5 / 12
1-1 神戸茉莉花編
5. 神戸茉莉花と黒蛇の悪夢①
しおりを挟む「えっと……授業は?」
「あはは……ちょっと体調悪くて、今日は早退しようかなって……ていうか、二人は大丈夫なの? 美術の先生カンカンに怒ってたよ」
「いや、まぁ色々と……」
夢にまで見た想い人の登場にお得意のコミュ障ぶりが顔を出す。あちこちに視線を飛ばし奇行を重なる俺を、夜野崎はこれといってリアクションもせずやはり無表情のまま眺めていた。
いや、違う。ちょっと笑ってる。明らかに「やっぱり陰キャだな……」みたいな顔してる。俺には分かる。クソ、あとで覚えておけよ。
「ご、ごめんね、引き止めちゃって。早く帰ってゆっくりしてね……」
「ところがなんと、実は意外と元気なんだよねー。だから大丈夫。心配してくれてありがとっ」
少し短めに切り揃えられた前髪を揺らしニッコリと笑う。俺みたいな有象無象のキョロ充にも優しい神戸さん。可愛い。これで性格も良いなんて。神だ。女神だ。
だが、そういえばそうだ。気丈に振る舞う神戸さんだが、朝に彼女を見掛けたときもどこか浮かない顔をしていた。
どうせ授業はサボってしまったのだし、ここは勇気を振り絞って「家まで送る」とか言い出すべきだろうか。
いやでも、大して仲が良いわけでも無いのにそれは気持ち悪いよなぁ……潔く見送るだけに留めるのが吉か……?
「ところで多々良くんって、夜野崎さんと仲良かったっけ? 教室に戻って来たら二人でお喋りしてたからビックリしちゃった」
「えっ……も、もしかして見てた……?」
「あははっ。ちょーっとだけ盗み聞きしちゃった。ごめんごめんっ」
ま、不味いな……どこからどこまで聞いていたのだろう。いやしかし、一連のやり取りで神戸さんの名前は出していないし、話が漏れたとしても夜野崎に不利な内容だけの筈だ……そ、そうだよな?
「夜野崎さんがお喋りしてるところ初めて見たよー。わたしずーっと心配してたんだよ? 入学してからいっつも一人でいるし……」
「……ぁ……ぇ……えっと……」
酷い。コミュ障炸裂してる。めちゃくちゃ下向いてプルプル震えてる。自分より下を見て安心するってこういうことか。って、俺も大概だ。というかほぼ一緒か。
「夜野崎さんすっっっっごい可愛いから、どんな子なのかなーってずーーっと気になってたんだ! ねぇねぇ夜野崎さん、取りあえずライン交換しよ? クラスのグループも一人だけ入ってないじゃん! 良いでしょ?」
「ぅぅ……っ」
予想以上にグイグイ来るというか、体調不良を謳う割には元気な神戸さんのエネルギーに、夜野崎はまったく対応し切れていない。
片目でこちらをチラチラと窺いながら「助けてくれ」とサインを送っているようだ。さっきまであれだけ雑な扱いをしていた癖によくもまぁ。絶対助けてやらねえ。
「あ、そうだ……すっかり忘れてた。さっきの二人が話していたことについてなんだけど……なんていうのかな。もしかしたらわたしがいま知りたいこととドンピシャかもなあって思って。ちょっと聞いても良い?」
「……ど、どの話?」
「ほら、夢がどうこうって話。実はそれが原因で悩んでるっていうか、疲れてるっていうか……」
自身の机まで赴き学生カバンからスマホを取り出す。細い指を滑らせ何やら検索しているようだ。表情は少し浮かない様子。
「最近さ……ちょっと変な夢を見るんだよね」
「……ど、どんな夢?」
「なんて説明したらいいのかなぁ……まずね、普通に寝るでしょ? で、気が付いたらこう、薄暗い灰色の空間に一人でいるの。椅子に座ってて、周りはぜんぶ霧が掛かってるみたいでね……? そしたら……」
スマホの画面を見せて来る。
そこに映し出されていたのは……ヘビ?
「そうそう、こんな感じ。バビュンっ! っていきなり黒いヘビが現れるの」
「それは……夢とはいえ怖いな」
「ううん。わたし爬虫類は結構得意っていうか、むしろ可愛いと思ってるタイプだから……椅子の周りをウロウロしててね。普通に「可愛いなー」とか思ってて」
「今は違うってこと?」
席に座った神戸さんは、途端にスマホを胸元に抱え不安げな面持ちで肩を揺らした。いつも快活で朗らかな彼女には似つかわしくない姿だ。
「……最初は全然、どこにでもいるような大きさだったんだよ? でも気付いたら……わたしの身体よりすっごく大きくなってて……急に襲い掛かってきて、凄い力で締め付けて来るの。もう息も出来ないくらいでさ……」
「そ、そんなに……?」
「最後に胸の辺りを噛まれて、そこでいっつも目が覚めるんだ……起きたら汗ビショビショで呼吸も荒くて、本当に襲われていたみたいで……なんか身体も重くて、朝からグッタリしちゃうんだよね。もう二週間くらい続いてて、流石に参っちゃったよ」
まっ、たかが夢なんだけどね。
そう言ってケラケラと笑う神戸さんだが。
実際のところかなり気にしているのだろう。こうして現実でも体調面に影響が出ているのだから、所詮は夢と簡単に片付けるのも如何なものかとは思う。
「……神戸さん。夢占いって知ってる?」
「夢占い? あー、うん、なんとなーくだけど。そういうのがあるって程度かな?」
「俺、ちょっとだけ夢について調べていた時期があってさ……」
「へー! あっ、だから夜野崎さんとその話してたんだ。なるほどなるほどっ」
中学の頃から気になる女子との淫夢を見るために色々と調べたんだ。とは口が裂けても言えない俺であった。
「ヘビが出て来る夢って、何かの前兆だった気が……」
「前兆……それって良い方? 悪い方?」
「大きさや種類……色によって様々な面を持ち合わせています……夢に留まらず……風水などにおいても強い影響力を持つ生物です……」
中身を思い出すまでもなく夜野崎が口を開いた。
とはいえあまり興味も無いのか、一度しまった菓子パンを取り出して席に座りモグモグと食べ始めている。
「胸を噛まれる場合……恋愛に纏わる吉報を暗示しています……それも予想だにしない方面から……燃え上がるような激しい恋愛が始まるケースが多いかと……」
「へー……夜野崎さん、詳しいんだね!」
「……こ、これくらい常識です……っ」
パンを齧りながらそっぽを向く夜野崎。夢云々の話題を織り交ぜないと口が開かないのかコイツは。面倒な性格してるな。俺が言えた口じゃないけど。
「大きさはそのまま……影響力の強さを表します……」
「もしかして、これから運命の人に出逢っちゃったり?」
「……そうかもしれません、ね……」
「なーんだ……あー良かったー。何かトラブルにでも巻き込まれるんじゃないかって心配だったんだよねー」
夜野崎の解説のおかげで神戸さんもいくらか元気を取り戻したようだ。
いや、俺としては非常に不服なんだけど。
予想も付かないほどの大恋愛だと?
ま、不味い……どう考えてもその対象、俺じゃないだろ。確かに雅彦は神戸さんを狙っているのは俺くらいだとかなんとか言っていたけれど……神戸さんが誰を好きになるかなんて分からないし……。
よりによって夢へ干渉するなどというワケ分からん能力を持った夜野崎の証言だ。そんじょそこらの適当な夢占いより正確に違いない……。
「多々良くん? なんか顔色悪いけど大丈夫?」
「えっ……あ、うっ、ううん!? なんでも!?」
「そう? なら良いんだけど……よしっと、悩みも解決したことだし、今から授業に戻っても気まずいし……今日はこのまま帰っちゃおーっと。夜野崎さん、相談乗ってくれてありがとねっ! 多々良くんも!」
「あ、うん……お役に立てて何よりだよ……」
すっかりいつも通りの神戸さんへ戻った様子だ。カバンを引っ提げ夜野崎のもとへ歩み寄ると、両手に握ったスマホをグッと顔面へ近付ける。
「夜野崎さん! ライン!」
「え…………あ、えと……その……」
「あれ、もしかしてスマホ持って来てない?」
俯いたまま上下に激しく首を揺する。そういえば夜野崎がスマホ弄ってるところ見たこと無いな……まさか本当に持っていないのだろうか。どこが普通の女子高生だよ。反省しろ。諸々。
「じゃー多々良くんに繋いでもらおっと。二人とも仲良いんでしょ? ライン知ってるよね?」
「へっ? あ、いやっ……」
「くふふっ♪ いやいや、意外なところで出逢いもあるものですなぁ~。あっ、夜メッセ送って良い? 良いよねっ? はい、決定っ! ちゃんと返してねっ!」
軽快なステップを踏む妙に嬉しそうな神戸さんであった。なんだ、普通に元気じゃないか……理由は分からないけど。まぁ問題が無いなら別に良いか。
「ほんじゃっ、また明日ね! ばいばいっ!」
踊るように教室を後にした神戸さんを見送る。緊張の糸も解けたのかホッと一息。こちらもこちらで汗ビッショリだ。
結果的に良い方向へ転んだな。こんな形でも神戸さんとかかわりを持てるなら、昨晩からの出来事含めて差し引きプラスだ。そういうことにしておこう。
「…………黒蛇……胸……巻き付かれる……」
「え?」
「いえ…………なんでもありません。それでは……」
「ちょ……おい、夜野崎! ライン!」
「スマホ自体使っていませんので……」
「本当に持ってないのかよ……ッ」
こちらもさっさと席を立ち食べていた菓子パンの袋を片付ける。やはり見覚えの無い二体のぬいぐるみ型キーホルダーをカバンの奥で靡かせ、俺には見向きもせずさっさと教室を去ってしまった。
当初の件がだいぶ有耶無耶というか、なにも解決していないのだが……まぁ取りあえず良いか。今後も絡む機会は無さそうだし。
授業が終わるまでに俺も帰るとしよう。
明日雅彦辺りに茶化されるのはもう仕方ない……。
(ヘビの夢……か……)
俺もなんとなくは知っている。吉兆と凶兆、二つの意味合いがあって、やはり色や大きさ、どのようにかかわるかで内容が変わって来るんだとか。
夜野崎の奴、随分と調子の良いことばかり言っていた気がするけれど……。
「……黒いヘビって確か……」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄?王子様の婚約者は私ではなく檻の中にいますよ?
荷居人(にいと)
恋愛
「貴様とは婚約破棄だ!」
そうかっこつけ王子に言われたのは私でした。しかし、そう言われるのは想定済み……というより、前世の記憶で知ってましたのですでに婚約者は代えてあります。
「殿下、お言葉ですが、貴方の婚約者は私の妹であって私ではありませんよ?」
「妹……?何を言うかと思えば貴様にいるのは兄ひとりだろう!」
「いいえ?実は父が養女にした妹がいるのです。今は檻の中ですから殿下が知らないのも無理はありません」
「は?」
さあ、初めての感動のご対面の日です。婚約破棄するなら勝手にどうぞ?妹は今日のために頑張ってきましたからね、気持ちが変わるかもしれませんし。
荷居人の婚約破棄シリーズ第八弾!今回もギャグ寄りです。個性な作品を目指して今回も完結向けて頑張ります!
第七弾まで完結済み(番外編は生涯連載中)!荷居人タグで検索!どれも繋がりのない短編集となります。
表紙に特に意味はありません。お疲れの方、猫で癒されてねというだけです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

高校生なのに娘ができちゃった!?
まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!?
そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】結婚式前~婚約者の王太子に「最愛の女が別にいるので、お前を愛することはない」と言われました~
黒塔真実
恋愛
挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
公主の嫁入り
マチバリ
キャラ文芸
宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。
17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。
中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる