俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第三章 恋する駄女神

第166話 イケメンとコンプレックス

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「驚きました。あの怪物を倒す猛者が、これ程早く現れようとは」

 室内に響き渡る自信に満ちた男の美声、その声を忘れる訳がない。入り口で嫌という程聞かされた天の声。精神的トラウマをえぐる、イケボの持ち主。間違いない、こいつが俺達を苦しめてきた塔の主だ。

 しかも、コートの下には同色の軍服を着込んでおり、イケメンがコスプレをしているように見えて非常に腹が立つ。

 目の前の奴が本物のレイヤーさんなら、若干の妬みはあるとしても否定することは無いんだろうけど、敵がバリバリの美男子ってのはやっぱり引け目を感じるものである。特に俺みたいな、普通程度の顔面偏差値から言わせてもらえば……羨ましいんだよぉ!!

 そんな事言って、趣味が理解されないだけで本当はイケメンなんでしょ? と言う質問に対し、先に釘を差しておく。俺の事を一年近くストーキングし、大好きと公言する天道が一度でも俺の容姿に触れたことがあったか? ……まぁ、そういう事だよ。自分で言ってて悲しくなるけどな。

「ん~、先輩の顔は好きだけど、カッコいいって感じじゃないよね~」

 ほら、本人もこう言ってる。ただ、求愛者の一人からはっきり微妙と言われると、天道とは言え、物悲しいものがあるな。

「でも、声は結構イケてると思うんだけどなぁ。私好きだよ、先輩に愛を囁かれるの」

 イケてる……か。生まれてこの方、始めて言われた気がする。女の子に褒められるのはとても嬉しいけど、天道に言われるのは、なんか補正がかかってそうでいまいち信用できん。

 ……なるほど、恋人にかわいいと言われ不安になる乙女の気持ちが、少しわかった気がする。自分に自信がないと、こんなにも否定したくなるものなんだな。

 こんな俺を心から好きと言ってくれるんだ、少しは信用してみるか。俺は割とイケボ……ちょっと自信ついたかも。って事で、この話はおしまい! 後、人の心を読まない!

「ようこそ地獄の最終階層ステージへ。此度の試練を乗り越えし勇者に、惜しみなき賛辞を」

 ひょんなことから自信を得た俺の目の前で、軍服のイケメンが立ち上がると、凄まじく優美な一礼を俺達へ見せつける。言葉遣いといい、一連の動きだけを見れば、彼の言動は礼儀正しくある。だが、イマイチ釈然としない。それが俺の、一感情から来ているものなのか、はたまた、奴の出す黒いオーラがそうさせるのか。

「それにしましても、見れば見るほど不思議なものですね。このような年端も行かぬお嬢様方が、あの合成獣キマイラを倒したというのですから、実に興味深い。その体、我が友のもとで調べさせてはいただけませんでしょうか?」

 深く考える間もなく、その理由はすぐにわかった。こいつ、見た目が良いだけのただの変態だ。俺が言える義理じゃないけど、ただの変態だ。

「う……今のは流石に気持ち悪いかも。先輩でも言わなそうなのに」

 そうそう、体を調べさせろなんて、いくら女の子大好きな俺でも言わないぐらいの変態……って、おい!

「あ! でもでも先輩に、お前の体を隅々まで調べさせてもらおうかグヘヘ。って言われたら、許しちゃうかも」

 イケメンの気持ち悪い発言に眉をしかめる状況から一変、頬を赤らめた天道さんは、あーでもないこーでもないと、己の妄想にその身を沈めていく。後、そんなフォローはいらん。やるつもりもない。

「……御託は……いい」

 俺がドン引きするほど体をくねらせ続ける天道の隣で、イケメンに対し静かに吠えるシャーリー。右手に俺を構え、怒りの形相で迫る彼女の姿に、イケメンはわざとらしく肩をすくめた。彼の言動は、俺が見ていても苛立つほどに、白々しく感じる。

「これは失礼を。如何に可憐な少女であろうと、この場にたどり着いた以上、勇者は勇者。わたくしめも報奨というものを提示しなければなりませんね。富か名誉か、皆様の願いを、是非わたくしめにお教えくださいませ」

「えーっとさ、気取ってる所悪いんだけど、そういうのはどうでも良いんだよね」

 注意を促されて尚くどい言葉を並べ立てるイケメンの姿に、流石の天道もしびれを切らせたのか、妙に落ち着いた口調で相手を責め立てる。

「それでは、何をご所望で?」

 それでも、イケメンの表情は崩れない。涼しい顔で、嫌味に聞こえるほど丁寧な口調で会話を続ける。

「人を、探してるんだよね。それも、大勢の人々」

 そんな奴を見て、天道も黙ってはいられなかったようだ。親指を擦る動きから、彼女の苛立ちが推し量れる。ポーカーフェイスのその裏に、熱いものを隠しているのが俺の刀身まで伝わってきた。

「はて? 人間、でございますか? 生憎、存じ上げておりませんね」

(くっ! て――)

「……塔に……来た……人たち」

 天道とシャーリー、二人の怒りを受け止めながら黙秘を続ける奴の態度に、俺も我慢の限界だった。とぼけ続けるその顔に、文句の一つも言ってやろうと口を開きかけた直前、シャーリーの手の平に強く柄を握り直され、慌てて俺は言葉を押し殺す。そんな俺の気持を代弁するように、彼女の声に怒気が混ざった。

 こんな時に不謹慎かもしれないけど、誰かと気持ちを共有できるのはやはり嬉しい。愛する人とならなおさらだ。

「あぁ! そういう事でしたか。これは失礼を」

 それでも奴は自らのペースを貫き通し、反省するどころか口角を歪め、不気味な笑みを浮かべやがる。ここまで来ると、奴が何かをする度に、イケメンへの不満が膨れ上がっていく。

 殴りたい。今すぐあいつを殴り飛ばしてやりたい。

 心に溢れる内なる野生、そいつを胸中に抑え込めているのは、罠ではないかと疑える理性が俺の中に残っているからである。わかっている、これがあいつらのやり方。悪魔にとって、精神攻撃は基本中の基本なのだ。

 心を乱された人間は、正常な判断が出来なくなる。冷静さを失えば自ずと隙も生まれる。その先に待つのは死だ。それを理解しているから、シャーリーも腕を振るわせるだけで一歩も動かない。

 ここは待つべき所、相手の意図を慎重に読み解くんだ。

「では、そのリクエストにお答えして、我が塔の真の姿を、皆様にご披露致しましょう!」

 邪悪な笑みと共に、高らかに鳴り響く合図。軍服のイケメンが指を弾いた直後、部屋全体が脈動を始め、真紅のソファーが沈み行く。綺羅びやかな椅子が部屋から姿を消すと同時に、同位置から筒状の何かがせり上がってくる。

 天上が割れ、空の青を映し出すと、外周を覆うように様々な形の剣や槍、武器と呼ばれるものが、筒と同様、地面から現れた。

「どうですか! この素晴らしいフォルム! 美しいでしょ」

 そそり立つ一本の砲塔と思われるものに、頬擦りを始めるイケメンになど目もくれず、地面を走る魔法陣を観察する。歓喜の表情で鉄の塊にすり寄る男とか、見てても気持ち悪いだけだ……なんだろう、ちょっとだけ心が痛む。

 文字の意味など俺にはわからない、だが、繋がりを読み解く事ぐらいは出来るはず。それぞれの武器の下に描かれた小さな魔法陣、それらから伸びる一本の線は、全てある場所へと導かれている。

 最も巨大で、最も複雑に描かれた一つの陣、中央にそびえ立つ筒状の元へ、集約するよう描かれていたのだ。

 俺の中にある異世界知識が正しければ、あれはたぶん、魔導砲ってやつだ。もしかしてこれ、やばいんじゃねーのか?

 部屋の中にある武器の数は、ざっと見て百はくだらない。この中に聖剣でも混ざっててみろ、その力を吸収し、砲弾として撃ち出せるのなら、この国がどうなるのか考えたくもない。

 最悪の事態を思い描き、俺は恐怖する。そんな中、シャーリーは何を考えているのだろうと見上げてみると、彼女の視線は、ある一点を見つめていた。
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