上 下
1 / 12
0-0 プロローグ

1. 多々良達樹と夢泥棒

しおりを挟む


 明晰夢めいせきむ

 睡眠中にみる夢のうち、自分で夢であると自覚しながら見ている夢のことである。明晰夢の経験者はしばしば、夢の状況を自分の思い通りに変化させられると語っている…………By,ウィキ○ディア。

 要するに俺は明晰夢を見てみたかった。現実世界ではどうにもならないことも夢の中なら文句を言われる筋合いも無い。どんな非現実的なことだって叶う理想の世界。


「よしっ……今日こそ……」

 深夜3時。あまりにも早い目覚まし時計のベルが鳴り響き、半開きの世界を漂う。右腕を振りかざし頬を思いっきりビンタして意識を覚醒させると、枕もとから一枚の写真を取り出し一心不乱に見つめ続ける。


 ベッドに入ったのが昨日の21時。だいたい5時間くらいは眠っていたはずだ。華の高校一年生にしては健康的過ぎる生活やもしれぬが、それもすべては明晰夢のため。

 これくらいの睡眠時間で一度目覚めてからもう一度眠ると、人間はレム睡眠という浅い眠りに就くことが出来る。訓練の成果はハッキリと出ていた。完璧なプラインニングだ。今日こそ、今日こそ成功させてみせる。

 イメージだ。強くイメージしろ。

 俺は今から夢を見る。
 夢の中で、自由自在に動き回る。

 そして目の前には、憧れの彼女の姿。


神戸カンベさん……)

 入学式のクラス写真を保存しておいたのは大正解だった。さして交友の深い間柄とは言えない彼女へ面と向かって「写真を撮らせてほしい」などと首を垂れることは出来ないし、やったところでセクハラになるのは目に見えている。

 俺と神戸さん。たった二人の世界。
 場所はいつも通り、俺の部屋で良いだろう。

 ……おっと、駄目だ駄目だ。肩に力が入り過ぎている……気楽に、気楽に行こう。リラックスするんだ。決して欲張らず、流れるままに。

 水が高いところから低いところへ流れるように。当たり前に行われることだ。夢の中で気付くのではない。意識を持ったまま、夢へとリンクするのだ。

 身体は仰向け。
 瞳を閉じ俺の顔と神戸さん。
 二人だけの空間を強くイメージする。

 大丈夫だ。今夜こそきっと、神戸さんの夢を見れる。そして…………。





「…………ん?」

 失敗に終わったかと思われた。目の前に広がるのはいつもとさほど変わらない無機質な自室の風景。ベッドに勉強机、箪笥の位置。どれも現実と変わりは無い。

 だが不可解だったのは、眠りから覚め起き上がるまでの記憶が無いこと。意味もなく部屋の中心部に立ち尽くす理由が無いこと。
 更に言えば、まだ寝ぼけ眼なのか部屋全体に薄暗い霧のようなものが掛かっていて、今一つ視界がハッキリとしない点だ。


(試してみる価値はあるな……)

 明晰夢においては、自身が夢を見ていると明確に認識することが非常に大切だ。これは現実世界との乖離を正しく把握する上でも重要なプロセスである。

 夢を見ていると自覚する方法としては、現実では絶対に出来ないようなことを試してみる、というものがある。空を飛ぼうとしてみる、とか。

 俺が選んだのは、その場でバク宙をするというものだった。自慢では無いが運動神経の悪さには定評がある。現実世界なら絶対に出来ない。


「おおっ……これは……ッ!」

 勇気を振り絞り身体を後方へ捻じ曲げ飛び跳ねると、いとも簡単に成功してしまった。景気づけにもう一度試みてみるが、やはり成功した。

 間違いない。ここは夢の中だ。

 ともすればあとは、この夢の絶対的な支配者であるということを強く認識し……どんな夢を見たいのか、もう一度強くイメージ……!


「――――達樹タツキくん?」

 俺の名を呼ぶ声は薄い雪化粧の山のように透き通っていて、この世のモノとは思えない。導かれるままに振り向いた先には……ベッドに腰掛ける彼女の姿があった。


「……か、神戸さん……!」
「もう、二人っきりのときは茉莉花マリカ! 約束したでしょ?」

 薄茶色のショートカットにパッチリとした垂れ気味の瞳。眉上で切り揃えられたパッツンの前髪はどこか垢抜けなさを漂わせる。
 胸元には細身のラインには不適切な程々の主張。白くて長い手脚をベッドで躍らせ、何かを待ち焦がれるようにいじらしく唇を尖らせる。

 神戸茉莉花カンベマリカ
 憧れのクラスメイト。


「どうしたの? いきなり黙っちゃって」
「いや……実感が沸かないっていうか」
「あははっ。達樹の部屋なんて何回も来てるでしょ? それともなに? もう興奮してるの?」

 男を惑わせる悪戯な笑み。背筋がヒリリと焼き付くような感覚もそこそこに、俺はゆっくりと神戸さんのもとへと歩み寄る。


「わー。そんなギラギラした目して、ホントに野獣みたい。あー。わたし、また達樹に襲われちゃうんだ。あのときみたいに、何回も、何回も……っ」
「な、何回も……?」
「えー。覚えてないのー? あんなに情熱的にわたしのこと求めてくれたのに……忘れちゃったんだ? じゃあ、わたしが思い出せてあげよっかなー」

 何回も? 何回もってなんですか神戸さん?
 もう既に致してしまっているという設定なの? 

 クソ、流石にそこまではイメージし切れていなかった……ただ純粋に神戸さんと○ることしか考えてなかったから、初めてか何回目かとかそういうところまでは設定出来ていないのか。やらかしたぜ。

 しかし神戸さんもノリノリだな……確かに普段から明るくて口数も多いイメージだけど……本当の彼女になったら、こんな姿も俺だけに見せてくれるのだろうか。


(っと、余計なこと考えてる場合じゃねえ……)

 ここまで来ればさして大きな問題では無い。俺と神戸さんの濃密な時間を邪魔する者など誰も居ないのだ。少なくとも、この夢の中では。

 ベッドへ腰掛け恐る恐る神戸さんの肩へ触れる。凄い、しっかりと人に触れている感覚がある……明晰夢、なんて凄いんだ……ッ!


「……まっ、茉莉花……ッ」
「達樹くん……っ」

 拙い呼び合いを残し、互いの唇がゆっくりと近付いていく。蕩けるような香水の香りは果たして夢特有のものなのか、それとも彼女が相手故の甘美か。

 勢いに任せベッドへ押し倒し、空いた右手を彼女の胸元へ……ついに、ついに長年(三週間)の夢が叶う瞬間が――――!





「――――どどんがどーん!」
「ぬうぉおおおッッ!?」
「きゃっ!?」

 待望の瞬間が訪れることは無かった。

 部屋の窓ガラスが凄まじい衝撃音と共に割れ弾け、外から何者かが飛び込んで来る。ベッドでバウンドしたその侵入者はグルグルと華麗な前転で受け身を取り、先ほど俺が立っていた辺りで華麗にフィニッシュポーズを決める。

 飛び散った窓ガラスの破片が俺たち二人を傷付けることはない。夢の中では意図しない負傷などは認識しないのだろうか。

 って、そんなことを考えている場合じゃない!
 急になに!? 誰!? 怖いッ!?


「だっ、誰だお前ッ!? こんな展開はお望みじゃないぞッ!」
「……まったく、夢の中ならなんでも出来ると思ったら大間違いなのです……珍しく明晰夢に興味のある人間がいたと思えば、目的がクラスメイトへの淫行とは……」
「……ど、どういうことだ……!?」

 黒マントにシルクハットという装いで部屋へ飛び込んで来た謎の人物は、どうやら女性のようであった。身長はかなり低く、俺たちと同世代かそれより下か。

 身体に着いた埃を払い、マントを靡かせ振り返った謎の少女。顔回りに仮面のようなものを付けており、ハッキリとその素性を確認することは出来ない。


「俺の夢に勝手に入って来やがって! ブッ殺してやるッ!!」
「ふっ……残念ながらその程度のでは、私の行動を制することなど不可能……実力の差というものをお見せしましょう……」

 不敵に微笑んだ謎の少女は、小馬鹿にするような鼻笑いと共に指をパチンと軽快に鳴らす。すると隣で慌てふためいた神戸さんは……。


「イェェェェス!! マッスゥゥゥゥル!!」
「…………ぎえええエエエエエ゛エエエエ゛エエ゛エエエエエエエ゛エエエ゛エエエエエエエエエエエエ゛エエ゛エエエエエエエッ゛ッッッ!?」

 可憐な美少女、神戸茉莉花の姿が忽然と消え、代わりに隣で筋肉質のボディビルダーのような男がポージングを決めていたのだ……ッ!


「どどど、ど、どういうことだっ!? 神戸さんをどこにやった! というかコイツは誰だッ!」
「全日本チャンプです……昨晩テレビで見たので参考にしてみました……」
「そういうことじゃねえよッ!」

 100点満点のツッコミも虚しく宙を舞い、ベッドから飛び降りた全日本チャンプボディビルダー。
 様々なポージングを決めながら部屋を悠然と歩き周り、立ち鏡の前でフィニッシュらしきものを決めると、高笑いをしながら部屋を出ていく……。


「な、なんなんだよっ……俺の、俺だけの明晰夢だってのに、なんでこんなことが……俺のイメージが足りなかったからかッ!?」
「のん、のん、のん……あなたに責任があるのではなく、私が凄すぎるという……ただそれだけの話なのです……私は…………他者の夢へ干渉することが出来ます……」
「……夢に……干渉!?」

 その言葉と共に、謎の少女は腕を大きく広げると両手をサッと重ね、ハンドサインのようなものを作り出し……。


「夢を奪い、夢を操る……私の夢は私のモノ。お前の夢は私のモノ。人呼んで……ナイトハッカー……夢泥棒、メア……きらーん。どやっ…………ふっ、今日も決まってしまいました……ッ」

 憎たらしいまでのドヤ顔でポーズを決める謎の少女、もとい夢泥棒メア。あ、ありえない……人の夢に干渉する夢泥棒、だと……!?

 そんなの……そんなもの……!





「――――んなモン信じられるかあああああああああああああああああああああああああああああああァァァァ……あっ……あ、うん……あ、あれ……?」


 窓ガラスから飛び込む眩しい朝日。破片の飛び散った形跡など勿論無く、隣には神戸さんも寝ていない。そして夢泥棒メアの姿も……。

 何の変哲もない、いつも通りの朝だった。

 馬鹿みたいに寝汗を掻いていること。思い描いていた理想の明晰夢を今日も見れなかったことを除いて。


「…………な、なにがどうなってんだ……?」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

AV研は今日もハレンチ

楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo? AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて―― 薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...