俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第三章 恋する駄女神

第141話 迫りくる鉄

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(で、場所は?)

「それがですね……どうやら、私の足元みたいなんです!」

 デスヨネー。知ってた。

 ともかく、これで何かが起きるってわけだ。だと言うのに、何故かスクルドは清々しいまでにやりきった表情を、俺に向かって見せつけてくる。

 そんな彼女とは正反対に、俺はただ、焦ることしかできない。

(それで、スクルドさんや、何か変わったことは起きてないかね?)

「はい! 少々お待ちくださいませ!!」

 おかしいなぁ……なんでこの娘は、やる気満々なんだろ?

 目の前にいる幼女の女神は、自分の失策であることも忘れ、自信満々に返事を返してくる。

 もしかしてこいつ、自分が失敗したという自覚が無いのか?

 そうやって、俺が頭を悩ませる間にも、スイッチらしきものを踏んだ足を軸にし、聞き耳を立てながら彼女はぐるぐると回転を始める。

「……後方、何か、音が……ゴロ、ゴロ?」

 彼女が感じ、何かをつぶやき始めた頃には、俺にも小さく聞こえ始めていた。正直、嫌な予感しかしねぇ……

「ねぇねぇ、先輩。もしかしてこの音、やばい奴じゃ……」

(……お前も、そう思うか?)

 それから数秒後、天道の耳にも届いたのか、こいつにしては珍しく、顔面を蒼白させている。俺を抱えるシャーリーの腕からも、少量の汗が滲み出ていて、緊迫しているのが伝わって来ていた。

 ……クンカクンカ……甘酸っぱい匂い……はい、冗談です。

「うん。このパターンってさ、洋画なんかでよくある……ってぇ! 先輩先輩先輩先輩せんぱーい!!!!」

(えぇい、そこまで連呼しなくて……もぉぉぉぉぉぉぉッツ!?)

 刀身に染み込む大好きな人の汗の匂いに、つい興味を示してしまう俺の事を、やかましい程に呼びまくる天道。あまりのしつこさに、彼女を叱りつけようとした瞬間、強大な危機が眼前に迫っていた事に気付かされてしまう。

 俺達の後方数百メートル、今まで歩いて来た道のりの向こうから、巨大な物体が顔を覗かせていたからなのだ。

 そう、罠としては十中八九お約束の、鉄球ってやつが、俺達を押しつぶそうと遥か彼方から勢いよく迫ってきていたのである。

 そこは岩じゃないのか? という某冒険家さんの意見も、勿論受け付けております。

 なんて、余裕かましてる場合じゃない!

(皆……にっ、げ、る、ぞおおぉぉぉぉぉ!!)

 直径五メートルはあろうかというくろがねの巨大物体。その異常なまでの大きさに、唖然とする三人……何故か一人は好奇の目であったが。そんな彼女達も、俺の号令を合図とし、颯爽に踵を返すと、全速力で逃走を開始する。

 とにかく俺も何をするのが最善か、思考をマッハで回転させるものの、都合の良いアイデアがそうそう浮かぶわけもない。

 逐一周囲を見回した所で、逃げ込める扉があるわけでもなく、出っ張りの一つすら見つけることが出来ない。

 それに……なんだか地面が傾いてきているような気がする。

 しかも、その感覚はどうやら間違っていなかったようで、除々に鉄球は加速し、俺達との距離も少しづつ縮まって来ていた。

 不味い、これは非常に不味い。いくら無敵のヒロイン然としている彼女達でも、流石にこんなのを食らったら、一発でぺしゃんこ、お陀仏だ。

 だと言うのに、何故かこの状況を作り出した張本人は、終始笑顔で走っているのである!

 さっきからこいつ、ずーーーーーーーっと楽しそうにしてんだけど、頭の中、大丈夫なんか? 人間性的な面で見ると、だんだんと天道より、こちらの彼女の方がやばいような気がしてきた。

 って、余計な事に思考を回してる場合じゃないだろ! 考えろ、考えろ、この状況で何をするのが最善か。考えろ、考え――

「トオル様! 今のこの状況、まるで鬼ごっこという遊びのようで、なんだか私、楽しいです!」

 おう、そうかそうか、そりゃ良かったな……って、言・う・わ・け・無いだろうがぁ!! 俺は、全然、た・の・し・く・ねえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!

 畜生! 逃げた所で状況が改善するわけでもなし、犯人はこんなだし、泣きたい! 今俺、めっちゃ泣きたい!!

「……スクルド……トオル……お願い」

 そんな、弱音まみれの俺の気持が聞こえたのか、シャーリーが突然スクルドに俺を預けると、彼女はその場で踵を返し、鉄球を見据え構えをとる。それに気づいた二人も、少し遅れて振り返り、彼女をじっと見守り始めた。

 流派とか、難しい事はよくわからないけど、彼女のそれが、体術を行使するための物だと言うことは、俺にも理解できる。そして、彼女がこれから、何をしようとしているのかも……

 三人が見つめる中、意識を集中させた彼女は、両腕を正面で一回転させ、そのまま深く腰を落とし、右腕をほぼ直角に引き絞る。

 すると、淡い光が彼女の拳へ集い出し、激しい渦を形成すると、鋭く回り輝きを増す。

 それは、彼女がいつも俺にくれる、力強くて暖かな光。あの輝きを見ると、俺はまだまだ未熟なんだなと思わされる。

 そうして俺が惚ける中、彼女は右手に宿した光を、迫りくる鉄球の真芯めがけ、豪速の勢いで叩きつける!

 一意専心、彼女の放った右ストレートは、見事に鉄球の芯を捉え、巨大な鉄の塊を完全に停止させてしまったのである。

 しかし……それから何も起こらない。まるで、シャーリーもろとも石化してしまったのではないかと思えるほど、双方に動きがなかったのだ。

 破壊的な一撃を受け、鉄球が崩れることもなければ、正拳突きの姿勢の幼女が、構えを解くこともない。

 いったい、何が起こってるんだ……

 長い緊迫感が続く中、耐えきれなくなった俺の喉が、自然と鳴ってしまった次の瞬間、突如バク転を繰り返し戻ってきたシャーリーが、俺達の方へ振り向くと、真剣な表情のまま、こう告げるのだった。

「……ムリ」

 デースーヨーネー。知ってた。

「せ、先輩! とりあえず逃げないとまた……!?」

 先程までとの急激な落差に、一瞬気が緩みかけるが、そんな余裕は一秒も無い。何故なら、天道が言葉を言い終える前に、鉄球はゆっくりと動作を再開し始めてしまったからである。

 こうなってしまった以上、取るべき選択肢はただ一つ。

(うむ、全員退却だ。もっかい走るぞぉ!)

 そうして俺達は、斜面を再び全速力で下り始める。
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