龍を討つもの、龍となるもの

かみやなおあき

文字の大きさ
上 下
241 / 313
第3部 私達でなければならない

私とあなたの血の味

しおりを挟む
 ヘイムの右目に鈍い光が走る。

「傷つけたからにはそれは自分のものだというのか、え?」

「そういうことではありません。ただ事実を申したまでで」

「大袈裟な。それに違うぞ。その痕は妾が自分で自分を傷つけただけだ。そなたという存在を使ってな」

「私だから使ったのですよね」

「何が言いたい?」

「私でないと、こんなことはさせない」

「だいたいせぬだろうに。事の発端である妾の口の中に指を入れるとかな。おいおいだから深刻そうな顔をするな。こんなのは大したことではない。見た目がそうだから大袈裟に見えるだけで、あっ」

 ジーナもヘイムに合わせて声を出した。痕から血がいまごろ滲み出して来るのを二人は見ていた。

 血が皮膚にゆっくりと淡く広がり朱を、見た。

「いつまでも見つめていないでなんとかしろ」

「あっはい」

「っで、どうする?」

 どうする、と言われジーナは何も手段がないことに気付いた。こういう時、とジーナは戦場を思い出した。

「早くしろ」

 だがそれは、と思うもヘイムの肌に滲み続ける血の朱がより濃くなっていくのを見ると、意識が一瞬高く跳ねる。

「こうします」

 ジーナはその手をその指を再び口元に引き、唇で受け止めた。

「ああ、そうか」

 無感動な声を聞きながら血が唇から舌に伝わると口内に血の臭いが広がるも、いつの間にか呑み込んでいた薔薇の香りが奥から戻り、両者が交わり混じった。

 血はなおも止らずにまるで与えるためのように流れ続けジーナの身体の中に入っていき、その間ヘイムは動かず何も言わずそのままでいた。

 やがて血の味がしなくなるとジーナは唇を離し、目で見た。

 そこには血の色どころか痕すら残ってはいなかった。そんなに長い間も? それともこれは幻だったのか? ジーナは息を吸うと冷たい外気が口内の香りを掻き回しより一層鮮明にさせる。

 その薔薇と血と。そうやはり血は流れていた。だがその形跡はどこにもない。

「止ったようだな。はいご苦労。しかしなんでハンカチをいつも持ち歩かぬ」

 ヘイムは自分のハンカチを取り出し指を拭いながら言った。

「男ですので」

「開き直るな。というかこの前に同じことを言ったしそれなのに持ってこないのは怠慢以外のなにものでもない。どうしてか今回といい前回といい度々いつも必要になるな。それにしてもずいぶんと時間をかけて綺麗にしていたが、なにか味でもあったのか?」

「血の味がしました」

「当たり前だ。なんだそれだけか? そなた以外はこんなことを出来るものは他におらんというのに」

「これも私以外のものはしませんよね」

「また当然のことを。そんな凡庸なことを言いよって……つまらん奴だ」

 ヘイムが黙り、何かを待っている風に腕を組んだ。ジーナは少しだけ考え、声を発した。

「あの……ヘイム様の血の味がしました」

「フッ!」

 ヘイムは鼻で笑った。

「ハハッ足りない頭を絞ったらその程度の言葉が出てきたか。まぁそれぐらいだろうがな」

「私と同じ血の味がしました」

「なんだと?」

 笑い声は消え、不思議な声の響きが空気を震わせているとジーナには聞こえてきた。

「聞き捨てならぬ言葉が来たな」

 顔も声も不機嫌で攻撃的であるのに

「もう一度言ってみろ」

 どうしてか眼は柔らかな光を宿していた

「黙るでない。言えるものなら同じ言葉を妾に言ってみろ」

 衝動的にジーナはヘイムを喜ばせたくなり、思いつくまま言葉を贈った。

「ヘイム様の血は私の血と同じ味がしました」

 ヘイムが自分の右人差し指に微かに残った痕を、舐めた。

「血の味はもうせぬが、まぁなんとなくわかるであろう。早速調べることにするから、ほれ左人差し指を出せ」

「……なにをするのです?」

「そなたの血を調べるに決まっているだろうに。同じ方法を用いるのが最適だ。もたもたせずにちゃっちゃっと出すものを出せ」

 ジーナは自分の左人差し指の付け根を見ると、そこには噛み痕は残っておらず痛みすらなく、いまもしも噛まれたら果たして痛みは……

「口の中に指を入れるなとあなたは私に対して言っていましたが」

「勝手に入れるなと言ったのだ。人の話をよく聞け。歯の治療もあるだろうし絶対に入れさせないとは妾は言っとらんぞ。そなたの頭はその見た目通りに石しか詰まっとらんのか?」

 分かりました、とジーナは指を差し出すとヘイムは先ずは右手で引き取った。

「前以て言うが、もし違ったら、これはもう、ただでは、済まぬ、というか済まさぬぞ」

「どのようなことが起きようと覚悟しておきます」

「随分と自信ありげだな。あるいはそんなに指が噛まれるのが好きなのか?」

「好きなはずがない」

「そうか? やけに素直に出したではないか。これを他の誰かに言われたらそなたは出すのか」

「出すわけがないでしょ。あなただって……」

 何かに気付いたジーナは口を半開きのままそれ以上なにも言えずにいると、首を傾げていたヘイムがしばらくすると笑った。

「なんだその顔は、笑わせるでない。突発性の失語症か? あなただって、の続きは何だ? 妾が思うにこう言いたかったのではないか? あなただって他の男の指を噛んだりはしないでしょう、て。どうだ、当りだろ?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

処理中です...