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第3部 私達でなければならない
私とあなたの血の味
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ヘイムの右目に鈍い光が走る。
「傷つけたからにはそれは自分のものだというのか、え?」
「そういうことではありません。ただ事実を申したまでで」
「大袈裟な。それに違うぞ。その痕は妾が自分で自分を傷つけただけだ。そなたという存在を使ってな」
「私だから使ったのですよね」
「何が言いたい?」
「私でないと、こんなことはさせない」
「だいたいせぬだろうに。事の発端である妾の口の中に指を入れるとかな。おいおいだから深刻そうな顔をするな。こんなのは大したことではない。見た目がそうだから大袈裟に見えるだけで、あっ」
ジーナもヘイムに合わせて声を出した。痕から血がいまごろ滲み出して来るのを二人は見ていた。
血が皮膚にゆっくりと淡く広がり朱を、見た。
「いつまでも見つめていないでなんとかしろ」
「あっはい」
「っで、どうする?」
どうする、と言われジーナは何も手段がないことに気付いた。こういう時、とジーナは戦場を思い出した。
「早くしろ」
だがそれは、と思うもヘイムの肌に滲み続ける血の朱がより濃くなっていくのを見ると、意識が一瞬高く跳ねる。
「こうします」
ジーナはその手をその指を再び口元に引き、唇で受け止めた。
「ああ、そうか」
無感動な声を聞きながら血が唇から舌に伝わると口内に血の臭いが広がるも、いつの間にか呑み込んでいた薔薇の香りが奥から戻り、両者が交わり混じった。
血はなおも止らずにまるで与えるためのように流れ続けジーナの身体の中に入っていき、その間ヘイムは動かず何も言わずそのままでいた。
やがて血の味がしなくなるとジーナは唇を離し、目で見た。
そこには血の色どころか痕すら残ってはいなかった。そんなに長い間も? それともこれは幻だったのか? ジーナは息を吸うと冷たい外気が口内の香りを掻き回しより一層鮮明にさせる。
その薔薇と血と。そうやはり血は流れていた。だがその形跡はどこにもない。
「止ったようだな。はいご苦労。しかしなんでハンカチをいつも持ち歩かぬ」
ヘイムは自分のハンカチを取り出し指を拭いながら言った。
「男ですので」
「開き直るな。というかこの前に同じことを言ったしそれなのに持ってこないのは怠慢以外のなにものでもない。どうしてか今回といい前回といい度々いつも必要になるな。それにしてもずいぶんと時間をかけて綺麗にしていたが、なにか味でもあったのか?」
「血の味がしました」
「当たり前だ。なんだそれだけか? そなた以外はこんなことを出来るものは他におらんというのに」
「これも私以外のものはしませんよね」
「また当然のことを。そんな凡庸なことを言いよって……つまらん奴だ」
ヘイムが黙り、何かを待っている風に腕を組んだ。ジーナは少しだけ考え、声を発した。
「あの……ヘイム様の血の味がしました」
「フッ!」
ヘイムは鼻で笑った。
「ハハッ足りない頭を絞ったらその程度の言葉が出てきたか。まぁそれぐらいだろうがな」
「私と同じ血の味がしました」
「なんだと?」
笑い声は消え、不思議な声の響きが空気を震わせているとジーナには聞こえてきた。
「聞き捨てならぬ言葉が来たな」
顔も声も不機嫌で攻撃的であるのに
「もう一度言ってみろ」
どうしてか眼は柔らかな光を宿していた
「黙るでない。言えるものなら同じ言葉を妾に言ってみろ」
衝動的にジーナはヘイムを喜ばせたくなり、思いつくまま言葉を贈った。
「ヘイム様の血は私の血と同じ味がしました」
ヘイムが自分の右人差し指に微かに残った痕を、舐めた。
「血の味はもうせぬが、まぁなんとなくわかるであろう。早速調べることにするから、ほれ左人差し指を出せ」
「……なにをするのです?」
「そなたの血を調べるに決まっているだろうに。同じ方法を用いるのが最適だ。もたもたせずにちゃっちゃっと出すものを出せ」
ジーナは自分の左人差し指の付け根を見ると、そこには噛み痕は残っておらず痛みすらなく、いまもしも噛まれたら果たして痛みは……
「口の中に指を入れるなとあなたは私に対して言っていましたが」
「勝手に入れるなと言ったのだ。人の話をよく聞け。歯の治療もあるだろうし絶対に入れさせないとは妾は言っとらんぞ。そなたの頭はその見た目通りに石しか詰まっとらんのか?」
分かりました、とジーナは指を差し出すとヘイムは先ずは右手で引き取った。
「前以て言うが、もし違ったら、これはもう、ただでは、済まぬ、というか済まさぬぞ」
「どのようなことが起きようと覚悟しておきます」
「随分と自信ありげだな。あるいはそんなに指が噛まれるのが好きなのか?」
「好きなはずがない」
「そうか? やけに素直に出したではないか。これを他の誰かに言われたらそなたは出すのか」
「出すわけがないでしょ。あなただって……」
何かに気付いたジーナは口を半開きのままそれ以上なにも言えずにいると、首を傾げていたヘイムがしばらくすると笑った。
「なんだその顔は、笑わせるでない。突発性の失語症か? あなただって、の続きは何だ? 妾が思うにこう言いたかったのではないか? あなただって他の男の指を噛んだりはしないでしょう、て。どうだ、当りだろ?」
「傷つけたからにはそれは自分のものだというのか、え?」
「そういうことではありません。ただ事実を申したまでで」
「大袈裟な。それに違うぞ。その痕は妾が自分で自分を傷つけただけだ。そなたという存在を使ってな」
「私だから使ったのですよね」
「何が言いたい?」
「私でないと、こんなことはさせない」
「だいたいせぬだろうに。事の発端である妾の口の中に指を入れるとかな。おいおいだから深刻そうな顔をするな。こんなのは大したことではない。見た目がそうだから大袈裟に見えるだけで、あっ」
ジーナもヘイムに合わせて声を出した。痕から血がいまごろ滲み出して来るのを二人は見ていた。
血が皮膚にゆっくりと淡く広がり朱を、見た。
「いつまでも見つめていないでなんとかしろ」
「あっはい」
「っで、どうする?」
どうする、と言われジーナは何も手段がないことに気付いた。こういう時、とジーナは戦場を思い出した。
「早くしろ」
だがそれは、と思うもヘイムの肌に滲み続ける血の朱がより濃くなっていくのを見ると、意識が一瞬高く跳ねる。
「こうします」
ジーナはその手をその指を再び口元に引き、唇で受け止めた。
「ああ、そうか」
無感動な声を聞きながら血が唇から舌に伝わると口内に血の臭いが広がるも、いつの間にか呑み込んでいた薔薇の香りが奥から戻り、両者が交わり混じった。
血はなおも止らずにまるで与えるためのように流れ続けジーナの身体の中に入っていき、その間ヘイムは動かず何も言わずそのままでいた。
やがて血の味がしなくなるとジーナは唇を離し、目で見た。
そこには血の色どころか痕すら残ってはいなかった。そんなに長い間も? それともこれは幻だったのか? ジーナは息を吸うと冷たい外気が口内の香りを掻き回しより一層鮮明にさせる。
その薔薇と血と。そうやはり血は流れていた。だがその形跡はどこにもない。
「止ったようだな。はいご苦労。しかしなんでハンカチをいつも持ち歩かぬ」
ヘイムは自分のハンカチを取り出し指を拭いながら言った。
「男ですので」
「開き直るな。というかこの前に同じことを言ったしそれなのに持ってこないのは怠慢以外のなにものでもない。どうしてか今回といい前回といい度々いつも必要になるな。それにしてもずいぶんと時間をかけて綺麗にしていたが、なにか味でもあったのか?」
「血の味がしました」
「当たり前だ。なんだそれだけか? そなた以外はこんなことを出来るものは他におらんというのに」
「これも私以外のものはしませんよね」
「また当然のことを。そんな凡庸なことを言いよって……つまらん奴だ」
ヘイムが黙り、何かを待っている風に腕を組んだ。ジーナは少しだけ考え、声を発した。
「あの……ヘイム様の血の味がしました」
「フッ!」
ヘイムは鼻で笑った。
「ハハッ足りない頭を絞ったらその程度の言葉が出てきたか。まぁそれぐらいだろうがな」
「私と同じ血の味がしました」
「なんだと?」
笑い声は消え、不思議な声の響きが空気を震わせているとジーナには聞こえてきた。
「聞き捨てならぬ言葉が来たな」
顔も声も不機嫌で攻撃的であるのに
「もう一度言ってみろ」
どうしてか眼は柔らかな光を宿していた
「黙るでない。言えるものなら同じ言葉を妾に言ってみろ」
衝動的にジーナはヘイムを喜ばせたくなり、思いつくまま言葉を贈った。
「ヘイム様の血は私の血と同じ味がしました」
ヘイムが自分の右人差し指に微かに残った痕を、舐めた。
「血の味はもうせぬが、まぁなんとなくわかるであろう。早速調べることにするから、ほれ左人差し指を出せ」
「……なにをするのです?」
「そなたの血を調べるに決まっているだろうに。同じ方法を用いるのが最適だ。もたもたせずにちゃっちゃっと出すものを出せ」
ジーナは自分の左人差し指の付け根を見ると、そこには噛み痕は残っておらず痛みすらなく、いまもしも噛まれたら果たして痛みは……
「口の中に指を入れるなとあなたは私に対して言っていましたが」
「勝手に入れるなと言ったのだ。人の話をよく聞け。歯の治療もあるだろうし絶対に入れさせないとは妾は言っとらんぞ。そなたの頭はその見た目通りに石しか詰まっとらんのか?」
分かりました、とジーナは指を差し出すとヘイムは先ずは右手で引き取った。
「前以て言うが、もし違ったら、これはもう、ただでは、済まぬ、というか済まさぬぞ」
「どのようなことが起きようと覚悟しておきます」
「随分と自信ありげだな。あるいはそんなに指が噛まれるのが好きなのか?」
「好きなはずがない」
「そうか? やけに素直に出したではないか。これを他の誰かに言われたらそなたは出すのか」
「出すわけがないでしょ。あなただって……」
何かに気付いたジーナは口を半開きのままそれ以上なにも言えずにいると、首を傾げていたヘイムがしばらくすると笑った。
「なんだその顔は、笑わせるでない。突発性の失語症か? あなただって、の続きは何だ? 妾が思うにこう言いたかったのではないか? あなただって他の男の指を噛んだりはしないでしょう、て。どうだ、当りだろ?」
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