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第三章 恋する駄女神
第130話 彼女の匂い
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「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま~」
「……ご……ち?」
そんなこんなで楽しい食事の時間も終わり、食器に向かって二人が感謝を述べる中、シャーリーだけが戸惑いの色を覗かせていた。
それもそうか、いただきます、ごちそうさまってのはあくまで俺の住んでた国の習慣で、スクルドが対応できてるのがおかしいだけなんだよな。
とにかく、今度はシャーリーに拗ねられても困るし、軽く説明しておくか。
(えっとな、今のは俺達がいた国の習慣の一つで、食事の終わりにする挨拶みたいなもんなんだ。食べる時は、いただきます、な。それで、作った人は、お粗末様って返せば良いと思う)
「……お粗末……さま」
お粗末様と、たどたどしく喋るシャーリーを見ていると、まるで俺達が新婚ほやほやの夫婦みたいな気がしてきて、幸せな気持ちになってしまう。あぁ、この娘と結婚できたら本当に幸せなんだろうなぁ。そう思うと、顔というか気持ちに締まりが無くなって、デレデレとした雰囲気になってしまった。
しかし、そんな幸せも長くは続かない。
「イイネーシャーロットハ、ナンデモカマッテモラエテ、サ」
こうなると、目の前に居る天道さんが欲求不満になるからだ。
こっちを立てればあっちが立たず、あっちを立てればこっちが立たず、仕方がないとは言え、辛いわなぁこの状況。だからって、両方構わないと今度は二人にフラストレーションが貯まるっていう、この八方塞がり感。
だんだんと俺、小心者がハーレム作るとろくなことにならないって見本になりつつあるよな……皆は気をつけるんだぞ。
さてさて、どうするべきか。
「それではトオル様、私は今一度周囲の警戒に行って参ります」
この状況をどう切り抜けようかと考えていると、突然スクルドが休むこと無く立ち上がり、表情一つ変えぬまま再び俺の前から離れようとする。
俺が好きって言うなら、いつでも目の届く範囲に……ではなく、また一人で行くとか気が気じゃねぇんだよ。
(もう一度聞くけど、お前ら、本当に無茶してないよな?)
「むむっ、その台詞、先輩にだけは言われたくないんですけど」
「そちらに関しましては、私もアサミさんと同意見です。この中で、トオル様が一番無茶をしているように思われます」
スクルドの行動が気がかりで心配したつもりだったのだが、何故か俺が怒られてしまい釈然としない。
(お前らだって、多少の無茶はするだろ?)
「そりゃ多少はするけどさ、先輩みたいな無茶は流石にしないよ」
「自身の限界は心得ておりますので」
故に、反論してみせたのだが、俺の言葉はことごとく潰され、全くもってお話にならなかった。
鬼気迫る二人を見るに、おそらく、俺がゴモリー戦で死にかけた事を相当根に持っているのだろう。天道の場合、命を助けた分も入ってそうだけど。
「ですが、いつもの私ではトオル様をお守りする事ができない、そう判断した際は、このスクルド少しばかりの無茶はさせていただく所存です」
俺がやろうとしてるのもスクルドと一緒で、大切な人を守るための無理くりなんだが、それを言うと、少しじゃないよね! とか色々なツッコミが飛んできそうなのでやめることにする。一人見守る王女様からも無言の圧力が注がれてるし……だめだこりゃ。
(わかった、わかったよ。なら、一つだけ約束してくれ。これから先、俺の目の届かない場所に行くときは、必ず、五体満足で俺の前に帰ってこい。これは命令だ)
スクルドのことは、正直まだよくわからない。それでも、こんな台詞を言えるぐらいには、こいつの事を大切に思ってるんだと思う。
「承知いたしました。女神スクルドの名において、その任、必ずや遂行してみせます。この命に変えましても」
それに、命令って言葉を使えば、どんな事をしてでも彼女は約束を守るだろう。ただ、死んだら何の意味もないんだぞ。そこ、わかってるんだろうな。
「それでは、行ってまいります」
そんな彼女に対し、小さな不安と少しの苛立ちを覚えながら、俺はまた小さな女神の背中を黙って見送ることしかできなかった。
「う~ん、お腹もいっぱいになって満足満足」
そんな俺の気持ちも知らず、自由気ままな天道を見ていると更なる苛立ちが湧き上がってくる。こいつもスクルドに負けず劣らず、察しのいい時とのギャップが酷すぎるんだよな。
「この満足感を更に増すためには~、せーんぱい! エッチしよー!」
(なんでやねん)
こんな感じに、突然何を言い出すのかと……こいつが何を考えているのか俺には本当にわからない。
「ダイジョブダイジョブ、結界の中だし、少しは自制できると思うからさ」
そう言いながらも既に目がギラついていて、まったく自制できていないのですがそれは……むしろ、普段より酷いとさえ感じる。
「しょうがないな~、シャーロットが先にやっていいからさ~、エッチなことしよ~よ~」
それに、今朝からこんなだけど、大丈夫かこいつ?
「……しないし……させない」
「む~、ファンタジーで野宿って言ったら、夜這いって相場が決まってるんだぞ~」
しまいにはシャーリーに拒絶され、こんな適当なことまで言い出す始末だし……ってか、今の台詞、全世界のファンタジー作品に謝れ。描かれてないだけで、もしかしたらしてるかもしれないけど、それでも謝れ。
だが、ちょっと待て。よく見るとこいつの顔、やけに赤くないか? もしかして、酔ってる?
(なぁシャーリー、晩飯に酔っ払うようなもの使ったか?)
「……わからない……けど……魔族……酔い?」
(魔族酔い?)
「……護封陣……だから……淫魔……拒絶してる……かも」
言われてみれば、この中で天道だけが魔族で、所謂闇の眷属なんだよな。そして、ここには魔獣除けの結界が張られている。簡易的とは言え、その効果で天道の中の魔力がおかしくなっている可能性は十分にありえるってわけか。
「でもさ、旅の途中で理性のタガが外れやすいのってなんでだろ? 極限状態が続くってのもあるけど、服を変えずに、下手すれば何日も体を洗わない状態が続いて、強烈になった相手の匂いをフェロモンと勘違いすんのかな?」
いつも以上に話もコロコロ変わるし……でも、彼女の赤い頬を見ていると熱にうなされているようにも見えて、内心苦しんでいるのかもなんて考えると、放ってはおけなかった。
しょうがない、少し付き合ってやるか。ちょっとは気が紛れるかもしれないしな。
(それってあれか? 好きな人の匂いだから臭いとか感じないで、気持ちいいとか愛おしく思えるってことか?)
「まあそういう感じなのかなーって。こんな便利なアイテム全部の世界にあるとも思えないしさ」
そう言うと、天道は上着の内ポケットから端末を取り出し、本物の酔っぱらいのように一心不乱にいじくり回す。上着を開いた弊害なのか何故かシャツのボタンまで外れており、その隙間からは神秘の谷間と、それを隠すピンクの下着が顔を覗かせていた。あぁ、普段もやっぱり淫乱ピンク……ではなく!
(そ、それよりも俺は、疲れが溜まることで生存本能が高まって、子孫を残す欲望が高まる説を押したいんだが)
「……先輩。なんかえっちぃ」
(お前にだけは言われたくねぇよ!)
その色っぽい姿に動揺しまいと冷静に言葉を続けるが、何故か突然、汚物を見るような軽蔑の眼差しを天道に向けられてしまう。
しかし、俺から言わせてもらえば、まさしくこの一言に尽きるわけで……普段のお前の存在そのものが、ずばりエロ魔神なんだよ!
(それに、子供を残したいって欲求は、生物のまっとうな感覚だろ? それをただの欲望と一緒くたにして、まとめて淘汰するのは動物達に失礼じゃないのか?)
「そう考えると、男の子ってやっぱり獣だよね。狼だよね。そうやって理由をつけて、いつでもどこでも女の子の体狙ってるんでしょ。エロ同人みたいに」
(いやいや天道さん、なんで突然悪者扱いなんですかね。全面的に俺が悪になってる意味がわからないんですが!)
「だって、そう考えたら急に怖くなってきたんだもん。一応入れられる側だし私」
(……あのなぁ)
ついさっきまで自分の方から、エッチしよー! みたいなテンションだったのに、いきなりしおらしくならないでくれ、反則だろうが。酔っているからなのか、言葉の選び方にも容赦がないし。直接的な表現を使われないだけ、まだマシなんだろうけど。
「それにほら、昨日の夜の先輩、凄く積極的でワイルドだったし、私が考えてる以上に先輩も男の子なんだなぁって思って」
ワイルドって……俺の脳内には好き放題責められてた記憶しか残ってないんですが。なんで捏造されてるんですかね。
「べ、別にそれが嫌なわけじゃないよ! 私から好きって言ってるからにはそういうのも覚悟してるし、無知じゃ無いつもりだけど。でも、もうちょっとだけ認識を改めないといけないのかな~、なんて」
それに、どちらかというと君の場合、加えに行く側だと思うんだが……まぁ、本当にされても困るから口に出したりはしないけどよ。
酔いのせいなのか、普段以上に情緒不安定な天道に手を焼く中、更にもう一つ、新たな問題が俺の前に立ちふさがる。
「……服……このままで」
(!?)
ここに来てシャーリーが、天道の話に乗せられてしまったのだ。
(ちょ、待った! やめなさい! 駄目です! お兄さんは許しませんよ!)
「……だって……そしたら……トオル……獣になって……既成事実……勝ち組」
(あのなぁ……)
この世界の文明レベルを考えると、服一枚で基本着替えないというのは間違っていない。服の値段も高く、それなりの金持ちでないとホイホイ買えないというのが実情だ。だが、きれい好きな彼女には是非、文化的な生活を送って頂きたい……それよりも、既成事実だとか勝ち組なんて言葉、どっちだ? どっちが彼女に教えたんだ!
「……淫乱……歓迎って……トオル言った」
(お、おま、そうは言ったけど、それとこれとは別の話で)
「……私は……いつでも……受け入れる……準備……できてる……トオルを」
やばい……やばいぞ。このままだとシャーリーまで、トオル……エッチ……しよ。なんて言いながらいつでもどこでも責めてくんぞおい……それだけは、それだけは勘弁してもらいたい。
「なっ!? この朝美ちゃんが負けている……だと……せ、先輩! やっぱりさっきの取り消し! もうウェルカムだから!」
(……二人共、もう好きにしてくれ)
それに、二人の愛が相乗効果によって、どんどん重苦しいものへと変わってきている。それだけ、俺の事を真剣に想ってくれているのだろうし、悪い事とは思わないけど、強引すぎるのはやっぱり苦手というか、理性がもたん。
エロいことに興味津々で、彼女達の一挙手一投足に興奮するような男じゃ説得力が無いかもしれないけど、そういう行為は神聖なものだと思うんだ。
昨日天道にも言ったけど、リスクだってあるし、本音を言えばその……キスするのだって戸惑うぐらいロマンチックな恋がしたいんだよ俺は……悪かったな似合わなくて!!
とにかくなにか手を打たないと、これから先シャーリーの汗の匂いで俺の方がおかしくなっちまう。
(……ん? まてよ?)
そこまで考えた所でふと思い出した事があった。今までの旅の中、俺達がどんな生活を送っていたのかと言うことである。
(だけどさ、一ヶ月着替えなかったシャーリーの服の匂いで、俺、興奮した覚えが無いんだけど)
そんな俺の一言に彼女の動きがピタリと止まる。そう、俺達はこの一ヶ月、新しい服を買う余裕など無かったのだ。もちろん、長期間滞在した町もなかったため、服を洗った覚えもない。
水浴びや風呂には入っていたため体の清潔は保たれていたが、当然服には汗の匂いがたまり……最初はちょっと気になっていたのだが、これがシャーリーの匂いなのだと思い始めた途端、ぶっちゃけよう、次の日には慣れてしまっていたのだ。
思い込みの力なのか、それとも既に慣れ始めていただけだったのかはわからないが、意外となんとかなるものだなと思ったのをよく覚えている。
「……そ……そう言われると」
冷静すぎる俺の態度に不安を覚えたのか、突然体の匂いを嗅ぎ始めるシャーリー。むしろその、自分の匂いを嗅ぐ君の姿に興奮しそうなんですが。困ったように焦る表情もまた美し……いかん、二人の影響か理性のリミッターが外れかけている。
「……魅力……無い? ……私の……匂い?」
(……)
そんな状態でのこの質問。もちろん俺の答えは……そんな事無い! シャーリーの甘酸っぱい匂い、俺は大好きだ! ……なんて台詞、脳がとろけかかっていても、流石に叫ぶ勇気はなかった。毅然とした態度でこんな事を言えるやつは、ぶっちゃけただの変態でしかない。
確かに俺は変態だけど、ここであえて変態性をアピールする必要性は無いと言うかなんと言うか……少なくとも、二人っきり以外の空間で言おうとは思えん。
しかし、どうしたものか。なんて言葉をかけたら、彼女は傷つかずに納得してくれるだろう。
「ふにゅ~、先輩ごめん、ちょっと眠いや」
その時、一筋の光明が俺の目の前に降り注いだ。まさか、戦闘以外でこいつを女神様と思う日が来ようとは。仕方がない、ここは一度天道に合わせこの場をやり過ごそう。少し時間を置けば、シャーリーも冷静になってくれるかもしれない。
(おう、そうか。それなら先寝てていいぞ。今日はいっぱい頑張ってくれたもんな)
「うん。シャーロットもごめん、先にお休みさてもらうね」
「……おやすみ」
目一杯優しい気持ちで褒めてやると、恍惚とした笑顔と共にとろけた声を出しながら、天道はテントの中へと入っていく。そんな彼女とは違い、シャーリーの声はまだ硬く……ダメだ。この空気、やっぱり俺には耐えられない。
(なぁ、シャーリー?)
「……トオル……来て」
きちんと話し合うべきだ。そう思った次の瞬間、俺の体は上下に半回転、切っ先を地面に叩きつけられたまま、無慈悲にも柔らかな土の上を、彼女の手によって引きずられて行くのだった。
「ごちそうさま~」
「……ご……ち?」
そんなこんなで楽しい食事の時間も終わり、食器に向かって二人が感謝を述べる中、シャーリーだけが戸惑いの色を覗かせていた。
それもそうか、いただきます、ごちそうさまってのはあくまで俺の住んでた国の習慣で、スクルドが対応できてるのがおかしいだけなんだよな。
とにかく、今度はシャーリーに拗ねられても困るし、軽く説明しておくか。
(えっとな、今のは俺達がいた国の習慣の一つで、食事の終わりにする挨拶みたいなもんなんだ。食べる時は、いただきます、な。それで、作った人は、お粗末様って返せば良いと思う)
「……お粗末……さま」
お粗末様と、たどたどしく喋るシャーリーを見ていると、まるで俺達が新婚ほやほやの夫婦みたいな気がしてきて、幸せな気持ちになってしまう。あぁ、この娘と結婚できたら本当に幸せなんだろうなぁ。そう思うと、顔というか気持ちに締まりが無くなって、デレデレとした雰囲気になってしまった。
しかし、そんな幸せも長くは続かない。
「イイネーシャーロットハ、ナンデモカマッテモラエテ、サ」
こうなると、目の前に居る天道さんが欲求不満になるからだ。
こっちを立てればあっちが立たず、あっちを立てればこっちが立たず、仕方がないとは言え、辛いわなぁこの状況。だからって、両方構わないと今度は二人にフラストレーションが貯まるっていう、この八方塞がり感。
だんだんと俺、小心者がハーレム作るとろくなことにならないって見本になりつつあるよな……皆は気をつけるんだぞ。
さてさて、どうするべきか。
「それではトオル様、私は今一度周囲の警戒に行って参ります」
この状況をどう切り抜けようかと考えていると、突然スクルドが休むこと無く立ち上がり、表情一つ変えぬまま再び俺の前から離れようとする。
俺が好きって言うなら、いつでも目の届く範囲に……ではなく、また一人で行くとか気が気じゃねぇんだよ。
(もう一度聞くけど、お前ら、本当に無茶してないよな?)
「むむっ、その台詞、先輩にだけは言われたくないんですけど」
「そちらに関しましては、私もアサミさんと同意見です。この中で、トオル様が一番無茶をしているように思われます」
スクルドの行動が気がかりで心配したつもりだったのだが、何故か俺が怒られてしまい釈然としない。
(お前らだって、多少の無茶はするだろ?)
「そりゃ多少はするけどさ、先輩みたいな無茶は流石にしないよ」
「自身の限界は心得ておりますので」
故に、反論してみせたのだが、俺の言葉はことごとく潰され、全くもってお話にならなかった。
鬼気迫る二人を見るに、おそらく、俺がゴモリー戦で死にかけた事を相当根に持っているのだろう。天道の場合、命を助けた分も入ってそうだけど。
「ですが、いつもの私ではトオル様をお守りする事ができない、そう判断した際は、このスクルド少しばかりの無茶はさせていただく所存です」
俺がやろうとしてるのもスクルドと一緒で、大切な人を守るための無理くりなんだが、それを言うと、少しじゃないよね! とか色々なツッコミが飛んできそうなのでやめることにする。一人見守る王女様からも無言の圧力が注がれてるし……だめだこりゃ。
(わかった、わかったよ。なら、一つだけ約束してくれ。これから先、俺の目の届かない場所に行くときは、必ず、五体満足で俺の前に帰ってこい。これは命令だ)
スクルドのことは、正直まだよくわからない。それでも、こんな台詞を言えるぐらいには、こいつの事を大切に思ってるんだと思う。
「承知いたしました。女神スクルドの名において、その任、必ずや遂行してみせます。この命に変えましても」
それに、命令って言葉を使えば、どんな事をしてでも彼女は約束を守るだろう。ただ、死んだら何の意味もないんだぞ。そこ、わかってるんだろうな。
「それでは、行ってまいります」
そんな彼女に対し、小さな不安と少しの苛立ちを覚えながら、俺はまた小さな女神の背中を黙って見送ることしかできなかった。
「う~ん、お腹もいっぱいになって満足満足」
そんな俺の気持ちも知らず、自由気ままな天道を見ていると更なる苛立ちが湧き上がってくる。こいつもスクルドに負けず劣らず、察しのいい時とのギャップが酷すぎるんだよな。
「この満足感を更に増すためには~、せーんぱい! エッチしよー!」
(なんでやねん)
こんな感じに、突然何を言い出すのかと……こいつが何を考えているのか俺には本当にわからない。
「ダイジョブダイジョブ、結界の中だし、少しは自制できると思うからさ」
そう言いながらも既に目がギラついていて、まったく自制できていないのですがそれは……むしろ、普段より酷いとさえ感じる。
「しょうがないな~、シャーロットが先にやっていいからさ~、エッチなことしよ~よ~」
それに、今朝からこんなだけど、大丈夫かこいつ?
「……しないし……させない」
「む~、ファンタジーで野宿って言ったら、夜這いって相場が決まってるんだぞ~」
しまいにはシャーリーに拒絶され、こんな適当なことまで言い出す始末だし……ってか、今の台詞、全世界のファンタジー作品に謝れ。描かれてないだけで、もしかしたらしてるかもしれないけど、それでも謝れ。
だが、ちょっと待て。よく見るとこいつの顔、やけに赤くないか? もしかして、酔ってる?
(なぁシャーリー、晩飯に酔っ払うようなもの使ったか?)
「……わからない……けど……魔族……酔い?」
(魔族酔い?)
「……護封陣……だから……淫魔……拒絶してる……かも」
言われてみれば、この中で天道だけが魔族で、所謂闇の眷属なんだよな。そして、ここには魔獣除けの結界が張られている。簡易的とは言え、その効果で天道の中の魔力がおかしくなっている可能性は十分にありえるってわけか。
「でもさ、旅の途中で理性のタガが外れやすいのってなんでだろ? 極限状態が続くってのもあるけど、服を変えずに、下手すれば何日も体を洗わない状態が続いて、強烈になった相手の匂いをフェロモンと勘違いすんのかな?」
いつも以上に話もコロコロ変わるし……でも、彼女の赤い頬を見ていると熱にうなされているようにも見えて、内心苦しんでいるのかもなんて考えると、放ってはおけなかった。
しょうがない、少し付き合ってやるか。ちょっとは気が紛れるかもしれないしな。
(それってあれか? 好きな人の匂いだから臭いとか感じないで、気持ちいいとか愛おしく思えるってことか?)
「まあそういう感じなのかなーって。こんな便利なアイテム全部の世界にあるとも思えないしさ」
そう言うと、天道は上着の内ポケットから端末を取り出し、本物の酔っぱらいのように一心不乱にいじくり回す。上着を開いた弊害なのか何故かシャツのボタンまで外れており、その隙間からは神秘の谷間と、それを隠すピンクの下着が顔を覗かせていた。あぁ、普段もやっぱり淫乱ピンク……ではなく!
(そ、それよりも俺は、疲れが溜まることで生存本能が高まって、子孫を残す欲望が高まる説を押したいんだが)
「……先輩。なんかえっちぃ」
(お前にだけは言われたくねぇよ!)
その色っぽい姿に動揺しまいと冷静に言葉を続けるが、何故か突然、汚物を見るような軽蔑の眼差しを天道に向けられてしまう。
しかし、俺から言わせてもらえば、まさしくこの一言に尽きるわけで……普段のお前の存在そのものが、ずばりエロ魔神なんだよ!
(それに、子供を残したいって欲求は、生物のまっとうな感覚だろ? それをただの欲望と一緒くたにして、まとめて淘汰するのは動物達に失礼じゃないのか?)
「そう考えると、男の子ってやっぱり獣だよね。狼だよね。そうやって理由をつけて、いつでもどこでも女の子の体狙ってるんでしょ。エロ同人みたいに」
(いやいや天道さん、なんで突然悪者扱いなんですかね。全面的に俺が悪になってる意味がわからないんですが!)
「だって、そう考えたら急に怖くなってきたんだもん。一応入れられる側だし私」
(……あのなぁ)
ついさっきまで自分の方から、エッチしよー! みたいなテンションだったのに、いきなりしおらしくならないでくれ、反則だろうが。酔っているからなのか、言葉の選び方にも容赦がないし。直接的な表現を使われないだけ、まだマシなんだろうけど。
「それにほら、昨日の夜の先輩、凄く積極的でワイルドだったし、私が考えてる以上に先輩も男の子なんだなぁって思って」
ワイルドって……俺の脳内には好き放題責められてた記憶しか残ってないんですが。なんで捏造されてるんですかね。
「べ、別にそれが嫌なわけじゃないよ! 私から好きって言ってるからにはそういうのも覚悟してるし、無知じゃ無いつもりだけど。でも、もうちょっとだけ認識を改めないといけないのかな~、なんて」
それに、どちらかというと君の場合、加えに行く側だと思うんだが……まぁ、本当にされても困るから口に出したりはしないけどよ。
酔いのせいなのか、普段以上に情緒不安定な天道に手を焼く中、更にもう一つ、新たな問題が俺の前に立ちふさがる。
「……服……このままで」
(!?)
ここに来てシャーリーが、天道の話に乗せられてしまったのだ。
(ちょ、待った! やめなさい! 駄目です! お兄さんは許しませんよ!)
「……だって……そしたら……トオル……獣になって……既成事実……勝ち組」
(あのなぁ……)
この世界の文明レベルを考えると、服一枚で基本着替えないというのは間違っていない。服の値段も高く、それなりの金持ちでないとホイホイ買えないというのが実情だ。だが、きれい好きな彼女には是非、文化的な生活を送って頂きたい……それよりも、既成事実だとか勝ち組なんて言葉、どっちだ? どっちが彼女に教えたんだ!
「……淫乱……歓迎って……トオル言った」
(お、おま、そうは言ったけど、それとこれとは別の話で)
「……私は……いつでも……受け入れる……準備……できてる……トオルを」
やばい……やばいぞ。このままだとシャーリーまで、トオル……エッチ……しよ。なんて言いながらいつでもどこでも責めてくんぞおい……それだけは、それだけは勘弁してもらいたい。
「なっ!? この朝美ちゃんが負けている……だと……せ、先輩! やっぱりさっきの取り消し! もうウェルカムだから!」
(……二人共、もう好きにしてくれ)
それに、二人の愛が相乗効果によって、どんどん重苦しいものへと変わってきている。それだけ、俺の事を真剣に想ってくれているのだろうし、悪い事とは思わないけど、強引すぎるのはやっぱり苦手というか、理性がもたん。
エロいことに興味津々で、彼女達の一挙手一投足に興奮するような男じゃ説得力が無いかもしれないけど、そういう行為は神聖なものだと思うんだ。
昨日天道にも言ったけど、リスクだってあるし、本音を言えばその……キスするのだって戸惑うぐらいロマンチックな恋がしたいんだよ俺は……悪かったな似合わなくて!!
とにかくなにか手を打たないと、これから先シャーリーの汗の匂いで俺の方がおかしくなっちまう。
(……ん? まてよ?)
そこまで考えた所でふと思い出した事があった。今までの旅の中、俺達がどんな生活を送っていたのかと言うことである。
(だけどさ、一ヶ月着替えなかったシャーリーの服の匂いで、俺、興奮した覚えが無いんだけど)
そんな俺の一言に彼女の動きがピタリと止まる。そう、俺達はこの一ヶ月、新しい服を買う余裕など無かったのだ。もちろん、長期間滞在した町もなかったため、服を洗った覚えもない。
水浴びや風呂には入っていたため体の清潔は保たれていたが、当然服には汗の匂いがたまり……最初はちょっと気になっていたのだが、これがシャーリーの匂いなのだと思い始めた途端、ぶっちゃけよう、次の日には慣れてしまっていたのだ。
思い込みの力なのか、それとも既に慣れ始めていただけだったのかはわからないが、意外となんとかなるものだなと思ったのをよく覚えている。
「……そ……そう言われると」
冷静すぎる俺の態度に不安を覚えたのか、突然体の匂いを嗅ぎ始めるシャーリー。むしろその、自分の匂いを嗅ぐ君の姿に興奮しそうなんですが。困ったように焦る表情もまた美し……いかん、二人の影響か理性のリミッターが外れかけている。
「……魅力……無い? ……私の……匂い?」
(……)
そんな状態でのこの質問。もちろん俺の答えは……そんな事無い! シャーリーの甘酸っぱい匂い、俺は大好きだ! ……なんて台詞、脳がとろけかかっていても、流石に叫ぶ勇気はなかった。毅然とした態度でこんな事を言えるやつは、ぶっちゃけただの変態でしかない。
確かに俺は変態だけど、ここであえて変態性をアピールする必要性は無いと言うかなんと言うか……少なくとも、二人っきり以外の空間で言おうとは思えん。
しかし、どうしたものか。なんて言葉をかけたら、彼女は傷つかずに納得してくれるだろう。
「ふにゅ~、先輩ごめん、ちょっと眠いや」
その時、一筋の光明が俺の目の前に降り注いだ。まさか、戦闘以外でこいつを女神様と思う日が来ようとは。仕方がない、ここは一度天道に合わせこの場をやり過ごそう。少し時間を置けば、シャーリーも冷静になってくれるかもしれない。
(おう、そうか。それなら先寝てていいぞ。今日はいっぱい頑張ってくれたもんな)
「うん。シャーロットもごめん、先にお休みさてもらうね」
「……おやすみ」
目一杯優しい気持ちで褒めてやると、恍惚とした笑顔と共にとろけた声を出しながら、天道はテントの中へと入っていく。そんな彼女とは違い、シャーリーの声はまだ硬く……ダメだ。この空気、やっぱり俺には耐えられない。
(なぁ、シャーリー?)
「……トオル……来て」
きちんと話し合うべきだ。そう思った次の瞬間、俺の体は上下に半回転、切っ先を地面に叩きつけられたまま、無慈悲にも柔らかな土の上を、彼女の手によって引きずられて行くのだった。
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