俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第四章 地底に眠りし幼竜姫

第203話 修復

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「よお、久しぶりだな爺さん」

 洞窟を抜けた俺達は、デオルドさんの工房へと無事帰ってきた。ユーゴの案内は行きよりも的確で、半分も時間を短縮することが出来たが、バルカイトとの出会いが彼のモチベーションを上げたのは、誰の目から見ても明らかだろう。彼の興奮は未だ収まらず、両目をキラキラと輝かせ続けている。

「……はて、誰じゃったかの?」

「俺だよ俺、イグナイトだ。あんたの弟子だった」

「ほっほっほっ、冗談じゃよ冗談、しっかりと覚えておる。こういうのが最近の礼儀作法なんじゃろ?」

「爺さん、それ間違ってる」

 そんな少年の憧れも久方ぶりの師との再開を楽しみ、場の空気が和む中、バルカイトの腕の中から俺は、三人の大切な女性の姿をこの目でずっと追っている。決して見とれていた訳じゃない、洞窟で拒絶されて以降、シャーリーも天道も俺と視線を合わせようとはせず、スクルドでさえ俺を一度も見てくれない。

 夢の影響もあるけど、普段とはあまりにも違いすぎる三人の態度に、頭の中は沸騰し発狂したい気分に駆られる。もしここに、チビドラもユーゴもデオルドさんもいなくて、バルカイトと俺達だけだったら、俺はきっと重圧に耐えきれず、罵詈雑言の嵐を彼女達に吐き散らしていた事だろう。

 それぐらい俺は、三人の無言の圧力に追い詰められていた。

「それよりもだ、ちょっくら工房貸してくれ。直したい奴がいる」

「うむ、わかっておる。その剣のことじゃろ?」

「十年も顔出さなきゃ耄碌してるかと思ったが、そうでもないみたいだな」

「ほっほっ。年寄りをバカにしちゃいかん。それよりほれ、早く作業に取り掛からんか。本人も、そこのお嬢さん方も辛いじゃろうて」

 けど、デオルドさんの言葉に、俺はある可能性を覚える。もしかして皆、俺に引け目を感じて、顔を合わせるのが辛いだけなのか? 

 デオルドさんの考えが正しいのなら、俺はまだ、嫌われていないのかもしれない。

「恩に着るぜ爺さん。お嬢、悪いが俺に付き合ってくれ。トオルのことは、お嬢が一番良くわかってるだろ? 訳のわからない所がこいつには多すぎる。だから、フォロー頼むぜ」

 小さな安堵を覚える中、バルカイトの申し出に頷きこそはしなかったものの、シャーリーは黙って後ろを歩き、俺達と共に奥の部屋へと入っていく。

「相変わらず綺麗に手入れされてんな。あの頃と全く変わっちゃいねぇ」

 黙り込んだままの天道とスクルドを手前の部屋に残し、足を踏み込んだその部屋は、鉄と熱気に溢れた武具の楽園。

 鉄を打つための台が五つ、炉の入った窯が二つ、そして、壁にかけられた様々な種類の武器に、飾られた防具の数々。どれをとっても一級品だと、素人の俺でもわかるぐらい、この部屋は輝きに満ち溢れている。

 その中に一つだけ、変わった雰囲気を醸し出す台の存在があった。

「この感覚、懐かしいな。こいつを見てると帰ってきたって感じがするぜ」

 その台の上に俺を置くと、バルカイトは嬉しそうに両の手を叩く。

「この金床は特殊性でな、聖剣や魔剣の類はこいつじゃねぇと打てねぇんだ。普通の金床だと、魔素に侵食されて直ぐ崩壊を起こしちまう。例えそれが、どんな聖剣でもな」

 金床と呼ばれたそれは周りのものとは違い、表面がキラキラと輝いて、すり潰されたダイヤモンドが埋め込まれているように見える。その宝石のような鉱石が特殊な影響を及ぼし、武具から放出される魔力を中和すると言った設計なのだろう。

 この世界には、本当に様々な物が在るなと歓心させられる。

「それじゃ始めるか。良いよな、お嬢?」

 その問いにシャーリーが一つ頷くと、バルカイトは両手を広げ、俺の体を触り始める。

「まずは状態のチェックからだ。強い刺激が来るかもしれねぇが、そこは我慢してくれ」

(わかっ……っつ! うっ、あっ)

 ゴツゴツとしたバルカイトの指に触れられる度、痛みや快楽のような信号が俺を襲い、あられもない悲鳴が口から自然と漏れ出てしまう。

 男に触られてこの反応、羞恥と苦痛、二つの感情に揺さぶられ、死にたくなるほどの恥ずかしさを覚える。けど、良いこともあった。情けない悲鳴を聞いたシャーリーが、俺の事を見てくれたのである。

 悲しげな彼女の視線と俺の視線が絡み合って、それだけでもう、死んでもいいぐらいに十分すぎて、彼女が俺を嫌っていない、今の俺にとってそれは、最高の幸せ以外の何物でもなかったのだ。

「こいつはひでぇな。刀身が傷んでるっていうか、魔力が完全に枯渇してやがる。ミイラの肌にでも触れてるみたいだ」

「それで! ……トオル……は?」

 更に、俺の名前まで呼んでくれるなんて……感極まった瞳から涙が溢れそうになるけど、体には何の変化も訪れない。バルカイトの言う通り、今の俺には涙を流すほどのほんの僅かな魔力さえ残っておらず、あるのはただ、生かそうとするための最後の灯火だけで、言葉でさえ、無駄に命を削っているのかもしれない。

「魔力ってものは生命力の一種、っていうのはお嬢もわかってるよな」

「……うん……血や……水分と……同じぐらい……大切」

「正解だ。そしてトオルは、人間で言うところの血液や水分、そういったものも総て魔力で補っている」

「!? ……やっぱり……それって」

「お嬢の想像通り、このままじゃトオルは死ぬ」

 俺が死ぬ、そう聞いたシャーリーは頭を抱え背後の壁へともたれかかる。スクルドに言われていた事が現実として起ころうとしている。それは彼女にとってかなりのショックだったのだろう。

 そんな彼女の反応が嬉しくて、一瞬でも安堵してしまった自分を今すぐにでもぶん殴ってやりたかった。でも、本当に嬉しかったんだ。夢の中であんなものを見て、現実で避けられて、俺なんかもういらないんじゃないかって、ずっと思ってたから。

(けど、このままじゃってことは、まだなんとかなるんだろ?)

「まっ、そういうことだな。ってな訳で、修復と調整を開始する」

 今まで聞いたことのない、真剣そのものなバルカイトの声音に、思わず俺は息を呑む。そして始まる改修は、以外にもシンプルなものだった。

 基本は今までと同じ、魔力の供給と調整。ハンマーで叩かれたり、窯の炉で炙られるのを想像していたけど、視覚的に危険なものはなく、レーザー治療を受けているような感覚で打ち直しは進められていく。

 けど、少し違う部分もあって、体の奥が焼けるように熱い。新陳代謝を活発にされていると言うか、これが炉の中に入れられる代わりなのかも。耐えられない程じゃないけど、体がしびれ、高熱にうなされているような感覚に意識が飛びそうになる。

 それに、体内の臓器が一つずつ外され、新しいものが埋め込まれていくような違和感。気づかぬ内に俺の体は、新たなものへ作り変えられていく。

「思ったより回復が遅い……いや、呪詛みたいなものが邪魔してんな。何か変な呪文かけられてないか? それか強力な魔術を定期的に使ってるか」

 魔力を流し込まれる音が、鉄を打つ音のように聞こえ、体の熱さが炎のように燃え上がる。そんな中、聞こえてくるバルカイトの戸惑いと疑問。呪詛と言うのは恐らく、ディアインハイトのことを言っているのだろう。

 あれは元々俺の能力ではなく、後から無理やり追加したものだ。スクルドいわく神の領域らしいし、体に負担がかかるのは当たり前なのかも。

「……ディアインハイト……ツアエーレ」

「でぃあ……いん? 何だそりゃ? 初めて聞く名前だな」

「……私の呪詛……無理矢理……解除する」

「なるほど、そいつが原因か」

 シャーリーも同じ事を考えていたようで、話は滞りなく進み、バルカイトも彼女の説明に納得の表情を見せる。しかし、状況は最悪の方向へと転がり始めた。

「最初にこいつを修理した時、普通の聖剣や魔剣とは違う、なんてブラックボックスだと思ったけどよ、それが更に酷くなってやがる」

「……それって」

「あぁ、有り体に言えば何が起こるかわからない、ってところだな。正直そのでぃあいんなんとかってのがおこす影響も、普通の剣として使い続けても一体どうなるか、いつ壊れるかとかの目処が全く立たねえ」

「……いつ……死んでも……おかしくない」

 それが、俺の現状だった。

 あのバルカイトがシャーリーに気を使う余裕もなく、匙を投げるような異端の存在。明石徹と言う名の剣は、意味不明なプログラムを体に宿した、世界一酷い不良品だったのだ。

「まさしく諸刃の剣、ってやつだな」

「……ありがとう」

 そんな俺は、持ち主に愛想を尽かされて当然の存在。

(シャーリー! まっ――)

「今は一人にさせてやんな。気持ちの整理がつかないんだろうからよ」

 離れていく大切な人の背中。けど、それが失望でなく悲観から来るものだとわかってしまったから、彼女に側に居て欲しいと思ってしまう。部屋から飛び出す後ろ姿に届かせる声。バルカイトはそれを穏やかな声で静止し、俺の体を軽く叩く。

 二次元でしか女の子を知らない俺と、経験豊富なバルカイト。デオルドさんもそうだったけど、これが年季と場数の差かと、現実を突きつけられる。

「それと、出来ないとは言ってねぇ。任せろ、俺が最高の状態に仕上げてみせる。デオルドの弟子、イグナイトの名にかけてな」

 自分の事しか考えられない、身勝手な今の俺に彼女を止める資格はない。そう思い直し、自信満々に汗をかく最高の鍛冶職人に従って、黙って俺は彼に体を預けるのだった。
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