俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第三章 恋する駄女神

第139話 痛みを越えて

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「求めるは灼熱、紅蓮の胎動、焦熱しょうねつ眠る業火の意志よ、憤怒となりて敵を穿て! ヴォルカニックレインズ!!」

 眼前に迫る魔獣を見据え、シャーリーが俺を構える中、後方からは可憐な詠唱と荘厳たる爆音が響き渡る。宣言通り、スクルドが爆発系の広範囲呪文を唱えたらしい。音を聞く限り、炸裂弾を流星のように降り注がせる魔法のようだ。食らった相手は爆炎により焼きつくされ、ひとたまりもないだろう。

「ほぅらいくよ! アイスニードル!」

 轟音響き渡る中、後方に走り出したもうひとり、天道朝美の涼し気な声が刀身を冷たく撫でると共に、複数の断末魔を上げさせる。

 スクルドとは対照的に、無詠唱の低火力魔法を使うことで魔力の温存を考えているのだろう。属性も含め、二人の戦い方は本当に正反対だなと思ってしまう。

 そして俺達は、何時も通りに戦うだけ……のハズだったのだが、今日は何かが違っていた。

 それに気付いたのは、正面から襲いかかる一匹目のハウンドウルフ、その首筋に刀身を差し込んだ瞬間だった。ぬめっとした感触が、俺の体へと直接伝わって来たのである。

 この体に自由が与えられているのなら、次の瞬間刃を引き、一度体勢を立て直していた事だろう。だが、神の摂理によってそのような遊びは許されておらず、俺はそのまま肉の感触、血の感触、骨を切断する感触を、直に味わう事となる。

 只々気持ち悪い。それが正直な感想で、今すぐにでも体内にある魔力という魔力を吐き出してしまいたかった。

 しかし、それを行う代償は、大切な者を危険に晒すこと。それだけはあってはならぬと、襲いかかる嫌悪感を耐え忍ぶ間に、右前方から襲い来る二匹目のハウンドウルフを彼女は横薙ぎに切り裂いていく。生肉のプールに腕を突っ込むようなこの感触に、俺の体は未だ慣れない。

 それに、極薄くとは言え、今までの俺は魔力の膜に護られていた。それ故に耐えられた物を、このまま直に続けるとしたら、精神がおかしくなって頭の中が破裂してしまいそうだ。魔獣を切り裂くだけでこの不快感、人間の肉だけは絶対直接斬りたくないと、瞬時に思い考えてしまう。

 剣である俺が生き物を殺す事に違和感を覚え、斬りたくないと否定する。本来あってはならない事なのかもしれないけど、そんなあまちゃんの自分に安堵を覚える自分がいる。

 これだけの戦いを経験して尚、俺は人間として正常な状態で居続けている。

 それは喜ぶべきことか、それともただの罪なのか。

「……トオル……集中!」

 続いて三匹目、上空から飛来したキラーアウルを縦一文字に斬り裂いた所で、彼女も異変に気づいたのだろう。シャーリーは俺を強く叱咤し、戦意を震い立たせようとする。

 そんな彼女の励ましに、俺は何も答える事ができない。今答えてしまったら、力を抜いた場所から魔力の液をぶちまけてしまいそうだったから……

 だけど、引き下がるつもりはない。剣としての責任を果たす、それが今俺にできる、俺なりの彼女への精一杯なのだから。

 そこから四匹目、五匹目と魔獣の処理を続ける中、更におかしな違和感が俺の全身を駆け巡り始める。最初こそ、あまりの嫌悪感に気をやりだしたのかと思っていたが、精神的なものでは無いらしく、チリチリと流れる電流のような形でそいつは俺を苦しめていく。

 痛みこそ柔らかいが、魔力の流れとは違うもう一つの感覚に意識が阻害され続け、体のコントロールが全くできない。敵はまだ、十匹以上いるというのに……俺は……どうしたら良い。

「トオル!」

 責め立てられる違和感に集中力を乱され、切れ味を落とし続ける俺に活を入れるよう、シャーリーが再び檄を飛ばす。

(くっ、そぉ!)

 体が熱い、意識が朦朧とする。不測の事態の連続で、考えがもうまとまらない。それでも、二人の少女の戦う声が後ろからは聞こえてくる。

 そちら側に視線を向けると、天道は両腕に作った氷刃で次々敵を切り裂いているし、スクルドも魔獣の一団を焼き払い終え、既に俺達のフォローへと回っている。そんな二人の前で、大好きな人の目の前で、俺一人、腑抜けているわけにはいかない!

 皆の役に立ちたい、そのために強くなりたい。そう願うと同時に、魔力の光が次々と集いだし、それは徐々に形を成すと、俺の刀身を覆い尽くす。

 そうして姿を表したのは、微弱ながらも刃となった光刃と言う名の光の剣。本来驚くべき場面なのだろうが、冷静な判断力を無くした俺には只々純粋に嬉しかった。

 シャーリーが作るものには叶わないが、自分ひとりの力で魔力のコントロールが出来ている。その事に俺は興奮を覚えたのだ。

 こんな状態でも少しづつ成長できている。シャーリーの役に立てているという実感のおかげで、先程までの苦しみもこのための試練だったのではないかと思えてくる。

 更に、その喜びが全身に力をみなぎらせ……これなら、やれる!

(シャーリー、待たせた!)

「!? ……う、うん」

 突然起こった出来事に、彼女も驚き戸惑っていたようだが、俺の言葉を聞くと同時に即座に俺を振り下ろす。斬り裂いた魔獣の感覚に、気持ち悪さは無い……と言ったら嘘になるが、先程の状態に比べればだいぶましだ。何の問題もなく戦える。

 ここに来て、後方のゴブリン達がいそいそと動き出し、こちらに向け数本の矢を放ち始めたが、もう遅い。今の俺達を、止められるものは何も無い!

 反れて飛ぶ矢は全て無視し、正確なものだけ叩き落とすと、シャーリーは勢いよく敵陣深くへ切り込んでいく。

 ゴブリンを守るよう、ウルフとアウルが集団で飛びかかってくるが、それらを一振りで薙ぎ払い最奥のゴブリンを一突き、鮮血と悲鳴を上げながら絶命する。

 機敏になったシャーリーの動きに恐れをなしたゴブリン達は、怯え、震え、弓を剣のように振りかぶると、自暴自棄になって襲いかかってくる。が、そんなもので彼女を倒せる訳もなく、その場で俺を振り回すだけで彼らは瞬時に蒸発していった。

「せーんぱーい、かたづいたよー」

 こうして全ての魔物を片付けた俺達は、軽く息を整え、全身から力を抜く。すると、支えを無くした魔力の骨子こっしはあっさりと崩れ落ち、纏う光は一瞬のもとに弾け飛ぶ。

 これが、俺の作った魔力の残滓……その余韻に浸る間もなく、天道が俺達の元へと駆け寄ってくる。何がそんなに嬉しいのか、これでもかと右手を振り回す彼女の元気に苦笑いを浮かべながらも、俺は内心ホッとしてしまう。

「トオル様、こちらも無事完遂いたしました」

 そんな彼女とは対照的に、涼し気な表情を見せるスクルドは、ゆったりとした足取りで俺達の元へと近づいてくる。

 始めこそ、良く似た二人だと思っていたけど、見れば見るほど違うもんだな。ウザカワな所は一緒なのに。

「それと、先程の差し出がましい行いを、平にご容赦頂けると幸いです」

(ん? さっきの……ああ、あれか)
 
 開口一番頭を下げるスクルドに対し、何かあったかと考えてみるが、謝られるような覚えはない。ただ、俺がもたつく間、自分の担当を片付けた彼女が、牽制などで敵の数を調節してくれていたのは知っている。たぶん、その事を言っているのだろう。

 仲間である以上俺達は一蓮托生、俺が一番活躍するんだ! みたいなプライドは無いし、ここは素直に感謝しておこう。

(むしろ助かったよ。ありがとうなスクルド)

「い、いえ。当然の事をしたまでですから」

 すると彼女は、恥じらうように頬を染め、俺から瞬時に視線を逸らす。こういうのを見ると、無性に愛でたくなるんだよなぁ。ぎこちなくはにかむ感じも、また良い。

「……と、トオル様、そんなに見つめられては――」

「ブラァボー。とても見事でエクセレントな戦いぶり、私、惚れ惚れしてしまいました」

 俺の視線に取り乱す可愛いらしい女神に見とれていると、またもいけ好かない声が、空の彼方から聞こえ始める。いちいち大げさに話しやがって、イラつくからやめろってんだ。

「流石は聖剣を携える勇者様御一行、数を増やした所でウォーミングアップにもなりませんね」

 しかもこいつ、俺が聖剣である事を見抜いてるって事は、やっぱりただの人間じゃないな。それに、あえて勇者という単語を使う所も妙に引っかかる。

「ですが、この先待ち構えるは試練の数々、一筋縄ではいかぬものばかり。皆様の、知恵と勇気と努力と友情がどれほどのものか、私に見せていただきたい!」

 そうして、どこか聞き覚えのあるような一連の台詞を言い終え、奴が放った次の言葉。そいつに俺は頭を抱えることになる。

「それではゲームの始まりです。我が玉座へとたどり着くこと、心よりお待ちしております」

 声の主である塔の主は、俺の予想通り、ゲームという名の殺し合いをほくそ笑みつつ楽しんでいたのだ。
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