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第3部 私達でなければならない
龍をそして奴を救え
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ハイネは自分の頭の中がひっくり返る感覚に陥った。そんなはずがない。
バルツ将軍が龍身よりもジーナの味方をするだなんて。
頭が混乱し口を閉ざしたままのハイネを見ながら龍身は語る。幾分か憎悪が籠ったその瞳で。
「不信仰者であるやつを受け入れたのは、あれだ。そればかりではない。やつの希望をほぼ聞き入れ、前に前へと配置し龍の護衛にまで押し上げたのはやつである。それが意識的だろうと無意識的だろうかと、妾はこう思っておる。バルツはジーナの潜在的な協力者だとな」
シアフィル解放戦線のバルツ将軍。その名を口にする時にその人を知るものたちの誰もが頭に思い浮かべ胸に抱くものことは一つ、その敬虔心である。
先ず、その狂信的であるともいえる強い信仰心こそが彼なのであった。そこから白髪混じりの口髭に大きな鼻を連想する。
このハイネもその例に漏らさずどのような発言も行動もその龍への信仰が優先されていると考えてから受け止めていた。
だが、その彼の信仰心を否定するものが初めて現れたとハイネは思い、そう語るものを見つめる。
そしてそれがその信仰の対象である龍であることに、まだ頭の中が整理されていないまま話を聞くしかなかった。
「いいえ。あの方は純粋な信仰心をお持ちで決してそのようなことは」
朝に日が昇り夕方になったら日が沈む、と説明している気分にハイネはなった。
「だが妾はそう思わぬ」
どうやら太陽は西から昇り東へ落ちるとのことらしい。
「仮にここでやつに龍かジーナかのどちらかを選べと迫ってみろ。お前も奴がどう反応するか想像するがよい」
当然バルツ将軍なら龍を……とハイネは想像しようとしたが、そこには笑顔のバルツ将軍はおらず、苦悩する老人の表情があった。
「拘束せよ、といったこちらの要請に快諾するバルツの顔が思う浮かべるか? 違うはずだ」
腹の内が見透かされハイネは全員が冷たくなる。想像とはいえまさかこうなるとは。
他のものならいざ知らず、あのバルツ将軍にこんな疑惑が生じるだなんて。
「無論やつは偉大なる信仰者であることは妾は疑ってはおらぬ。あれと比べてもこの龍への信仰心の方が強いのは確実だ。だが、な。多く見積もっても9・1のように完全にはならぬ。ほんの僅かなものが妾には気に喰わぬし気がかりだ。まだ疑うのなら思い出してみよ、例の龍殺しの件のことをな。あれだって導師がバルツに強く迫らなかったら決定できなかったではないか」
「あれはたとえ偽龍だとしても龍を討つことへの躊躇いによるものではないでしょうか」
「妾はそうだとは見ぬ。バルツは偽龍を討つことに躊躇ったのではなない。あれに討たせることに抵抗があったのだ」
「重ね重ねお尋ねして恐縮ですが、彼が、ジーナがその役目を受けることにどうしてそこまで?」
「決まっていたからだ」
宣言のような龍身の言葉にハイネはもうそれ以上聞くことはできず、その伽藍洞となっている左の眼孔の闇に意識が吸い込まれる。
「偽龍を討つものはな、あれに決まっていた、龍を討つものは始めから決まっておったのだ。だからこそバルツは西の地であれと出会い戦士として迎い入れた。たとえバルツ自身にその自覚はなかったとしても何らかの予感はあったはずだ。そういうものであるからな、ただ一人を選ぶことしかできぬからな。あれでなければならなかった。しかしあの土壇場で尻込みをしおってからに。そうであるからこれを以ってこれを見るに……バルツはジーナの味方をする可能性がある」
龍身が何を言っているのかハイネはますます分からなくなってきた。わからない、バルツ将軍は龍の味方しかしないというのに、その当の本人である龍自身がそのことを疑ってやまない。しかもあのジーナに? それではまるで……まるで
「バルツ将軍がそこまで彼に入れ込むのならまるで彼が……ジーナが龍のようですね」
言った途端にハイネは自分の口に手を当ててから心中で叫ぶ、何という失言を!
だがもう遅くその失言は龍身自身の耳に既に入ったのか龍身の表情は硬くなるも、微かに崩れすぐに元に戻した。
それでも、笑ったとハイネはその一瞬の笑みを見逃さなかった。どうして今ので笑う? そしてそれは見間違えではないとも思った。
「聞かなかったことにしてやろう。けどまぁそういう冗談は嫌いではないぞ。そうだのぉ……冗談に冗談を重ねてみるか。こんなのはどうだ? あれは龍の一族である、というのは」
今度はハイネが笑いだした。安堵感も混じったその笑い声に龍身も釣られたのか微笑んだ。
「ずいぶんなブラックジョークでありますね。あの彼が龍の一族とか、最も有り得ない人物の筆頭ですよ」
「最も有り得ないからこそ最も有り得るというのはどうだ?」
「逆説もいいところですね。あの龍身様に対する不敬極まる態度からして考えられないですよ」
「龍は龍に対して敬意を払わないだろうに? 自分が一番だという意思のみを持ち、違う龍を敵対視するというわけで」
「龍を討つ役目を積極的に担おうとしたのも龍であったから可能であったとでも? むしろ自分にとって好都合であったと」
然り、と龍身は笑いながらそう言うもハイネは冗談が続いていると思っているにしても胸の奥で嫌な音が鳴った。胸騒ぎ的な警戒音か。
「畏まりました。ジーナが龍だとしましょう。彼に西の砂漠を越えたのは龍であるからであり、人の姿となりバルツ将軍と出会う。バルツ将軍はジーナが龍とは分かるはずがありませんが、そこは篤信家。無意識によって彼が龍だと心のどこかで把握し厚く待遇し迎い入れる。彼は龍の力によって最前線の異名をとるほどの活躍を見せます。バルツ将軍は彼を上の職に就けたいと思うも、彼はそれをずっと固辞する。それは前線にいなければならないからであり、その理由とは龍と戦う為です」
異常な仮定で始めた気まぐれな展開であるのに話の流れに違和感を覚えないどころか摩擦音さえなく、疑惑の隙間に言葉がすべて入り過不足なく埋まりはまっていく感覚は穴へスムーズに落下していく気持ち悪い感覚すらあり、ハイネは抵抗感を覚えるが止まらない。
止めないといけないのに龍身の左眼孔を見つめられるとそこに誘われる様に、落ちていく。
「世界には龍はただ一つであるのですが、当時はその秩序が乱れに乱れた乱世ともいえました。互いの龍は戦った理由がそうですし、もしも彼が龍だとしたらまさに三つ巴状態であり、実際に三頭のうちの一龍は討たれ我々はこれで世界は一つの龍だけとなり平和がもたらされたと信じて疑いません。けれどもその仮定によればまだ龍は二頭おり、そのうちの一龍は龍化の儀式が終わりましたら最初に会いたいと謎の言葉を言った。それはつまり、その出会うということは……」
ハイネは、見た。再びの白昼夢さながらの幻覚が頭を一瞬によぎった。
その男が剣を手に前へ飛ぼうとしているところを。そして飛び込む先にあるそれを、それがなにかを……
「つまりは最後は……」
その先を見ないためにハイネは瞼を閉じ闇に意識と言葉を投じた。これ以上見ても考えても語ってはならない。
そんなことはあってはならない。だがハイネの耳に言葉が這入ってきた。
「つまり最後は、なんだ?」
瞼を開くと龍身が身を乗り出していた。吐息がかかる。それはハイネの嗅いだことのない知らない臭いがした。
「どうした? その先はどうなっておる? 黙っていないで続けるのだ。それはお前が想像し語りだした物語なのだぞ?」
見つめる眼孔の闇の奥は光は宿ってはいない。虚無的なまでの無限の闇がそこにあり光の代わりに響きが言葉がある。
自分が封じようとしているそれを龍身は知っているとハイネは分かるも分からないことがすぐに発生する。
分かっていながらどうして自分にそれを言わせようとするのか? どうして私をそこまで追い詰めようとする。
「最後まで言い切るのだハイネ。ジーナは妾に何をしようとしているのだ?」
何故矛盾し交錯するのか? 同じく白昼夢である新しいイメージは前のイメージと正反対であるのに、そこに違和感も不可解さも感じなかった。
だからこそハイネは混乱する。否定し合わないのはどうして? 有り得ないことであるのに。
ジーナはあの人を連れ去り同時に龍を……また再びそれを思い浮かべようとするもハイネは瞼を強くつぶり、叫び声を絞り出した。
「……できません!」
「ならば、それでよし」
福音のような声によってハイネの瞼は自然に開くと龍身は遠く、といってもいつのまにか長椅子に座り直し脚を長々と手すりにもたれ掛けさせていた。
「お前がそこまで苦しみ口にすることができないというものは、それなのだろう。妾も同じことをイメージしているはずだ。これでよく分かった。のぉハイネ。それは、罪であるな?」
龍の尋ねにハイネは反射的に背筋を伸ばしながら答える。
「何よりの大罪です」
「そうだ罪深い。よってそれを口にすることは許されず想像することすら制限せねばならない。その胸の奥底に留めておけ。そしてこの可能性に気付いているのは妾とお前のみである」
長椅子に横になりながら龍身は天を見上げハイネの方を見ない。見ないように、している?
ハイネはそう思うと龍身の声の調子が変わる。いつものように、会話ではなく、命令の調子で。
もう語り合うことは終わったのだろう。
「己の為すべきことは分かっておるだろうな?」
「彼を止める……」
導かれるようにハイネが答えるとさらに意識が引っ張られるようにして龍身はそれを掴む。
「そうだ。やつは龍ではない何かによって動かされている可能性は高い。何らかの使命を背負い目的を果たすまで止まらないとしたらこれは厄介極まる。その使命が何であれ、それはこちらからしてみれば動機よりもその行為が重大だ。動機など興味があるのならあとでたっぷりと聞けばよい。いま真っ先に考えそしてやらなければならぬことはひとつ。ジーナを止め龍の目覚めのはじめの時に居合わさせるな、これのみだ。手段は問わぬ」
「それでありましたら私はそのことについて以前から考えていたことがあります。その計画を始めさせていただけるのならきっと」
「ならばそれをやるのだハイネ」
横たわっていた身体が跳ね上がるようにして長椅子の上で座り直し龍身はハイネを見た。
「龍をそして奴を救うのだ」
ハイネは腹の奥が心地良い熱が仄かに燃えあがるのを感じる。
「言葉にはできぬ大罪を犯すであろう男を救うのだ。お前はその為にここに来た」
「……はい、そうです龍身様。彼を救えるのは、私だけです。他の誰でもない。私でなければなりません」
それは無論……あの人でもない。龍身の顔を見ながらハイネはそう心に言うとその龍身の左顔が歪み……のではなく笑った、ように見えた。
「そう言ってくれると信じていたぞ。これを持って行け」
龍身は懐から小瓶を取り出しハイネの手の上に乗せた。水色と紫色のグラデーションの液体は見た目に反して重いと感じた。
「どんなに巨大で凶暴な獣であってもすぐに身体の自由を奪ってしまえる代物だ。やつはそれに匹敵するであろうからそれにした。だがまぁ安心するがよい死ぬことはない代物だ。あのあいつを毒殺したなどとバルツの耳に入ってみろ。面倒なことになるやもしれんし、お前がやつを毒殺したら妾とて後味が悪いし今後の関係も破綻してしまうしな。だからといってお前以外にはそれを仕込める機会もなかろう。お前のタイミングでそれを奴に与えよ」
ハイネは返事をせずに小瓶を耳元に寄らせ軽く揺すってみた。中で弾ける液体音が微かに聞こえ微笑んだ。
これは自由と解放の音色なのだ、と。それはもちろん一人のではなく二人の、二人で鳴らす幸福の鐘のようなものだと。
「彼は、罪人です」
龍身は返事の代わりに頷いた。
「私は彼を救いたい……思えばただそれだけでした」
もう一度瓶揺らすとまた水音が聞こえ眼の前に運ぶとそのまだ交わらない青色と紫色にハイネは愛しさを覚えた。
バルツ将軍が龍身よりもジーナの味方をするだなんて。
頭が混乱し口を閉ざしたままのハイネを見ながら龍身は語る。幾分か憎悪が籠ったその瞳で。
「不信仰者であるやつを受け入れたのは、あれだ。そればかりではない。やつの希望をほぼ聞き入れ、前に前へと配置し龍の護衛にまで押し上げたのはやつである。それが意識的だろうと無意識的だろうかと、妾はこう思っておる。バルツはジーナの潜在的な協力者だとな」
シアフィル解放戦線のバルツ将軍。その名を口にする時にその人を知るものたちの誰もが頭に思い浮かべ胸に抱くものことは一つ、その敬虔心である。
先ず、その狂信的であるともいえる強い信仰心こそが彼なのであった。そこから白髪混じりの口髭に大きな鼻を連想する。
このハイネもその例に漏らさずどのような発言も行動もその龍への信仰が優先されていると考えてから受け止めていた。
だが、その彼の信仰心を否定するものが初めて現れたとハイネは思い、そう語るものを見つめる。
そしてそれがその信仰の対象である龍であることに、まだ頭の中が整理されていないまま話を聞くしかなかった。
「いいえ。あの方は純粋な信仰心をお持ちで決してそのようなことは」
朝に日が昇り夕方になったら日が沈む、と説明している気分にハイネはなった。
「だが妾はそう思わぬ」
どうやら太陽は西から昇り東へ落ちるとのことらしい。
「仮にここでやつに龍かジーナかのどちらかを選べと迫ってみろ。お前も奴がどう反応するか想像するがよい」
当然バルツ将軍なら龍を……とハイネは想像しようとしたが、そこには笑顔のバルツ将軍はおらず、苦悩する老人の表情があった。
「拘束せよ、といったこちらの要請に快諾するバルツの顔が思う浮かべるか? 違うはずだ」
腹の内が見透かされハイネは全員が冷たくなる。想像とはいえまさかこうなるとは。
他のものならいざ知らず、あのバルツ将軍にこんな疑惑が生じるだなんて。
「無論やつは偉大なる信仰者であることは妾は疑ってはおらぬ。あれと比べてもこの龍への信仰心の方が強いのは確実だ。だが、な。多く見積もっても9・1のように完全にはならぬ。ほんの僅かなものが妾には気に喰わぬし気がかりだ。まだ疑うのなら思い出してみよ、例の龍殺しの件のことをな。あれだって導師がバルツに強く迫らなかったら決定できなかったではないか」
「あれはたとえ偽龍だとしても龍を討つことへの躊躇いによるものではないでしょうか」
「妾はそうだとは見ぬ。バルツは偽龍を討つことに躊躇ったのではなない。あれに討たせることに抵抗があったのだ」
「重ね重ねお尋ねして恐縮ですが、彼が、ジーナがその役目を受けることにどうしてそこまで?」
「決まっていたからだ」
宣言のような龍身の言葉にハイネはもうそれ以上聞くことはできず、その伽藍洞となっている左の眼孔の闇に意識が吸い込まれる。
「偽龍を討つものはな、あれに決まっていた、龍を討つものは始めから決まっておったのだ。だからこそバルツは西の地であれと出会い戦士として迎い入れた。たとえバルツ自身にその自覚はなかったとしても何らかの予感はあったはずだ。そういうものであるからな、ただ一人を選ぶことしかできぬからな。あれでなければならなかった。しかしあの土壇場で尻込みをしおってからに。そうであるからこれを以ってこれを見るに……バルツはジーナの味方をする可能性がある」
龍身が何を言っているのかハイネはますます分からなくなってきた。わからない、バルツ将軍は龍の味方しかしないというのに、その当の本人である龍自身がそのことを疑ってやまない。しかもあのジーナに? それではまるで……まるで
「バルツ将軍がそこまで彼に入れ込むのならまるで彼が……ジーナが龍のようですね」
言った途端にハイネは自分の口に手を当ててから心中で叫ぶ、何という失言を!
だがもう遅くその失言は龍身自身の耳に既に入ったのか龍身の表情は硬くなるも、微かに崩れすぐに元に戻した。
それでも、笑ったとハイネはその一瞬の笑みを見逃さなかった。どうして今ので笑う? そしてそれは見間違えではないとも思った。
「聞かなかったことにしてやろう。けどまぁそういう冗談は嫌いではないぞ。そうだのぉ……冗談に冗談を重ねてみるか。こんなのはどうだ? あれは龍の一族である、というのは」
今度はハイネが笑いだした。安堵感も混じったその笑い声に龍身も釣られたのか微笑んだ。
「ずいぶんなブラックジョークでありますね。あの彼が龍の一族とか、最も有り得ない人物の筆頭ですよ」
「最も有り得ないからこそ最も有り得るというのはどうだ?」
「逆説もいいところですね。あの龍身様に対する不敬極まる態度からして考えられないですよ」
「龍は龍に対して敬意を払わないだろうに? 自分が一番だという意思のみを持ち、違う龍を敵対視するというわけで」
「龍を討つ役目を積極的に担おうとしたのも龍であったから可能であったとでも? むしろ自分にとって好都合であったと」
然り、と龍身は笑いながらそう言うもハイネは冗談が続いていると思っているにしても胸の奥で嫌な音が鳴った。胸騒ぎ的な警戒音か。
「畏まりました。ジーナが龍だとしましょう。彼に西の砂漠を越えたのは龍であるからであり、人の姿となりバルツ将軍と出会う。バルツ将軍はジーナが龍とは分かるはずがありませんが、そこは篤信家。無意識によって彼が龍だと心のどこかで把握し厚く待遇し迎い入れる。彼は龍の力によって最前線の異名をとるほどの活躍を見せます。バルツ将軍は彼を上の職に就けたいと思うも、彼はそれをずっと固辞する。それは前線にいなければならないからであり、その理由とは龍と戦う為です」
異常な仮定で始めた気まぐれな展開であるのに話の流れに違和感を覚えないどころか摩擦音さえなく、疑惑の隙間に言葉がすべて入り過不足なく埋まりはまっていく感覚は穴へスムーズに落下していく気持ち悪い感覚すらあり、ハイネは抵抗感を覚えるが止まらない。
止めないといけないのに龍身の左眼孔を見つめられるとそこに誘われる様に、落ちていく。
「世界には龍はただ一つであるのですが、当時はその秩序が乱れに乱れた乱世ともいえました。互いの龍は戦った理由がそうですし、もしも彼が龍だとしたらまさに三つ巴状態であり、実際に三頭のうちの一龍は討たれ我々はこれで世界は一つの龍だけとなり平和がもたらされたと信じて疑いません。けれどもその仮定によればまだ龍は二頭おり、そのうちの一龍は龍化の儀式が終わりましたら最初に会いたいと謎の言葉を言った。それはつまり、その出会うということは……」
ハイネは、見た。再びの白昼夢さながらの幻覚が頭を一瞬によぎった。
その男が剣を手に前へ飛ぼうとしているところを。そして飛び込む先にあるそれを、それがなにかを……
「つまりは最後は……」
その先を見ないためにハイネは瞼を閉じ闇に意識と言葉を投じた。これ以上見ても考えても語ってはならない。
そんなことはあってはならない。だがハイネの耳に言葉が這入ってきた。
「つまり最後は、なんだ?」
瞼を開くと龍身が身を乗り出していた。吐息がかかる。それはハイネの嗅いだことのない知らない臭いがした。
「どうした? その先はどうなっておる? 黙っていないで続けるのだ。それはお前が想像し語りだした物語なのだぞ?」
見つめる眼孔の闇の奥は光は宿ってはいない。虚無的なまでの無限の闇がそこにあり光の代わりに響きが言葉がある。
自分が封じようとしているそれを龍身は知っているとハイネは分かるも分からないことがすぐに発生する。
分かっていながらどうして自分にそれを言わせようとするのか? どうして私をそこまで追い詰めようとする。
「最後まで言い切るのだハイネ。ジーナは妾に何をしようとしているのだ?」
何故矛盾し交錯するのか? 同じく白昼夢である新しいイメージは前のイメージと正反対であるのに、そこに違和感も不可解さも感じなかった。
だからこそハイネは混乱する。否定し合わないのはどうして? 有り得ないことであるのに。
ジーナはあの人を連れ去り同時に龍を……また再びそれを思い浮かべようとするもハイネは瞼を強くつぶり、叫び声を絞り出した。
「……できません!」
「ならば、それでよし」
福音のような声によってハイネの瞼は自然に開くと龍身は遠く、といってもいつのまにか長椅子に座り直し脚を長々と手すりにもたれ掛けさせていた。
「お前がそこまで苦しみ口にすることができないというものは、それなのだろう。妾も同じことをイメージしているはずだ。これでよく分かった。のぉハイネ。それは、罪であるな?」
龍の尋ねにハイネは反射的に背筋を伸ばしながら答える。
「何よりの大罪です」
「そうだ罪深い。よってそれを口にすることは許されず想像することすら制限せねばならない。その胸の奥底に留めておけ。そしてこの可能性に気付いているのは妾とお前のみである」
長椅子に横になりながら龍身は天を見上げハイネの方を見ない。見ないように、している?
ハイネはそう思うと龍身の声の調子が変わる。いつものように、会話ではなく、命令の調子で。
もう語り合うことは終わったのだろう。
「己の為すべきことは分かっておるだろうな?」
「彼を止める……」
導かれるようにハイネが答えるとさらに意識が引っ張られるようにして龍身はそれを掴む。
「そうだ。やつは龍ではない何かによって動かされている可能性は高い。何らかの使命を背負い目的を果たすまで止まらないとしたらこれは厄介極まる。その使命が何であれ、それはこちらからしてみれば動機よりもその行為が重大だ。動機など興味があるのならあとでたっぷりと聞けばよい。いま真っ先に考えそしてやらなければならぬことはひとつ。ジーナを止め龍の目覚めのはじめの時に居合わさせるな、これのみだ。手段は問わぬ」
「それでありましたら私はそのことについて以前から考えていたことがあります。その計画を始めさせていただけるのならきっと」
「ならばそれをやるのだハイネ」
横たわっていた身体が跳ね上がるようにして長椅子の上で座り直し龍身はハイネを見た。
「龍をそして奴を救うのだ」
ハイネは腹の奥が心地良い熱が仄かに燃えあがるのを感じる。
「言葉にはできぬ大罪を犯すであろう男を救うのだ。お前はその為にここに来た」
「……はい、そうです龍身様。彼を救えるのは、私だけです。他の誰でもない。私でなければなりません」
それは無論……あの人でもない。龍身の顔を見ながらハイネはそう心に言うとその龍身の左顔が歪み……のではなく笑った、ように見えた。
「そう言ってくれると信じていたぞ。これを持って行け」
龍身は懐から小瓶を取り出しハイネの手の上に乗せた。水色と紫色のグラデーションの液体は見た目に反して重いと感じた。
「どんなに巨大で凶暴な獣であってもすぐに身体の自由を奪ってしまえる代物だ。やつはそれに匹敵するであろうからそれにした。だがまぁ安心するがよい死ぬことはない代物だ。あのあいつを毒殺したなどとバルツの耳に入ってみろ。面倒なことになるやもしれんし、お前がやつを毒殺したら妾とて後味が悪いし今後の関係も破綻してしまうしな。だからといってお前以外にはそれを仕込める機会もなかろう。お前のタイミングでそれを奴に与えよ」
ハイネは返事をせずに小瓶を耳元に寄らせ軽く揺すってみた。中で弾ける液体音が微かに聞こえ微笑んだ。
これは自由と解放の音色なのだ、と。それはもちろん一人のではなく二人の、二人で鳴らす幸福の鐘のようなものだと。
「彼は、罪人です」
龍身は返事の代わりに頷いた。
「私は彼を救いたい……思えばただそれだけでした」
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