俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第三章 恋する駄女神

第140話 お前らを、心配しなかったことはない

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(皆、油断するなよ。三層目とか、初心者が油断を始めた頃に、厄介な敵とかトラップが配置されるもんだ)

 ゲームの開始を告げられた俺達は、目の前に現れた階段を登り、二層目へと突入する。一層目とはうって変わって、不意打ちを主体とする魔獣の攻めに、少しばかり手を焼かされたものの、代わり映えのない構成が幸いし無事階層を突破、先程三層目へと辿り着いたばかりだ。

 この階層は、今までと雰囲気がガラリと変わり、だだっ広い通路が続いている。特に魔獣に襲われるでもなく、不可思議な点があるわけでもない。そんな、驚く程不気味で静かなこの道を、俺達は慎重に進んでいる。

 と、言いたい所なのだが……

(おーい、あんまり先いくなよー。フォロー出来なくなるぞー、テンドー)

 一名ほど、とても呑気な奴がいた。

 説明する必要も無いと思うが、天道さんだけが一人、華麗なステップを決めながら、ピクニック気分で先頭を歩いている。なんつーかこう、緊張感の欠片もないやつよなこの娘は、マジで不安すぎる。

 ただ、あまりにもお約束すぎて、俺の言葉も間延び気味だ。

「先輩は真面目さんだねぇ。そんなに張り詰めてばっかいると、ストレスで頭はげちゃうぞ」

 それに、ここまで無邪気でいられると、怒る気にもなれん。

(お前がノーテンキすぎんだよ。後、毛は関係ないだろ)

「ごめんごめん。今の先輩、毛が一本もないこと忘れてたよ。まっ、髪がなくても、私の愛情は変わらないけどね!」

(……はぁ)

「む~、ため息吐かなくてもいいじゃんか~、ジョークなのにさー」

 彼女が見せる百面相、普段なら飽きなくていいんだけど、こういう時に笑顔だったり、ドヤ顔だったり、ムッとされても、いろいろ困るってのが本音だ。緊張を解してあげてるんだよー、ってのが本人の言い分なんだろうけど、その油断が危険を招くかもって考えると気が気じゃない。

「……大丈夫……アサミ……見てるから」

(すまん、助かる)

 そんなあいつを見ていると、逆に緊張で押し潰されそうになったりもするけど、それでも、こうやって誰かが助けてくれるから、頑張ろうと思える。大好きな人が励ましてくれるなら尚更だ。

 こんな感覚、向こうの世界でぼっちやってたら一生味わえなかったかも、なんて思うと、それだけで転生した意味があったのかもしれない。欲を言えば、人間のままが良かったけどな。

 にしても、チリチリとした感覚が体から一向に抜けない。最初の頃のように、集中力を乱される程じゃないけど、それでもやっぱり気になってしまう。かと言って、相談するような事でもないし、こんな小さな事でいちいち不安を抱かせるのも気が引ける。どちらにせよ、ここから戻れる訳でもなし、一日ぐらい大丈夫だろう。

 でも、やっぱり変だよなこれ……何が起きてるんだ?

「……ぇ……ねぇ……トオル……トオル!」

(え? んあ、なんか呼んだか?)

「……大……丈夫?」

(ん、ああ、大丈夫だけど)

「……なら……良い」

 どうやら俺は、この気味の悪い感覚にうなされ、シャーリーの言葉すら聞こえなくなっていたらしい。

「もお、シャーロットが何回も何回も一生懸命呼んでるのに気が付かないし。先輩、またなんか無理してない?」

(無理は、してないぞ)

 そう、決して無理はしていない。体にかかる違和感が少しばかり不快なだけで、無理はしていないのだ。それに、この二人が気づかない程度のもの、特に気にする必要性も無いだろう。

 ただ、俺が腹の中に一物抱えこんでいる事には感づいているようで、怪訝な面持ちで二人は俺を睨みつけてくる。でも、結局これって、二人に心配かけてるんだよな。

 だったら逆に、せっせと吐いて楽になったほうが良いんじゃないか? なんて思い始めた直後、俺の体がふっと浮かび、目の前が柔らかな感触に包まれる。

「……泣く?」

 背中にかかる細い腕の締め付けと、何時も通りの感覚に、何が起こっているのか理解した。俺の刀身は、シャーロットの胸の中に囚われていたのである。

(ちょ!? シャ、シャーリー?)

「……良いよ……いつでも……甘えて」

 何度されても慣れることのないこの感触に、始めこそ戸惑ったが、これが彼女なりの不器用な愛情表現だと気づくと、張り詰めたものが一瞬にして吹き飛び、無くなっていく。

 どうして女の子って、こんなにも温かいんだろう……もちろん、体の事だけじゃないぞ、心とか内面的な部分も含めてだ。いくら変態的な俺でも、女の子の体だけが目当てとか、そこまで酷い男じゃない……はずだ……たぶん。

「あー! シャーロットずるーい!! 私も私も! 先輩のためならいくらでも胸貸すよ!」

「わ、私も、トオル様が望むなら、好きなだけ甘やかしてみせます!」

 ただし、複数からの愛の受け渡しは、只今受け付けておりません。特にある一名は、良薬というより劇薬の類いだしな。

 ……まぁ、二人の気持もありがたいとは思うけど、スクルドみたいに真剣すぎてもちょっと困るし、いつでもどこでも笑顔笑顔な天道さんも、それはそれでやっぱり困る。

 まだまだ俺には、皆の想いを受け止められる大きな器ってやつは無いらしい。

(お前らなぁ……今は本当に大丈夫だから、俺の事より自分のために集中しろよ。怪我でもされたら、違う意味で俺が泣かなくちゃいけなくなるんだぞ)

 だから、今すぐ返せるものって言えば、皆の安全を願うことぐらいで、そのためだったら、少しぐらい疎ましく思われても構わない。

「大丈夫大丈夫、先輩の前でそんなへましないってば」

 それなのに、半分は照れ隠し、半分は本気マジで心配な俺の気持を笑い飛ばす天道の態度に、怒りを覚えるどころか、更に不安が募っていく。こういう場面でピンチになるのは、決まって彼女みたいな性格の、楽天的なキャラなのだから。

(特に天道、お前はもうちょっと緊張感を持ってくれ。気になって集中できん)

「!? えっと……ば、場の空気を和ませようかな~、なんて思って……」

 頬のあたりを爪でかきながらも、俺の視線に耐えきれなかったのか、天道はゆっくりとそっぽを向き、口の辺りをゴニョゴニョと動かしている。責められてはにかむぐらいなら最初からやらんでくれ。

「せ、先輩の気持はわかったけど、さっきからなんで、そんなに名指しで心配してくれるのかな? 嬉しいけど、胸がチクチクするというか、優しすぎて逆に不安なんですけど」

 それに、そういうのも無しだ。もじもじしながらガチデレされると、どうあがいても可愛いんだからよ。

(……少なくとも、お前ら三人を心配しなかった事は、一時も無いが?)

 だからかな、そんな可愛いこいつらだから心から俺は心配で、珍しく、正直な気持を伝えてやれる。すると何故か、先行して歩くスクルドを除く二人の動きが瞬時に止まり、俺からさっと視線をそらす。

「……先輩の、ばか」

「……むぅ」

 表情を見る限り、ふたりとも凄く照れてるみたいだけど、心配されるのってそんなに恥ずかしがることか? それとも、きまりが悪いのかな? もしかして、言わないほうが良かった?

「……なら……よけい」

 自分のしたことが、正しいのか間違いなのかよくわからない。そう考えているうちに、シャーリーの腕に力が加わり、ギュッとギュッと、苦しいぐらい抱きしめられる。

「……少し……気……抜いて……いつか……倒れる」

 俺に対して、倒れるという表現はどうかと思うけど、彼女の優しさが本当に嬉しい。でも、ここまでされたら、余計に甘えてなんていられない。この階を無事抜けるために、何があるのか調べないと……

 そう言えば、女神って探索力に長けてたりしないのかな? 俺の感覚じゃ臭いと気配までしか感知できないし、スクルドにできるのなら、だいぶ有利に動ける気がする。

(スクルド、お前ってさ、罠探知みたいな事できるか?)

「罠、でございますか? ……この辺りに、魔術の類はございませんが」

 そうか、この世界だと術式的なトラップがメインになるのか。

(えっと、なんて言えばいいかな……例えば、不自然な出っ張りとか、変な液体の気配とかそんな感じのなんだけど)

 駄目だ、うまく説明できん。こういう時に気の利いた説明ができるよう、もっと勉強しておけばよかった。なんて思う日が来ようとは……因みに、俺の学力は赤点スレスレの中の下です。

(なるほど……かしこまりました。少し探ってみますね)

 それでも、俺の言いたいことはなんとなく伝わったようで、両目を閉じると、スクルドは周囲を探りながらゆっくりと歩き出す。

 塔の主の宣言通り、これがゲームと言うならば、そろそろ何か仕掛けてくる頃合いだと思うんだが……

「トオル様! トオル様の仰る通り、罠らしき物を発見いたしました!」

 流石はスクルドだ、こんなに早く見つけるとは思わなかったぞ!

(おぉ! スクルド、よくや……)

 俺が与えた任務をすんなりと完遂し、笑顔で喜ぶスクルドを褒めようとした瞬間、彼女の足元にあるパネルが不自然に沈んでいることに、俺は気がついてしまった。
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