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1-1 神戸茉莉花編

8. 神戸茉莉花と黒蛇の悪夢④

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「…………うん……っ?」

 微睡から意識を取り戻し、ボヤけた視界を指で引っ掻き回す。妙に肌寒い……変なところで寝て風邪でも引いたか……?


「……って、どこ……?」

 夜野崎稀の自宅で強制的に眠りへ着いたはずだが、どうやら違う場所のようだ。辺り一帯見渡す限り無機質な灰色の空間が続いている。
 どことなく靄が掛かっていて遠くまでは確認出来ない。単色でなんだか気持ち悪くなって来るな……いったい何処なんだここは?


(まさか……)

 寝ている間にどこかへ連行されるような違法染みた行為に手を染めた記憶も無ければ、現実世界にこんなファンタジーチックで無機質な空間が存在するわけがない。

 学校から帰って私服に着替えた筈だが、また制服姿に戻っているし……明らかに外部からの意図的でない力が働いている。つまりここは……。


「……おぉ。出来た」

 試しに身体を後方へ捻ってみると、見事綺麗なバク宙が決まる。前述の通り運動神経の乏しい俺には絶対に出来ない技だ。
 となるとやはり、ここは夢の中で確定か。それも意志通りに身体を動かせるのだから、またも明晰夢を見ることに成功しているというわけである。

 しかし……上下左右見渡す限りひたすらに灰色の空間で、他に何も無いな。こんな状況で何をどう好きに動けと……?


「――――どどんがどーんっ!」
「ぬうぉあッ!?」

 叫び声と共に頭上から何かが降って来る……な、なんだ!? 灰色の空間に切れ込みみたいなものが入って……そこから誰か飛び込んで来たッ!?


「……しゅたっ。ぱしーん……」

 背丈を覆い隠す黒マントを華麗に靡かせ、見事な着地を決めた謎の人物。その両脇に、着ぐるみか何かを装備したやはり正体不明の人物が遅れて到着。


『ジャカジャカジャカジャカジャーーンッッッッ!!』

「ダワァッ!? えっ、ちょ、なになになになに?!」

 それとほぼ同時に鼓膜を突き破るような大音量のBGM。どうやら脳内ではなくこの空間で流れているようだ……って煩い、煩過ぎるッ! 誰かボリューム調節しろッ! イヤホンの音量設定間違ってるタイプのアレだッッ!!


「夢を奪い、夢を操る……私の夢は私のモノ。お前の夢は私のモノ。人呼んでナイトハッカー……夢泥棒、メア……っ! きらーん。どやっ……っ!」


 …………はいぃ……っ?


「……と、いうわけで……御出迎えに参りました…………タタタさん」
「いや多々良タタラなタタラ……」

 名前を覚えられていないのはどうでも良いとして。

 BGMがピタッと止まり、いつの日か見た謎のハンドサインを拵え、両脇の着ぐるみ諸共ポージングを決める夜野崎稀。曰く、夢泥棒メア。

 あの日見た明晰夢と同じ格好だ。明らかにサイズ感のズレている黒マントにシルクハット。ゴスロリチックな白のブラウスにコルセット調の黒スカート。
 左目には何やら紋章のようなものが描かれた派手な眼帯……厨二アイテムがごちゃ混ぜになって渋滞を起こしている。

 ……すごく……すごくダサい……。


「えっと……どこからツッコんで良いものかサッパリ分からないんだが……」
「はて……何かおかしなところでも…………あぁ、トリンキュロー……身体の向きが違います……そうです、お前は外側を向いて……はい、おーけーです、ではもう一度…………夢泥棒、メア……っ! きらーん、どやっ……!」

 トリンキュローと呼ばれた赤茶色の見た目クマっぽい着ぐるみの態勢を正し、再び先ほどのポージングを決める夢泥棒メアご一行。

 いや、うん、はい?
 なにやってるんですか夜野崎さん?


「……おっと、ステッキを忘れていました……これが無いと決まりませんね……」

 指をパチンと鳴らすと、どこからともなくサイケデリックな虹色の杖が現れた。言うところのステッキを華麗に掴み地面へ突き刺すと……。


「夢を奪い、夢を操る……私の夢は私のモノ。お前の夢は私のモ……」
「いやもう良いって! 分かったからッ! 夢泥棒メアな!?」
「…………夢を奪い、夢を操る……」
「辞めろっつってんだろッ!!」

 無理やり口上を塞き止めると、夜野崎は分かりやすく眉を下らせ盛大にため息を溢す。両手を広げ首を振る姿は、まるで俺が駄々を捏ねたからだと言わんばかり。何が不満なんだ。俺はもっと不満だよ。諸々。


「まったく……空気の読めない人間はこれだから困るのです……ここは大人しく最後まで聞くところでしょう……」
「あの、夜野崎……」
「夢泥棒メア、です……夢の世界の私と、現実の冴えない陰キャ女子高生、夜野崎稀はまったくの別人なのです……その辺り心得ておくように……」
「自覚はあるんだな……」

 どうやら夢の世界では徹底して、夢泥棒メアというキャラクターになり切っているつもりのようだ。

 なんていうか、仮にも現実世界で多少なりとも関わりのある人間を前に、よくもまぁこういうことが出来るな。感動するよ。逆に。


「ご紹介します……わたしの忠実なしもべであり、強力なパートナー……ステファノーとトリンキュローです……ご挨拶を……」

 青紫のウサギ擬きステファノー。赤茶色のクマ擬きトリンキュローが無言のまま丁寧に頭を下げる。お喋りはしないスタイルなんだな。

 そういえばこのキャラクター、どこかで見たことあるような……。


「あぁ、カバンにぶら下がってたのだ」
「あれは世を忍ぶ仮の姿……こちらが本来の彼らなのです……」
「……なんのキャラクター?」
「自作です……裁縫は得意なので……」
「なるほど……っ」

 拘るポイントが分からん。色味も含めて。
 普通にキモいし怖い。


「お遊びはここまでにして……本来の目的を果たすとしましょう……」
「目的?」
「お伝えしたはずです、ナイト・ハックと…………ここは例の方が現在進行形で見ている夢の中なのです……」
「……夢に侵入するからナイト・ハック?」
「その通りですが……」
「…………だっせー……」
「はい?」
「い、いやなんでも……っ」

 とにもかくにもセンスがクサ過ぎる。夜の寝ている間に侵入するからナイトハッキングってわけな……小学生でも思い付きそうなフレーズだ。

 なにが悲しいって、俺もアニメが好きでそういう厨二っぽい描写の作品を好んで観ていたから、絶妙に気持ちが分かっちゃうんだよなぁ……中一中二頃の自分を眺めているようで居た堪れない……。


「ところで……例の方が見当たりませんね……」
「神戸さんな、神戸茉莉花カンベマリカ。クラスメイトの名前くらい覚えろって」
「無理やり干渉している手前、このようなケースも珍しくはありませんが……彼女を探さないことには始まりませんね……」
「人の話意地でも聞かねえなお前」

 すっかり夢泥棒メアモードに入った夜野崎を操縦するのはもはや不可能だということが分かったところで、いい加減に俺も気になって来たところだ。


 夜野崎にして曰くここは神戸さんの夢の中だそうだが……彼女の姿はどこにもない。気が付いたときから俺一人だった。

 確か神戸さんは「気が付いたら灰色の靄が掛かった空間にいた」と話していたから、彼女が普段見ている悪夢と条件は一致している。となれば彼女も恐らく、この空間のどこかに居るはずだ。


「手あたり次第探すしかないか……」
「詳細を聞かずにナイト・ハックしてしまったのは失敗でした……同じ夢へリンクしたとしても……状況次第では彼女に巡り合えない可能性もあります……」
「ていうか夜野崎さ」
「夢泥棒メア、です……はい、なんですか……」

 そもそもの話で申し訳ないのだが、夜野崎は先ほどから。いや現実世界にいる間から、神戸さんの見ている悪夢に対し妙に関心を持っていた。

 初手で睡眠薬入りのエナジードリンクを飲ませたということは、彼女にして曰く「ナイト・ハック」をする気満々だったということになるし……。


「随分と協力的なんだな」
「……理由は様々ですが……」

 ステッキを巧みに振り回しシルクハットを深く被り直す。続けて両サイドの着ぐるみたちも彼女に合わせポージング。


「飽き飽きしていたのです……お前のような凡人が想像し得る範囲の夢を邪魔する程度では……私の知的好奇心を満たすことは出来ません……」
「はぁ……」
「…………行きましょう、タンタンさん……」
「だから多々良タタラだって……」

 僕を引き連れ颯爽と先を行く夢泥棒メア。

 どうやら神戸さんを助けたいという気持ちは一切なく、ただ単純に普段はお目に掛かれない珍しい状況を全力で楽しんでいるだけのようだ……腐り果てた性根である。


(神戸さん……)

 とにもかくにも、神戸さんを見つけ出すことが先決だ。ストーカーの件は置いておいて、彼女がまた黒蛇に痛め付けられる夢を見ているのなら……きっと今の俺にも、何か出来ることがある。

 夢の世界という果てしなく無意味な環境下と、この厨二爆発野郎の力を借りなければならない状況は極めて腹立たしいが……まぁ、なるようにしかならないか。


「……置いて行きますよ……ラララさん」
「もうわざと間違えてない?」

 不安だ……ッ。

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