俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第三章 恋する駄女神

第144話 神秘のベール

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「我は願う。氷の精霊フェンリルよ、蒼き輝く旋風纏いし、偉大なる神の氷撃を、絶対零度となして今、断罪の意志と共に、我らに仇名す総ての者を、氷の棺へ誘い給え!」

「駄女神……罵られてる? 私が? 剣に? 一人じゃ満足に動けもしない存在に? しょんなのにしぇめられて、おこりゃれて……へへ、ぐへへ」

 天道の唇が不思議な音色を紡ぎ出すと、彼女の周りに氷の魔力が集い始める。正面にいるシャーリーも、タイミングを図るよう彼女の詠唱に合わせ、体を上下に動かしている。

 そんな中、部屋の壁付近で滝行をしているスクルドはと言うと……白目をむきながら、うわ言のように何かを呟いていた。

 俺に怒鳴られたのがよほどショックだったのか、脳内機能の一部が麻痺し、本音がボロボロと漏れ出てしまいっている。その中に、俺に対する誹謗中傷が聞こえたような気もするがそれはそれ、謎の思念派によりダイレクトに伝わる彼女の愚痴を、今は聞こえないふりをして、駄女神の意識を引き戻すため全力で努めよう。そうしなければ、彼女はこのまま氷の棺に沈んでしまう。

 確かにこれは彼女のミスだが、お仕置きにしてはあまりにも残酷すぎる。だから俺は、確実に彼女に届くよう、精一杯の想いを込めて思念を拡散した。

(スクルド! いいから飛ぶぞ!!)

「!? は、はい!」

 心配と言う名の愛情を乗せた言葉に、呆けた女神の意識は戻り、彼女は、反射的に水を蹴って飛び上がる。それを確認したシャーリーは、一度水に潜り直すと、水底にある地面を蹴り上げ、空中へと飛び上がった。

 にしても、水を蹴ってジャンプとか、流石女神、デタラメだなぁ。

 そんなツッコミを入れる間に、二人を追うよう飛び上がった天道は、魔力の乗った両手を突き出し、氷系最上級魔法のギガシュトロームアイスコフィンを繰り出してみせる。

「いっけぇ! ギガシュトロームアイスコフィン!!」

 高らかに叫ぶ彼女の前方数センチ先に複数の魔法陣が展開され、大量の冷気が渦を巻きつつ放出される。真下で波打つ小さな海へと襲いかかった冷気の息吹は、その凄まじい風圧によって俺達を更に高所へと吹き上げる。破壊的な氷の奔流は、見る見るうちに部屋中の水と言う水を侵食し、固め、最終的には水門さえも凍らせてしまった。

「やった! そして、朝美ちゃん華麗な着……あわわわわ、へぶっ!」

「きゃっ! こ、これ、思ったよりもすべ……ふわぁあ!?」

 役目を終えた暴風は瞬間的に姿を消し、無風となった俺達の体は世界の法則に則って自由落下を始める。待ち構えているのは一面覆う氷の床。天道もスクルドも、普段どおりに着地を試みたものの、ただの靴ではバランスを取り切れず、地面に足を取られ当然のように転げてしまう。

 しかし、氷の上に尻もちをつく二人に対し、シャーリーだけは両足を揃え、華麗に着地して見せる。人間離れした動きを平然とやってのけるのも、シャーリーの凄いところだよな。直立不動の……あ、よく見ると足が小刻みに震えてる。俺を支える両腕にも僅かに力が入ってるし、こういうの頑張っちゃう所もまた可愛いんだよなぁ。

 もちろん、お尻とか肘とか、ぶつけた部分を擦る二人も十分可愛い……あれ、あれぇ? 天道さんの服が、何やらぴっちりと体に吸い付いて、いろんなものが透けて見えるような?

「もぉ、青あざなんて作ったら、先輩に見せられ……!? せ、先輩のエッチ!! へんたい!!」

 俺の視線の先にあるのは、この世界には似つかわしくない俺達の学園の制服。その内側に隠された薄手のブラウスが濡れることにより、更に隠された神秘のベールを俺の前にさらけ出す。

 まぁ、簡単に言うと透けブラなんだが、うちの制服、旧世紀の遺物だったんだな。最近のは透けないのも多いし……学園長グッジョブ! でも、サキュバスの割に意外とガッチリガードが硬いな。普段のブラは普通に胸全体を覆ってやがる。しかもピンクで可愛い。

「ううう~、見るなぁ! 見たい時はちゃんと見せてあげるからぁ!」

 顔を真っ赤にさせながら威嚇するのは良いですけど、その発言はその発言でどうかと思いますが? それに、俺に見せたいという発言と矛盾が生じてません?

「あうう、バカァ! 不意打ちは、不意打ちは駄目なんだって!」

 すけすけ下着を俺に見られ相当焦っているからなのか、俺が考えている事にすべて答えてしまう天道を、とても愛おしく感じてしまう。ってかさ、普段とのギャップに、なんかすっげぇ興奮する。

「バカバカバカァ! そんな事思われても嬉しくなーい!」

 いつもならこういう時、逆に騎乗されるぐらいの勢いなのに、そんな彼女が胸を隠しながら涙目してるとか、俺の中のSっ気が溢れ出て来て……もう少しだけ、いじめて見ようかな?

「……トオル?」

 なんて事を考えていると、上部から凄まじい圧力を浴びせかけられ、とっさに俺は恐怖に視線を振り向かせようとする。

「……振り向いたら……折る」

 しかしながら、当然、シャーロットさんもお洋服がお濡れになっていらっしゃるようでして、見たらいけないであらせられますよね。当たり前ですよね~。

 ……振り向いたら殺される。物理的に。とりあえず無心になろう。見なきゃ怒られないんだから大丈夫、大丈夫。心頭滅却すれば火もまた涼し……って、あっつ!!

 視界を塞いだ次の瞬間、刀身の表面を異様な熱さが包んでいく。何事かと慌てて視界を戻すと、目の前には小さな炎球が浮かび、空中に固定されていた。

「はう~、暖かい~。足元がちょっと寒いけど、ぬくぬく~」

「これですぐ、乾くと思います」

 皆の服を乾かすために、スクルドが魔法を使ったらしい。それも、俺が距離的に一番近く金属で出来ているため、熱を吸ってめっちゃ熱い……ん? 今気づいたんだけど、スクルドの胸の部分だけ覆ってる服の下、肌の色が見えるんだけど……もしかして、ノーブラ?

「……トオル」

(!?)

 先程の一件で、彼女の発育事情は理解しているつもりだが、まさかつけていないとは……ということは、目の前に見えているのは神秘オブ神秘。ゴクリと喉を鳴らしスクルドの体をまじまじと見つめていると、突然聞こえたシャーリーの声と共に、全身に激痛が走り始める。

 今度は何がと考える間もなく、視界が上の方へと持ち上げられ、そこにあったのは……怖いほどの笑みを浮かべるシャーロットの笑顔だった。ていうか、これ、これって、曲げ、曲げ、曲げられてる!?

 初めての感覚に思考が追いつかないが、俺の体はシャーリーの手により、刀身の根本からひん曲げられている。と言うのはあくまで比喩であるものの、刀身を左腕で抑え込まれ、柄を握った右手で力一杯引っ張るというこの動き、キャメルクラッチとか、チョークスリーパーでもかけられているかのような感じで、痛くて苦しい。

「……我慢」

 久しぶりに聞いた気がするけど、シャーリーがこの言葉を使う時はたいてい怒りを表している。出会ってすぐの時も、こんな事言われて地面の上引きずられたっけ。あの時は、俺に対する苛立ちじゃなかった気もするけど。

 とにかく、このままだと痛くてたまらんので、機嫌を直してもらいたい。

「魔氷が溶けないよう、調整しておりますので、大丈夫です」

 なんだかスクルドもさっきから声に覇気が無いけど、俺、言い過ぎたかな……って、心配してる余裕もない。熱いし! 痛いし! 表面溶けそう!!

「……我慢」

 そんな俺に対し、やはり我慢を強いるシャーリーは、本気でオコらしい。シャーロットたんインしたお! ……やめよう、遊んでると本気で折られそうだ。

 天道の服も、スクルドの服も、あれから一切見てないんだけどなぁ……それでも、力の負荷がゆるくなってる感じ、落ち着いてはくれてるようだ。熱いのに変わりはないけど。

 とりあえず、会話で気分を紛らわせようか。このままだと精神的にしんどい。色んな意味で。

(そういえばさ天道。さっきのギガシュトロームの詠唱、前に使った時より長かった気がするんだけど、あれは?)

 ギガシュトロームアイスコフィン。それは、天道と俺の初めての共同作業であり、シャーリーの純血を守り通してくれた一撃。だからなのか、かなり印象に残っている。発動する前にわかったのもそれが原因だ。

「あのねぇ、私一人の魔力じゃ流石に最上級魔法を短縮して使うなんて事、できっこないって。あれは、先輩の力あってこその芸当だよ」

 一応褒められてはいるのだろうが、ムスッとする彼女を見ると、怒られている気がしてならない。いや、怒られてはいるのか。

(って事は、魔法を使うための呪文は状況によって変化する。って事なのか?)

「……たぶん」

(たぶんって、お前なぁ)

「だってしょうがないじゃんか~。私はただ、頭に浮かんでくる言葉をそのまま声にしてるだけで、今のはその……せ、先輩との思い出の一撃だったから、違いがわかるだけだし」

 容量を得ない彼女の発言に俺は少々呆れてしまうが、彼女の言うことは最もかもしれない。高度な魔法がいくら使えようと、あくまで天道は俺と同じ世界の人間、こちらの世界の理を理解している訳がないのだ。後、思い出とか言って照れるな。俺まで恥ずかしくなるから。

 だとすれば、こちら側の人間、それも、世界の理に最も近い存在に聞くのが適当だろう。

(わかったわかった。それじゃ……スクルドは、その辺わかるか?)

 正直な所、話しかけるだけでも気まずいのだが、ここは勇気を出し、勢いに任せてスクルドに声をかける。

「あ、はい。魔法は、大気中の精霊が、術者の状態に合わせ、自動的に調整してくれますので、はい、変わります」

 疑問に対し答えを返してくれたのは良いけど、スクルドの言葉にはやっぱり覇気が無い。俺に怒られるのって、そんなにショックなのかな?

(す、スクルド? あのさ――)

「大丈夫です。問題、ありません」

 今の彼女の状態が俺のせいだと言うのなら、謝るぐらいの事はしたいのだが、今はそれすら辛そうだ。むしろ、俺が辛い。

 仕方ない、心の整理がつくまで、少しの間放っておこう。

「おー、早い早い。流石魔法だね~もう乾いちゃったよ。これで、出口も出来てたりするとありがたいんだけどなぁ」

(そんな都合の良いこと、そうそう起きるわけ――)

「……トオル……あそこ」

 スクルドの作り出した高密度の魔法により、楽々乾いた制服をはためかせ、天道が上機嫌に希望的観測を語ってくれるが、どうやらそれは妄言でもないらしい。

 俺達の後方、シャーロットの指差す先には、今までなかったこの部屋の出口が、早く来いと手招きするよう静かに深淵を覗かせていた。
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