俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

文字の大きさ
上 下
151 / 526
第三章 恋する駄女神

第150話 失意の底に落ちていく

しおりを挟む
(わかった……頼む)

「……任せて」

 申し訳なさそうに問いかける彼女の言葉に頷くと、俺は魔力の調整に意識を振り分ける。

 大丈夫、できるはずだ。細かいことは考えず、後はフィーリングで決めればいい。そうやって俺達は、力を合わせて勝ってきたんだ。大丈夫、今回も勝てるさ。

 そう自分に言い聞かせる中、俺が放出する魔力の変化に合わせシャーリーが構えを変える。右足を一歩引き、上段で俺を構えると、両腕を交差させ、軽く腰を落とす。普段のレイピアとは違う、剣術で言うところの霞の構えに近い体勢。彼女は浅く息を吐くと、慎重に狙いを定めていく。

 彼女の呼吸に合わせて俺も、一割、二割と魔力を高め、三割に上がった瞬間、シャーリーは弾丸のように地面を駆けた。その行動を、魔力の供給はこれで十分、という彼女の意志表示と受け取った俺は、全ての神経を調整に傾け、刀身に魔力を馴染ませる。

 近づく間も度々位置を変え続けるゴーレムの弱点。簡単には逃さぬと、視線でそいつを追い続ける。そして、目の前に躍り出た瞬間、他の球体よりほんの強く輝いたコアは、正面からは死角になりやすい左肩の最上段。

 このままでは届かない。そう判断したシャーリーは、地面を蹴り、ゴーレムの顔の高さまで瞬時に飛び上がると同時に体を捻らせる。そのまま全体重を乗せ、最上段からの一撃をコアへと打ち……込もうとした瞬間、俺の全身を一際強い電流が駆け抜け、纏った魔力が離散する。くっ、こんな時に。

「!? トオル!」

 それは、一瞬生じたほんの僅かな躊躇。しかし、精密プログラムであるゴーレムは、俺達の隙を瞬時に見定め、すかさず左腕を振り上げてくる。その動きに反応したシャーリーも、即座に防御の体勢を取るが……

 次の瞬間、無慈悲にも俺の体は、高く高く宙を舞った。

「しまっ!」

「先輩!」

 視界が高速で回転を始め、浮遊感に虚脱感、そして吐き気に襲われる。超スピードで回る観覧車、もしくは回転するダーツの的に貼り付けられたら、こんな気分を味わえるだろうか? そんな無意味な事を考えつつ、俺の体は後方へと飛ばされていく。乱れきった俺の魔力と、集中を欠いた彼女の力では、ゴーレムの豪腕を耐えきることは出来なかったのだ。

 シャーリーから、あれだけの温情を受けて尚この体たらく。結局俺は、無力なんだ……

 気持ち悪さとやるせなさが視界同様混ざり合って、何がなんだかわからなくなる。どうしたらいいのかわからなくなる。

「よっ」

 失意の感情に囚われ闇に堕ちそうになる俺を、優しく抱きとめたのはスクルドだった。まるで天使のように飛び跳ねた彼女は、キョトンとする俺に視線を向けると、何も言わずに微笑みかける。見た目とは裏腹な大人びた彼女の笑顔が、俺の心を安心させる。女神の祝福とは、正しくこの瞬間の事を言うのであろうと俺は思った。

「大丈夫です! トオル様は私が受け止め――」

 安堵する俺を抱え、シャーリー達に聞こえるよう声を張り上げるスクルドが地面に着地しようとした瞬間、倒したはずの一機を含む、計三機のゴーレム達が突然行動を始める。

 一斉に体を震わせ、今までとは比べ物にならない量の蒸気を全身から吐き出すと、赤黒く両目を輝かせ、彼らは同時に掲げた両手を地面へと叩きつける。

 打ち付けられた拳により発せられる衝撃、それに吹き飛ばされまいと二人は腕を交差させ、歯を食いしばり踏みとどまる。しかし、ゴーレムの狙いはそこになく、彼らが真に引き起こそうとしていたものは……

(「!?」)

 体にかかる重力の違和感。それを感じたスクルドと俺は、二人同時に足元を見下ろす。するとそこには……闇が広がっていた。即ち、地面が存在していなかったのである。

 慌てて視野を広げると、先程まであったはずの外周の床が、入り口と出口を繋ぐ通路以外綺麗さっぱり抜け落ちていたのだ。

 ありえない。だって、この部屋に落とし穴なんて……そこで俺は思い出す、この部屋に入る直前、自分が何を考えていたのかを。そうだ俺は、この存在に気がついていたんだ。思わず自嘲の笑みが漏れる。焦りに焦った結果、注意を怠いこの始末。しかも女の子を巻き込んで……最低だ。最低すぎる。

 たぶん、助かる道はない。開いた穴は思いの外大きく、手を伸ばした所で届くような距離じゃない。せめて地面が崩れてさえいれば、スクルドの超人的機動力で落ちる足場を飛び跳ね、戻ることが可能だったかもしれない。けれど、地面自体が消えていてはそれすらも叶わず、後は彼女が空気を蹴れることを祈るばかりだ。まぁ、ゲームみたいに二段ジャンプとか、流石に無理な話だろうけど。

 それに、爆炎魔法の衝撃で戻るという方法は、最悪この部屋の地面を崩壊させ、シャーリーと天道を巻き込む羽目になるから使えない……そこまで考えた所で、二人の落下が始まった。穴の底は深く暗く、どこまで続いているのかわからない。もしかするとこれは、落ちて割れて……死ぬかもしれないな。

 そう考えた瞬間、世界がゆっくりと流れ始める。これが臨死体験ってやつか。

「トオル!」

「先輩!」

 落ち行く視線のその先で、二人の女の子が俺の名前を呼ぶ。声を張り上げ、切羽詰まった表情を浮かべたシャーリーは、俺達めがけ一目散に駆け出した。それをカバーするように天道が氷の壁を形成、ゴーレムと二人を遮断してから彼女もこちらへと走り出す。

 二人の足は並のオリンピック選手より速い。しかしどれだけ速かろうと、この距離を積めることはまず不可能、間に合いはしない。いくら二人が頑張っても、俺達が助かることはないのだ。

 漠然とそんな事を考えていると、突然目の前に強烈なノイズが走り、見覚えのない記憶がフラッシュバックを始める。

 何だ? ここは……神社か? 境内が奥に見えるから、たぶんここは最上段。周りには木が生い茂っていて、二頭の狛犬が見える。でも、こんな場所記憶に無い。こんな所に遊びに来る理由が俺には無い。それに、落下している感覚があるってことは、階段から足を踏み外した? 俺が? そんな馬鹿な。

 階段から落ちるなんて大事故、本当に経験していたらいくら俺でも忘れる訳がない。なのになんでこんな記憶……あぁ、きっとこれは何かのアニメのワンシーン。さっきもそんな事考えてたからな。こんな時まで馬鹿な妄想、アニオタすぎんだろ俺。

 ただ、俺を助けようと近づいてくる男の子の姿には見覚えがあった。えっと、誰だったかな……よく見ていたはずなのに顔が……え? 嘘……だろ? 目の前で手を伸ばしてるのって、もしかして……小さな頃の……俺!?

 次の瞬間、目の前の光景がガラスのように砕け散る。天道の作った氷の壁が破壊され、氷壁の割れる甲高い音が俺を現実へと引き戻したのだ。視線の先では、氷を破壊した勢いのままにゴーレムの右腕がシャーリーの体へと吸い込まれていく所。

(――!!)

 声が出ない。大切な人が死ぬかもしれないというのに、声が出ない。ゴーレムに対し天道が何かしようと振り返るが、間に合う気がしない。天道が両手を突き出し、シャーリーが何かを叫ぶ。穴に吸い込まれた俺は、そこで二人を捉えることができなくなった。

 二人の事は心配だけど、俺にはもう何も出来ない。後は、時の流れに身をまかせるだけ。大切な人が隣にいない、それだけでこんなにも無気力になれるなんて思いもしなかった。シャーリーの存在は本当の本当に、俺の多くを占めていたんだなって。でも、これで終わりだ。たぶん何もかも終わる。後は、砕けて散るだけ。

 以外なほど恐怖は無かった。あるとすれば、大切な人を守れなかった虚しさと、生きていて欲しいという願いのみ。こんな時まで他人の心配とか、俺はきっと大馬鹿なんだろうな……いや違う、最後に何も出来なかった罪悪感をごまかしたいだけなんだきっと。最低だ俺は。

 だけどもう良い、もう良いんだ。これから何も考えなくて済む。もう何も考えなくて済む。

(……さよならだ……シャーリー)

 最後にそう呟くと、瞳を閉じ、俺は終焉を待ち続ける。

「大丈夫ですよトオル様。スクルドに、全部お任せください」

 絶望の中、小さく聞こえた女神の囁き。その言葉を最後にこの体になってから俺は、初めて意識と言うものを手放した。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【画像あり】転生双子の異世界生活~株式会社SETA異世界派遣部・異世界ナーゴ編~

BIRD
ファンタジー
【転生者モチ編あらすじ】 異世界を再現したテーマパーク・プルミエタウンで働いていた兼業漫画家の俺。 原稿を仕上げた後、床で寝落ちた相方をベッドに引きずり上げて一緒に眠っていたら、本物の異世界に転移してしまった。 初めての異世界転移で容姿が変わり、日本での名前と姿は記憶から消えている。 転移先は前世で暮らした世界で、俺と相方の前世は双子だった。 前世の記憶は無いのに、時折感じる不安と哀しみ。 相方は眠っているだけなのに、何故か毎晩生存確認してしまう。 その原因は、相方の前世にあるような? 「ニンゲン」によって一度滅びた世界。 二足歩行の猫たちが文明を築いている時代。 それを見守る千年の寿命をもつ「世界樹の民」。 双子の勇者の転生者たちの物語です。 現世は親友、前世は双子の兄弟、2人の関係の変化と、異世界生活を書きました。 画像は作者が遊んでいるネトゲで作成したキャラや、石垣島の風景を使ったりしています。 AI生成した画像も合成に使うことがあります。 編集ソフトは全てフォトショップ使用です。 得られるスコア収益は「島猫たちのエピソード」と同じく、保護猫たちのために使わせて頂きます。 2024.4.19 モチ編スタート 5.14 モチ編完結。 5.15 イオ編スタート。 5.31 イオ編完結。 8.1 ファンタジー大賞エントリーに伴い、加筆開始 8.21 前世編開始 9.14 前世編完結 9.15 イオ視点のエピソード開始 9.20 イオ視点のエピソード完結 9.21 翔が書いた物語開始

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る

Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される ・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。 実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。 ※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。

ジャンヌ・ガーディクスの世界

西野 うみれ
ファンタジー
近くで戦闘勝利があるだけで経験値吸収。戦わずして最強になる見習い僧侶ジャンヌの成長物語。 オーガーやタイタン、サイクロプロス、ヘカトンケイレスなど巨人が治める隣国。その隣国と戦闘が絶えないウッドバルト王国に住むジャンヌ。まだ見習い僧兵としての彼は、祖父から譲り受けた「エクスペリエンスの指輪」により、100メートル以内で起こった戦闘勝利の経験値を吸収できるようになる。戦わずして、最強になるジャンヌ。いじめられっ子の彼が強さを手に入れていく。力をつけていくジャンヌ、誰もが無意識に使っている魔法、なかでも蘇生魔法や即死魔法と呼ばれる生死を司る魔法があるのはなぜか。何気なく認めていた魔法の世界は、二章から崩れていく。 全28話・二章立てのハイファンタジー・SFミステリーです。

秘密多め令嬢の自由でデンジャラスな生活〜魔力0、超虚弱体質、たまに白い獣で大冒険して、溺愛されてる話

嵐華子
ファンタジー
【旧題】秘密の多い魔力0令嬢の自由ライフ。 【あらすじ】 イケメン魔術師一家の超虚弱体質養女は史上3人目の魔力0人間。 しかし本人はもちろん、通称、魔王と悪魔兄弟(義理家族達)は気にしない。 ついでに魔王と悪魔兄弟は王子達への雷撃も、国王と宰相の頭を燃やしても、凍らせても気にしない。 そんな一家はむしろ互いに愛情過多。 あてられた周りだけ食傷気味。 「でも魔力0だから魔法が使えないって誰が決めたの?」 なんて養女は言う。 今の所、魔法を使った事ないんですけどね。 ただし時々白い獣になって何かしらやらかしている模様。 僕呼びも含めて養女には色々秘密があるけど、令嬢の成長と共に少しずつ明らかになっていく。 一家の望みは表舞台に出る事なく家族でスローライフ……無理じゃないだろうか。 生活にも困らず、むしろ養女はやりたい事をやりたいように、自由に生きているだけで懐が潤いまくり、慰謝料も魔王達がガッポリ回収しては手渡すからか、懐は潤っている。 でもスローなライフは無理っぽい。 __そんなお話。 ※お気に入り登録、コメント、その他色々ありがとうございます。 ※他サイトでも掲載中。 ※1話1600〜2000文字くらいの、下スクロールでサクサク読めるように句読点改行しています。 ※主人公は溺愛されまくりですが、一部を除いて恋愛要素は今のところ無い模様。 ※サブも含めてタイトルのセンスは壊滅的にありません(自分的にしっくりくるまでちょくちょく変更すると思います)。

おもちゃで遊ぶだけでスキル習得~世界最強の商人目指します~

暇人太一
ファンタジー
 大学生の星野陽一は高校生三人組に事故を起こされ重傷を負うも、その事故直後に異世界転移する。気づけばそこはテンプレ通りの白い空間で、説明された内容もありきたりな魔王軍討伐のための勇者召喚だった。  白い空間に一人残された陽一に別の女神様が近づき、モフモフを捜して完全復活させることを使命とし、勇者たちより十年早く転生させると言う。  勇者たちとは違い魔王軍は無視して好きにして良いという好待遇に、陽一は了承して異世界に転生することを決める。  転生後に授けられた職業は【トイストア】という万能チート職業だった。しかし世界の常識では『欠陥職業』と蔑まされて呼ばれる職業だったのだ。  それでも陽一が生み出すおもちゃは魔王の心をも鷲掴みにし、多くのモフモフに囲まれながら最強の商人になっていく。  魔術とスキルで無双し、モフモフと一緒におもちゃで遊んだり売ったりする話である。  小説家になろう様でも投稿始めました。

処理中です...