俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第三章 恋する駄女神

第138話 仕掛けられた前菜

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 塔の内側は想像以上に静かだった。暗闇が一面を覆い、隣りにいるはずの二人の姿すらよく見えない。そのせいか、反響する三人の足音でさえ、いらぬ不安を煽ってくる。正直、男の俺ですら怖いぐらいだ。

 だと言うのに、うちの女性陣は何でこう全くもって冷静なのかね。一寸先は闇だと言うのに、臆することなく前へ前へと進んでいく。決して怯えて欲しいわけじゃないけど、「こわーい」とか言ってくれると、少しは可愛げがあるのになーなんて……

 何か、右隣を歩く天道から「お望みならやりましょうか?」という心の声が聞こえてきたので、俺は考えるのを辞めた。そもそも、暗くて見えないはずなのに、天道の意思をダイレクトに感じる今の状況の方が、ある意味ホラーだわ。

 それはともかく、入り口をくぐり抜けてからだいぶ歩いているというのに、どこまで続くんだこの道は? 人の気配の一つもしないし、塔の広さを考えればとっくの昔に壁にぶつかっていてもおかしくないはずだ。にも関わらず、この回廊を抜けられないのはいったいどういう事なのだろうか。考えうる可能性としては……空間が捻じ曲がっている?

 別に有り得ない話じゃない。ここは異世界、それも魔法という存在が当たり前の場所だ。塔にたどり着くまでの道筋にだって幻影の魔術が……あったじゃないか。なんで忘れてるんだ俺? あれか? そんなに天道のキスがショックだったのか? 

 というか、天道だぞ天道。シャーリーの初めてを目の前で奪われたわけじゃあるまいし、悩むような事じゃ……そういえば、シャーリーってキスしたことあるのかな……だー! 雑念は捨てろ! 俺の欲より、今は皆の安全だろ!

 そう気合を入れ直した瞬間、鮮烈な光が辺りを覆い、視界を白く染め上げていく。敵の奇襲かと神経を張り巡らせるがそれらしい気配はなく、単に明かりが付いただけのようだ。

 中世の時代にこれ程の光源を作りだせるのかという疑問は残るが、俺の居た世界の常識が通用しないのが異世界というもの。あくまでも中世風であり、魔道具という技術が発達したこの世界なら十二分に起こりうる出来事なのだ。

 ただ、目の前に映し出されたエントランスは想像と違い、一面閑散としている。ナベリウスの屋敷のように、階段やら置物、悪魔の彫刻に彩られた噴水なんかを想像していたのだが、だだっ広い空間が広がるだけで、やはり人っ子一人見当たらない……が、既に囲まれてるな。魔物の気配と野獣の臭いがプンプンしやがる。

 なるほど、これも敵の作戦ってわけか。明暗の差で視界を奪い、神経を最大に高めさせることで視界確保後の油断を誘う。どうやら、この塔の主はそれなりの策士らしい。

 不慮の事態に遭遇した時、人間ってのは基本必死になる。そして、その困難を切り抜けた直後、安堵という名の隙を見せるのだ。どんな超人であろうとそれは変わらない。筋繊維を緩めた瞬間は無防備であり、それを補えるのは反応速度だけ。しかし、いくら高速で動けようとそこには限界が……と、いろいろ御託を並べたが、つまり、光に目が慣れるこの瞬間が、相手にとっては仕掛け時ってわけだ。

 だが、俺の嫁達を舐めてもらっちゃ困る。この程度で遅れを取るような奴は一人も……今の発言は忘れてくれ。俺を嘲笑うのは、今にも鼻歌が聞こえてきそうな天道一人で十分だ。

「これはこれは、手に汗握る冒険の舞台へようこそおいで下さいました」

 その時、遥か天空の彼方から男の声が舞い降り、部屋中に響き渡る。俺の印象としては、二十代前半の爽やかなイケメンと言った感じの声質で……ぶっちゃけよう、カッコよくてイラッとしてる。なんでこう、悪魔って皆良い声してるんだろうな。不公平すぎんだろ。

「昨日のお手並み拝見させて頂きました。その見事な洞察力、我が塔の挑戦者として相応しいと判断致しましたため、お招きいたした所存でございます」

 それでいて、この上から人を見下したような喋り方、無性に腹が立つ。丁寧な対応を心がけようとしているのだろうが、人を小馬鹿にしているのが丸わかりだ。この世界に属する魔の物ってのは、人を苛立たせる天才の集まりなんじゃねぇのかと思えてくる。天道もその素質、結構高いし……いや、個人的に愚痴をこぼすのは今はやめておこう。

 それよりも、スクルドの見立て通りだったってわけか。今朝森を探索した時、一時間足らずでこの塔に辿り着いた事から予想はしていたが、まさか本当に招待客を選別していたとは。こいつ、一体何を考えていやがる。

「更に! 入り口での判断もまた素晴らしい! 魔族のお仲間がいらっしゃるのは少々予想外ではございましたが、能力の使い方も実に興味深く、私の目に狂いは無かったと確信しております」

 挑戦者という言葉に嫌な予感は拭えないが、目的によってはここに集められた人間が生きている可能性もあるってことか。うまくいけば、クロエちゃんのお爺さんを始め、皆を助けることが出来るかもしれない。魔族相手にそれを望むのはあまりに小さな希望かもしれないけど、可能性があるのなら俺は諦めたくない。

 それに、声の主が魔族だと決まったわけじゃないしな。憶測の段階で一つに絞り込むのは愚直すぎるってもんだ。

 ただ、選別を行なっていたということは、塔に入れなかった人間もいると言うことだろう。王国騎士であるベオウルフさんが森を抜けられなかったとは考えにくいが、万が一もある。その場合、あの魔境から見つけ出すのは絶望的であり、至難の業だが……

「と、話が長くなりすぎましたね。まずは前菜と致しまして、こちらの趣向をお楽しみくださいませ!」

「……トオル……構えて」

 とは言えここは敵の中枢、考えるのはここまでにしよう。

(ああ)

 シャーリーの言葉に従い、体の中にある芯を少しばかり強張らせる。何が襲ってきても良いよう、細心の注意を払いながら辺りを見回した。

 すると部屋の隅、光当たらぬ暗がりから一つ二つと足音が聞こえ始め、続いて大きな羽音が複数同時に迫ってくる。そうして現れたのは、ご存知キラーアウルとハウンドウルフの混成団。それも、俺達を囲い込むよう綺麗に円を描いている。数は……十や二十では済みそうにない、少なくとも片種族三十、合わせて六十はくだらないだろう。

 その中に数匹、弓を構えた緑色のゴブリンが意気揚々と混じっている。身長は幼稚園児の子供並と小柄で、手に持つ獲物も同程度とさほど驚異には感じない。が、大多数を相手取るこの状況で長距離の攻撃が混ざるというのは、それだけで厄介と言えだろう。

 順当に強まる敵の攻勢、それはまるでゲームのステージを進めているかのような既視感。そういえば、森で襲撃された時も徐々に数が増えていったっけ……まさかな。

「とりあえず、適当に三等分って感じでいいかな?」

「代わり映えのない相手ではありますが、手を抜くのは失礼と判断し、軽く捻ると参りましょう」

「……トオル」

 いかんいかん、どんな時でも考えに耽るのは俺の悪い癖だ。

(悪い、何時でも行ける)

 既に散開を終え、互いをかばい合うよう三角型の陣を敷く三人の姿を確認し、俺も急いで魔力のスイッチを入れる。

 今は戦いに集中しろ、考えるのはそれからでも遅くない。

 それに、何度も見てきた相手だが、俺達が相対すのはこれが初めて。一糸乱れぬ足音や羽音を聞く限り、統率も取れている。油断は出来ないが……大丈夫、シャーリーが、皆が負けるはずがない!

(よし、いくぞ!)

 自身に活を入れると共に、俺が発した掛け声を合図とし、三人の少女達は思い思いに地面を駆けた。
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