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2. 多々良達樹とクラスメイト
しおりを挟む「よーっす達樹《タツキ》ー! なーにシケた面してんだよ!」
「あぁ……おはよ雅彦……」
教室の戸を開け大股で近寄って来たクラスメイトの大友雅彦に肩を叩かれ、ソツの無い在り来たりな作り笑いを返すに留まる。
いつもなら始業の鐘ギリギリに現れる雅彦に連れられて、男子グループの取り留めないトークに混ざるところだが……今日はとてもそんな気分になれなかった。
少し心配そうにしているクラスメイトたちへ「ちょっと体調が悪い」と一声掛け机に突っ伏す。
(マジでなんだったんだよ……)
腕の隙間から見つめる先には、今日も一段と笑顔の眩しい憧れのクラスメイト、神戸茉莉花の姿。仲の良い女子グループとお喋りに花を咲かせている。
分かりやすく言えば一目惚れだった。
入学から三週間が経った今日日の多岐川高校1年B組において、神戸茉莉花は女子のなかでそれほど目立つ存在ではない。純粋な容姿で言えばクラスで4、5番目といったところ。
だが明るく朗らかで男女隔たりなく笑顔を振りまくフレンドリーな性格に、ロクな女性経験の無い俺はすっかり虜にされてしまっていた。
上手く説明出来ないけれど、なんというか、彼女にしたいな、仲良くなりたいなと自然と思わされる。そういう女の子なのだ。神戸茉莉花というクラスメイトは。
「茉莉花、さっきからどうしたの? ため息ばっかりついちゃって」
「あっ……う、ううん? なんでもないよ? あははっ……」
友人に声を掛けられ、慌てた素振りで空笑いを挙げる神戸さん。そういえば今日は、いつもよりちょっと元気が無さそうだな。なにか心配事でもあるのだろうか。
こんなときに颯爽と声を掛けて挙げられれば、俺も立派な陽キャ、男らしい男の仲間入りだが……現実問題そうはいかないよなぁ……。
「達樹、体調悪いんだって? あんまり無理すんなよ。どうせ高校最初の授業なんてしょうもねえ内容ばっかりなんだからさ」
「いやいや、そうは言っても……」
「なんだあ? 実は恋の悩みってか?」
「…………いや、違うし」
「おい、なんだその間は! 図星だな!? ったく、心配して損したぜっ」
ガハハと豪快に笑いながら背中を叩いて来るのは、やはりクラスメイトの大友雅彦である。スポーツ刈りで身長も180近くあって、こうして絡まれると威圧感バリバリというか、普通にちょっと怖かったりする。
根っからの陽キャというか、コミュニケーションをまったく苦にしていないタイプの人種だ。野球部の特待生とか言っていたな。もう生まれ持ったスペックからして俺とは違う。
「で? で? 誰なんだよ?」
「だから違うって……仮に教えても絶対茶化すだろ」
「その仮にっていうのは通用しないんだよなー! うしっ、じゃあ当ててやるよ……安藤か? 石上か? それとも小野寺か?」
どうやら本気で当てに来ているらしい。雅彦に釣られて他の男子も集まって来てしまった……嗚呼、嫌な流れだ。
「川田、金崎……あ、神戸か?」
「だから、違うって!」
「へー! 神戸か!」
「ちょっ、声が……ッ!」
慌てて雅彦の口を塞ぎに掛かるが、時すでに遅し。神戸さんが不思議そうにこちらのやり取りを見つめている。不味い、どこまで聞かれたかなこれ……。
「いや、分かりやすいな達樹」
「お前なぁ……ッ」
「悪い悪いっ。いやでも気持ちは分かるぜ。神戸ちゃん可愛いからな……なんかこう、垢抜けないところも良いよな」
「…………ハァー。もういいよ……」
「おっ、認めるんだな!?」
「だから声デカいって……!」
慌てふためく俺を取り囲んで男子たちが馬鹿っぽく笑い出す。まったく、陽キャ共はこういうところで容赦無いから困るんだ……。
「その気になればイケると思うけどな。神戸ちゃん狙ってる奴、たぶん達樹しかいねえし。俺はやっぱ瀬川がなぁ……!」
「えっ。やめとけって……あの人めっちゃ柄悪い奴らと絡んでるんでしょ」
「ばっか、そういうタイプこそ案外狙い目なんだよ。まぁそれは良いとして……思い切ってアタックして見れば良いじゃねえか。達樹普通にイケメンなんだからさ、神戸ちゃんも悪い気しないって」
「お世辞は良いよ……」
「えーん? んだよ男らしくねえな」
苦笑する雅彦に、俺は適切な返答を持ち合わせなかった。神戸さんの性格なら、多少無理のあるアプローチでも効果はある。確かに雅彦の言う通りかもしれないが。
(それが出来ねえから困ってんだよ……)
スマホの真っ黒な画面に映る粗まみれの茶髪と、垢抜けないガキ面。多々良達樹という人間をこれ以上無く如実に表している。
陰キャなのだ。
それもドが付くレベルの。
入学前に髪の毛を染めて高校デビューへの第一歩こそ踏み出したものの……性格まで変えられたら苦労は無い。
入学当初はかなり無理して明るいキャラクターを演じて、どうにか真の陽キャたる雅彦やその友人たちと交友関係を築き上げるまでは成功したが。
ここに来てだいぶボロが出始めていた。ぶっちゃけ雅彦たちと言葉を交わすだけで結構なストレスになっている。
なにが問題って、話がまったく噛み合わないのだ。流行りの音楽やSNS、スポーツの話題で盛り上がる雅彦たちに愛想笑いで合わせるだけの日々。
唯一の趣味がアニメ鑑賞である俺は、彼らの話題に混ざることが出来ない。自分から話を振ろうにも、持ち前の消極的な性格と小心者の左胸がいつも邪魔をする。
人前で好みの女性のタイプをおおらかに宣言するのも俺からすれば理解不能だ。空気読めよって思う。普通に死ねとか思っちゃう。
いやもうだいたい分かるだろ。分かって欲しい。直接話し掛けるのが怖いからって、明晰夢なんてものに頼って夢の中で接触しようとするような人間だぞ。これ以上パーフェクトな説明があるか。
(……本当になんだったんだ……?)
肝心なことを思い出した。
昨晩見た理不尽極まりない明晰夢の正体。
ネットや本で見つけた様々な方法を試して、ようやく成功させた明晰夢。
確かに自分の意思で動くことが出来たし、神戸さんとも触れ合うことが出来た。途中までは完璧に成功していたのだ。
ところが、いきなり現れた「ナイトハッカー」「夢泥棒」を名乗る謎の少女。名前は確か……メアとか言ったっけ。
いや、覚えてるけど。忘れたいだけで、メチャクチャはっきり覚えてるけど。なんならそのショックで前の出来事とかほぼ吹っ飛んだけど。
本当に他人の夢へ干渉することの出来る超能力の持ち主なんて居るはず無いし……きっと俺のイメージの作り込みが浅かったことが原因なのだろう。
そうだ。間違いなくそうだ。ていうか、たぶんアレだ。昨日学校から帰って来てネット○リックスでルパン○世の映画めっちゃ見てたから、それで泥棒とかワケ分からない要素が入って来ちゃったんだ。そうに違いない。
(それにしても……)
夢泥棒メア、か。
ダサすぎる。厨二も程々にしてほしい。
いやそれはまぁともかく。
確証は無いのだけれど、誰かに似ているような気がする。身近に該当する人物がいるわけでは無いのだが、なんとなく見覚えがあるような顔をしていた。
まぁ仮面を付けていたからハッキリとは分からないし、夢の内容もそろそろ朧げになって来る頃だ。どうせこの悩みも授業の間に忘れ去れれるのだろう。
一からやり直しだ。
せっかくあそこまで行けたんだから、今日こそ理想的な明晰夢が見られる筈。そうでも思い込まなきゃやってられない。こんな肩身の苦しい学校生活は。
始業の鐘が鳴り響く。
前のドアが開き担任の男性教師が現れた。
すると、ほぼ同じタイミングで後ろ側の扉も開き、女子生徒が現れる。
ああ、アイツだ。小柄な黒髪のツインテール。いつも下を向いていて顔もロクに確認出来ず、クラスメイトとかかわりを持とうともしない謎の存在。
全然喋らないしいっつも無愛想な顔してるし、みんなもどう扱って良いものか困っている。始業ギリギリで登校して来るのもいつものことだ。
名前はなんだったっけ。
確か、ヨノサキ……夜野崎稀……。
「……えっ…………」
黒髪のツインテール。
小柄な体格。
半開きの眠たそうな瞳。
あれは、夢で見た…………。
「なんだ、またギリギリか夜野崎。いい加減にしないと遅刻扱いにするぞー」
夜野崎稀。
夢泥棒メア――――――――
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