俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第四章 地底に眠りし幼竜姫

第205話 成し遂げたもの

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「なら、なんでお嬢があの時お前を拾ってよかったか、三つのポイントを交えて説明レクチャーしてやる。一つ、あの時お嬢はオルトリンデに変わる武器を持っていなかった。二つ、ベルシュローブの近くには既にナベリウスがいた。三つ、その話を知ったお嬢は確実にあいつに喧嘩を売る。さて、この三点を踏まえた結果、お前があそこにいなかったら、お嬢はどうなってたと思う?」

(……怒り狂って、ナベリウスに突撃して死んでた。とでも言いたいのかよ)

「正解だ。バカのお前でも、流石にわかるだろ?」

 バルカイトの説明は、おそらく的を得ている。シャーリーがナベリウスに負ける所は、俺も目の前で見てきた。彼女が怒り狂い、剣を振り回し、全く歯が立たなかったのをよく覚えてる。けど、ベルシュローブには、もう一つの関門があったはず。

(で、でもあの町にはバズーもいて)

 そう、あの町にはもう一人の悪魔がいて、俺がいなかったら彼女はそこで諦めて――

「ああ、あんな下級相手なら、素手一本で十分だ。お嬢を舐めるなよ」

 そんな浅はかな考えは、バルカイトの一言に軽々と否定される。

「それでも限界はある。今のお嬢なら、やれたとしても中級までだ。魔神なんか相手にできない」

 そして、彼の言葉が本当なら、彼女一人ではナベリウスに勝てない。

「ベルシュローブに来たお嬢がナベリウスと戦うこと、そいつを俺は運命だと思ってる。そしてあいつに殺され、生かされたとしても、死ぬ以上に酷い未来がお嬢には待ってただろうさ。そして結果論にはなるが、その運命を変えたのは、トオル、お前だ」

(俺が、変えた……そ、そうだよ、結果論さ、変えたって言っても、あくまでも結果論じゃねえか)

「お前さんさあ、ほんと卑屈な性格してるねえ。あくまでも自分の正当性は認めないってか?」

 運命を変えた。その言葉は俺にとって、とても心地よく聞こえたけど、あそこにはバルカイトもいて、俺がいなくてもブネのように、ナベリウスを退けられたはずなんだ。だから結果論、俺がいたから少し楽できただけで、あの時俺がいなくても未来はきっと変わらない。

(だってそうだろ。あそこにはお前もいたんだ、俺が居なくたってお前が――)

「勝てねえよ」

(え……)

 そう思っていたのに、あまりに予想外な一言が聞こえて、俺の心臓は止まりそうになる。何をするにも前のめりで、自信の塊のようなバルカイトが発した弱気な言葉に、俺は愕然とする。遠くを見つめる彼の瞳は、真実を物語っているようにしか見えない。

「認めるのは釈然としねぇが、俺は魔神に一人で勝てるほど強くねえ。だからもし、お嬢を逃がせたとしても、あの町までは救えなかった。そう、お前は救ったんだよ、お嬢だけじゃない、ベルシュローブって町一つをな」

 俺達が何と戦っているのか、それは理解しているつもりだ。人間を見下し、いともたやすく滅ぼす事のできる種族、その中でも最強最悪と位置づけられる存在、魔神。彼らの力は強大で、女神や英雄、神聖使者セイクリッドと呼ばれる選ばれし者のみが太刀打ちできる巨悪。

 けど、その神聖使者セイクリッドの右腕であり、聖剣を自在に扱えるこの男なら、互角以上に戦えると、俺はそう思っていた。それなのに、彼は自ら魔神には勝てないと公言したのである。

 俺からすれば、聖剣の勇者にしか見えない男が負けを認めた存在、そいつから俺が町を救った? だめだ、ますますもって意味がわからない。

「少なくとも、あの町にナベリウスを倒せるやつは居なかった。それなりに腕の立つのは居たが、俺と同等かそれ以下で、守りの要であったソイルがあっさりやられた時点で、それはお前にもわかることだろ」

 確かに、バルカイトが信頼を寄せるソイルさんですら、ナベリウスには全く歯が立たなかった。その点を加味すると、勝てないと言うバルカイトの言葉に信憑性が出てくる。

 なら、俺が本当にシャーリーを、あの町を救ったのか?

「あの時、お譲とお前が出会ってなかったら、お前が命張ってお嬢を守らなかったら、お嬢のためにその意味不明な力を手に入れなかったら、あの町も、そこに住んでた人間も、この世界にはもう居ねぇんだ」

 心の底から湧き上がってくる、初めての優越感。俺はシャーリーのおまけで、天道を助けて死んだから、スクルドに力を与えられて、たまたま何かの役に立ててるだけと思ってきた。けど、俺がそれをしたから、俺の力があったから、一つの町を救えた。

 勿論、俺一人の功績なんて言わない。俺を支えてくれる、三人の美少女がいたから成り立った出来事。それでも、俺が頑張ったから、成し遂げられた結果なんだ。

「だから、少しは自身をもて。お譲と出会ったことも、お嬢を好きになったことも、お嬢に好かれたことも、全部間違ってなかったってな。でなきゃ、好きな男のために悩む、恋する乙女みたいな顔、お嬢がすることなんて一生無かったかもしれねぇんだからよ」

 それでも、俺の心はまだ、自分の成した事を認められない。何で俺はこんなにも、自分が褒められることを拒んでいるのだろう……

「ここまで言ってもダメじゃ、お嬢も苦労するわけだ」

 いつからかは、俺自身よく覚えていない。たぶんきっかけは些細なことで、他人との距離感が急にわからなくなり、自分の居場所なんて無いんじゃないかと思い始めた。そして、自分に魅力がないのなら、誰かを幸せに、笑顔にできる人間になろうって、俺はそう思った。

 だから、俺が彼女に迷惑をかけてはいけない。例え血反吐を吐こうとも、彼女を笑顔にし続けるのが俺の使命だと、心の奥ではそんな事を考えていたのだと思う。

 けど、そんな俺自身をバルカイトは認めてくれた。だから、ここにあるのはきっと、今までの自分を否定したくないという、とてもくだらない小さな意地と、これからの自分を認め、愛される人間になりたいという心の葛藤。どちらの自分でいたいのか、俺はきっと迷ってる。

「それじゃもう一つ、お兄さんからの出血大サービスだ。これでわからないようなら、俺はもう知らん」

(なんだよ)

 わからない、考えがまとまらない。けど、時間は無情にも過ぎていき、バルカイトは話を続ける。一時停止なんて無い、読み返しもロードも効かない、考える時間はあまりにも少ない。それが現実なんだと、俺は今突きつけられている。

「お嬢はお前のこと、剣だなんて見てねえよ。隣りにいてくれる男前、下手したら白馬の王子様なんて思ってるかもな」

 なのに、バルカイトの言葉は今の話題にはとても似つかわしくなくて、思いつめていた俺の表情が晴れ晴れしい苦笑いへと崩されていく。

(いやいや、白馬の王子はねぇだろ)

「そっか? お嬢はあれで、ロマンチストなんだぜ。昔から男勝りな割に、いっちょ前に乙女な夢見ててさ。まっ、白馬が嫌なら白銀の王子様で良いじゃねえか。ピカピカに輝いてんだろ、お前」

(うっせえよ)

 バカバカしい彼の言葉が面白くて、男同士の友情、そんな言葉が似合うような、彼なりの優しさが伝わってくる。こいつとは絶対に、馬が合わないと思ってたんだけどな。

「何にせよ、お嬢にしてみればお前は大好きな男、恋人、彼氏なんだからよ、少しは気持ち汲んでやってくれや」

 けれど、その心地よさを知ってしまうほど、何かを返さなきゃって焦りも感じ、もっと自分を頼って欲しくなる。

(……それなら尚の事、俺にもっと、頼って欲しいんだけどな)

「お前なぁ、十分頼ってるだろ? 自分の体を酷使して、死ぬまで頼れなんて考え、それこそ本末転倒だろうが」

(でも、俺は剣で、シャーリーを守る剣だから……)

 そして俺は剣だから、何かを斬る事でしか返せない。だからもっと、俺の体を振るって欲しい。

「トオル、お前はまずその考えを捨てろ。いや、捨てられねぇかも知れねえが、お嬢にとっちゃ掛け替えのないもんなんだよお前は。お嬢にとって、お前が折れるってことは、大切な人が死ぬのと同義なんだ。そいつを少しはわかってやってくれ」

 でも、違う。俺のやり方は間違っていたんだ。

 死んででも何かを残すこと、それが好きになった女性への義務だと、俺はずっと思ってた。全てを出し切って、彼女が死ぬまで笑顔でいられる環境を作る、それが俺の男としての役目だと思ってきた。けど違う、それは自分の独りよがりで、今も未来も笑顔にするなら、彼女の隣には俺が居なくちゃいけないんだ。

 自惚れな部分も勿論あると思う、でも、バルカイトから言われて、自分の立場ってのが少しずつ見えてきた気がする。

(難しいな、人間って。自分のことだってままならないのに、相手の気持ちまで理解しなくちゃいけない。特に、男女の恋ってやつになると、余計にさ)

「だな、お前は特に特殊なケースだし、苦労もすんだろ。まっ、存分に悩め若人よ」

 そんな彼に感謝の気持ちを覚えながらも、やたらと兄貴風を吹かすバルカイトに逆らいたくて、小さな疑問を俺は口にする。

(なぁ、バルカイト。前から気になってた事があるんだけど、聞いてもいいか?)

「おう、俺に答えられることなら、なんでも聞きな」

 自信たっぷりな彼の返答に、出会ってからずっと気になっていたこと、この世界では見かけない、彼の服装について俺は聞くことにする。

(お前の服装ってさ、なんで、カウボーイ風なわけ?)

「あぁ、これか。少し前の事なんだが旅の行商人に勧められてな。なんでも、東の国の最先端ファッションらしいぜ」

 大方予想は出来ていたが、自慢気な彼の答えを聞いて俺は確信する。

(バルカイト……たぶん、それ騙されてる)

「……え?」

 そんな俺の一言に、頼れる兄貴は固まるのだった。
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