俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第三章 恋する駄女神

第160話 無茶はお控えください

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 俺を好きでいてくれる、女神スクルドとは何なのだろうか? 

 悩みに悩み抜いた末に、これがスクルドなのだと認めることで、俺は呪縛から開放された。ぶっちゃけ、現実逃避である。

 だって、しょうがないだろ! これ以上ドMに振り回されたら俺の頭がおかしくなる! 自己防衛だよ。これも一種の防衛本能なんだ! 受け入れるとは言ったけど、理解を超えた範囲までは流石に荷が重すぎる……スクルドの心は俺が守る。とりあえず今はこれでいいだろ? 

 なんて、何処の誰ともわからぬ架空の存在に対し、言い訳してる場合でもないか。俺達は今、この部屋の出口らしき扉の前に立っているのだから。

「トオル様、ここを出る前に、一つだけよろしいでしょうか?」

(おう。エロい事と、ドM意外なら何でもいいぞ)

「ありがとうございます」

 迫りくる魔獣の群れを軽々と一掃したスクルドは、白塗りの壁を手探りで進み、四角い枠組の前で足を止めた。すると彼女は視線を下ろし、いつも通りの真剣な表情で俺へと問いかけてくる。

 彼女には負担をかけっぱなしだと考えた俺は、生真面目すぎるスクルドの肩を少しばかりほぐしてやろうと、ユーモアに満ちたジョークを展開した……つもりだったのだが、彼女には全く通じなかったらしく普通に返事をされてしまい、俺一人気まずくなってしまう。

 トオル様のバカ……なんて感じの恥じらいを求めるのは、流石に少し早すぎたようだ。

「その……誠に勝手なお願いとは存じますが、無茶な魔力の行使は、極力おやめください」

(ん? どういう意味だ?)

 それはどうでも良いとして、スクルドが発した予想外の質問に、俺は首を捻らせる。捻るとは言え、実際に刀身は曲がらないぞ。曲がったらちょっと面白いけど。

「先程、魔力の供給を行なうため、トオル様の体をお調べしたのですが、その結果、異常なまでの魔力の枯渇が見られました」

(えーっと、それってつまり、魔力を使いすぎただけじゃ――)

「いえ! それは絶対にありえません!」

 彼女の説明を聞き、本日の体調不良が魔力不足のためだとわかり安堵していると、スクルドはいきなり怒号を上げ、俺をキッと睨みつける。

 いかなる状況であろうと冷静沈着を貫いてきた彼女の激昂に、俺はただ押し黙ることしか出来ずにいた。

「先日行なわせて頂きました魔力の補給から日も浅く、これと言った特別な魔力の消費も無い状態で、この現象は明らかに異常です。アサミさんに魔力を吸われ、二人目との契約、それからディアインハイトを使った前回の状況とは訳が違います!」

 徐々に鋭さを増していく彼女の怒声、その中から精一杯の思いが伝わってくる。

「訳が違うのですが……ですがその……トオル様の体は、私の理解の範疇を超えておりまして……正確なアドバイスもできず、このような不確定極まりない報告で怒声を発し、大変心苦しいのですが――」

 そして、彼女がどうにも出来ないことに苦しんでいるのも感じられた。それも、俺のために。だからかな、なんとかしたいと思ったのは。

(えっと……大丈夫だって、無茶はしないよ)

「本当ですか?」

(あぁ、約束する)

「……トオル様のお言葉は、今ひとつ信用なりません」

 彼女の言葉通り、約束を守れる自信なんてこれっぽっちも無い。でも、このまま喋らせ続けたら、また泣き出してしまいそうで、どんな方法でも良いから止めたかった。

 それに、始めこそ驚いたものの、いつも謙遜してばかりの彼女がこれだけ怒ってるんだ。その感情もまた、彼女の成長の一つ。本人は戸惑うばかりで、何がなんだかまだわかってないみたいだけど、それだけ心配されていて、嬉しくない訳がない。

(だったら、お前こそ俺に対してへりくだるのはやめろ。聞いてて心苦しいんだよ)

「そう言われましても、これが私の性分ですので」

(なら、俺だって性分だ。危機に瀕したお姫様を黙って見捨てる王子様が、この世の何処にいるってんだ)

 でも、認めるわけにはいかない、俺には守る責任がある。理屈じゃない部分も勿論あるけど、求め合うってのはそういう事で、人間ってのは脆いから誰かと助け合っていくんだ。心も、体も。

 まぁ、実際の所、黙って見捨てる王子様って結構いるイメージなんだけどな、口先だけで態度のでかい奴。でも、そういう男を見かけた時、あまりそいつを責めないでやって欲しい。さっきも言ったけど、目の前で人が殺されて、怖気づかない人間なんてほんの一握りだ。

 俺自身、強い人間じゃないのもよくわかってる。けど、そこで逃げだすような男に俺はなりたくない。その結果、例え自分が死んだとしても、好きな女の一人ぐらい守りたいから……今は、三人か。

「そう、ですよね、仕方ないですよね。無茶するご主人様をお守りするのも、女神としての務めですから」

 自分勝手な感情からわがままを言う俺に対し、彼女は大きなため息を吐く。スクルドに呆れられたのは、これが初めてではないだろうか? なんとなく解せぬ。

「かしこまりました。どんな無謀をなさろうと、私が責任を持ってトオル様をお守り致します。女神スクルドの名にかけて」

 そんな感じに呆れながらも、彼女の忠誠は変わらない。俺を信じていてくれる。それがとても可愛らしくて愛おしい。ただ、守る守ると言ってくれるが、守りたいお姫様の中にお前も含まれているんだぞ、と言うのはなんか卑怯な気がしたのでやめる事にした。

「それでは参りましょうか。お二人が心配しているでしょうし」

(……大丈夫、だよな?)

 あまり考えないようにしてきたけど、言葉にされると正直不安になる。シャーリーも天道も、大丈夫だよな? もし、二人がゴーレムに負けていたら……俺は、どんな風に責任をとったら良いのだろう。そう考えるだけで、心が押しつぶされそうになる。

「トオル様。トオル様が信じずに、誰がお二人を信じるというのですか?」

 心配で気がかりで仕方がない、そんな俺を握る拳に力が入る。先程までの怒気とは違う、励ますための力強さ。そうだ、俺が信じられなくてどうする。信じるんだ、愛する嫁と、自慢の推しを……

(そう……だな。行こう!)

「はい!」

 とは言ったものの、流石に今の発言は、自分でもどうかと思う。黒歴史確定だ。忘れよう、そうしよう。

 さて、とりあえず意気込んでは見たものの、目の前の扉らしきものにはノブも取っ手も付いておらず、どうしたら開くのかと途方に暮れている。

 自動ドアでも無いみたいだし、呪文でも必要なのかな? アブラカタブラとか、ひらけーゴマとか……それはちょっと古典すぎるか。

 そんな風に悩んでいると、スクルドが伸ばした左手から僅かな光が溢れだす。それと同時に目の前の壁がスライドし、隙間からは眩しいほどの光が漏れた。

 そして、扉が開いた瞬間、強烈な空気の圧が俺達へと襲いかかる。
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