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第二章 なぜ私ではないのか

邪魔をするというのか?

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 アルの一声によって隊員らは堰を切ったように次々と同じことを口にした。

「そんなことしないでくれ」「隊長は駄目だ他のものにやらせるべきだ」

 口々に出る言葉にジーナは呆然としながら聞き、勢いに負けないよう弾かれたように立ちあがり頭を振って大声をだした。

「なにをいっているんだお前らは。私でないとしたら誰がやるんだ。もうその時が迫っている
んだ。私でないのなら誰がそれをやるというのだ」

 その剣幕に隊員はたじろぐもすぐにまた前に出て来て口々に言い返してきた。

 どうして前に来るのだとジーナは慄き出した。こんなのは予想外だ。

「じゃあ、おっ俺が!」「俺が」「俺も」「俺に」「なんなら全員でいい」

「馬鹿か! 私一人でやる!」

 ジーナは叫ぶも喧騒をかき消す音とはならない。それどころか風が吹き燃え上がる炎のように周りから声が高まった。

「罪を一人で被ってはなりません」「そうだ!」「反対!」

 なんという見当はずれなことを! ジーナは怒りだす。龍を討つことが罪? そんなはずがない。

「これから行うことは罪ではない。何故なら私は信仰してはいないんだ」

「あなたがまだ自覚していないだけだ」

 どこかから声がした、その言葉にジーナは釘付けにされた。自覚とは、なんだ?

「自覚もなにも、そんなものは元からない。だから私は討ち手に任命されたのだ」

「違います。あなたは耐えられる人であると見込まれて、任命されたのです」

「耐えられるということは無事ではないということ」

「傷がつきそこから苦しみます」

 声が言葉が渦を巻き呑み込まれて行く感覚の中にジーナはいた。

 抗おうと手を振り足を動かそうとしても身体は浮き上がらず、息もできない。私をどこへ引きずりこもうとするのだ?

「隊長あなたは苦しんでいる。いまも、です」

 アルがそう言うとジーナは眼の前が赤く染まり、全身に痛みが走った。

 反射的に手を見ようとしたため、だからジーナは瞼を閉じ闇の中へと逃げ出した。

「嘘を、言うな」

 そうじゃない! といった声を構え待つも、そのような声は返ってこない。

 いまのは全て夢か妄想かも? 口に出していったかどうかすら不安になりジーナは瞼を開けると、無言の隊員達が立っていた。

「あなたはこれから偉くなる人だ」
「あんたの隊にいられたことは俺達の誇りだ」
「このまま上に行ってもらいたい」
「聞いたよ龍の近衛兵長になれるかもって。俺達みたいな集まりから……そんな凄いのが出るかもしれないのに」
「どうしてあなたがこのような罪をわざわざ被るのです」
「あなたはいつだってやめられたし、誰もそれを止められないぐらいに戦って来た」
「そして今回も……」

 迫りくる言葉の波のなかどうして自分は揺れているのかジーナには分からなかった。

 ここまでは何もかも予定通りでありその先だってもう決まっているのに。そう私は……罪の、いや

「龍の血を被ってこの地を去る……」
「だからそれは駄目だ!」

 呟きだというのに、言葉は捕えられ刺され掲げられる。

「だったら全員でやりましょう!」
「みんなで一斉に突き刺せば罪は分散される」
「これでいいのです隊長!」
「僕たちを最前線においてください」

 アルがまた近づきそう言うとジーナは答えも頷きもせずにそのまま椅子に座った。

「私はいつも自分のためだけに戦って来た」

「僕には、そうは見えませんでした」

「それはお前の眼が悪いからだ」

「僕は視力は悪いですが、見えるものはきちんと見えています。たしかに隊長の眼は良いのでしょうが、どこか少しずれている、と僕には見えます。そして今もです」

 違うと呟きながらまたジーナは瞼を閉じ、考える。

 隊とは、第二隊とは所詮は自分にとって目的のために利用していたもの。

 最前線の龍のもとへと行くための道具であり、それ以上のなにものでもなく、それ以外のものは求めてはいない。

 それは隊員だってそうであり、減刑志願者の寄せ集め集団でありここにいて戦えば戦うほど罪が許される。

 そんな存在であったのに、こんなことを言うとは……

「……ありがとう」

 思わぬ言葉に隊員達は驚きジーナも自分の声を疑った。どうしてこんな言葉が? だが止らなかった。

「この状況でその申し出に感謝する。私は確かに一人で早急に決めてしまったかもしれない。隊全体で行動するというのに異論は許さぬ態度は、悪かった。すまない」

 抵抗のための反響は無かった。隊員達は口を閉じ静かにジーナの声を聞いている。その言葉が決定事項のように部屋中に満ちていく。

「けれども全員でやるという案、それは却下する。みなが私のことを心配してくれる気持ちには感謝している。だがそれとこれからのこととは切り離しておこう。まず言っておくが龍は、とてつもなく強い」

 まるで実際戦ったことがあるかのように、とは部屋中の誰もそのようなことは考えなかった。

 龍とは無条件に偉大であることは考えなくても分かっていることであり、改めてそのことを認識させられる言葉を聞いたために全員の頭が痺れた。

 努めて考えようとしなかったことをこうして話され、思考が麻痺していく。

「私達は龍とこれから対峙し、戦う。向うの状態がどうであるのかは不明だが、座して討たれるような状態ではないことを前提に考えよう。龍と対峙するその時に私は不信仰であるためにそのまま剣を抜くことはできるが、みんなは躊躇いが生まれてしまうだろう。それは仕方のないことだが、命に係わることだ。おまけに龍には不思議に力がある。信徒の動きを封じたり操ったりする力や……致死的な毒をも有しているものもいる可能性がある」

 はっきりとあると言いたかったもののそこは踏み止まり同様に隊員らも当初の勢いは治まり、後方に体重が移りながらもそこで踏みとどまってはいた。ジーナはそこにもまた感謝の念を感じた。

「接近戦は奴の方が有利であり混戦は避けたい。だからみんな龍の間においては基本的に距離をとりそこからの援護を頼む」

 幾人かは小さく頷くのを見たジーナは結論へと向かう。

「この任務は万が一にも失敗は許されない。いまも戦う前線の各隊の仲間たちもその戦いは私達に最後の一手に繋げて託すために命を賭けている。私達は個人的感情を抜きにして任務を完遂させるための行動を取る以外は許されない。私の計画に問題があるのならもちろん改良すべきであり、現にいまいまみんなのおかげで疎漏が見つかった。意思の統一と討ち手の二番手の設定だ」

 ほぼ全ての隊員が無言で頷くのを見てジーナは自分の弱さを再確認した。こう言われなければ、分からなかったとは、と。

「意思の統一は今なされている最中だと思う。そして二番手の設定で完成するだろう。一番手はこの私という点は変わらない。客観的に龍と対峙し躊躇なく戦えるのは、私を置いて他にいない。それはそのまま討てる可能性が最も高いということだ。だが、高いというのは確実ではなくあくまで高いところであり、失敗する可能性もある」

 自分が失敗をしたら? 龍に返り討ちにされたら?

 考えもしないことであり、それよりもっと考えもしないこととは、そのまま後のことなど知ったことではないということであった。

 死はそのまま終わりであり他のものたちのことなどどうでも……とジーナはまた隊員達を見渡した。

 興奮と緊張で苦しげな表情の中にそこには確かに自分への労りと慈しみの色があった。

 必要などないのに、とジーナは首を振りたくなったがそこは堪えた。何のために? 自分を見つめる隊員たちの心に配慮しての。

 そんなのは必要ないというのに。互いに利用し合うだけの関係でいたかったのに、彼らはそれを許してはくれなくなった。

 自分への違う心を向けて来るのをジーナは内心で迷惑だと思った。自分は、そのような価値のある存在では、ないというのに……

 逆襲の末に討たれたのだとしたら彼らも生きては帰れまい。

 昔ならそれでいいと思っていた。自分の命以外など、ジーナの命以外のものへの興味は無かったというのに。

 いつからこうなってしまった? いつから……それは龍の館へ向かう道の途中で……

「ブリアン、いいな」

 小声であったのに聞こえたのか椅子を引く音が聞こえた。遠くにいることは分かっていた。この時まで座っていることも。

 こちらの話を一切聞かない振りをして、誰よりも聞いていることを。そうであるが知らない振りをすることもジーナには分かっていた。

 立ち上がり向かってくるその音を聞きながらあの日以来これとは口を利いていないとジーナは思い出した。

 そのことは自分は気にはしていないがあちらはしているのだろうなとそのブリアンの瞳を見て理解した。

 この男は怒りと軽蔑で以ってこちらに相対峙していると。数秒の沈黙の後、ブリアンは笑った。その下卑た嘲笑、に見せようとしている笑み。

「俺はね近衛兵になりたいんだ。そのために龍をこの手でぶっ倒していいのなら俺は命懸けでやるぜ。そうすりゃ確実に俺はそれになれる。栄光はすぐに手に入る。そうなのにあんたはそんなものには興味ないような顔をしていやがる。だからあんたにその地位は、渡したくねぇな」

 ブリアンは睨みつけてくるなかをジーナは視線を外さずに立ち上がり一歩前に出る。

「私は近衛兵になる気は毛頭もない。なりたいのなら私が龍の側近達に掛け合うが」

「あんたに協力は頼まない。俺は自分の手で手柄を立ててその地位に就く。二番手だとはいうが龍の前に立ったら一番手も二番手も関係なく、やらせてもらうからな」

 見開くブリアンの瞳には怯えの色はあるものの覚悟の色といった光を放っているのを見たジーナはまたブリアンに怒りを覚えた。

「龍を討つのは、俺だ」
「邪魔をするというのか?」
「そういうことになるな」

 気圧されるのを耐えるようにブリアンは顔を前に出してきたためジーナは自分の瞳が金色になりそうなのを感じていると、二人の間が裂かれノイスが割って入ってきた。

「邪魔にはなりませんよ隊長。ブリアンはあなたを支援し任務遂行に役立ちます。いつも通りに。ですが隊長の頭の中はいつも通りでは、ないですね」

 振り返るノイスは心を読むかのような、すべて分かっているかのようなそんな表情をしながらジーナとみんなに語りだす。

「隊長が隊員らの身の安全に心を砕かれることに対し俺達はいつも感謝しています。今回は任務も任務なので隊長の苦悩も理解はできます。ですがこれはこれが第二隊の最後の任務あり使命です。これを終えた時、俺達は各々の国に元の世界に戻り帰れる」

 そうだ帰れる、とジーナは思いそして隊員らも一斉に頭にそのことを思い浮かべた。

「架せられた罪は浄化され新しい世界へと清い身となって帰るのです。その目的を達成する為には私情を排し万全を期して一丸となって事に当たりましょう。一人でやるとかではなくて、です。だからブリアンも突っ張らないで協力すると言え」

「……分かったよ。最低限の協力はする、だがあんたが駄目だと分かったら俺は遠慮はしないぜ。これも任務遂行のために必要なことだ」

 おかしな仕掛けだなとジーナはブリアンの声色で理解した。こうでもしなければならないこととはなんだろう?

 そこまでして私を一人にして戦わせたくない意図とその心とは?

「お前の言うようにはならないとは思うがな」
「どうかな?」

 ふざけているようでいてその時の眼は真剣なものであり、ブリアンや彼らは私のいったい何を疑っているのか?

 ジーナは龍を討てないとでも思っているのか?

「まぁまぁお二人。では危機は去ったということで隊長、最後にみんなに気合いを入れてやってください」

 視線が一斉にジーナを向いた。

「気合いというか、命令を出そうか。第二隊のみんな。私は任務を完遂させこのままみんなと共に龍の間から生還したい。それは困難であるだろうが私はそうするよう努めるからみんなもそうなるよう努めてくれ。完全なる任務遂行を望む。私の命令として以上だ。約束の時を待とう」

「はい!」

 男達の一つのまとまった声が発せられるとテントの幕が開いた。

「おぉ団結式ですか……見事ですね。良い声だ。まるで一つの声のようで。これがあの懲罰隊であったというのが信じられないぐらいです。よくぞここまで育ち完成したものですね」

 正装に身を固めたルーゲンが現れると場の空気は一変した。

 導き手である案内人が来る、ということはつまりそれは。

「第二隊の諸君。戦況ですが先ほど第一隊が正面突破を果たし、後続の各隊が重要拠点を制圧しだしました。激戦の嵐はもうじきある程度はおさまり道が開けます。海が開くように、です」

 聞きながらジーナは一歩足を前に出した。誰より先に足を出し前に出る。

「龍の間への道が開き出しております。討つべき偽龍のもとへと案内いたしましょう。共に戦いましょう、これが最後の戦いです」

 ジーナがもう一つ歩き出すと隊員らもあとに続き足を出した。

 入り口に入り込む強い日差しを浴び眩しさに視界が消えるその瞬きのなかでジーナはルーゲンの言葉が繰り返された。

『これが最後の戦いです』

本当に? ジーナはその言葉を口の中で転がし、飲み込む。濁りが身体中に広がった。
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