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デートには緊張感が大切なの
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しおりを挟むビルは地下一階から九階まである。合計十本のエスカレーターを全速力で下り続ければ、最上階まで相当の時間を要するのも当然の帰結であった。
著名アニメショップ入り口まで辿り着いた頃には、お互い疲労困憊、虫の息になっていた。これ以上は不毛な争いと停戦条約を締結し、ようやく普通の放課後デートが再開される。
「はぁ、はぁっ。も、森下くん、この漫画し、知ってる? ツブヤイターで、人気が出てこないだ、た、単行本になってね、この女の子が実は、ハァ、ハァ……!」
平積みの漫画を手に取り内容を解説し始める。メチャクチャ息切れしてる。もうちょっと休憩すれば良かった。
音楽だけでなく漫画やアニメも好きなのだという沼尻さん。普段の雰囲気(鉄壁モード)とこの手のサブカルチャーはちっともイコールで繋がらず、なんとも不思議な光景を目の当たりにした気分だ。
「クラスのみんなもそういう話しょっちゅうしてるし、もっとアピールすれば良いんじゃない? 意外と普通の子なんだなって、評価も変わるかもよ」
「……本当にそう思う? だって、あたしだよ。恋愛沙汰一切興味無し、氷の女王とか塩対応の沼尻さんとか呼ばれちゃってる沼尻芽衣だよ……っ!?」
「自分で言うなそんなこと」
聞き馴染みのあり過ぎる肩書きは一旦置いておくとして、言わんとすることも理解出来る。
学校生活での沼尻さんと本来の姿が結びついてしまう、イメージが崩れてしまうのは、彼女にすれば最も危惧するべき事態で。
漫画やアニメが好き=ノーパンなんて破綻しまくりの方程式が瞬時に成り立つわけでもなかろうが。
とにかく隙を見せないがために作り上げた、学校での沼尻芽衣像、迫真の演技なわけだ。気後れするのも分かる。
「簡単に解決する方法があるよ」
「な、なにそれ!? 教えて教えてっ!」
「履けばいいんだ」
「……………………」
「辞める気は無いんだね。分かった。沼尻さんの友達になれて嬉しかったです。一日ちょっとの短い間でしたがありがとうござ」
「わーーーーっ!? ごめんごめんっ!? 頑張る、がんばるからっ! 努力するからああっ!!」
仮にも人前だというのに大声で捲し立てる、クールビューティーの欠片も無い氷の女王であった。嗚呼、視線が。
人目を避け奥にあるライトノベルのコーナーまでやって来た。
が、これは逆効果。彼女のような可愛らしい女子高生がこんなところへ現れたらそりゃ注目される。
小太りの男性が沼尻さんを横目でチラチラ見ている。良いんだよ、もっと見て。なんならスカート捲っちゃいなよ。ラノベやアニメさながらのご都合主義な未来が待ち受けているよ。幸せになれるよ。
人気作だという一冊を手に取り表紙をマジマジと眺める沼尻さん。
どうやら購入するらしく、そのまま手に持ったまま棚を移動。今どきラノベを読む女の子も少なくないとは思うけど、表紙買いというのも珍しいな。
「肌色多いね。シンパシー感じるわけだ」
「ど、毒舌ぅ……ッ」
乾いた笑みを浮かべ顔を引き攣らせる。とかなんとか言って気になった本を次々と手中に収めていくのであった。
どれもこれも露出の多い女の子が表紙を飾っている。教科書にしては薄っぺらいものだ。
「森下くんはこういうラノベとか、アニメとか、あんまり好きじゃない?」
「いや、そんなことないよ。別に偏見も無い。なんなら今持ってるやつとか、アニメ観てるし。そこまで真面目にじゃないけど」
「そ、そうなんだ……! 良かったぁ……」
「なに? 気にしてたの?」
確かに女の子の趣味としては、ちょっとオタク味が強い気はする。声を大にして言い触らすのは憚れるというか。
こっ恥ずかしそうに頬を引っ掻く沼尻さん。
続けてこんなことを話してくれた。
「自分でも分からないけど、なんか昔からこういうのが好きで……クラスのみんなが少年漫画とかハマってる時期にあたしだけ深夜アニメ観てたりしてて、話が噛み合わないっていうか……」
「あー……」
偶にいるよな、早い時期からライトなオタクに目覚めて独自路線を突っ走る人。沼尻さんもそういうタイプだったのか。
「高校生にもなったらみんな趣味もバラけて来るけど、小さい頃だと共通の趣味が無いって、結構辛い問題だよね」
「そうなのっ! もう酷いんだよっ! 男子とかあたしの持って来たラノベ取り上げて『沼尻がエロ本読んでる!』って言って回ったりとか!」
「ちなみに、なに読んでたの?」
「『俺の妹がこんなにエロいわけがない』っていうラブコメで、アニメ化もされてて……!」
「なら正しい反応だよ」
言い訳もクソもない。
タイトルにエロって入ってるんだから。
(根がムッツリってわけか……)
早い段階で性的なコンテンツに触れてしまった影響か、普通の女子と比べて趣味趣向がちょっと歪んでしまっているのだ。
つまり、露出趣味に目覚めたのは突発的な事故でもなんでもなかった。ある程度の下地は整っていて、言うならば起爆装置に過ぎなかったのだ。
「中学のとき水泳部で下着を履く習慣が無かった……って言ってたよね?」
「……そ、それがっ?」
「嘘なんでしょ。本当は」
「う、嘘じゃない! 本当に偶々履き忘れただけっ! 確かに中学のときも『なんかドキドキする』とか思ってないこともなかったけど! 履いてないのは高校入ってから! 本当に本当だからッ!」
「だから声大きいって!?」
沼尻さんをチラチラ見ていた小太りの男が、今度は目を丸くしてこちらを凝視している。不味い、流石に勘付かれたか……!?
「早く、こっち!」
「ちょ、森下くん……っ!?」
「良いから!」
話を広げた自分にも責任の一端はあるが、このままでは沼尻さんの沼尻を追い掛け回すストーカーが爆誕してもなんらおかしくない。お店から離れなければ。
「待って! せめて買わせて!?」
「自分の置かれてる立場理解してる!?」
どうしても新書は買いたいらしい。
どこまで欲望に忠実なんだ貴方は。
仕方なしにレジへと向かい、その間は俺が沼尻さんの背後に立ってしっかりとガードする。さっきの男は……着いて来てないな。危なかった。
だが安心して留まり続けるわけにはいかない。そもそもこのビル自体がトラップダンジョンのようなものなのだ。些細な拍子にスカートの中身が露見してしまう可能性は極めて高い。
会計を済ませたと同時に、近くのエレベーターへと早歩きで彼女を連れ出す。これから上下の移動はすべてエレベーターを使おう。心が持たない。
二人きりの密室。持っていた紙袋を奪い取り、俺はなるべく低い声で威圧するように、沼尻さんへこのように語るのであった。
「沼尻さん。貴方の変態的な趣味趣向を否定したりはしない。無理に履けとも言わない。でもお願いだから、自分が履いてないっていうことをちゃんと自覚して行動して欲しい。ちょっと無防備にもほどがあるよ」
「うっ……そ、それは……っ」
「こんなに隙だらけで、今まで危ない目に遭わなかったのが心底不思議だ……本当に一度も無かったんだよね?」
「あたしの知る限りでは……」
「だとしてももう限界だ。俺のときだって偶然、なんてことない場面であんなことになった。学校のみんなはおろかこの街全体、不特定多数の人間に露出癖がバレる日が必ずやって来る……!」
「ひ、ひいいいい……ッ!?」
想像してしまったのか、目を泳がせ顔を真っ青に染める沼尻さん。そうだ、それで良い。まずは自覚するところから始めないと。
だがそれだけでは足りない。どうしたって一人では我慢出来ないし、注意も散漫なのだ。誰かが彼女を守らなければならない……。
「……今日はもう、終わり?」
「いや、遊ぶの自体は良いよ。俺も楽しんでるし。でも……絶対にバレないところじゃないとダメだ。ここからは俺がリードする……!」
少なくとも、彼女の秘密を知るのは俺ただ一人。
ならやるしかない。
俺が沼尻さんを守らないと……!
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