俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第三章 恋する駄女神

第128話 淫魔と剣と俺の願い

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「それでは、僭越ながらこのスクルド、説明させていただきます。我々は、あの塔へ向かって森を歩み、着実に目的地へと近づいてまいりました。ですが、これだけの時間を掛けて尚、到達の目処はたちません。それが、結界によるものと気づきましたが、この結界の意図がおかしい。ここに張られている結界は、本来外敵を近づけさせないためのものですが、ゆっくりながらも我々は近づいてしまっている。到達させないことを目的とするなら、近づけてしまうこと自体が不具合であり不自然なのです」

 言われてみれば確かにそうだ、こんな中途半端な結界あえて敷く意味がわからない。

「それからもう一つ、これまで襲ってきた魔物の群れなのですが、彼らからは我々に対する殺意のようなものが感じられず、まるで、誰かの命令によって手出しをするよう仕向けられているのではと感じました。この焦らされるような違和感から導き出される答えは、ゆっくりと時間を掛け、我々の力量を計っているのではないかと私は推察します」

 なるほど、そういう考え方もあるか。それなら――

「えっと、それって要するに、私達が塔に招き入れるのに足る人物かテストしてる、って認識でいいのかな?」

「はい。目的までは私にもわかりかねますが」

「なるほどね。まぁ、お約束としては闘争を求めてるって感じかな。ほら、少年漫画とかだと武闘大会風の催しを好き好む敵って結構いるし……あっ! でもでもでも、私達って美少女の集まりだから、青年誌みたいにこの魅惑のボディを狙われているという可能性も!? そんでもって、負けたら全身ひん剥かれて蝋人形にされちゃったりして……そ、それはダメー! 私の体は先輩のためのものなんだからー!!」

 丁寧に説明を始めたスクルドに対し、珍しく天道が真面目に絡むのを見て、今回は説明とか応答の手間が省けるな~、なんて思っていたけど、そこはやっぱり天道で、まともに会話が終わる訳がなかった。

 頭の中に描き出した何の根拠もない妄想を、必死になって拒絶する彼女を見ていると、こいつ、俺より妄想力高いんじゃないか? と思ってしまう。

 それと、いちいち私の体は先輩のものなんだからって言わなくていい。そう言われると意識せざるを得なくなるし、嫌でも興奮する。

 しかし、天道の妄想が正しいと考えると、色々と腑に落ちない部分が出てくる。

(天道さんや、盛り上がってる所悪いんだけど、そういう目的だとしたら、塔に向かった男やおっさん達が帰ってこない理由がわからないんだが?)

「何いってんの先輩! そういう人はね、美しいものなら何でもいいんだよ! 優麗な女体はもちろんのこと、雄々しい筋肉だって大好物なんだから!! それに、あの塔の主が男とは限らないじゃんか! むしろ、男もいける両刀かもしんないし!」

 なるほど、その可能性が……ネーヨ。あるわけ無いだろが!  もしそんな奴が相手だったら、シャーリーとだけは絶対に戦わせたく無いわ!

 今までその片鱗を見せたことはなかったけど、やっぱりこいつも腐女子なんだなぁって、興奮する横顔を眺めながらそう思った。BLの嫌いな女の子はいないって聞くし、それは別に構わないんだけど、両目をギンギンに血走らせるのだけはやめてくれませんかね、若干怖いんで。

 後、美しき名だたる最強を像にしたいとか、いったいどこのミスターRさんなんですかあの塔の主は。

(ってことは、今日中の到着は不可能ってわけか)

「いえ。種が割れてしまった以上、強引な突破も可能とは思われます」

 何にせよ、これが相手の思惑ならばここで立ち止まるのも一考と思ったのだが、どうやらスクルドには秘策があるらしい。

「ですが、これから向かうとなると到着はおそらく深夜、最も魔族が活発でいられる時刻となります。仮にですが、塔の主が結界を見破られることを計算に含んでいた場合、我々は奴の手のひらの上で踊らされた愚者、飛んで火に入る夏の虫という事になります。私としましては、自ら蜘蛛の糸へと飛び込むような行為は賛成しかねます」

 しかし、それにもリスクはあるって訳で……流石女神、こういう時は本当に頼りになる。

「そういうことなら、私もスクルドに賛成かな」

 それに、いくら女神とは言え、こちらの世界の住人であるスクルドが、飛んで火に入る夏の虫なんて言葉を使いこなしていることに感心を覚えた。そして、なんだかんだ真面目な姿勢を見せる天道が、何故かだんだん可愛く見えてきて、ちょっかいをかけてみたい衝動に駆られてしまう。

(ほぉ、お前にしてはやけに慎重な意見だな。正直な所、そんな事気にしないでこのままギューンと突き進んでドカーンと終わらせちゃお! なんて言い出すと思ったんだが?)

「え~、私そんな勢いだけの女の子じゃないよ! それに、先輩以外の人に剥製にされるとか嫌だかんね!」

 そんな俺のお遊びに不満を持った天道は、少しだけ頬を膨らませると、ムスッとした表情で俺を睨みつけてくる。ってか、さっきの剥製ネタまだ引っ張るのな。後! 俺にならされてもいいのなお前!!

(そうだな、どっちかって言うと俺に対してだけ脳筋だもんなお前)

 とは言え、女の子を剥製にして鑑賞するような趣味、俺だって流石に持ってるわけがない。

「そ、それはしょうがないじゃんか。女の子だったら好きな人のために積極的になるの普通だもん」

 その注意も兼ねて、軽い気持ちで仕返しをしたつもりだったのだが、シャーリーと違って、こいつの困った顔を見ていると楽しいと思えてしまう。

 と言うか、さっきからの俺の行動、好きな子にちょっかいかける男子小学生みたいじゃねぇか! これはあれか? 天道と一緒で、俺の中の中二病が漫画のような口喧嘩を望んでいるのか? それとも、心の奥じゃ天道ともイチャイチャしたいなんて思ってる?

 いや、違う、あれだ! 普段困らされてるから仕返しするのは当たり前って考えてるんだきっと! ……それだったら、めちゃくちゃ性格悪いじゃねえか俺。

「それに、夜戦いたく無い理由はちゃんとあるんだよ?」

(理由ねぇ。何だ、夜になるとエロい気持ちが爆発して、戦いに集中できないってか?)

 そう思いつつも、彼女に対する口調の中に意地悪な含みを持たせてしまう俺は、本当に性格が悪いのかもしれない。

「うっ、何でわかっちゃうかな……ほら、私これでも魔族じゃんか、夜中になると本能みたいのが疼いて集中できる自信が無くてさ。それに、もし戦いの途中で火照ったりしたら、そのまま完全に魔族堕ちして先輩の事食べたくなっちゃいそうなんだもん」

 だが、こいつと話していると、それが当然とも思えてしまう。淫魔の前で下手に出るとか、精力を吸い尽くして下さいと言っているようなものだからな。たぶん、人間としての本能が危険を告げているのだろう。

「私は構わないんだよ、むしろやりたいぐらいだし。でも、無理やり襲われても先輩嬉しくないだろうから……あっ! 食べるとか襲うってのは、もちろん性的な意味でだかんね!」

 だから、彼女を屈服させようとするのは、俺にとって正しい行為なのだ……たぶん。それと、そんなことをいちいち説明しなくてよろしい! 恥じらってるのか積極的なのかわからないから!

 だが、天道にそのリスクがあることを考えれば、夜遅くまで行動するのはまずいってことか。

(なら、今日はこの辺で野宿だな。二人共、特に天道は問題ないか?)

 そういう事に彼女がなれてるとは思えないので、一応心配はしてみたのだが……

「う、うん! それなら大丈夫! 屋外プレイの準備ならバッチリだよ!」

 俺の想像通り、彼女の口からは予想の斜め上を行く豪快な返事が返ってきた。どうやら、こいつにものを尋ねた俺がバカだったらしい。

 自分でも酷い言い様だとは思うが、場の空気を読まず、何でもエロに当てはめるような奴には、この程度の扱いでちょうどいいのだ。

 ……はぁ、ほんとつらい。

 とりあえず、笑顔で親指を立てる色欲狂の存在は放っておくとして、キャンプの準備を始めよう。スクルドから貰った便利な端末、その中にある手持ちだけで数日はなんとかなると思うが、できれば水源の確保がしたい。他には、糖分が取れるよう甘味のある果実類と、魔獣除けの簡易結界を張って……

(なんて、偉そうに想像した所で、俺に出来ることなんてな~んも無いんだよな)

 人間は考えるあしである。昔の偉い人はそんな事を言ったらしいけど、考える事しか出来ない葦の気持ちなんて考えた事もなかったんだろうな。

 ここに男が一人居て周りには女の子が三人、しかも二人は見た目幼女でそんな娘達が頑張ってるのに、男は口だけで何も出来ないと来たもんだ。

 何だかんだと文句をつけて、スクルドや天道に偉ぶって見せても、肝心な所でこれじゃ情けないことこの上ない。こんなんじゃ、エロトークばかりの淫魔の方がよっぽど役に立つ。

 せめて、この体に腕と足だけでも生えてくれればな……想像したら予想以上に気持ち悪くて、すぐに考えるのをやめた。

「……その……居てくれるだけで……元気……でるから」

「そうそう、先輩は司令官のつもりでドンと構えててよ」

「そうです! トオル様は木偶の棒なのですから、活躍の機会は多種多様です!」

 無意識に漏れ出た気持ちに、少女たちの励ましが深く染み込んでくる。約一名を除いて。

 たぶん、超有名アクションアドベンチャーの武器とかけてるんだろうが、どう聞いても侮蔑の言葉なんだよなぁ。それに、何だかんだお前は俺のことを武器扱いしてるんかい! と言いたくなる。まぁ、良いけど。

(それじゃあどうする? 一番疲れてない俺達が、水源、探してこようか?)

「いえ、ここは私が行こうと思います。効果が弱いとは言え一応は結界内です、知覚に優れた私が出向くのが適任かと」

 スクルドに対し色々とツッコミたい旨はあったが、ここは冷静な判断で行こう。

 そうだな、シャーリーの特性を考えると結界内を二人で行くのは危険か……すまん間違えた、一人と一本だな。皆して俺の事男扱いしてくれるおかげで、未だに自分を人間扱いしてしまう。個人的には嬉しい事なんだけど、結局俺は人間じゃなくてただの道具でしか無いからな。

「……男の子……弱音……吐かない」

 そんな俺を慰めようと、柄に擦り寄せてくる柔らかな頬と、彼女の言葉に胸が熱くなる。それがとても嬉しいと感じて、だから迷ってしまう、今の自分がいったい何物なのかと言うことに。

 剣なのか人なのか、それとも……

「それじゃあ私はテントでも作るか~」

「……私は……結界……敷く」

 刀身へと走った衝撃に驚き、目の前へと視線を上げると、片膝を付いた体勢のシャーリーが小さな魔法陣を描いていた。無駄に哲学的思考を展開している間に、少女達は各々準備を始めてしまったらしい。そして俺は、陣を敷くための触媒として地面へと突き刺されたのだろう。

 今日の俺はなんかダメだ、心が乱れすぎている。それこそ、今年の夏休みの終わりに魔法少女シャイニーマリーのウェブ限定版フィギュアを買い逃した時以来のダメダメさんだ。

 あの時はほんとーにショックで、一週間ぐらい抜け殻になったからな。夏休み中にやった受験勉強が頭から全部抜け落ちたのも、今ならいい思い出で異世界さまさまである。

 なんだかもう考えることを止めて、無様に朽ち果ててしまいたい……ええい、しっかりしろ明石徹! 二次元の壁を越えたら何がしたかったのかを思い出せ。お前が成し遂げたかったのは、か弱き美少女達を幸せにすることだろう。だったらもっとシャキッとしろシャキッと! 俺が不甲斐ないのも、女の子たちが眩しいのも当たり前の事なんだから、少しでも近づけるよう頑張れってんだ!

「それではトオル様、私は近くに水源がないか調べてまいります」

(あ、ああ、スクルド。気をつけて行ってこいよ)

 そんな事を考えていたせいか、遠ざかっていく女神の背中がとても小さくか細く見えて、俺は彼女に優しく声をかけていた。振り向いた幼女の瞳は何故か驚きに見開かれていて戸惑いを感じてしまったけど、上気する頬を見て俺はたまらず安堵する。

「……は、はい! 私のような卑しい女神に対するご配慮、誠に痛み入りましゅっ! ううっ、かみまち! ……はう」

 しかし、俺に心配されるなどと考えもしなかったのか、焦った拍子にスクルドは、もつれさせたその舌を盛大に噛んでしまっていた。舌っ足らずな幼女がびっくりして二度噛みするシチュエーションとか、テンプレ過ぎて逆に可愛い。

(ほら、お前そういうとこあるんだから、気抜くんじゃないぞ。危なくなったら遠慮なく大声上げろ。すぐ駆けつけるから)

 目の前で涙ぐむ幼女はれっきとした女神のはずなのに、ドジで間抜けなお調子者でつい世話を焼きたくなる。今のだって、実際走るのはシャーリーであり、何もしない俺が心配するのはお門違いかなと思いつつも、言わずにはいられなかった。

「はい! それでは、行って参ります!」

 そんな俺の励ましに瞳を細めたスクルドは、元気いっぱい幸せそうな笑顔を浮かべ森の奥へと消えていった。
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