俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第三章 恋する駄女神

第178話 その手を伸ばして

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「何故だ、それ程の力を持ちながら、何故貴様は神を裏切り、そんな物の味方をする! 言葉も介さぬ無機物に、何を求めるというんだ!」

 俺の覚悟は決まった。自分の心に嘘はつかず、大切なもの全てを俺なりの方法で守り通す。

 これがもし、漫画やアニメの主人公なら、俺の女はこの手で守る! 勿論、全員まとめてな! なんて、カッコつけるとこなんだろうけど、そういうのを言えないとこも含めて、自分に嘘はつけないからさ。というか、ぶっちゃけそんな事、恥ずかしくて言えない。

 そんな俺とは対照的に、ベリトは迷いを深め、スクルドの言動に対し様々な疑問を求めてくる。

「……貴方様には聞こえないのですね。あの方の優しき心根が、美しい言葉の数々が」

 それに対する彼女の答えは、俺を激しく動揺させた。勿論、悪い意味ででは無い。彼女の過大評価が、あまりにも気恥ずかしくてたまらなかったのである。

 俺はそんなに凄い人間じゃない。けど、女神にこんなにべた褒めされて、素直に嬉しかったのだ。

「言葉か……剣の言葉を聞け、さすればお前を導くだろう……懐かしい響きだ」

 そんな女神の答えに、ベリトは初めて憂いの表情を見せる。こんな奴でも、刀匠として思うところがあるのだろう。昔の自分を思い出しているように見える。

「だがなぁ、んなもん聞こえるわけねーだろ! ただの爺の戯言だ!」

 しかし、優しい表情を浮かべたのはほんの一瞬で、ベリトは直ぐに仰々しい悪魔の形相へと戻った。

「常識に縛られし悲しき者。地位や形に頼らなければ、言葉すら語れない……まるで、あの頃の私を見ているよう」

 そんなベリトを見た彼女も、過去の自分に想いを馳せ、自分自身を見つめ直す。

 二人に違いがあるとすれば、それは自分を受け入れたか否か。新しい出会いを経て、過去の自分を省み、そこで何を得られたかだ。

 俺の主観だけど、スクルドは本当に成長してると思う。機械的な対応はまだ抜けきってないけど、良い意味で感情を発散できるようになった。

 そんな彼女も天界から見ればただの駄女神、最低の女神なんだろうけど、俺は彼女を一人の女性としてみている。だからそれを、堕落だなんて言わせない。女神が人間になってもいいじゃないか。神が何と言おうと優劣なんて人それぞれ、価値観の変化は成長だと、俺は思うから……

 そんな風に彼女を褒めたら、スクルドはまた喜んでくれるかな? なんて、偉そうな事を考える自分が少しだけ恥ずかしい。けど、これも彼女と出会って変わった、成長の証なんだよな。それにほら、一応俺ってスクルドのご主人様マスターな訳だし、少しぐらいはふんぞり返らないと、逆に彼女に失礼かなって。

 ちょっぴり心は痛むけど、優しいだけが関係じゃない。彼女が喜ぶ事を、俺はしてやりたいんだ。

「黙れ黙れ! 神の手足にもなれないこの木偶人形風情が!! どうせお前も捨てられたんだろう? 役立たずの烙印を押され、この不毛な現世の大地に。オレの親父もそうだった。大した力も無い癖に異世界に召喚され、ただの一般人のように人生を送り、最後は……貴族の道楽で殺された。あんた達神様は、まるで親父のことを選ばれた存在のようにもてはやしたそうじゃねぇか。人を人とも思ってねぇのはどっちなんだよ? 答えてみせろよ、クソ女神!」

 自身の中に生まれつつある変化の兆しを噛み締めながら、俺はベリトの怒号を聞く。反抗的な暴言の数々に、奴の本音が垣間見えた。ベリトが何を思い、スクルドやシャーリーの事を目の敵にするのか、俺はやっと理解する。

「……死別」

 心に大きな穴を開けるのは、いつだって死だ。大切なものを失いたくないから、人間は大きく足掻き続ける。人間だけじゃない、心を持つものなら誰しもがそう思うのだろう。

 そんな魔神の言葉に、シャーリーの手が震える。

 人として生きる中で、成功を収める人間は、本の一握り。こっちの世界でもそれは変わらなくて、召喚された人間全てが英雄になれる訳じゃない。

 俺だって、あの時シャーリーに拾われなければ、洞窟の奥で朽ち果てるだけの剣生を終えたのかもしれない。そういう意味では、奴の憤りもある程度は理解できる。肉親を殺され、荒むなって方が無理な話だ。

 勿論、復讐という言葉にも否定はできない。どれだけ言葉で着飾ろうと、俺たちがやろうとしてる事も復讐だ。すでに魔神を滅した身で、殺しはやめろと綺麗事は言わない。

「……そうですね、確かに私は役立たずなのかもしれません。出来ることに限りはありますし、全てを見届けることも出来ません。あなた達、異世界に関わる者からすれば、ただの身勝手に映るのでしょう」

「そうだ、そうだよ。だからさ、お前も死ななきゃならねぇんだよ。親父の事をさ、見殺しにしてきた人間に悔いる心があるなら、ここでお前も死ぬんだよぉ!!」

 ただ、それを彼女に押し付けるのは、あまりにも身勝手がすぎるのではないだろうか? 

 勿論、成功者たり得なかった人間が、不幸せであっていいはずもない。同じ人間として、それなりの幸福を持って然るべきだと俺は思う。使い潰されていい人間なんて、世の中の何処にもいない。けど、そんな不条理を他の誰かに押し付けたら、不幸を与えた人間と同じになってしまう。

 だからそう、ベリトが復讐を遂げたいと願うなら、その貴族だけを殺せばいい。次は自分が復讐の対象になるだろうが、それも覚悟の上だろう。むしろ、それだけの覚悟がなければ、誰かを傷つけるなんて事しちゃいけないんだ。

 そういう意味では、さっきの俺も、矛盾しまくりなんだけどな。大切な人を殺さないでくださいなんて願い、この戦場の中で本当に虫が良すぎる。

 でも、ベリトのやっている事は八つ当たりであり、逆恨みと殆ど変わらない。同じ貴族と言うだけで殺すなら、全ての人間を恨むのと同義。関係のないセリーヌさんやクロエちゃんまで巻き込んで……それを許すなんて、俺にはできない。

(大丈夫だよシャーリー、俺は君を否定しない。俺も全部背負うから)

「トオル……」

 無責任な俺の言葉に、彼女の震えがピタリと止まる。再び撫でられる優しい感触に、俺は小さく眉をひそめた。そして、次の女神の言葉に大きく心を揺さぶられる。

「ですが、私は今、自らの意志でここに居ます。トオル様に求められ、私という意思のもとこの場に立って居るのです。失礼を承知で申し上げますが、貴方のお父上は私を求めたでしょうか? 女神という存在に助けを乞うたでしょうか?」

「そ、それは……」

「全ての者を救うことが出来る、そのような満身をするつもりはございません。ただ、真に助けを乞うならば、その声を張り上げてください。その手を伸ばして頂けなければ、掴むことすら出来ぬのですから」

 スクルドの言葉が耳に痛い。

 向こうの世界にいた頃の俺は、あがきながらも何もしない本当に駄目な男で、壁にぶつかればすぐ折れるそんな毎日を過ごしてきた。けれど、こっちの世界に来て、苦し紛れに伸ばした手は、温かい手に救われて……素敵な時間を、俺は過ごせた。

 決して楽じゃないし、運が良かっただけかもしれない。だけど、俺が声を張り上げたから、こうしてここに俺達はいる。だから……うん、なんて言ったら良いかわからないけど、何もしないで諦めるのは、たぶん駄目なんだ。まさかそれを、スクルドから教わるなんて……そこはちょっとびっくりしてる。

「先程も申し上げましたが、全てを救うことなど私には出来ません。それでも、誰かに声が聞こえれば、何かが変わるきっかけとなり得ます。私もそうでした、お前が必要だとトオル様の熱い言葉に胸打たれ、この地に降り立ったのです。女神の身からすれば、その行動は間違いなく大罪以外の何ものでもありませんが、私は今とても幸せです。言葉には力があります、想いにも力があります。それを行使せず、最初から諦めるのは――」

「もういい、黙れよ、クソ天使が。甘っちょろいおままごとを聞かされるのはうんざりなんだよ」

 けど、それを認められない人間だって居るんだ。こういう、引き返せない所まで来てしまった人間も……

「そうでしたか……では、一つだけ訂正してください。私は木偶人形などではありません。このスクルドは、トオル様に命を頂いた、トオル様だけの女神。私を侮辱することは――」

「いいから黙れってんだよクズが! もう沢山だ、その減らず口、ねじ伏せてやる」

 いつだってやり直せる、これからでも遅くない。その言葉に間違いはないが、あいつの目には、誰かの手なんて映っちゃいない。全てを壊し、全てを否定する。それが奴の、今を生きる意味の全てなんだ。

 スクルドもスクルドで、その事に気づいているのだろう。彼女は潔く説得を諦め、せめてもの謝罪を要求する。しかし、ベリトがそれを受け入れるはずもなく、場は一触即発。二人の戦いは最終局面を迎えようとしていた。

「短期は損気、ですよ。ですが、願いを聞き届けるのも、女神に課せられた責務の一つ。このスクルド、堕落の身ではありますが、その願い聞き届けて差し上げましょう」
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