俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第三章 恋する駄女神

第143話 この、駄女神が!

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(スークールードー)

「申し訳ありません、申し訳ありません!」

 スクルドが引き起こした鉄球の罠、そいつを切り抜けるため、やむなく俺達は横穴へと飛び込んだ。その先に待ち受けていたのは、狙い過ごしたかのようなスライムの池。立て続けに迫りくるピンチを、天道の操る氷の力で打破しようと考えた俺だが、先走るスクルドの手によって……とんでもなく酷い目に遭った。

 因みにその張本人は、現在これでもかと平謝りを続けている。

 この慢性的なドジっ子アピールに、流石の俺も本気で苛ついているのだが、スライムの粘液で全身ネバネバになったスクルドが意外にも艶めかしかったので、これはこれで良しとしよう。むしろ、そんな風に自分を納得させないと穏やかでいられそうにない。

「まぁまぁ、落ち着いて落ち着いて。被害らしい被害も無かったわけだし、そんなに目くじら立てなくてもいいと思うんだけどな~」

 そんな俺とは対照的に天道はスクルドをかばい、シャーリーも首を縦に振っている。まぁ、確かに、被害らしい被害は無かった……って、俺、被害者なんですけど。

(って言ってもなぁ……)

 とは言え、物理的に問題が無いのも事実であり、俺が納得すれば収束する事態でもある。何せ、この部屋に敷き詰めてあったのは、毒素も酸も含まれていない、ただのグリーンスライムだったのだから。

 仕方ない、貧乏くじには慣れっこだと諦めようとした時、天道がハッとした表情を浮かべ、俺の側へと詰め寄ってくる。

「ははーん、わかったぞ~」

(な、何がだよ)

 気味の悪い程ニヤけた笑みで近づく彼女に、思わず俺はたじろぎ、身を固くしてしまう。そして、次の天道の言葉に、呆れてものも言えなくなった。

「先輩、服が溶けなくて、ちょっと残念だったんでしょ」

(……はぁ?)

 確かに考えた、確かに考えましたよ? でも、年頃の娘が笑顔で言う台詞とは到底思えないんですが。後、顔が近い。刀身に残ってるスライムがお前につくだろ。

「も~、隠しなさんなって。このアサミちゃんが先輩の事わからないわけないじゃん」

 しかも、うちの旦那が~、みたいな照れ方してるし……

 それに、その問に堂々と頷くと思ってるのかねこいつは。

「……トオル……変態」

 だって、これが普通の反応ってやつだもん。例え脳内妄想であろうと、したという事を悟らせてはいけないのだ。

 因みに、今現在俺の体はシャーリーの手によってお手入れされているわけなのだが、布を擦り付け、スライムを拭き取る彼女の腕に力が加わったのは、言うまでも無い……悲しい。

「いいよいいよ~、そんなに照れなくて! ファンタジーラノベじゃお約束だし、男の子の夢だもんね―。大丈夫! 私は否定しないよ! 男の子のリビドーを理解してあげるのも、女の甲斐性だかんね」

 だから逆に、こうやって笑い飛ばしてもらえる女子の存在は、すごく有難かったりするんだけど……いちいちばらすのはやめような。俺の評価に関わるから。

 はぁ。体は全身ベトベトだし、シャーリーには白い目で見られるし、踏んだり蹴ったりだよ。

 これはもう、スクルドにはそれ相応の罰を受けて……やめよう、これ以上は俺の人間性が疑われる。あくまで俺は変態で、鬼畜や外道の類では無いのだから。

 その差にいったい、何があると言うのだね? って言われそうだけどな……

 さて、危機的状況は脱したわけだが、井戸のようなこの部屋から、どうやって抜け出そう。知らぬ間に入り口は塞がれてるし、この部屋自体が罠だと言うことは理解できるが、スライムだけで終わりだろうか?

 塔の主の言葉通り、目的が道楽であるのなら、出口の一つぐらいは用意されていると思う。しかし、それなら尚の事二重のトラップ、鉄球から踏まえれば三重のトラップが仕掛けられているはずだ。確証はないが、備えておくに越したことはない。

 とにかくまずは、スクルドに変なボタンを押させないようにしないと。

(スクルド、とりあえずお前は何か見つけても――)

「トオル様! ここにくぼみを発見しました!」

 そう考え釘を差そうとした瞬間、不吉な報告と共に、石の押し込まれる重厚な音が辺り一帯に響き渡る。それは彼女が、新たな危機を巻き起こした瞬間だった。

(言い終わる前に押すんじゃなーい!)

 彼女の軽率な行動に対する悲痛な叫びが終わる前に、部屋全体が振動を始めると、天井付近のレンガの一部がゆっくりと迫り上がっていく。その動きが止まると同時に、水の流れるような音が聞こえてきて……やばいなと、俺の心が囁いた。

 次の瞬間、開いた壁の隙間から大量の水が室内へと注入され、徐々に体積を増していく。これは所謂、水責めの罠。典型的な拷問の一つではあるが、見た目以上に残酷で、苦しいものと言われている。

(あ・の・なぁ~)

 次々に俺達を苦しめるトラブルメーカーとしての彼女の才能に、わざとやってるんじゃないかとすら思えてきて、そろそろ胃が痛くなってきた。

「も、申し訳ございません! で、ですが、お水のおかげでネバネバも洗い流されましたし、これはこれで良しと」

「……このままだと……溺死」

 ただ、彼女の言う通り水自体に問題はない。俺の全身が浸かっても、特に何も起きなかったからだ。残りのスライムも綺麗に取れたし、悪い事ばかりではないのだが、シャーリーの指摘どおり、この状況をどうにか出来なければ、またも俺達は一巻の終わりだ。

(なんでお前は、片っ端からそういう事しちゃうかなぁ!)

「その……トオル様からは、見つけろという指示しか受けておりませんでしたので」

 俺のことを守ると言いながら、ピンチを演出する彼女の口から出た言葉に、俺は深くうなだれる。そうだ、すっかり忘れていた。神様ってやつは、融通ってものが利かないんだった。そのせいで俺は、こんな体に……

(くぅ~~~、この駄女神が! 少しは反省しろ!!)

 この体は己が失態の象徴。それはわかっているはずなのに、振り回され続ける運命の憤りに我を忘れた俺は、スクルドに対する侮蔑の言葉を叫ばずにはいられなかった。

「だ、だめ、だめ……駄女神……」

 駄女神。そう呼ばれた彼女は直立不動で固まると、両目をあらぬ方向に回転させ、うわ言のようにその言葉を繰り返す。崇め奉られる存在だった彼女が、ちっぽけな無機物に侮辱される。彼女を壊すにはそれで十分だったのかもしれない。だけど、今の俺には彼女を心配する余裕など、一ミリたりとも残されてはいなかったのだ。

(天道、頼む!)

「フフフ、先輩の頼みじゃ断れませんな。ここは私が一肌脱ぎましょう! ちょっとまってね」

 言葉一つで俺の考えを呑み込むと、すぐさま彼女は上着に手をかけ、いそいそと脱ぎだそうと……

(本当に脱ぐんじゃない!)

「てへ、冗談冗談」

 いつもの軽い彼女の冗談をきつく叱りたくはないのだが、本当に余裕が無いのだ。注水スピードは思いの外早く、シャーリーの体は既に水面に浮き上がってしまっている。

 すぐに死ぬようなことはないが、服を着たまま水中遊泳を続ける事は無駄に体力を消耗し、時間が経つほど不利になっていく。今の俺達に、ぼやぼやしている時間はないのだ。

「さてさて、あんまり遊ぶと先輩に怒られちゃうし、真面目にやりますか」

 既に怒られているという自覚のないまま真剣な表情になった彼女は、水に浸かった両腕を重たげに持ち上げると、すぐさま詠唱を開始した。
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