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1-1 神戸茉莉花編
9. 神戸茉莉花と黒蛇の悪夢⑤
しおりを挟む一先ず灰色の空間を隅から隅まで歩き回ってみる。調べてみると空間は無限に続いているわけではなく、途中で壁のような障害にぶち当たった。
景色が単色だからそう見えてしまうだけで、実際は四方を壁で囲まれているようだ。体感だが、広さは体育館より少し狭いといったところか。
代り映えしない風景にも少しずつ慣れて来たところで、現実世界と同じく当たり前のように歩いたり走ったり飛んだりするのが可能であることに気付く。
心なしか現実世界に居るときより身体が軽い気がする。そりゃ普段は出来ないバク宙が簡単にこなせるほどなのだから、当然と言えば当然ではあるのだが。
とはいえ今回は明晰夢を見ようとして眠りに就いたわけではないのだから、ここまで自由に動き回れるのは少し不可解な気もしないでもない。
「イマジンによる能力……です……」
「イマジン?」
口に出すまでもなく夜野崎が答える。
ちなみに例の僕たちは、部屋の調査もせずどこからか取り出したロープを使って綱引きで遊んでいた。仕事しろ。
「現実では叶わないものも夢の中から自由自在……しかし……当然のことながら、自身がイメージ出来る以上のことは……」
「あぁ、なるほど」
要するに、バク宙をするとか高く飛び跳ねるとか、そういう誰にでも思い付くことは当然のように出来るが……。
一方で、イメージしようにも実態が分からないものには対応出来ない。例えば俺は車の免許を持っていないから、夢の世界で超高級スポーツカーを運転しようと思っても、操作方法が分からないから意味が無い、というわけだ。
というか「イマジンによる能力」って、つまるところ想像力というか妄想で補うだけで、能力でもなんでもないんじゃ……いやまぁ黙っとこ。
「でもそれだと、意外と融通利きそうだな」
「…………と、言いますと……」
「だってほら。アニメとか漫画の知識で「空を飛びたい」だとか「魔法を使いたい」とかイメージすれば……お前の格好だってそうだろ? 具体的にイメージしている服があればすぐにでも着替えられたりするわけだ」
昨晩の明晰夢で、神戸さんが見知らぬボディビルダーに変身させられてしまったように……ある程度の姿かたちがイメージ出来ていれば、大抵のものには対応出来てしまうような気もする。
要するに、既存の使い方が良く分からないものをイメージするよりも、アニメとか漫画とか架空の存在をイメージして「そういうものなんだ」と頭を納得させた方が手っ取り早いというわけだ。
そうだな。例えば……空を飛ぶと言えば、ドラ○もんの秘密道具……いや、もっと分かりやすいところで行こう。
もうシンプルにアン○ンマンでいいや。アイツ普通に飛べるし。理屈は分からんけど、そういうものだから。
そう。自分は実質アンパ○マン……見た目は普通の人間だが、能力は変わらない。どんなところへも飛んで行ける……スピードも何もかも自由自在………っ!
「おぉっ! 飛べる、飛べるぞ夜野崎っ!!」
「ですから……夢泥棒メアです……」
忠告も右から左へ聞き流し、天高く舞い上がった自身の身体を一瞥し歓喜に打ち震える。ヤバイ! 空飛んでる! 普通にすげえッ! なにこれ超楽しい!!
「おい夜野崎っ、お前もやってみろよっ! メチャクチャ快適で超楽し――――――――ドボォ゛ァア゛ア゛ッ゛ッ!!」
「……高さはおよそ10メートル……」
夜野崎の冷静な呟きと共に天井と思わしき箇所へ激突。そのまま地面へ急降下……って、ちょっ、ヤバイ! 死ぬ! 普通に死ぬ! 夢の中だけどッ! 絶対痛いやつじゃん!!
「あっ……ど、どうもっ……」
かと思ったが、夜野崎の僕、ステファノーとトリンキュローが二人掛かりでキャッチしてくれた。着ぐるみに抱き抱えられるこの安心感、他の何物にも形容し難い。
「気を付けてください……夢の中で死んでも実害はありませんが……基本的に目を覚ましてしまうので……」
「ごっ、ごめん、調子乗ったわ…………夜野崎も夢の中で死んだことあるのか?」
「…………覚えたての頃に少々……」
決まりが悪そうにそっぽを向く。夢の中でここまで厨二染みた言動を見せる夜野崎のことだ、能力を把握し切れていない頃はだいぶ無茶なこともやったのだろう……。
「……適性はあるようですね……」
「えっ?」
「夢の中で思い通りに動き回るというのは……決して誰にでも出来ることではありません……明晰夢は訓練すれば見れるわけでは無いのです……」
「そ、そうなんだ」
「明晰夢を成功させ……当たり前のように他者の夢で行動を取っているということは……お前にも素質があるということです……激しく不愉快ですが……」
「んなこと言われても……」
自分と似たような素質を持ち合わせている俺のことが気に食わないらしい……そりゃあんな欲望塗れの明晰夢を見せられたらそうもなるか。普通に嫌われてもおかしくないわ。うん。
でも、そうだよな。当たり前のように神戸さんの夢を共有しているわけだが……これも夜野崎のおかげなのだろうか。
それとも、俺自身にも夜野崎の言うナイト・ハックの才能があるのだろうか。いや別に要らないけど。深く考えても分からないことは分からないし。
でもそうか、なるほど……具体的にイメージ出来るのであれば、結構なんでも出来ちゃいそうな感じだな。
アニメに出て来るような魔法とか使えるかも。
どうしよう、ちょっとワクワクしてきた。
……って、駄目だ駄目だ。夢で遊ぶのが目的じゃないだろう。神戸さんを見つけないと。
しかしいくら探しても見当たらないし、夜野崎のように突然現れることも無いな……どれくらい時間が経ったのだろうか?
「…………こっちですね……」
「えっ?」
夜野崎が行き止まりになっている壁をコンコンと叩く。先ほど彼女が空間を破って現れたのと反対方向だ。身体を寄せ耳を当てると、確信したかのように深く頷いた。
「……物音が聞こえます……どうやらもう一つ部屋があるようです……」
「そ、そっちに神戸さんがいるってことか?」
「可能性はありますね……」
「何か方法は無いのか?」
周囲を見渡して手掛かりとなるモノを探す。だが壁の近くを眺めても、ドアや隠し扉の類は見つからない。向こうの部屋へ繋がる手立ては無さそうだ。
もし仮に奥の部屋に神戸さんが居るとしたら、やはり最近見ている悪夢と同様に、椅子に座った状態で黒蛇に拘束されている可能性が高い。
「……部屋に監禁される夢……これも運気の低下を暗示しています……相手が見知らぬ男性であった場合、やはりストーカー被害など……何らかのトラブルに巻き込まれる凶兆である可能性が高いのです……」
「だけど、相手は人間じゃなくてヘビだろ?」
「では尚更危険な状況と言えるでしょう……現世で申し上げた通り、黒蛇は破滅の象徴…………単なる男女関係のトラブルに留まらず……命の危険に瀕することが予想されます……」
「い、命の危険……!?」
脳裏に描かれる最悪の未来に、思わず鳥肌を拵えた。もしかしなくても、ストーカーの問題は想定しているよりもずっと深刻な方向へ転がっているということか。
結果的に夜野崎の家へ避難したとはいえ、男の俺も一緒に居るのだからストーカーからしたら似たような刺激を与えているわけだし……。
そうと決まれば一刻も早く救出に向かいたいところだが……現状、この部屋から抜け出せないことには手詰まりだ。いったいどうすれば良いんだ……?
「……壊しましょう……」
「は?」
「私のイマジンに掛かれば……この程度の障害などお茶の子さいさいなのです……」
虹色のステッキを壁に向け構え瞳を閉じる。ゆっくりと息を吐き精神統一を済ませると、抑揚の無い声で独り言のように呟いた。
「闇をも覆い尽くす漆黒の波動……我が鋭利なる才、美しき悪夢となりて万象を穿つ……『ナイトメア・フィロソフィー』……ッ!」
「詠唱だと!?」
絶妙にそれっぽい耳当たりだけど、たぶん意味通じてない! 思いっきり名詞ダブってる! 学が無い! 何よりもダサい!
というか夢泥棒名乗っておいて魔法使うの!?
基本設定だけはちゃんと守って!?
「……爆殺……ッ!!」
ステッキから放たれた無味無臭の爆風が室内を吹き荒れる。鼓膜を破る悲鳴にも似た爆破音が轟き、見えない壁は木端微塵に砕け散るのであった。
「…………やはり……」
「でっ、出た……っ!」
ついに現れたもう一つの部屋。
そこでは俺たちの身長の数倍はあろう、悍ましいほど毒々しいオーラを兼ね備えた巨大な黒蛇が、こちらへ睨みを利かせ待ち構えていた……!
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