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0-0 プロローグ
4. 多々良達樹と厨二病患者
しおりを挟む着いて来てください。とか細い声で一言。夜野崎稀に制服の裾を引っ張られ、屋上や無人の教室など生唾モノの学園スポットには一切目もくれず元居た教室へと戻る。
クラスメイトの姿一人として見当たらない。自称夢泥棒による不思議な魔法の因果かと身構えるも杞憂に終わった。この日の五限目は移動教室だ。
チャイムが鳴り響く。今すぐ駆け出して新館二階の美術室へ飛び込んだところで、出席に厳しい女性教諭の叱責に遭うのは目に見えている。
大人しく彼女に付き合うのが賢明だろう。もっとも今から何が行われるのかさえ理解していない節はあるが……。
「……はぁ……迂闊でした……素性を隠していたとは言え、当たり障りのない人畜無害な陰の者を優先して選んでいたというのに……」
「はい……?」
陰の者って。俺のこと言ってるのか。
普通に陰キャって言え。傷付くわ。
学生カバンのチャックに絡み付けられた、得体の知れないぬいぐるみのキーホルダー二体を暫し眺める夜野崎。大量の菓子パンを学生カバンへ無理やり押し込み、彼女はこう続けた。
「同じ夢想家を志す者であると、一瞬でも期待した私が馬鹿だったのです……それも好んで私のような人間に声を掛けるとは、まったく……これだからIQの足りない男という生物は困るのです……」
教室奥の窓側へ歩み寄る夜野崎稀。頭を抱え首を横に振る。恐らく入学してからの三週間、一度たりとも周囲へ見せていない驚くほどに感受性豊かな姿であった。
俺の関与しないところで勝手に評価が下がっている点は一旦引き取るとして、どうやら真剣に話を始める気は無さそうだ。俺が動くしかない。こんな非現実染みた妄言進んで言いたかないが。
「……あれは、夜野崎だったんだな?」
「私であり、私ではありません……決してその異名を現実世界で使わないように……」
無表情であることに変わりは無いが、振り向き様の彼女は少し目を尖らせているようにも見える。分かり辛い。怒るならちゃんと怒れ。
……だが、これで確定か。俺だけしか見ることの出来ない明晰夢の内容を、赤の他人である夜野崎稀が説明出来る筈がない。彼女は本当に、俺の夢へ侵入したのだ。
「……お前、何者なんだ?」
「ご期待に沿えず申し訳ありませんが……何者でもありません……秘密結社の一員とか、異世界からやって来た魔法使いとか、お前の想像し得る陳腐なファンタジー世界の住人でないことは確かです……ただ他者の夢へ干渉することの出来る、極々普通の女子高生なのです……」
「いやいやいやっ……」
こんな馬鹿げた話が通用してしまっている時点で普通からは食み出ているんだよ。だいたい分かれ。話を合わせろ。
そもそもお前の幼過ぎる容姿や不躾な態度一つ取っても普通の女子高生からはかけ離れているから。認識の一致から始めさせろ。させてください。
「……いくつか質問がある」
「はい、なんでしょう……」
「なんでそんなことが出来るんだ?」
「さぁ……小さい頃から夢を見ることへの憧れが強かったのは確かですが……いつの間にか出来るようになっていました……生命活動の維持以外に呼吸する理由をわざわざ考えたりしますか……?」
「しないけれども……」
小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
いちいち癇に障る。口が悪すぎる。
「二つ目……俺の夢へ侵入した理由はなんだ?」
「……暇潰しです」
「暇潰し?」
「ライフワークと言っても差し支えありません。明晰夢に限らず、誰かが自身にとって都合の良い夢を見ているのが気に食わない……だから邪魔する……要するに遊びなのです……」
「コイツ……ッ」
百歩いや千歩、いや一万歩譲って。
夢へ干渉することが出来るのは良い。
その思惑で、中学生の頃から毎晩欠かさず練習して来た俺の明晰夢を。ついに叶った念願の明晰夢を邪魔したというのか。聞けば聞くほど腹が立って来る……。
「明晰夢を見ている人間の波動……とでも言いましょうか……これもいつの間にか身に付けていた能力の一つなのです……お前のことは以前から目を付けていました……顔や名前を覚えるのが不得意なので、なんとなくですが……ああ、コイツ明晰夢見てるなあ、と…………本当に、ガッカリです……明晰夢を見ようとする者にロクな人間が居ないことなど分かり切っていた話ですが……はぁ……」
めちゃくちゃディスられてる。
死ぬほど無表情で。
「……二つ……約束をしてください……」
「……え。なにを?」
「金輪際、私に話し掛けないこと……夢泥棒メアの名を出さないことを……です……お前のような中途半端な気持ちで夢へ向き合う下等生物と慣れ合うつもりはありません……」
そんなものこっちから願い下げだ。
と喉の先まで出掛かって言い淀んだ。夜野崎の提案を一方的に受け入れることは出来ない。何故なら……。
「…………暇潰し、なんだよな?」
「はい」
「てことはお前……また俺の夢に出てくるつもりか?」
「……………………ひゅーひゅーひゅー……」
「吹けてない吹けてない」
出来損ないの口笛と共にそっぽを向き早足で教室を立ち去ろうとする。間違いない、俺には近寄るなと言っておいて、今後も俺の明晰夢の邪魔をする気満々だ。
なんでそんなことが分かるのかって。いやだって、幾ら現実じゃ無いとはいえ「夢泥棒メア」とか名乗っちゃうセンスの持ち主だぞ。起伏の無いトーンとは裏腹に中々トンだ性格をしているのだ。
だいたい、いくら奇妙な能力の持ち主だからって……俺に負けず劣らず陰の者である夜野崎に手綱を握られるなんて、そんなこと……受け入れられるか!
「な、なんですか……っ?」
「話は終わってない……分かった夜野崎。良いか、今後二度とお前には話し掛けない……その代わり、俺の夢へ侵入するのは辞めろ! 絶対だ!」
「そ、そんな条件が成立するとでも……っ?」
慌てて腕を掴み動きを制すると、夜野崎の肩は分かりやすくビクンと震えた。どうやら身体へ触れられたことに対して強い恐怖心を覚えているようだ。
現実世界のコミュ力に難があるのも本当のことみたいだな……夢の世界でやたらノリが良かったのもその反動ってことなのか……。
夢泥棒メア……メア、か。
ん。ちょっと待て?
「……悪夢のことをナイトメアって言うよな」
「あっ……ッ」
「確か綴りは……M、A、R、E…………まれ?」
「だっ、黙りなさい……黙るのですっ……!」
「あぁ、名前をもじってるのか!」
無駄にダサい異名の解明に成功する。
割と単純なアイデアだな。ダサいけど。
由来を悟られてしまった夜野崎は表情の変化こそ鈍いものの、あからさまに動揺しているよう思えた。胸元にようやく届くほどの小柄な夜野崎は、上目遣いを維持したまま唇をワナワナと震わせている。
形勢逆転だ。
こっちもネタは上がってるんだよ。
「黒マントにシルクハット…………はっはーん。なるほど……お前さては……厨二抜けてないな?」
「な、なっ……!?」
「なるほどなぁ……リアルで友達いねえからって夢の中で調子乗ってるってワケな。ふーん……へぇー……!」
「なっ、なんですかその憐れむような冷めた瞳は……!」
腕を振りほどき覚束ない足取りでフラフラと後退り。どうやら厨二というフレーズがだいぶ効いているらしい。自覚はあるんだな。一応。
「たっ、対等に話し合いが出来ると思ったら大間違いなのです……! お前が明晰夢を見ようとしていることを、例の女に伝えても良いのですよ……っ!」
「クラスの誰ともロクに会話出来ねえのに?」
「そ、それは……ッ!」
「俺がただの高校デビュー未満キョロ充だと思ったら大間違いだぜ……これでも雅彦たちと絡んでるおかげで、無駄に顔だけは広がってるからな! 教室でお前のこと「メア」って呼んでやるよッ!」
「な、なんという虎の威を借りる狐……とっ、とにかくダメです! それだけは許されないのです……ッ!」
「なら約束しろ! 俺の夢に入って来るなッ! 能力かなんか知らねえが、俺の野望の邪魔をすることだけは許さねえぞッ!」
傍から見れば互いに背伸びに背伸びを重ねた、綱渡りも良いところのしょうもない意地の張り合いである。
しかし互いに有効なカードを持ち合わせている以上、これより派手な牽制は出来ない。最も現実的な解決策、それは二人ともこの話を忘れることだ……!
「……あれ? 多々良くんと……夜野崎さん?」
長い長い睨み合いと静寂を打ち破ったのは、教室の戸を開け現れた一人のクラスメイトであった。
……か、神戸さん……?
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