆が求めているものとは違う。だから怒られる。もしかすると、シャーリーの時のように泣きつかれるかもしれない。

「……なんでこう、ばかなのかなぁ」

 そう覚悟していたのに、彼女は俺の鍔に向け、自嘲気味に微笑みかける。そして、俺の体を持ち上げると、腕の中でそっと抱きしめた。予想外、その一言が思考を遮って、俺は今、間抜けな顔をしていることだろう。そんな表情など気にせず、彼女が紡ぐ新たな言葉に、俺はまた小さな事実を知る事になる。

「先輩の覚悟はわかった。そんな風に言える先輩のこと、私は好きだよ。でもね、世の中には限度ってものがあって、頑張り過ぎは良くないと思うんだ。だって、死んじゃったらさ、元も子もないじゃんか。それに、火口から帰るとき、シャーロットが震えてたの、先輩気づいてた?」

 シャーリーが震えていた? 火口から戻る途中、彼女の事をあれ程見つめていたのに、俺はいったい何を見ていたのだろう。激しい動揺の最中とは言え、全く気づいてやれなかった精神的ショックに、俺は無言で首を振る。

「だよねー、先輩ってそういう所にぶちんだからなー。当然、私が震えてたのも気づいてないっしょ」

 大切な事に、何一つ気づけない自分の不甲斐なさ。その圧倒的バカさ加減に、無意識で頷くと、再び彼女に盛大な溜息を吐かれてしまう。

「もー、しょうがないんだから。よし! 朝美ちゃんは可愛いって、三回言ってくれたら許してあげよう」

(天道はかわいい、天道はかわいい、天道はかわいい)

「むぅ、名前じゃないのがちょっとあれだけど、そのぐらいで勘弁してあげる」

 贖罪から漏れ出る人形のような言葉、そんなものでも彼女は納得し、俺の柄頭を優しく撫でる。

「私達だって、怖いんだよ。大好きな人が、目の前から消えちゃうのはさ。守れないって責任を感じるのは、先輩と同じ。女の子だって守られてばっかじゃない。それを一番よくわかってるのは、先輩っしょ?」

 戦う女性はかっこいい、三人を見てると如実にそれを感じられる。けど、それなら俺だって、守られてばかりじゃいられない。

(じゃあ、お前は諦めろっていうのかよ)

「?」

(シャーリーの、あんな苦しそうな顔とか、あんな悲しい笑顔とか、そういう物を見せられて、黙って諦めろっていうのかよ!)

 傷つき、倒れ、それでも健気に俺を守ろうとする、そんなシャーリーの姿が頭から離れない。勿論、目の前の彼女が苦しむ姿だって、俺は見たくない。

(傷つくんだよ、俺が弱かったら皆が。お前も傷つくんだよ!)

「先輩……」

(それに、やっぱ駄目だよ俺、あんな表情受け入れられねぇよ。あんな顔見て興奮できねぇよ)

 ゴモリーとの戦い、あれは、俺の男と言う部分に、消える事のないトラウマを残してくれた。自分は変態で、どんな状況であろうと、艶めかしい表情と可愛い喘ぎ声さえ聞けば、エロい感情を抑えきれずに興奮してしまう。

 そんな、真性の変態だと、自分をずっと責めてきたのに、本気で苦しむ彼女を見て、大切なものが壊されていく瞬間を見て、黙って興奮するなんてこと、出来なかったんだ。

 あの時俺は死にかけていて、そんな余裕がなかっただけかもとか、色々と思う所もあるけど、そのぐらいには、俺の中の良心ってやつは残されていて、どうしようもなかった事に気づいてしまったんだ。

「たはは……なんつーか、まーた変な所で葛藤してますな」

(うるせぇ。俺の事変態扱いしてるのは、お前の方だろ?)

「まぁ、確かに、先輩は、変態さんだからねー。可愛い女の子ならなんでも興奮しちゃうような」

 そんな俺の葛藤を、理解しているのかしていないのか、明後日の方向を向きながら、彼女は朗らかに笑い始める。

(それは遠回しに、自分が美少女だと?)

「うん! 少なくとも、先輩からみたら私は美少女でしょ?」

 いたずらめいた彼女の笑顔。それが何だかとても悔しくて、精一杯の皮肉を並べてみたが、否定される事をまるで考えていない、純粋すぎる彼女の返答にぐうの音も出ない。だめだ、こいつとの口喧嘩に、勝てるビジョンが全く見えん。

「いいじゃん別に、自分のまっとうな部分が見つかったんだからさ。そのまま受け入れちゃいなよ」

(受け入れるねぇ……)

 そして、俺は受け入れるという言葉に、また難色を示してしまう。

「何故にそこで戸惑うかね」

 彼女に対する小さな屈辱に、決して意固地になっているわけではない。

(わかんなくなっちまったんだよ。自分が、余計にさ)

 これはもう、自分の中の悪との戦い。狂気と触手に彩られた、どす黒い自分の影との戦い。この気持をわかって欲しいとも思う。けど、わからない方が良いに決まってる。

「まーそうだよね~。先輩の性癖は、普通の女の子には絶対に受け入れがたいタイプだし、嫌われたくないって気持ちはわかるよ~。なんとなく」

 そんな俺に笑顔を向けて、柄頭を撫で続ける彼女の姿が、今はとても神々しく見える。適当な言葉でさえ、嬉しいと思ってしまう。なんでこいつは俺の事を、こんなにも好きでいてくれるんだ。

「でも、うじうじしてる方が、もっとかっこ悪いと思うぞ」

 ヘタレな自分を卒業したい。それはいつも思っていることで、吐き出せるなら吐き出したい。それでもこんな話、女の子には相談できないし、しちゃいけないと思ってる自分がいる。だからこうして悩んでて、自分の腐った部分をどうしたら良いのかと、ずっと困っているんだ。

「しょうがないにゃ~、この淫魔のお姉さんに、溜まってるもの全部吐き出しちゃいなさい! もちろん、白いドロドロも大歓迎だよ!」

 そうやって、俺が真面目に悩んでるのに、彼女はいつもの調子で変態おねーさんを演じてくる。何だよ、白いドロドロもって、お前はいちいち一言多いんだよ。

「大丈夫、私はちゃんと聞いてあげるから。むしろ、そのための私でしょ? なんて言ったら怒られるか。でも、性的な悩みも含めて、先輩を受け入れてあげたい。その気持ちは本当だよ? それだけは、忘れないでね」

 そんな彼女だからか、こんな時なのに涙が出てくる。ふざけた事は得意げに、真面目な話は優しく諭す。バカだってわかってるのに、俺はまた天道に引き寄せられていく。

 憂いに満ちた彼女の瞳と、唯一寄り添えるその心に、俺は素直になろうと思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あの、神様、普通の家庭に転生させてって言いましたよね?なんか、森にいるんですけど.......。

▽空
ファンタジー
テンプレのトラックバーンで転生したよ...... どうしようΣ( ̄□ ̄;) とりあえず、今世を楽しんでやる~!!!!!!!!! R指定は念のためです。 マイペースに更新していきます。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

処理中です...