俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第三章 恋する駄女神

第165話 三者三様

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(あ~~、けっこうしんどいのなコレ。シャーリーはいつもひとりで――)

 魔力調整による疲労からか、かすれ声になる自分を彼女はギュッと、力いっぱい抱きしめる。

(……何だよ、今日はずいぶん甘えん坊さんだな?)

 いつもの冷静なシャーリーとは違う積極的な姿に魅せられ、俺は彼女を衝動のままにからかってしまう。

「……甘えて……ない……トオルの方が……欲しい……くせに」

 表情を前髪で隠し、普段どおりを装うシャーリー。それでも、言葉の端々からは震えの色が伺えて、強がってしまう彼女の事を俺はとても可愛いと思った。

(あぁ、気持ちいいよ。シャーリーの音がすごく優しくて、めちゃくちゃ心地良い)

「……バカ」

 照れる彼女が可愛い、いじらしい彼女も可愛い、彼女の全てが愛おしい。シャーリーの胸から聞こえる弾ける鼓動の高鳴りに合わせ、俺の心も切なくなっていく。

 この感じ、やっぱり幸せだ。シャーリーと二人、こんな時間がいつまでも続けばいいのに……

「あ~、お二人さん? そろそろ、良いかな。まだ全部終わってないし。あと、個人的に見ててイライラするので、即刻やめていただけませんか!」

 愛する人の側に居られる。その幸福を噛み締めていると、後ろから人を小馬鹿にするような不機嫌な声が聞こえてくる。その方向へ振り向くと、ご機嫌斜めな天道さんが不満そうに口をとがらせ、俺達二人を見つめていた。

「……文句……あるの?」

 一触即発、俺を巡って激しい戦いが繰り広げられる。と思いきや、邪魔された事に腹を立てたシャーリーの剣幕があまりに恐ろしく映ったようで、天道は酷く尻込みしてしまう。

「うっ……そ、そんな強く睨まないでよ。確かに私は二番さんだけどさ、私だって心配……したんだよ?」

(……シャーリー。少しだけ、いいかな? 天道のとこ行っても)

 王女の覇気に当てられ、萎縮する彼女の姿がとても不憫に思え、天道と触れ合う時間が欲しいと俺はシャーリーへ頼み込む。始めこそ、困り顔で思案する彼女だったが、渋々と天道の前へ俺の体を差し出してくれる。

 手の届く距離に来ただけと言うのに、天道は両目を輝かせるとシャーリー同様俺の刀身からだをぎゅーっと抱きしめ、精一杯声を張り上げる。

「せんぱい! せんぱいせんぱいせんぱいせんぱいせんぱいせんぱいせんぱいせんぱい!」

(そんなに呼ばなくても聞こえてるって)

「だって、だってさ、何言ったらいいかわかんないんだもん」

 名前を呼ばれ続けるだけ、ただそれだけの事なのに、心の中が満たされていく。駆け引き一つない素直な感情が、俺にはきっと嬉しいんだ。何せ基本バカだからなぁ、素直な方が心に響くのかも。

(大丈夫だよ。俺はこうして、お前の腕の中にいる)

 そんな感謝の気持ちを込めて取り乱す彼女を優しく諭すと、目尻に薄っすらと涙を浮かべ首を縦に二回降る。

 彼女達に触れて改めて感じたこと。ふたりとも本当に普通の女の子なんだなって。だから頑張らないと、俺が支えないと。その声が、彼女の耳に届いたのか、天道はムスッとした表情で俺の鍔を叩いて来た。

「むー、そんな気張らなくてもいい……って、えっと、何かな、その手は?」

「……返して」

 天道の優しい心遣いに体を預けようとする直前、不貞腐れた表情のシャーリーが、右手を差し出しながらこちらへと近づいてくる。先程の天道同様、俺達二人がベタベタする事に、彼女も気が気でないらしい。

「あのさ、ちょっと早すぎ……あぁ!」

 地獄の番犬も裸足で逃げ出しそうな押しの強さに、天道が再び戸惑っていると、俺の体は彼女の手の内から強引にひったくられ、シャーリーの腕の中へと戻っていく。

「しぇ~んぱ~い」

 一瞬の隙を突かれ俺の体を失った天道は、慈悲を乞う少女のように、膝を折り泣き崩れる。そんな淫魔を睨みつけるシャーリーはと言うと、彼女を一瞥した後、穏やかな笑みを俺に対し浮かべていた。大切にされるのはもちろん嬉しいけど、この独占欲の強さだけは手に負えないなと思ってしまう。

「……少しって……言った……それにアサミ……何もしない……トオル……守れない」

 ただ、彼女が苛立つにも理由があるらしく、先程の戦いで天道だけが何もしなかったことに、えらくお冠のようだ。確かに、いの一番に助けに来そうなこいつが、一切手を出さなかった事には俺も疑問が残る。聞けるものなら聞いておきたいかな。

「いやいや! 助けようとしたんだって! そしたら、ん~~~、スクルドが手出しちゃいけないって……」

「主様の成長を見守ることも、女神としての大切な務めです」

 天道の発言に不信感を募らせるシャーリーであったが、意気揚々と前に出て来る幼女女神を見る限り、そう言う事らしい。スクルドもスクルドで真面目と言うか、俺が思うほどには甘やかしてくれないのだな。

「それから、私との約束もお守り頂け、スクルドは嬉しゅうございます」

 っと、やっぱり訂正。彼女は十分、俺のことを甘やかしてくれてる。だって、二人とは違うけど、彼女なりに俺の事を考えてくれているのが、彼女の言葉から伝わってくるから。

 三者三様、皆かわいくて、俺にはほんともったいない。もったいないほど眩しいから、大切にしたくなる。ただ……一つ贅沢を言わせてもらえるなら、三人がもっと仲良くしてくれたら嬉しいかな……なんて。

 考え方なんて人それぞれ、喧嘩もすれば、意気投合することも有る。皆違くて皆良い。それは当然なんだけど、女の子って怖いなー、って思うことが、少しでも少なくなると個人的には……ね。

 ほら、女の子同士って、ぶつかり合うと本気でやるじゃない? うちのパーティって特に……まぁ、それは良いとして、俺の前にいる以上、誰一人不幸にはさせたくない。俺に出来ることなら何だってしてみせる。それは天道も例外じゃなくて、この中で一人笑っていない彼女の事を、放って置くなんて俺には出来なかった。

(天道、お前の気持ちは、俺が良くわかってるつもりだから)

「あ……うー、しぇんぱ~い」

 何気ないたった一言、俺にはそれしか出来ないけど、それが彼女の力になるなら俺は言葉を紡ぎ続ける。流れる涙が笑顔になるなら、俺は何だって出来る。そんな自分に酔いしれる間に、スクルドからの魔力供給が完了した。くたびれた体は軽くなり、誰にも負ける気がしない。

「はい、これで大丈夫。トオル様の尻拭いは、私に全部お任せください」

(……だから、女の子が尻尻……いや、なんでもない)

 魔力不足から復活を遂げ、もう何も怖くないと意気込む中、またもや聞こえる尻という言葉に体が過剰に反応してしまう。

「あ! はは~ん、わかったぞ~。先輩、女の子がお尻なんて言うから、興奮してるんだ」

 そして、その隙を見逃さない女が一人。もちろん、天道朝美である。

(し、してません!)

「またまた~、隠さなくてもいいって。そういう純粋でかわいい所、私は好きだよ」

 からかわれている事は重々承知の上なのだが、淫魔に主導権を握られると、男としては焦らざるお得ない。それにこいつ、俺をいじることに対し、命かけてるようなとこがあるからなぁ。油断してると、有る事無い事並べ立てられて、俺の貞操がピンチになりかねん。

「だ~か~ら~」

「そんな気にしなくてもいいのに。でも、先輩が望むなら、そういう事にしといたげる!」

 そんな大事を避けるため必死に否定を続けてみたが、満面の笑みを浮かべるだけで、彼女は俺の言葉など聞いていない様子。さっきまでの泣きっ面が嘘のようで、今度はこっちが泣きたくなる。けど、切り替えの早さはある意味こいつの美徳だからな、そこは甘んじて受け入れましょう。隙あらばエロトーク。俺みたいにうじうじしないのは、ほんと羨ましい。

「あの、先程からトオル様がお気になされている尻と言いますのは、四足動物における臀部でんぶと呼ばれる部位の事でしょうか?」

「そうそう! 男の子が憧れる、女子の体のロマンの一つ! 神秘の象徴!」

 そして、天道の笑顔に導かれるように、スクルドまでが尻に興味を示してしまう。何か、面倒なことになりそうな予感がしてきたぞ。

 しかし、臀部か……流石元女神、下の中でも上品な言葉使うよなぁ。こういう所、うちの淫魔様にも是非見習っていただきたい。後、女の子が自分の尻を、ロマンとか言うなし。

「も~、先輩はわかってないな~。好きな男に見せつけるのも、女の甲斐性だよ。減るもんじゃないし」

 と、俺の心の中を盗み見、自信満々に主張してくるサキュバスさん。当然と言えば当然だが、色欲の魔神に何を言っても無駄なようだ。

 それに、自分の体に自信のある女性って、男の目にも魅力的に映るって部分は否定できない。ただ、いったいそれ、どんな甲斐性なんだよ。男に見せつけたいとか、お前は痴女か? 痴女なのか? ……まぁ、谷間とかヒップラインとか、俺だけに見せてくれるのは、嬉しいことは嬉しいけどさ……あぁ、なんか体が熱くなってきたなぁ! 

 不覚にも、天道の裸を想像し視線を彷徨わせる中、最悪の事態が俺達の目の前で起ころうとしていた。

「と、トオル様がご所望とあらば、不肖スクルド、浅ましい体を提供する覚悟は――」

 淫魔の言葉に触発されたスクルドが、大した躊躇も見せず、おもむろに自身のショートパンツへと両手を伸ばし始めたのである。

(やらんでいい! 天道も、無闇やたらと焚きつけるな!)

 スクルドの小さな指がパンツのゴム部分にかかり、ずり降ろされようとする直前、張り上げた俺の怒声に彼女の動きがピタリと止まる。

 危ない所だった……俺の理性が危ない所だった。幼女が見せるキュートなお尻で興奮するとか、社会的に抹殺される。しかし、これで危機は去ったのだ。

 もう一人怒られた主犯格の天道さんはと言うと、悪びれる素振りなんか微塵も見せず、ちらっと舌を覗かせながら小悪魔のように笑顔を浮かべていた。ったく、かわいいは正義って本当だよな。だって、このぐらいのいたずらなら、簡単に許してしまうのだから。男ってほんとバカだよ。

 でも、スクルドの天然まで甘んじて受け入れられる自信は……今の俺には無いなぁ。貞操を狙うサキュバスに、エロに抵抗のない堕天使、そして、大人になると色気ムンムンな王女様。三人の官能的な女性に囲まれ、俺の決意は既に揺らぎ始めていた。

 はぁ、二次元大好きの頃は、女の子に言い寄られたら全身ウェルカムだと思ってたんだけどなー。もつかね、俺の体。色んな意味で。

(さて……)

「はい、ようやくお出ましのようです」

「だね」

「……ん」

 再開の喜びを分かち合う俺達の目の前で、巨大な扉がゆっくり音を立て、開き始める。

 白い煙と共に巻き起こるは、深淵の臭い。その狂気に誘い込まれるよう扉の奥へ足を踏み入れると、プラネタリウムに近い形をした巨大なホールが、俺達を出迎える。

 目につくのは、複数ある小さな魔法陣と、中央に配置された真紅のソファー。背中向きで俺達を出迎えたそれが、ゆっくり回転しこちらへ向き直ると、その上には、黒色のコートを羽織った緑髪の男が、ふんぞり返るように座っていた。
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