俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第四章 地底に眠りし幼竜姫

第193話 守ること 傷つけること

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「そ、それよりも師匠。最近の女性って、む、胸の辺りをみせるのが普通、なんですかね?」

 そんな彼も、見た目通りの男の子なようで、天道の過激な露出に、理性を揺り動かされている様子。周りに聞こえぬよう、小声で言ってるつもりなのだろうが、興奮で声が昂ぶりすぎて、こちらまで丸聞こえだ。

「ふーん、なぁに? ユーゴくんは、お姉さんの体に興味があるのかしら?」

「い、いえ! 決してそんな事は! そんな事は無い……です」

 当然、天道の耳にも聞こえたらしく、艶めかしいお姉さま声を作り出した彼女は、胸元を強調しつつユーゴへと迫る。

「いいのよ? さっきのお詫びも兼ねて、少しぐらいなら触らせて、あ・げ・る」

 更には、その魅力的な体に触れても良いとまで言われ、完全に彼はパニック状態に陥っていた。それもそのはず、わがままボディの薙沙ちゃんにエロボイスで迫られたら、彼のような若い子には刺激が強すぎるってもんだ。当然、人間の頃の俺も、鼻血を吹き出しながら昇天している自信がある。そのぐらい俺も、薙沙ちゃんの事が好きだったのだから。

「なーんて、冗談冗談! もうユーゴくんってば、先輩以上に初で可愛いんだから」

 ただ、彼を誘惑した当の本人は、まったくもって本気ではなかったらしく、大声で笑うだけ笑うと、彼の体からそそくさと距離を取る。そして、からかわれていた事に気づいたユーゴは、彼女に対し怒るかと思いきや、頬を更に赤く染め、椅子の上に縮こまってしまう。

 そんな彼を見ていると、申し訳ない気持ちと共に、なんとも言えないもやもやが心の底から湧き上がってくる。シャーリー一筋でありたいと願いながらも、欲深く天道に嫉妬する自分自身に、俺は苛立ちを覚えていた。

(お前なぁ、いくらエロの化身だからって、はめ外し過ぎだぞ?)

「何いってんの先輩! サキュバスだからやってるんじゃないよ! 可愛い子をいじめたくなる気持ちは、男も女も関係無いんだよ!」

 二人の少女を欲してやまない我儘な自分が本当に嫌で、そんな気持ちを紛れさせたいと、彼女に小言を言ってしまう。

 そんな乱れた心であってもいらぬ誤解は避けたいと、彼女の正体について言葉を濁す俺であったが、天道は堂々と自身が淫魔である事を名乗る。

 こいつの言動を見てると、計算高いのかバカなのか、たまによくわからなくなるんだよな。あと、かわいいといじめたくなるって、いったい何処の小学生だお前は! しかも、それを真顔で宣言するとか、問題しかないと思うぞ。

「ええのう、ええのう。サキュバスに愛されて五体満足で生きとるとは、とても貴重な経験じゃぞ?」

 デオルドさんはデオルドさんで、何か凄くのんきなこと言ってるし。

 そりゃまぁ、心に決めた大切な人がいるとは言え、これだけ淫魔の近くにいる俺が普通でいられる状況は、奇跡的なのかもしれない。本来なら、あのゴモリーとの戦いの途中、俺は彼女に支配され、好きなように精神を書き換えられていた事だろう。

 今でも覚えてる、シャーリーが蹂躙されかけた時、彼女が自身の欲に逆らい、俺達を救ってくれた事を。もし、天道が色欲に溺れるだけのサキュバスだったら、俺達はきっと、五体満足で生きてはいないのだ。

「当然、当然。力づくで奪うとか、私の主義じゃないんだよねー。頑張って頑張って、二人の気持ちが通じ合って、理屈じゃなく一緒にいたい。利益とか利害とかを超越した存在、それこそが愛ってやつだよ! 片思いのうちは、そばにいれるだけでも嬉しいし、恋人がいるのにそれを許してくれる先輩とか、シャーロットの懐の大きさには感謝感謝で、そんな心遣いを淫魔の力でぶち壊そうものなら、それこそ私、地獄行きだかんね!」

 そして、今も彼女は力を拒み、俺を縛ろうとはしない。女にとって、恋は戦い! なんて言葉も聞くし、一番になりたいなら率先して使うべき力なのに、彼女は俺の気持ちを汲んで、その力を封印してる。正面から、自身の力だけで掴み取ろうとしているんだ。

 愛人でも良いと言い張る彼女の真意はわからない。それでも、彼女が俺を望むなら、俺も彼女を守らなくちゃいけないと思う。

 俺自身、無茶苦茶な事を言ってるようにも感じるけど、女の子を悲しませない、それが俺の男としての、たった一つのプライドだから。

「さて、お嬢さんの面白い話も聞けた所で本題に入りたいのじゃが……剣の若者よ、もう少し気を抜いたらどうじゃ? そのままでは疲れてしまうじゃろうて」

 加速を始める彼女への想い。守りたいと言う強い願いが、デオルドさんへの敵意を一時的に増幅させる。

(えっと、俺、そんなに気、張ってます?)

「うむ! リィンバースの情勢は、わしらの耳にも届いておる。じゃが、誰彼構わずトゲを向けていては、先に潰れるのはお主の方じゃぞ?」

 確かに俺はデオルドさんの事を、まだ少しだけ疑っている。けど、危害を加るほどに、強く気負っているつもりはない。それでも、簡単に見抜かれてしまうって事は、それだけ彼女への思いが強くなっているのだろう。

「気持ちはわかる。じゃがな、わしはお前さんの大切なものに、危害を加えたりはせんよ」

(あの、俺別に――)

「はーい、そこまで。あんましくどい言い訳はダメだよ~。変なとこ意固地になるの、先輩の悪いところだよね」

 けど、簡単にそれを認めるのは、何だかとても釈然としない。誰にでも敵意を向ける自分の弱さも、それが天道によって引き起こされている事実も、認めたくはなかったんだ。

 人間ってのは、とても面倒な生き物だと思う。こんなつまらない事で意地をはって、周りの皆を困らせるんだから。

「こう、心配してくれるのは嬉しいけどさ、今の先輩見てると、見境なく通報する過保護な親みたいで、逆に私、心配になってくるなー」

(過保護な親って……あっ)

 体を持ち上げられ、鞘越しに刀身を抱きしめられた瞬間、彼女が何を言いたいのか、俺はそれに気づいてしまう。

「そういう息苦しい空気って、先輩も嫌いっしょ? 近づいただけで事案事案って騒がれてさ」

 そうか、今の俺は、見る人全てを悪人と決めつけ、何かある度怒鳴り散らす、生きづらい空気を作る大人たちと一緒なんだ。

「もちろん、最低限の危機管理はしなきゃダメだよ。でも、行き過ぎて他人を傷つけるのはやっぱ違うと思うし、誰彼構わず悪人って決めつけちゃう人は、やっぱり自分も悪人だと私は思うんだよね」

 けど、そういう人達だって、初めて自分の大切なものを見つけて、それを失いたくないって必死なだけなんだ。必死で必死すぎるからこそ、攻撃的になってしまう。

 そして、誰彼構わず悪人と決めつければ、冤罪と言う名の業も生まれる。過剰なまでの防衛本能は他人を傷つける剣であり、間違って振り下ろせば、自身も悪に染まる事を、俺達は理解しないと行けないんだ。

「な~んて、偉そうなこと言ってみたけど、実は朝美ちゃんデレデレだったり~」

 そんな重い空気をぶった切っるのも、やはり彼女の役目だった。天道は突然頬を染め、胸元をギュッと持ち上げると、俺の行動を褒め始める。

「だってほら~、今の先輩、私のためにずーっと真剣な顔してくれてる訳じゃん? 気の引けるとこもあるけど、女の子としては、やっぱ嬉しいかな~って」

 わからん、天道の考えている事が、俺にはさっぱり理解できん。

 それはまだ良い、いつもの事だ。しかし、今の汗ばんだ彼女の両胸に、普段触れる事のないサラサラなブラの感触まで重なって、俺の理性が耐えられるわけがなかった。こんなん、女の色気ムンムンすぎて、体があったら押し倒すぞ! 反射的に!

「ほっほっほっ、本当に愉快なお嬢さんじゃて」

「私、懐の深さには自信あるんです! 先輩のぶきっちょで遠回しな愛情とかー、ぜ~んぶ、受け止めてあげたいなーって。もちろん! 体の方も包み込みます! 口にだすのも恥ずかしい場所だって、先輩に頼まれたら私、がんばっちゃうんだから」

 しかも、聞いてる方が恥ずかしくなる事まで、調子に乗ってぶちまけてるし……本人が楽しそうなのは何よりだけど、いくら体が無機物だからって、俺の心は男の子なの。年頃の男の子なんだよ! こんな弾力と匂いに挟まれてたら、リビドーが、男としてのリビドーが、もう抑えきれん!

「……トオルは……心配……しすぎ」

「そうですよ! トオル様は過保護すぎです! もちろん、大切に扱っていただければ、頬の一つや二つ私でも緩みますが、貴方様をお守りするのが私の使命です。もっと、私達を信じてください」

(あぅ……二人……共……)

 破裂寸前まで昂ぶった、俺の中の魔力の塊。内なる野生に支配されかけた俺を救ってくれたのは、成り行きを見守っていたシャーリーとスクルドだった。

 天道から俺をひったくると、彼女はその小さな体で、優しく俺を抱きしめてくれる。

 そうだよな、彼女達は子供じゃない。守りたい人であると同時に、共に戦う仲間なんだ。俺が信じてやれなくて、誰が俺を頼ってくれる。

(えっと……ごめんなさい。俺、皆のためにって考えると、何とかしなきゃってすぐ焦って、周りが全然見えなくなって、だから、俺――)

「気にする事はない。若い頃は、そのぐらい真っ直ぐな方がええ。何かを大事に思う気持ち、それを大切にしなされ。じゃが、余りに全てを疑うと、己以外を信じれなくなるからの。その先に待っておるのは、疑心暗鬼で溢れかえった、破滅の世界じゃて。それだけは、ゆめゆめ忘れぬように。じゃ」

 一人で突っ走るダメな自分、それがとても情けなくて、心の底から頭を下げる。そんな俺をデオルドさんは、大人の対応で許してくれる。無礼な行いを怒ることなく、アドバイスまでしてくれる、彼のような大人になりたいと俺は思った。懐が深く、威張ることもない、そういうカッコいい大人に。

「それはそうと、いつの時代もリィンバースは、面白い男を連れてくるのう。見ていて飽きぬ」

「お……おと……っつぅ~!?」

 そんなドワブンの長老は、場を和ます事も忘れない。シャーリーをからかったデオルドさんは、大口を開けて笑いながら、その場でそっと立ち上がる。

「ほっほっほっ、このジジイに、楽しい一時を与えてくれた礼と言う訳でもないが、姫の頼みじゃ、たまには腕をふるおうかのう」

「……それ……って」

「うむ。確かにわしなら、彼の刀身を鍛え直す事ができる」

 さて、ここからが本題、俺が強くなれるかの大勝負。鍛治の話を始めた瞬間、温厚だった老体の目つきが鋭いものへと変わっていく。子供のような俺を許し、シャーリーを赤面させた彼からは想像もつかない強烈な覇気。これが、鍛冶師としてのデオルドさんの顔、ドワブンと呼ばれる精霊の本来の姿。

「じゃが、二つほど問題があってな。一つは大したことではない、彼を直す準備のために少し時間が欲しくての、こちらは半日ほどで終わる見込みじゃ。じゃがもう一つ、こちらが少々厄介でな……」

「……条件?」

「何、簡単なことじゃて。お主らに、火口付近の調査をして来てもらいたいんじゃ。ギルドに申請も出したんじゃが、場所が場所じゃろ? この町の特異性も相まって、快く引き受けてくれるものがおらんでな、なかなか難儀していたところなんじゃよ」

 そんな彼が、俺を鍛える条件として提示したのは、火口近くで起こっているらしい異変の調査。しかし、シャーリーにしては珍しく、二つ返事で了承しない。

「……あの……それなら……先に」

「むむ、当代のリィンバースは、困った村人に手を差し伸べてはくれんのかの。残念じゃ、実に残念な事じゃて」

 どうやら彼女は、俺の体調を案じて依頼を受けることを渋っているようなのだが、この御老体、リィンバースの性格を良く理解しているのだろう、王女としての正義感を強く強く揺さぶってくる。いくら俺が大切でも、こんな風に言われたら、彼女はきっと断れない。全くもって食えない男である。

(シャーリー、行って見ないか? 困っている人がいるなら俺は、その人達を助けてあげたい。シャーリーが俺にしてくれたように)

「……トオル」

 彼女の気持ちは嬉しい。でも俺は、デオルドさんの力になりたかった。彼に、一人前の男として認めてもらいたかったのである。それに、俺のせいで悪者扱いされるシャーリーとか、見たくないしさ。

「じょぶじょぶ、なんかでてきたら、私とスクルドでちょちょいのちょいだって」

「はい、全て私にお任せください。トオル様に危害を加えるものは、全て灰に変えてみせます」

 そんな空気を感じたのか、天道もスクルドも、自信満々に自分達の有能さをアピールしてくる。そして二人は、どちらからともなく睨み合い、口喧嘩を始めた。

 どうせ二人の事だ、俺への愛情の強さがどうのとか考えてるんだろうけど、この暑さで喧嘩できるとか、本当に元気なこって。

「……わかり……ました」

 そんな俺達に後押しされ、渋々ながらもシャーロットは、彼の依頼を受けるのであった。
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