俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第三章 恋する駄女神

第162話 合流

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「目的地に到着いたしました。トオル様、もう大丈夫ですよ」

 刀身を撫でられる感触と、優しく語りかけるスクルドの声に誘われ、俺は慎重に視界を戻す。

 ワイバーンとの戦い以降、魔獣達の攻勢は全くと言って良いほど止んでしまった。おそらく、獣のもつ本能が危機を察したのであろう。おかげで俺は、こうして何も考えず視界を閉ざす事が出来たのである。

 本音を言えば、あまり弱みを握らせたくはないのだが、背に腹は代えられない。あれ以上我慢を続けたら、俺の精神がおかしくなる。

 あぁ、地面があるって、素晴らしい。

 そんな感じに大地の恵みに感動を覚えていると、何かを激しく殴りつけるような音が、天上の辺りから聞こえ始める。音と共に塔は揺れ、地響きの合間にガラスが割れるような音。それ以外にも、小さな打撃音や風の吹雪く音が聞こえてくる。間違いない、この上には二人がいる。

(戦ってる。シャーリーに天道、二人が戦ってる!)

 別人かもしれない。俺達の前に辿り着いた冒険者が戦っているだけかも。それでも、間違いでも構わなかった。可能性がある以上、俺は……行かなくちゃ!

(スクルド!)

「はい!」

 俺の掛け声と同時に、スクルドは石造りの廊下を風のような速さで駆ける。その速さは、螺旋階段を上った時の比ではなく、左右の景色が物凄い勢いで流れていく。

「トオル様! 少しばかり飛ばしますね!」

 シャーリーと同等か、それ以上の速さで走るスクルドの姿に唖然としていると、彼女はそれだけ宣言し、目の前に現れた螺旋階段を五段抜かしで駆け抜ける。そして、瞬く間に上層へとたどり着いてしまう。

 しかし、その場に部屋はなく、待っていたのは長い廊下のみ。再び空間が捻じ曲げられているのかと、俺が舌打ちをする間もなく彼女は全力で廊下を疾走する。それでも、二人の所へはたどり着かない。時間という概念が、俺の中の苛立ちへと変わる。何故俺は、こんなにも無力なのかと。

 俺が走れさえすれば……そんな仮定は無意味だ。スクルドの足に勝てるわけもない。それでもこの体は、俺の心を蝕んでいく。自由な身体がある、それがどれだけ幸せな事か俺は今噛みしめていた。

 そんな些細な間にもスクルドは前へと進み、空間の歪みが目前へと迫っていた。何も出来ない弱い自分、だからこそ、前を向こうと決めた。スクルドのために、天道のために、シャーリーのために。そんな自分を二人に見せたいと、心にぐっと気合を込める。

 長い長い道の終わり、空間の亀裂を超えた瞬間、激しい摩擦音と共に一つの塊が、俺達の右隣へと滑り込んだ。そいつは俺のよく知る、憎らしくも愛らしい憧れの存在。大切な、一人の少女。

(……天……道?)

 振り向いたその先には、天道朝美のか細い体がくの字の形に折れ曲がり、死体のように転がっていた。

 全身から血の気が引いていく……まさか、俺が居なくなったせいなのか? 俺が油断して、大丈夫だって慢心したせいで、天道が、天道が!

 頭の中が真っ白に染まる。女の子が一人後ろで倒れているだけだと言うのに、俺は冷静でいられなかった。

 確認の一つもしていない、死んでいるとも限らない。それでも俺は、朝美の事が心配で、ただ呆然と立ち尽くしてしまう。

「ゲホッ、ゴホッ」

 頭の中鳴り響く、想像の悪夢。そこから俺を引き戻したのは、苦しげに息を吐き出す天道の声。女の子が苦しむ姿を見て、喜んではいけないと思いつつも、天道が生きている。それだけで俺は、心臓が止まるほど嬉しかった。

「いたたたた。魔力で守られてる分、向こうの世界に比べて体は固くて安心だけど、痛みだけは慣れないなぁ。うっ、軽く吐き気が。ってかさ、女の子のお腹に攻撃するのって反則でしょ。……お腹って言えば、早速受けちゃったな。これじゃ先輩が心配するわけだ」

(天道、大丈夫か?)

「ほえ? せん……ぱい?」

 お腹をさすりながら体を起こし、独り言をつぶやく天道。その言葉が途切れたところで、俺は慎重に声を掛ける。すると彼女は、突然目を白黒させ、意味のわからない言葉と奇声を、部屋中に響き渡る大音量で話始める。

「わわ、わわわわわ! だ、大丈夫だよ! こ、子供は無事だかんね!」

(はぁ? 子供……って! な、何言い出すんだお前!!)

 始めは俺もナニイッテンダコイツ? と、訝しげな表情で彼女を見ていたが、一昨日の夜、二人で話した内容を思い出した瞬間、彼女同様、俺も激しく動揺してしまう。

 もし、お前に子供が出来たらその子の安全を考え、これ以上旅には連れて行けないぞと、そんな話は確かにした。お腹に攻撃を受けた事と、俺に聞かれた相乗効果で彼女が取り乱しているのもわかる。

 しかし、しかしだ! 大声で言っては欲しくなかった。何せここには、冗談の通じないお方が一人、紛れ込んでいるのだから。

「……トオル……こどもって……何?」

 一筋の悪寒が俺の刀身を駆け抜ける。溢れる殺気へと視線を向けると、そこには、身長以上の大きさを誇る巨大な火炎球を、左手一つで握り潰すシャーリーの姿があった。

 俺に対する怒りのせいか、鋭く細められた彼女の双眸はギラギラと揺れ動き、まるで紅く輝いているような錯覚を引き起こさせる。鬼嫁って言葉があるが、今まさにその意味を、俺は理解している所なのかもしれない。

「えっとね、シャーロット、今のはものの例えで、決してしちゃったーとか、そういうんじゃなくてね」

(話がややこしくなるだけだから、お前は黙っとけ!)

「……トオル……詳しく」

 憤るシャーリーをなんとかなだめようとする天道だが、火に油を注ぐだけで、完全に逆効果だった。やばい、これは完璧に許してもらえないやつだ。後で色々と、問いただされるんだろうなー。

(と、とりあえず今は、そいつを倒してからだ! スクルド!)

「はい! シャーロットさん、お受け取り下さい!」

 どれほどの小言を言われるか定かではないが、とにかく今は、目の前にいる巨大な魔獣を片付ける事が先決である。スクルドの手を離れ、半円を描いて飛ぶ俺の体はシャーリーの右手にすっぽりと収まり、その勢いのまま足元付近で構えられる。

「……後で……お仕置き」

 それと同時に囁かれる恐怖の言葉。しかし、見上げた彼女の口元は、予想に反し微笑んでいた。柄を握られた感触も、スクルドの時とは違って妙に落ち着く。そこで俺は気がついた、この体はもう、シャーリーが握る指先と、手の平の感触を、覚えてしまっているのだと言うことを。

 嬉しかった。なんて言ってる場合でもないか。今まさに目の前を屈強な前足が薙ぎ払い、その一撃を避けるためシャーリーは後方へと飛び退く。

 けたたましい咆哮を上げ、鋭い眼光を向ける四足歩行の獣。ヤギの角を持ち、翼竜の翼を広げ、蛇の頭を尻尾に付けたライオン型の怪物。その名は……

(キマイラ……か)
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