俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第三章 恋する駄女神

第119話 揺れる心

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(お前さ、こんな話しながら、なんでそんなに平然としてられるわけ?)

 だから俺は聞いてしまう。バカ正直で無謀な行為かもしれないけれど、彼女の本音を知らないまま不安と妄想に押しつぶされるよりはマシだ、なんて思ってしまったから。

「なんでって、そりゃ先輩と一緒にいられるからだよ?」

 そんな俺とは対象的に、あっけらかんとした態度で答える天道。そんな彼女を目の当たりにして更に俺は困惑し、口を半開きにしたまま思わず唖然としてしまう。正直わけがわからない。

 とは言え、下手なことを口にして彼女の心を傷つけたくない。そんな思いが頭をよぎると同時に言葉を根こそぎ奪っていく。

 訪れる一瞬の静寂、それに何かを感じ取ったのか彼女は天井を見上げると、諭すような声で言葉を紡ぎ始めた。

「ふむ、そうだなぁ。昔の事、気にしてないって言えば嘘になるけど、今の私には守ってくれる人が居る。その人が私を見ていてくれれば何があっても負ける気がしない、そんな自信が湧いてくるの。それに、暗い顔して暗い話すると余計に暗くなるじゃん」

 彼女が笑顔で語る私を守ってくれる人。自惚れでなければ、間違いなく俺のことを指しているのだろうけど……

(……なぁ、俺なんかで本当に良いのかよ?)

 彼女が向ける期待の重さ、そいつに耐えきれなかった俺の口からは、自然とそんな言葉が漏れ出していた。

 不味いことを口にしてしまった。普段の俺ならそう焦るけど、今はそんなこと一切思わない。ただ、またそんな卑屈なことをと、彼女になじられる覚悟だけはして言葉を待った。

 そんな俺に対して彼女は、予想外の反応を返してくれる。

「え!? それはプロポーズの言葉と受け取って良いのかな!!」

 なんと彼女は、情けない俺の台詞を愛の告白と捉えたらしい。いったい何をどう勘違いしたらそんな認識ができるのか……こいつの感性には驚かされてばかりだ。

 なんて、呆れてる場合じゃない! ここで否定しないと強制的に浮気扱いじゃないか!

(ば! ばか!! ちげぇよ)

「なんだ違うの~」

 シャーリーとの婚約解消の危機に慌てる俺に対し、天道は不満そうなふくれっ面を見せる。その対応と、バカと言われて動揺しない辺り俺と違って余裕が有り余っているのだろう。

 こんなにも俺はあいつの事を心配しているのに、普段と何も変わらない冷静な彼女を見ているとなんだか不公平な気がしてきて、心配しているのがばからしく思えてくる。

(当たり前だろ。ってか、今の流れのどこに俺がプロポーズする要素があるんだよ)

「う~ん……先輩だから?」

 わからねぇ、こいつの考えてることが全くわからねぇ。ここまでぶっ飛んでる思考の女子、ギャルゲーでだってそうお目にはかかれないぞ……

「ほら、先輩って不器用だし、こういう事素直に言えないかな~って。でもでも、私ならプロポーズなんか無くても全然大丈夫だよ。ずーっと一緒にいたら、知らず知らずに離れられなくなっちゃった熟年夫婦みたいなの、結構憧れあるし。先輩って自然と気を使っちゃうタイプじゃない。だから、そういうのもありかな~って」

 呆れる俺を置き去りにして想像上で照れたり笑ったり、幸せそうに喜びを振りまく所大変悪いのだが、おまえが思うほど俺は出来た人間じゃない。何も与えてやれないし、頼りにもならない。だから、こんな俺に縛られてほしくないし、もっと幸せになって欲しい。

(……今のお前ならさ、誰と一緒に居ても大丈夫だろ? こんな血も通って無いような無機物のこと気にしてないで、もっといい男探せよ。俺より甲斐性があって幸せにしてくれる男なんていくらでもいると思うぞ?)

 だってさ、天道は一途で明るくて、容姿も声も完璧なとても魅力のある女の子で、彼女に目をつけられたら最後、どんな男だってイチコロのはず。それに、サキュバスの力を使えば更に盤石で、名のある王だって彼女の美しさにはきっと逆らえない。そんな彼女が俺なんかのためにくすぶって、不幸なまま一生を終えるなんてこと、俺には……

「ねえねえ。先輩ってさ、人の話聞いてるようで聞いてないとこあるよね」

(え……いや、そんなこと――)

「そんなことあるの! だって、今の私は先輩が居てこその私なんだよ? 先輩の居ない生活なんて考えられないよ」

 だからそうやって、なんでお前は俺に囚われたがる。確かに俺はお前を助けたかもしれない。だけど、お前の命はお前の物なんだ。俺に恩義を感じなくていいし、これ以上俺に重荷を背負わせないでくれ。

(だからさ、そうやってさ、俺に縛られるなって言ってんだよ! 迷惑なんだよ!)

 心からの叫びとともに、長い長い静寂が辺り一面を支配した。何もかもがもう嫌だと、頼りない本音をぶちまけた途端、聞こえなくなった彼女の声。こいつは嫌われた、完璧に嫌われた。そう思った瞬間、俺の予想は再び裏切られる。

「……それはさ、私が邪魔ってことかな? シャーロットとの間に首を挟んでほしくないってことかな?」

 彼女の口から返って来た予想外の言葉の数々。その鋭利な響きと、何を言っても良い方に解釈されてしまうその重さに、魂が酷く抉られた。

(あ、えっと、その)

「そうだよね、先輩って不器用で誠実だもんね。私みたいに邪魔する女の事、好きになんてなれないか」

 言葉にできない……本当に言葉が出てこない。聞こえてくる彼女の言葉、その一つ一つがとても苦しくて、頭が真っ白にされ、正常な判断ができなくなっていく。

「でもね、これだけは間違えないでほしいな。私は縛られてなんかない、シャーロットっていう恋人がいるのを理解した上で先輩のことが大好きなんだよ。まぁ、常識的に考えれば最低だよね。それは自分でもわかってる。それでも、それでも! わかってたって諦めきれない事はあるんだよ。理屈じゃない、どんな方法でもいいから先輩の側に居たいって心がそれを求めてるんから」

 そんな中でもこれだけは理解できた。やっぱり重い、彼女の愛は俺なんかにはあまりにも重すぎる……でも、この感じ、何だろう。彼女のこれは心理的なものじゃ無い様な気がする。こう、もっと、奥に根付く信念みたいな……こいつの何が、俺のどこが、ここまで彼女を駆り立てるっていうのだろう。

「それに、先輩は血の通ってない無機物なんかじゃないよ。今だってほら、こんなに私のこと考えてくれてる。その暖かい心は本物だよ」

 彼女の甘い声を聞いて一段と息苦しくなっていく中、ドクンと、体の中で何かが弾ける音が聞こえた。

「それに、心の通わない自分勝手な人間より、優しい無機物のほうがよっぽど人間らしくて私は好きだな」

 天道が言葉を紡ぐ度、無いはずの心臓が飛び出しそうになるほど高鳴っていくのを感じる。そして、今の彼女の言葉、人間としての明石徹だけでなく、剣でしかない今の俺まで受け入れてもらえた気がして、とても嬉しく切なくて、心が張り裂けそうだった。

「そりゃさ、見た目とか種族の壁って大きいかもしれないけど、最後はやっぱり心じゃないかなって私は思うんだよね。その見極めって凄く難しいけどさ。それに、見た目のいい男なんて褒められ馴れてる挙げ句、プライドまで高いのが多いからさ、中身は最低ってのも結構見かけるし。そこに地位とかお金が付随するともう手がつけられなくて……あ~、思い出しただけでむしゃくしゃしてくる。私はあんたの所有物じゃ無いって―の」

 何か喋っている、天道が何かを喋っている。けれども俺は自分の事で手一杯で、怒る彼女の言葉すらよくわからない。理解できない。

「そういう意味では私はきっと幸せ者なんだよ。だってさ、ちょっと変態さんで見た目もこんなだけど、私をちゃんと見てくれる優しい人に出会えたんだから」

 眩しかった、彼女の笑顔が眩しすぎて想いが理性を振り切った。自由を得た彼女への想いが、俺の体に過呼吸に似た状態を引き起こさせる。そして、彼女の真心が心の奥深くまで染み込んできて……まただ、また、意識が支配されそうになる。

「それともう一つ。人の幸せ不幸せを勝手に決めつけないの。これでも目一杯楽しんでるんだぞ」

 今度は涙が、涙が止まらなくなって……やばいこれ、シャーロットに好きって言われた時と同じぐらい心の中揺さぶられてる。このままじゃほんとにシャーリーのこと裏切りそうで……ダメなのに、ダメだってわかってるのに、俺、彼女に良いように遊ばれすぎだ。

 畜生、なんでこんなに響くんだよ。こいつが俺を理解してくれているから? それともサキュバスだから? それ以外にも何か、もっと根源的な……何かってさっきからなんだよ? あれか? 異世界で念願の彼女ができたと舞い上がり、憧れの淫魔の声で甘い言葉を囁かれすぎて、頭の中、本当におかしくなっちまったのか? 

 ……そうだよな、おかしくもなるか。こんなに可愛い女の子達に一日中囲まれてたらそりゃ――

「ふふん。ここまで言えば流石の先輩も心が揺らぐっしょ、揺らいだでしょ。さぁ! 今すぐ揺らいだって言って、私に愛のベーゼを!」

 おかしくもなるけど、やっぱり正気には戻してくれるらしい。

 わざとらしくキス顔で詰め寄る天道の顔を俺は真顔で見つめながら、ナンテシンセツナンダローと心の底から思ってしまう。毎度毎度、最後の詰めが甘いというか、こんな不意打ちで貪欲になられたら、気持ちも萎えて棒読みにもなるわ。

(……怒るぞ)

 とは言え、まともに喋れるような気力が残っているわけもなく、こうして怒ったフリをするのが今の俺の精一杯だった。

「なんてね、冗談冗談。でも~……いいよいいよー、その先輩の大切な人を裏切りたくないっていう葛藤の表情。それ見てると本当に食べたくなってきちゃう。性的な意味で」

 そんなこんなで、満身創痍の俺に対して冗談めかす彼女のニヤケ面が、狂おしいほど……嫌らしい。もちろん性的な意味で。

 ったく、危うくお前に流されかけた俺の葛藤と感動の気持ちを返せってんだこんちくしょう。気持ちよく持ち上げてから現実へ叩き落とすとか、これじゃ本当に悪魔の所業だ。

(この悪魔め)

「悪魔ですから」

 そんな彼女には精一杯の皮肉すら通じない。

 掌の上で転がされる。これさえなければと思わずにはいられなかったけど、それもまた彼女の一面だからなぁ。それに、こうやって翻弄されるのも悪くないと言うか、むしろ可愛いとさえ……既に毒されてるな俺。

 いっそのことシャーリーと天道が合体してくれれば最強なのに。なんて、黒い笑みを浮かべる彼女を眺めながら、そんなアホなことを俺は考えてしまうのだった。
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