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第1巻 異世界でもギターしかなかった ~迷わずの森とバーウの村~
第29話「本番」
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**************************************
“ザワザワ”
観客は一体何が始まるのかとステージの下で待っている。
十数人がみんな座って待機していた。
もちろん何が始まるのか知っている警備兵、そして最前列に食い込んできた、悪ガキ6人組は幸達の音楽のライブを今か今かと待っているのだ。
そしてついにその時が来た。
暗幕や仕切りの様な物がないステージなので、演奏者達は舞台の裏で、楽器も全て隠して、待機していたが、先陣を切るのは、曲目を考えた幸。
舞台裏には、はしごがあり、少しもたつきつつも、幸が登場した。
キヨラが下から、幸のギターを掲げて、それを受け取る。
客には見えない様に、そしてすぐに演奏出来る様に、肩にかけてから舞台の中心まで走り出す。
MCは当然しない。
観客に騒ぎ出すいとまも与えず、ギターをつま弾く。
「Fm D♭ E♭」
幸が、白玉(全音符で音を伸ばすこと)でギターの和音を伸びやかに弾き始めた。
導入のイントロが奏でられる。
それはシンプル過ぎるたった3つの和音だった。
これを飽きさせずに4回分。
最後のE♭はさらに一小節伸ばしきる。
観客は大嫌いな“音が苦”が始まり、立ち上がって退散する……。そんな発想すら頭に浮かばない。
ただ、目の前で幸の放つギターの音色が、耳を突き抜けて脳を揺さぶる。
立つことも出来ずにその場で茫然とする。
幸のこのプレイはある種の一石を投じる様なものだ。
何の音の飛び道具も無く、リズム隊や、そのコード進行の上に乗ってくる唄もなく、シンプルにコードだけでイントロを弾く。
それは裸のままの自分の気持ち、生き様だけを殴りつけて観客に届けるような……、その音は生命の鼓動だ。
これはまっすぐ困難に立ち向かうような、幸の生きる力である。
一方、この村。
バーウの村は、ピーネというハーピー……、“魔物”が村に侵入した時、そして悪ガキ達が家の窓を割ってチケットを届け回った時。
どちらも隠れ、家に籠った。
消極的な防衛の仕方を見せてきた。
それは困難が去るまで逃げたということ。
本来なら魔物と、窓を割る悪漢どもと立ち向かうべきであった。
この村の人々の行動は何か生きる事から逃げているようだ。
幸のこのプレイがその村人の逃げの心に一石を投じている。
“ダダッダダ♪ダダッダダ♪ダッダダ♪”
幸がイントロを大胆に弾いている間に、リズム隊が舞台裏から上がって来ていた。
幸が最後にE♭を伸ばしている時、呆けている観客の心を叩き起こすかのように響き出すスネア。
そこにウッドベースが乗って来て、強いグルーヴ(リズムのうねりから生まれる言葉には表現しにくい思わず身体が動く様な楽しさ)を醸しだす。
幸の美しいコードの音は支えられ、遠くへ遠くへと羽ばたいていく。
イントロ最中であるが、この辺で観客にも変化が。
リズムが生まれグルーヴが、呆気に取られて立っていた人々の身体を揺らしだした。
しまいには手を叩くものも現れる。
空に羽ばたき遠くへ飛んで行く音が、具現化する演出かの様に、ピーネが空から舞降りてきた。
ピーネは裏の拍に合わせて、ハープをのせていく。
それはコードの上に乗り煌びやかさや彩を曲に与えていく。
“~~~~~~♪”
真打ち登場。
キヨラのヴァイオリンがメロディーを奏でだす。
幸から始まり、リズム隊、そしてピーネが作った土台に、縦横無尽で駆けて弾けて歌うそのヴァイオリンが、聞く人々の心にすぅーっと入っていくのが分かる。
ヴァイオリンが入り本当の意味で曲が始まる。
5人全員でシンプルな3つの和音の中に気持ちを乗せていく。
中心にいた幸に合わせて4人が並んでいるが、徐々に広めの半円陣のように輪になって行く。
それは全員の心が合わさって来たから。
自然と仲間の方に身を寄せているのだ
全員で同じビートを感じる事で溢れだす音は本当に羽ばたいていくようだ。
その音はまるで月に向かって登って行くかのように空に消えていく。
月が真夜中に輝いて……。
___Midnight Sun___
ここでさらに観客への変化が起こる。
十数人だった観客が、数十人になっている。
手前の家から、少しずつ少しずつ人が音楽に惹かれて出てきているのだ。
ステージはそんなに大きいものでもない。
反響を考えられて設置されたような壁などもない。
ステージには二つの照明と演奏者のみ。
全員が鳴らしている楽器も、遠くの屋外で弾いてるものが室内に届くほど大きな音が出る様なものではない。
音が壁を振動して微かに聞こえるか聞こえないか程度のはずである。
それでも幸達の音楽は確かに届いていた。
スピーカーやマイクやアンプのないこの演奏が、閉め切られている家の扉を、こじ開けて行くのには、2つの理由があった。
◇◇◇
一つは幸の能力、【協奏】。
これにより幸と共に演奏する者の音も、幸と同じように引き上げられるので、通常の音よりもそれぞれの楽器が遥かに大きな音が出ている。
それが5人で心を合わせて弾いてるのだ。
並みのマイクやスピーカなどに負けない音量となっていた。
そして、もう一つは、悪ガキ達が、窓に空けた穴。
タックは実は密かにこれを狙っていた。
閉め切って密閉された部屋では音は相当伝わりにくいが、窓の一つでも割れていたら話は変わる。
悪ガキ達は、全ての家の窓を一面ずつ割っていたのだ。
締めきっていた窓よりも遥かに外の音が聞こえる様になり音楽が聞こえてくる。
◇◇◇
ステージから近い家々から、どんどん人が出てくる。
村人達は、今まで聞こえなかった音楽が今初めて聞こえたのだ。
しかし、リズムの乗りかたが分からない人はいない。
身体が勝手に覚えている。
村人達は自由に身体を揺らして楽しんでいる。
「凄い!
俺達の音楽が伝わってる!
みんな喜んでるよ!!」
幸は嬉しくなって叫ぶ。
キヨラも幸の顔を見て笑って頷く。
「楽しいね!」
リズム隊は声を出せないほど必死だが口元は明らかに緩んでいる。
「楽しい!!
幸!!俺めちゃくちゃ楽しいぞ!!」
ピーネも嬉しそう。
どんな困難な場面でも家に閉じこもり出てこなかった住民が、“音が苦”を聞きに来たのだ。
“音が苦”と立ち向かい音楽を楽しむすべを得た。
それはもう音楽を好きになっているということであった。
〈楽奴の解放、人々の音楽を取り戻すこと、それらが叶えられた瞬間である。〉
ただ、音量にも限界があり、たとえ窓の一面が割られていたとしても、まだすべての家に音楽が届くには至らない。
縦に長い村である。
ステージからちょうど入り口に向かって7割ぐらいの家の人は出てきて音楽を聴いているのではないだろうか。
村のエントランス側の人々の扉は開かない。
“ダンダン”
全員で二拍の音を重ねて曲が終わる。
曲が終わって、瞬間的な無音の間が生まれる。ものの3秒くらいだろうか。
「「「「「「「「「「「うぅあぁぁあぁぁあ!!!!!」」」」」」」」」」」
無音の間は、次に来た観客の完成で一瞬でなくなった。
「凄かった!!」
「奇跡を見たみたいだ!!」
「もっと聞きたい!!」
観客は、演奏中には言えなかった、言いたかった賛辞を口にする。
必死になって演奏していた、幸達は最初呆気にとられたが、全員で顔を見合わせ笑顔になる。
「みんなー!!!
聞いてくれてありがとう!!
音楽っていいものでしょう!?」
キヨラが客に向かって叫んだ。
「「「「「「「「「「うぉおぉおおお!!」」」」」」」」
「キヨラー!」
「美し過ぎる―!!」
楽奴だという理由で見向きもしなかった、むさくるしい男達が目をハートにして口々に叫んでいる。
「ありがとーーーー!!
聞いてくれて、ありがとうーーーー!!」
幸を気が付けば叫んでいた。
心がずっと叫びたかった言葉。
「「「「「「「「きゃぁーーーーー!!!」」」」」」」」
「素敵だった―!」
「可愛い!!」
「結婚してーーー!!」
幸には黄色い声援が飛ぶ。
予想していなかったことに顔が急に赤くなっていく。
「「「「「「「「アンコール!」」」」」」」
「「「「「「「「アンコール!!」」」」」」
観客から再演の催促。
アンコールが飛び交っている。
幸達は顔を見合わせ、あと一曲しようと意気込む。
【成すため】の初めての異世界ライブ、最後の曲である。
…………。
……。
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“ザワザワ”
観客は一体何が始まるのかとステージの下で待っている。
十数人がみんな座って待機していた。
もちろん何が始まるのか知っている警備兵、そして最前列に食い込んできた、悪ガキ6人組は幸達の音楽のライブを今か今かと待っているのだ。
そしてついにその時が来た。
暗幕や仕切りの様な物がないステージなので、演奏者達は舞台の裏で、楽器も全て隠して、待機していたが、先陣を切るのは、曲目を考えた幸。
舞台裏には、はしごがあり、少しもたつきつつも、幸が登場した。
キヨラが下から、幸のギターを掲げて、それを受け取る。
客には見えない様に、そしてすぐに演奏出来る様に、肩にかけてから舞台の中心まで走り出す。
MCは当然しない。
観客に騒ぎ出すいとまも与えず、ギターをつま弾く。
「Fm D♭ E♭」
幸が、白玉(全音符で音を伸ばすこと)でギターの和音を伸びやかに弾き始めた。
導入のイントロが奏でられる。
それはシンプル過ぎるたった3つの和音だった。
これを飽きさせずに4回分。
最後のE♭はさらに一小節伸ばしきる。
観客は大嫌いな“音が苦”が始まり、立ち上がって退散する……。そんな発想すら頭に浮かばない。
ただ、目の前で幸の放つギターの音色が、耳を突き抜けて脳を揺さぶる。
立つことも出来ずにその場で茫然とする。
幸のこのプレイはある種の一石を投じる様なものだ。
何の音の飛び道具も無く、リズム隊や、そのコード進行の上に乗ってくる唄もなく、シンプルにコードだけでイントロを弾く。
それは裸のままの自分の気持ち、生き様だけを殴りつけて観客に届けるような……、その音は生命の鼓動だ。
これはまっすぐ困難に立ち向かうような、幸の生きる力である。
一方、この村。
バーウの村は、ピーネというハーピー……、“魔物”が村に侵入した時、そして悪ガキ達が家の窓を割ってチケットを届け回った時。
どちらも隠れ、家に籠った。
消極的な防衛の仕方を見せてきた。
それは困難が去るまで逃げたということ。
本来なら魔物と、窓を割る悪漢どもと立ち向かうべきであった。
この村の人々の行動は何か生きる事から逃げているようだ。
幸のこのプレイがその村人の逃げの心に一石を投じている。
“ダダッダダ♪ダダッダダ♪ダッダダ♪”
幸がイントロを大胆に弾いている間に、リズム隊が舞台裏から上がって来ていた。
幸が最後にE♭を伸ばしている時、呆けている観客の心を叩き起こすかのように響き出すスネア。
そこにウッドベースが乗って来て、強いグルーヴ(リズムのうねりから生まれる言葉には表現しにくい思わず身体が動く様な楽しさ)を醸しだす。
幸の美しいコードの音は支えられ、遠くへ遠くへと羽ばたいていく。
イントロ最中であるが、この辺で観客にも変化が。
リズムが生まれグルーヴが、呆気に取られて立っていた人々の身体を揺らしだした。
しまいには手を叩くものも現れる。
空に羽ばたき遠くへ飛んで行く音が、具現化する演出かの様に、ピーネが空から舞降りてきた。
ピーネは裏の拍に合わせて、ハープをのせていく。
それはコードの上に乗り煌びやかさや彩を曲に与えていく。
“~~~~~~♪”
真打ち登場。
キヨラのヴァイオリンがメロディーを奏でだす。
幸から始まり、リズム隊、そしてピーネが作った土台に、縦横無尽で駆けて弾けて歌うそのヴァイオリンが、聞く人々の心にすぅーっと入っていくのが分かる。
ヴァイオリンが入り本当の意味で曲が始まる。
5人全員でシンプルな3つの和音の中に気持ちを乗せていく。
中心にいた幸に合わせて4人が並んでいるが、徐々に広めの半円陣のように輪になって行く。
それは全員の心が合わさって来たから。
自然と仲間の方に身を寄せているのだ
全員で同じビートを感じる事で溢れだす音は本当に羽ばたいていくようだ。
その音はまるで月に向かって登って行くかのように空に消えていく。
月が真夜中に輝いて……。
___Midnight Sun___
ここでさらに観客への変化が起こる。
十数人だった観客が、数十人になっている。
手前の家から、少しずつ少しずつ人が音楽に惹かれて出てきているのだ。
ステージはそんなに大きいものでもない。
反響を考えられて設置されたような壁などもない。
ステージには二つの照明と演奏者のみ。
全員が鳴らしている楽器も、遠くの屋外で弾いてるものが室内に届くほど大きな音が出る様なものではない。
音が壁を振動して微かに聞こえるか聞こえないか程度のはずである。
それでも幸達の音楽は確かに届いていた。
スピーカーやマイクやアンプのないこの演奏が、閉め切られている家の扉を、こじ開けて行くのには、2つの理由があった。
◇◇◇
一つは幸の能力、【協奏】。
これにより幸と共に演奏する者の音も、幸と同じように引き上げられるので、通常の音よりもそれぞれの楽器が遥かに大きな音が出ている。
それが5人で心を合わせて弾いてるのだ。
並みのマイクやスピーカなどに負けない音量となっていた。
そして、もう一つは、悪ガキ達が、窓に空けた穴。
タックは実は密かにこれを狙っていた。
閉め切って密閉された部屋では音は相当伝わりにくいが、窓の一つでも割れていたら話は変わる。
悪ガキ達は、全ての家の窓を一面ずつ割っていたのだ。
締めきっていた窓よりも遥かに外の音が聞こえる様になり音楽が聞こえてくる。
◇◇◇
ステージから近い家々から、どんどん人が出てくる。
村人達は、今まで聞こえなかった音楽が今初めて聞こえたのだ。
しかし、リズムの乗りかたが分からない人はいない。
身体が勝手に覚えている。
村人達は自由に身体を揺らして楽しんでいる。
「凄い!
俺達の音楽が伝わってる!
みんな喜んでるよ!!」
幸は嬉しくなって叫ぶ。
キヨラも幸の顔を見て笑って頷く。
「楽しいね!」
リズム隊は声を出せないほど必死だが口元は明らかに緩んでいる。
「楽しい!!
幸!!俺めちゃくちゃ楽しいぞ!!」
ピーネも嬉しそう。
どんな困難な場面でも家に閉じこもり出てこなかった住民が、“音が苦”を聞きに来たのだ。
“音が苦”と立ち向かい音楽を楽しむすべを得た。
それはもう音楽を好きになっているということであった。
〈楽奴の解放、人々の音楽を取り戻すこと、それらが叶えられた瞬間である。〉
ただ、音量にも限界があり、たとえ窓の一面が割られていたとしても、まだすべての家に音楽が届くには至らない。
縦に長い村である。
ステージからちょうど入り口に向かって7割ぐらいの家の人は出てきて音楽を聴いているのではないだろうか。
村のエントランス側の人々の扉は開かない。
“ダンダン”
全員で二拍の音を重ねて曲が終わる。
曲が終わって、瞬間的な無音の間が生まれる。ものの3秒くらいだろうか。
「「「「「「「「「「「うぅあぁぁあぁぁあ!!!!!」」」」」」」」」」」
無音の間は、次に来た観客の完成で一瞬でなくなった。
「凄かった!!」
「奇跡を見たみたいだ!!」
「もっと聞きたい!!」
観客は、演奏中には言えなかった、言いたかった賛辞を口にする。
必死になって演奏していた、幸達は最初呆気にとられたが、全員で顔を見合わせ笑顔になる。
「みんなー!!!
聞いてくれてありがとう!!
音楽っていいものでしょう!?」
キヨラが客に向かって叫んだ。
「「「「「「「「「「うぉおぉおおお!!」」」」」」」」
「キヨラー!」
「美し過ぎる―!!」
楽奴だという理由で見向きもしなかった、むさくるしい男達が目をハートにして口々に叫んでいる。
「ありがとーーーー!!
聞いてくれて、ありがとうーーーー!!」
幸を気が付けば叫んでいた。
心がずっと叫びたかった言葉。
「「「「「「「「きゃぁーーーーー!!!」」」」」」」」
「素敵だった―!」
「可愛い!!」
「結婚してーーー!!」
幸には黄色い声援が飛ぶ。
予想していなかったことに顔が急に赤くなっていく。
「「「「「「「「アンコール!」」」」」」」
「「「「「「「「アンコール!!」」」」」」
観客から再演の催促。
アンコールが飛び交っている。
幸達は顔を見合わせ、あと一曲しようと意気込む。
【成すため】の初めての異世界ライブ、最後の曲である。
…………。
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