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第二章 なぜ私ではないのか
あなたは龍を討ってはならない
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ルーゲンは即答した。考える必要はないのだろう。
「いまのところ0ですね。これは最前線にいつも立つ君が一番実感していることではないでしょうか?」
そうだ自分はそのような現象を見も受けてもいない。その理由も自分にははっきりとわかる、とジーナは自らに言い聞かせる。
それはあちらが毒龍であるからだ。あんな毒龍なんぞにそのような力があるはずもない。
奇跡の一つも起こせずに劣勢そのままの中央にこそあの毒龍がいる。
そして自分はそれを討ちに行く、完璧だ、これ以上になく完全に仕上がっている。
「虐殺の原因はあちらでは龍の血族が叛逆を目論んだからだと主張していますが、大嘘です。こちらは公式としては理由は発狂説をとりますが、とある秘密なお話がありましてね。これは皇子の側近をなされていたマイラ卿からのお話によれば、皇子は龍化に失敗なさった疑惑があるとのことです。その際に無理をなさり身体を損なってしまったとも」
身体を損なった? とジーナが言葉を漏らすとルーゲンが妙な顔をした。それから今まで閉じ込めてきた疑問を放つ。
「あのルーゲン師。龍と一体化すると身体に支障は出たりしますか」
「……出ますが、なんですかその疑問は」
「えっ? いや、その私は無知なものでして」
「……むぅ? 変ですねジーナ君。だって龍身様のお身体はそれそのものではないですか」
「あっ……あれはもともとのものだと思っておりまして。それについてあれこれ聞くのも問題かなと察したものでして」
言うとルーゲンが軽くむせた。それによってジーナは安堵した。
「失礼。君にそのような気配りがあるとは、詰問っぽくしてしまってすまない。これは初歩中の初歩で以前お話したけれど、君は忘れたかあるいは聞いていなかったかのどちらなのでしょう。おさらいしますとこれは龍痕と呼ばれるものです。それは痣や傷に欠損と様々な形となって継承者の身体に現れるのです」
ジーナは無意識に自分の左頬に手を当てていた。他人のものと思えるぐらいに、その頬には熱がこもっていた。どうして熱くなるのだ?
「それは特定の部位に現れるものではないのですか?」
「いいえランダムです。それは龍の御意思による意味が深いものである以上我々人間ごときには理解の及ぶ領域ではございません。前龍は左手の欠損と掌の痣でしたね。そこである理由はもちろんわかりませんが、こちらとしましても神聖なる龍痕を仔細に眺めて研究するということは、さすがに困難ですからね。その甲斐あってと言うのもなんですか龍痕とはなにかは、龍祖以来謎であり続ける暗黒の森状態なのです」
龍が負った傷が人に身体に反映する……こう漠然と思っていたジーナはまたひとつルーゲンからの光が強まるのを感じた。
それがランダムだとしたら、因果関係のないものだとしたら、あれは全て自分の思い込みによるものだとしたら、どれほどに。
だがジーナはヘイムの左眼と指に脚を、思い出した。同時にあの夜も。
「ヘイム様の龍痕とは、欠けた左眼に左手指と歪んだ脚……これらが」
誰に言うともないうわ言をジーナがあげるとルーゲンはまた黙ってそれを見ていた。
不可解な表情のもと沈黙するジーナをルーゲンは思案気な顔で見続けやがて微笑み、頬を撫でるような声で言った。
「龍身様のことですが、実のところそこは不明なのです」
「不明って、あんなにはっきり出ているじゃないですか」
「これはあくまで僕の意見ですが、ソグの皇女が龍身となられたあの日々はあまりにも色々な出来事が多すぎました。我々はいち早くソグを出発し中央を目指しました。末席とはいえ到着が最後ではみっともないというのが一致した意見のために、中々無理をした行軍を致しましたが、ご存じのようにシアフィルの草原付近でソグの皇女が発症いたしまして倒れてしまったのです。砦に運ばれ懸命の治療が続けられましたが、高熱は下がらず死線を彷徨うという状況。公式的にはあれは龍の警告であったと解釈されます。あのまま中央に到着していたら間違いなく他の血族の方々と同じ運命を辿ったでしょう」
その当人であるヘイムからはこのいつも繰り返される話は何故かあまり聞かないなとジーナはいつも思っていた。
「しかし中央の追手を振り切るソグへの撤退作戦は皇女が未だ発症中のなかで行われたために適切な治療が受けられず、熱によって身体の各器官や神経を損傷または破壊されてしまったという可能性も否定できません。捕まるあるいは死ぬこと以外はかすり傷というぐらいの難行でした。そのうちに熱が収まりだしますと現在の龍身様の御姿になられておりました。龍痕は通常なら一つであり二つでありましたがそれ以上ともなるとかなり稀でございましょう」
「するとどれかが高熱と撤退中にできた傷による可能性はあるということで」
「あります。ただし僕らにはそれを判断する材料がありません」
慰撫するような声は頬からやがてこめかみに登ってきながらジーナは自然と顔をあげるとルーゲンの顔が上にあった。
「あの、ジーナ君は龍を討ちたくはないのですか?」
ジーナはその言葉に対して怒りよりも悲しみが勝った。
「私をそのようなものと、見なすのですか?」
「そう見たくはない。だけどさっきからの君の言葉を聞くと迷いが生じている。君の迷いに共鳴しているかのようにね。君を今回の任務に推薦したのはこの僕だ。もしも迷いがあるというのなら別の人に」
「本当のところはそう思ってはいませんよね?」
被せるように言うと真顔であったルーゲンの表情が微笑みに花開いた。
「少し強めに言って煽ろうとしたけれどそのような心配はいりませんね。今の君の眼は、元に戻った。噂に聞く金色とは、それかな」
「へっそんな」
「ハハッすまない今のは冗談だ。光ってなどいないよ。それにしても今の君の説をとるとしたら物語としては完璧ですね。出来るのならばそのような説を流布させても良いかもしれません。人心も安定することでしょうしね。過去の龍と龍との争いも分裂だとの公式発表でしたが、今回もそれにしてしまったら二番煎じの感は否めません。もしも民衆がそこに疑惑を覚えでもしたら一大事でしょう。それにジーナ君」
呼びかける声はいつものルーゲンの声であった。柔らかく優し気かつ人を引き付けるその声。
あたりの声どころか音さえも消し去ってその声だけ耳に届くかのような清涼なその声に、ジーナは濁りを感じた。
「その時が訪れたとしたらそこには君と僕がその場にいることになりましょう。ほとんど僕たちだけということになる。そうすればどのような状況であり、どうであったかは僕たちしか知りえませんし」
その言葉は意味深なものでもなければ仄めかしたものではなかった。ジーナにはその意味は分かっている。
そこには逆らいようが、ない。結果がいかようでも、ただやるしかないのだから。
「……龍はいちはやく朽ち、消えてしまう」
「よく覚えておりましたね。超自然的な存在はそのようにして消えるのでしょう。骨は時間が少しかかりますが風化は他のよりかは圧倒的に早く塵になるのです。それはとても都合のよいことですが、ねぇジーナ君。そういうことを出来るという戦士は僕の知る限りでは君だけだ。この件は他の誰でもなく君でなければならないのだよ」
濁った声は徐々に暗黒をまといジーナは反射的に瞼を閉じ闇へと入っていき想像をした。自分が龍を討つ場面を。
あの闇夜の月に照らされた時と同じ紫の皮膚をした毒龍が中央に鎮座している。自分は、ジーナはそれに対し剣を抜き……だが思えば思うほどにその先のイメージが浮かばず闇が広がっていき、近づくために歩きまたは走ってもその先には辿り着けなかった。
呼吸を止めて気配を探るなか、中央にいるのが自分の知る何かであるかもという気持ちがどうしてかジーナは覚えた。
毒龍であると考えるからいないとしたら、そこにいるのは……すると闇が晴れはじめ光が瞼の裏で輝こうとしたところ、ジーナは瞼を思いっきり開けその光を見ないようにした。見てはならない。
「そうですよルーゲン師。この私でなければならないのです。そのために私はこの東の中央に来たのです」
「君には心から期待しておりますよ砂漠を越えた西の戦士よ。偽龍の力によって迷いが生じるかもしれませんが、僕が傍にいる限りご安心。僕がその葛藤を解き、君を自由にしてあげますから」
言いながらルーゲンは左手を前に出してきた。師は左利きではなかったようなと思いながらジーナは左手で握手をし、言った。
「どうか私をお導き下さいルーゲン師」
「君は迷子になるタイプでしょう。僕には分かりますよ。昔からよくソグ寺院の迷子番を務めていましたからね」
その掌からは生温い湿度をジーナは感じ、それからルーゲンは天幕から出た。
「隊長ちょっといいですか?」
呼びかける声に目覚め半ば眠りながら記憶を確認していたジーナは周りに隊員が集まっていることに気付き顔をあげ、その緊張した面持ちで出発かと思いきや、そうではないと次の言葉で分かった。
「御再考を願います。二番手を設定すべきです」
それか、とジーナはノイスとアルの緊迫した表情を見ながら思った。
一番手、二番手とバルツ将軍に参謀及び隊員らはその言い方をするがそれは龍の討手の言い換えであり、それだけでジーナにとっては論外だった。ルーゲン師のようにきちんと龍を討つと言明しないものなど、信頼できない。
「指示は出た筈だ。二番手は設けずに一番手だけでいく。そのためにみなのフォローが必要だ。そこを隊全体で頼むと」
これがよく、それでいいのだ、この隊の存在理由も自分が隊長になったのも全てはその為であったと、ジーナは改めて自分の計画が順調に進んでいることに満足感を覚えていた。
龍を討つためには最前線に配置されその頭とならなければならない。たまにジーナは内心で苦笑いをする。
自分がやっていることは故郷の村の構成の真似事だと。龍を討つものとその援護役と。
だからそれ以上のことを望んでもなく隊員たちもこう言えば下がると思っていたのに、彼らはその場から動かなかった。
みな一様に緊迫した面持ちを維持している。いったいどうしてこのような表情を? と聞き掛けようとするとアルが一歩前に出た。
誰よりも背の小さい彼が突然大きく見えた。
「あのですね隊長。みんなは隊長にそんなことをして欲しくないんです。そんなこと、というのは龍を討つということです」
「いまのところ0ですね。これは最前線にいつも立つ君が一番実感していることではないでしょうか?」
そうだ自分はそのような現象を見も受けてもいない。その理由も自分にははっきりとわかる、とジーナは自らに言い聞かせる。
それはあちらが毒龍であるからだ。あんな毒龍なんぞにそのような力があるはずもない。
奇跡の一つも起こせずに劣勢そのままの中央にこそあの毒龍がいる。
そして自分はそれを討ちに行く、完璧だ、これ以上になく完全に仕上がっている。
「虐殺の原因はあちらでは龍の血族が叛逆を目論んだからだと主張していますが、大嘘です。こちらは公式としては理由は発狂説をとりますが、とある秘密なお話がありましてね。これは皇子の側近をなされていたマイラ卿からのお話によれば、皇子は龍化に失敗なさった疑惑があるとのことです。その際に無理をなさり身体を損なってしまったとも」
身体を損なった? とジーナが言葉を漏らすとルーゲンが妙な顔をした。それから今まで閉じ込めてきた疑問を放つ。
「あのルーゲン師。龍と一体化すると身体に支障は出たりしますか」
「……出ますが、なんですかその疑問は」
「えっ? いや、その私は無知なものでして」
「……むぅ? 変ですねジーナ君。だって龍身様のお身体はそれそのものではないですか」
「あっ……あれはもともとのものだと思っておりまして。それについてあれこれ聞くのも問題かなと察したものでして」
言うとルーゲンが軽くむせた。それによってジーナは安堵した。
「失礼。君にそのような気配りがあるとは、詰問っぽくしてしまってすまない。これは初歩中の初歩で以前お話したけれど、君は忘れたかあるいは聞いていなかったかのどちらなのでしょう。おさらいしますとこれは龍痕と呼ばれるものです。それは痣や傷に欠損と様々な形となって継承者の身体に現れるのです」
ジーナは無意識に自分の左頬に手を当てていた。他人のものと思えるぐらいに、その頬には熱がこもっていた。どうして熱くなるのだ?
「それは特定の部位に現れるものではないのですか?」
「いいえランダムです。それは龍の御意思による意味が深いものである以上我々人間ごときには理解の及ぶ領域ではございません。前龍は左手の欠損と掌の痣でしたね。そこである理由はもちろんわかりませんが、こちらとしましても神聖なる龍痕を仔細に眺めて研究するということは、さすがに困難ですからね。その甲斐あってと言うのもなんですか龍痕とはなにかは、龍祖以来謎であり続ける暗黒の森状態なのです」
龍が負った傷が人に身体に反映する……こう漠然と思っていたジーナはまたひとつルーゲンからの光が強まるのを感じた。
それがランダムだとしたら、因果関係のないものだとしたら、あれは全て自分の思い込みによるものだとしたら、どれほどに。
だがジーナはヘイムの左眼と指に脚を、思い出した。同時にあの夜も。
「ヘイム様の龍痕とは、欠けた左眼に左手指と歪んだ脚……これらが」
誰に言うともないうわ言をジーナがあげるとルーゲンはまた黙ってそれを見ていた。
不可解な表情のもと沈黙するジーナをルーゲンは思案気な顔で見続けやがて微笑み、頬を撫でるような声で言った。
「龍身様のことですが、実のところそこは不明なのです」
「不明って、あんなにはっきり出ているじゃないですか」
「これはあくまで僕の意見ですが、ソグの皇女が龍身となられたあの日々はあまりにも色々な出来事が多すぎました。我々はいち早くソグを出発し中央を目指しました。末席とはいえ到着が最後ではみっともないというのが一致した意見のために、中々無理をした行軍を致しましたが、ご存じのようにシアフィルの草原付近でソグの皇女が発症いたしまして倒れてしまったのです。砦に運ばれ懸命の治療が続けられましたが、高熱は下がらず死線を彷徨うという状況。公式的にはあれは龍の警告であったと解釈されます。あのまま中央に到着していたら間違いなく他の血族の方々と同じ運命を辿ったでしょう」
その当人であるヘイムからはこのいつも繰り返される話は何故かあまり聞かないなとジーナはいつも思っていた。
「しかし中央の追手を振り切るソグへの撤退作戦は皇女が未だ発症中のなかで行われたために適切な治療が受けられず、熱によって身体の各器官や神経を損傷または破壊されてしまったという可能性も否定できません。捕まるあるいは死ぬこと以外はかすり傷というぐらいの難行でした。そのうちに熱が収まりだしますと現在の龍身様の御姿になられておりました。龍痕は通常なら一つであり二つでありましたがそれ以上ともなるとかなり稀でございましょう」
「するとどれかが高熱と撤退中にできた傷による可能性はあるということで」
「あります。ただし僕らにはそれを判断する材料がありません」
慰撫するような声は頬からやがてこめかみに登ってきながらジーナは自然と顔をあげるとルーゲンの顔が上にあった。
「あの、ジーナ君は龍を討ちたくはないのですか?」
ジーナはその言葉に対して怒りよりも悲しみが勝った。
「私をそのようなものと、見なすのですか?」
「そう見たくはない。だけどさっきからの君の言葉を聞くと迷いが生じている。君の迷いに共鳴しているかのようにね。君を今回の任務に推薦したのはこの僕だ。もしも迷いがあるというのなら別の人に」
「本当のところはそう思ってはいませんよね?」
被せるように言うと真顔であったルーゲンの表情が微笑みに花開いた。
「少し強めに言って煽ろうとしたけれどそのような心配はいりませんね。今の君の眼は、元に戻った。噂に聞く金色とは、それかな」
「へっそんな」
「ハハッすまない今のは冗談だ。光ってなどいないよ。それにしても今の君の説をとるとしたら物語としては完璧ですね。出来るのならばそのような説を流布させても良いかもしれません。人心も安定することでしょうしね。過去の龍と龍との争いも分裂だとの公式発表でしたが、今回もそれにしてしまったら二番煎じの感は否めません。もしも民衆がそこに疑惑を覚えでもしたら一大事でしょう。それにジーナ君」
呼びかける声はいつものルーゲンの声であった。柔らかく優し気かつ人を引き付けるその声。
あたりの声どころか音さえも消し去ってその声だけ耳に届くかのような清涼なその声に、ジーナは濁りを感じた。
「その時が訪れたとしたらそこには君と僕がその場にいることになりましょう。ほとんど僕たちだけということになる。そうすればどのような状況であり、どうであったかは僕たちしか知りえませんし」
その言葉は意味深なものでもなければ仄めかしたものではなかった。ジーナにはその意味は分かっている。
そこには逆らいようが、ない。結果がいかようでも、ただやるしかないのだから。
「……龍はいちはやく朽ち、消えてしまう」
「よく覚えておりましたね。超自然的な存在はそのようにして消えるのでしょう。骨は時間が少しかかりますが風化は他のよりかは圧倒的に早く塵になるのです。それはとても都合のよいことですが、ねぇジーナ君。そういうことを出来るという戦士は僕の知る限りでは君だけだ。この件は他の誰でもなく君でなければならないのだよ」
濁った声は徐々に暗黒をまといジーナは反射的に瞼を閉じ闇へと入っていき想像をした。自分が龍を討つ場面を。
あの闇夜の月に照らされた時と同じ紫の皮膚をした毒龍が中央に鎮座している。自分は、ジーナはそれに対し剣を抜き……だが思えば思うほどにその先のイメージが浮かばず闇が広がっていき、近づくために歩きまたは走ってもその先には辿り着けなかった。
呼吸を止めて気配を探るなか、中央にいるのが自分の知る何かであるかもという気持ちがどうしてかジーナは覚えた。
毒龍であると考えるからいないとしたら、そこにいるのは……すると闇が晴れはじめ光が瞼の裏で輝こうとしたところ、ジーナは瞼を思いっきり開けその光を見ないようにした。見てはならない。
「そうですよルーゲン師。この私でなければならないのです。そのために私はこの東の中央に来たのです」
「君には心から期待しておりますよ砂漠を越えた西の戦士よ。偽龍の力によって迷いが生じるかもしれませんが、僕が傍にいる限りご安心。僕がその葛藤を解き、君を自由にしてあげますから」
言いながらルーゲンは左手を前に出してきた。師は左利きではなかったようなと思いながらジーナは左手で握手をし、言った。
「どうか私をお導き下さいルーゲン師」
「君は迷子になるタイプでしょう。僕には分かりますよ。昔からよくソグ寺院の迷子番を務めていましたからね」
その掌からは生温い湿度をジーナは感じ、それからルーゲンは天幕から出た。
「隊長ちょっといいですか?」
呼びかける声に目覚め半ば眠りながら記憶を確認していたジーナは周りに隊員が集まっていることに気付き顔をあげ、その緊張した面持ちで出発かと思いきや、そうではないと次の言葉で分かった。
「御再考を願います。二番手を設定すべきです」
それか、とジーナはノイスとアルの緊迫した表情を見ながら思った。
一番手、二番手とバルツ将軍に参謀及び隊員らはその言い方をするがそれは龍の討手の言い換えであり、それだけでジーナにとっては論外だった。ルーゲン師のようにきちんと龍を討つと言明しないものなど、信頼できない。
「指示は出た筈だ。二番手は設けずに一番手だけでいく。そのためにみなのフォローが必要だ。そこを隊全体で頼むと」
これがよく、それでいいのだ、この隊の存在理由も自分が隊長になったのも全てはその為であったと、ジーナは改めて自分の計画が順調に進んでいることに満足感を覚えていた。
龍を討つためには最前線に配置されその頭とならなければならない。たまにジーナは内心で苦笑いをする。
自分がやっていることは故郷の村の構成の真似事だと。龍を討つものとその援護役と。
だからそれ以上のことを望んでもなく隊員たちもこう言えば下がると思っていたのに、彼らはその場から動かなかった。
みな一様に緊迫した面持ちを維持している。いったいどうしてこのような表情を? と聞き掛けようとするとアルが一歩前に出た。
誰よりも背の小さい彼が突然大きく見えた。
「あのですね隊長。みんなは隊長にそんなことをして欲しくないんです。そんなこと、というのは龍を討つということです」
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