俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第三章 恋する駄女神

第142話 一難去ってまた一難

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(くっそ、どうすりゃいいんだよ!) 

 シャーリーの健闘むなしく転がり続ける鉄の塊は、俺達の命を虎視眈々と狙い、そのスピードを上げていく。

 あの鉄球、シャーリーの一撃で傷つかなかったってことは、耐魔力コーティング的なものが施されてる感じがする。そいつを破るためには高火力の大魔法が必要で、そんなん使った日にゃ、天井が崩落、全員生き埋めって可能性も考えられる。それじゃ全く意味がないし、もっと効率よくこの状況を切り抜けられる最善の手、最善の手、最善の方法は……だー!!

「……ごめん」

(え?)

 何もできない苛立ちに、焦り乱れ、心の中で奇声を上げると、まるでそれに答えるよう、シャーリーがぽつりと謝罪の言葉を漏らした。

(……あー……気にすんな)

 彼女のつぶやきなら、こんな状況でさえ聞き漏らさない自分がいる。

 そして俺が、彼女を責めるなんてことはありえない。例えそれに、どんな意図が含まれていたとしてもだ。

 そもそも、率先して動いた彼女を責める事自体が、お門違いだと思うし、あれを拳で止めようというのが、無理な話なのだ。その無理をさせたのが、俺を庇っての事と考えると、何か言える義理じゃない。

 だって、俺を使えばあの塊を、一刀のもとに切り捨てる事が出来たのかもしれないのだから。

 それよりも俺は、君のその小さくも柔らかく、それでいて美しい右手に傷がついていないかの方が心配で……って、二人でじゃれ合ってる場合でもないんだよぉ!

 それにしても、普段より体が揺れるな。そっか、俺今、スクルドに抱えられてるんだっけ。

 慣れてないせいか、持ち方が悪いんだろう。しっかりと固定されて無いっていうか、いつも感じるクッションのような柔らかさが微塵も……あっ、そうか……こいつ、モノホンのまな板なんだ。

 いやいや、決して非難してるわけじゃないんですよ! ただ、シャーリーの場合、小さいながらも弾力があって落ち着くのに、スクルドの体にはそれが無いと言うか、ぶつかるものが完全に骨で……ぶっちゃけ痛い。

 でも、成熟した女性のAAダブルエーって、いったいどんな感触なんだ? 豊満な弾力にはだいぶ馴染まされてしまったけど、成長しなかった体ってのも、ある意味生命の神秘だよな。男の胸板と、どのぐらい違うんだ?

 ……あー! 僕は決して、ロリコンじゃないですよ! 純粋に体の作りとして興味があるだけなんです。

 それに、彼女もシャーリーと一緒で、今は子供の姿をしているだけで、本来は大人の女性なんですからね。だから、ダイジョーブ! ……駄目だ、言い訳にしか聞こえねぇ……

「せ、先輩! まずいよ、行き止まり!」

 そんな自分の変態性に頭を抱えている横から、切羽詰まった天道の声が聞こえてくる。あまりに余裕の無い彼女の言葉に視線を上げると、目の前には、絶望と言う名の壁が、俺達の行く手を遮っていた。

 そう、言葉通りの壁ってやつが、通路の終わりに現れたのである。

 その広さは、およそ五メートル。すなわち、鉄球の大きさとほぼ同一。このまま進めば全員ぺしゃんこ、肉塊となって全滅必至。残念、俺達の冒険はここで終わってしまった、になる訳にはいかない。俺はまだ、何の約束も果たせちゃいないんだ。こんな形で死ねるかよぉ!

「……トオル……右」

 こうなったら、俺の全魔力で壁をぶち破ってでも! そう考えた次の瞬間、シャーリーの言葉に耳を傾けると、壁の手前数メートルに、小さな抜け穴が用意されている事に気がつく。

 これは正しく、天より与えられし一筋の光明……と言いたい所だが、あまりに露骨な抜け道に、疑惑の念を拭えない。シャーリーには悪いが、どう考えても罠だ! 明らかに罠だ! むしろ、あれが罠じゃなかったらアホだろ、あれ作ったやつ!!

 だが、他に手立てがあるわけでもなく、この状況じゃ背に腹は代えられない。自ら危険に飛び込むのも癪だが、今より状況が悪化することは無いだろうと考えると、選択肢は一つしか無かった。

(皆! あの穴に飛び込むぞ!)

 そう俺が叫ぶと、まるで打ち合わせでもしたかのように、綺麗に一人ずつ横穴へと飛び込んでいく少女達。後方からは爆音が響き渡り、巨大な何かが落ちていく音が聞こえてくる。

 なんとか無事……終わるわけがなかった。一難去ってまた一難、飛び込んだ部屋は縦長の筒抜け状になっており、真下にはとんでもないものが存在している。

 それは、緑色をした粘液状のプール。しかも、ただの液体と言うわけでなく、ひと塊ひと塊が意思を持っているかのようにうごめいている。そいつの名は……

「ス」

「……スライム」

 そう、これまたファンタジー作品ではお馴染みのスライムってやつが、口を広げて待ち構えていたのだ。

 色からして、こいつらの種類はグリーンスライム……いや、アシッド? トキシック? くっ、見た目だけじゃ判別がつかない。

 もし、繊維だけ食い散らかして溶かすタイプのスライムなら、羨まけしからんことになるのだが、毒ならやばいし、ガチの酸なら骨さえ残らず食い殺されることだろう。それに、ただの弱小スライムだったとしても、このまま突っ込めば、三人まとめて窒息死というケースも考えられる。

 男の煩悩としては、スライムに押し倒される三人の姿は非常に魅力的ではあるが、ここはそいつを押し殺して、思考を再びフル回転させる。

 だって、皆の命には代えられないから。

 えっと、こういう場合は、切断、刺突、打撃、炎、爆発、雷撃、水、氷……氷? そうだ! 天道にこいつらを凍らせてもらえば!

(天――)

「トオル様、ここは私が!」

(え? す、スクルド!? ちょ、まっ!)

 この危機を乗り越える策を閃いた俺は、喜び勇んでその方法を天道に伝えようとする。しかし、その言葉を遮るようにしゃしゃり出たスクルドが、俺の制止を完全に無視し、爆炎魔法の詠唱に入ってしまう。

「広がるは熱風、豪炎の魔弾。灰は灰へ、塵は塵へ、我が内眠る憤怒の如く、全てを乖離かいりし、消し去り給え!」

 不味い、これは非常に不味い。彼女の魔法がいくら強力とは言え、円形の超大型プール程の質量の液体を、一瞬で蒸発させれるとは思えない。

 それが失敗した場合、どうなるのかと言うと……

(二人と――)

 二人とも、魔法で身を守れ! そう伝えようとした時には、既に準備は整っており、天道は正面を守るよう氷の壁を展開し、シャーリーも彼女の体に抱きついて、氷壁の後ろに身を隠している。うん、どうやら二人とも、この後どうなるかよくわかっていらっしゃる様だ。

 ということは、この中で被害を受けるのは……

「第九位階天使術・炎の壱・バースト・ブレイズ!!」

 俺の体から冷や汗が伝った瞬間、スクルドの右手から放たれた炎の球体は、スライムの海めがけ、力強く駆け抜けていく。まるで、術者の生き写しのように変則的な軌道を描いた炎は、無事スライムの群れに着弾すると、化学反応のように爆発を起こした。

 急速に膨れ上がる熱は、液状の存在を飲み込み蒸発させていくが、全てを消し去ることは出来ず、一部が散り散りとなり弾け飛んでいく。

 当然そいつは、俺達の方まで飛び散り、一つ、また一つと、俺達の体へと付着を始める。

 こうして、爆炎により吹き飛ばされたスライム達は、小さな津波となって、俺とスクルドの全身を、包み隠さず飲み込むのだった。
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