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第一章 なぜ私であるのか

龍身様に会いに行く

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 ジーナは区切りを告げるように息を大きくついた。

 最前線からアルと共にソグに戻り兵舎に籠り確認し続けていた戦功報告書のまとめがようやく終わりこれを巻き始めると、ようやくか、と口からぶつくさ言う声が聞こえていた。

 報告書を箱の中に納めると、最近は精神の動きや流れが激しくなっているとジーナには感じられた。動揺し続けている。

 雪山の戦いの後遺症か? と考えるも今までそういったことはなく、またあの戦いではこちらのダメージは痛みと心理面でも特に無かった。

 隊員の遺骸もすべて回収しこのように各々、戦功を調査し、遺族に報償が届くように手配しようとしている。彼らも納得してくれるだろう。

 それなのにいったい何でもってここまで妙な心持ちになるのか? 戦いが久しぶりだったからか? そうだ。著しい緊張と極端な興奮をしたからか? そうだろう。では、とジーナは自ら改まった。金色の力を発動させたからか? そうだろう。いつもよりも強くあの力を使ったために私は……そう思うも我ながら納得はできるはずが無かった。

 馬鹿を言うな、私はジーナだ。印によるあの力を使うことに、何の動揺がある。繰り返す、ここにいる、この存在するものは

「私はジーナだ」
「あたしゃキルシュだよ」

 突然背中から声がしたので椅子から滑り落ちながら後ろを振り返るとそこにはそのまんまキルシュがいた。

「隊長、あの大丈夫? そんなの分かってるって。あんたはジーナ隊長だってあたしどころか誰でもわかっているし、声を掛けると自己紹介されたらあたしだって自己紹介するさ。変だけど付き合ったのに、なんでそんなに驚くんだい?」

「そこはさておきあのなキルシュ、分かっていると思うけどこの報告書を作成している時は関係者との接触を禁じられているんだ。特に私は東の地の字が不得意という点もある。アルに手伝ってもらってようやく出来あがったぐらいだ。この状況でキルシュと私がこうして会話をしているのもな」

「封はもうしっかりとされているから大丈夫だと思うな。ご安心を隊長、あたしはきちんと終わったのを見届けてからこうしてお部屋に入りましたから。ほらアルの退室と入れ替えでさ」

 えっどこからどうやって見ていたのか?

 とジーナは寒気に襲われるが、キルシュの輝く瞳を見るとそれは勘だと自分に言い聞かせながら、敢えて聞かずにいた。

「まぁいいや。そのなブリアンのことを知りたいのだろうけど、今回も安心していいよ。彼はまた戦功は立てたからまた一段階の減刑となったよ」

 期待していた通りの答えにキルシュは欣喜雀躍とし感謝の言葉を連呼した。

「いやお礼はいらない。これは私のおかげじゃなくて彼の」

「いえいえ隊長のおかげですって。あなたがきちんとした采配をとってブリアンを活躍させて下さるから、こうやって戦功を立て、そして自由へと向かっているわけさ」

 言葉に声に態度が大げさであるものの、そこには事実があり希望があり、未来があった。

 ジーナは黙って報告書が入った箱を取り上げキルシュの前に出した。

「これをバルツ様のところに持っていくが一緒に届け先まで来てくれないか」

「いいんですかあたしなんかが」

 尋ねながらも既に手を差し伸べやる気満々なキルシュが声をあげた。

「正直そうしてもらえると助かる。私には荷が重いんだ。作成で疲れてしまってな。それなら希望を抱いてありがたく持ってくれるもののほうが、報告書も喜ぶだろうに」

 そうですか、とキルシュは箱を持ち恍惚とした表情となった。なんと軽そうだと、ジーナは驚く。

「なんだか良い心地さ。でもさ隊長、あんたはさ責任を背負い過ぎなんだよ。気を軽くすればいいんだ。別に誰もあんたのことを悪いようにはしないんだからさ」

 キルシュの勧めにジーナは首を振りながら立ち上がった。

「責任が無くなったら私じゃなくなる。私とはそういう存在なんだよ」

 部屋を出て廊下を歩くキルシュは恭しく箱を胸に押し抱き、宝箱のように大切にしているようだった。

「この調子で減刑しつづければいつかは無罪放免となり晴れて自由の身だな」

「はい。それこそ最悪の死刑から始まっているから、ここまでくる時点で感無量さ。戦争が終わるまでにどうか全ての罪が消えていくことを、あたしは毎朝祈っているわけで。戦えば戦うほど赦され解放されていく感覚の中にあたし達はいるんだよ」

 思わずジーナは立ち止まりキルシュを見おろした。そこにいるのは一つの自らの崇高さのなかにいるものが持てる自信に満ちた表情であり、ジーナは初めてキルシュの美しさを見つけた時であった。

「羨ましいな」

 輝きに魅せられたジーナは無意識に誤って、本心を吐く。

「そんなこといったら、隊長だってそうじゃない。戦功を立てれば立てるほど、自由になるんでしょ?」

「戦えば戦うほど、私は……」

 ジーナの足は動き出した、考えるのをやめるように、それ以上おかしなことを言わないために、声が聞こえる。そう思ってはならないのだ、と。

「そうだよキルシュ。私は戦功を立てれば立てるほど目的に近づいているんだ。もっともブリアンのとはベクトルが違うがね」

「当たり前だよ隊長。あんたさんとブリアンは全然に違うよ。それは隊長が悪いってわけじゃないよ。そういうのとは違うよ。あたしは別に隊長のことを嫌っても軽んじてもないからね。ブリアンはまぁあたしがいないと命の危険があるって思っているから、こうして世話を開いているわけでさ」

 なにを言いたいのかよく分からないままキルシュのだらだらした長話を聞いていると、途中で声の質が変わったように聞こえた。

「あっそうだ思い出したけどハイネがあとで前線から帰ってくるからね」

「ハイネさんが帰って来るのか。それで?」

 それでってとキルシュは口ごもり何度か見上げてから伺うように言った。

「あの、ハイネが怒っていたから会ってすぐに謝った方が良いと思うさ。ほら一番乗りの件で」

「あれのことか。たしかに嘘をついてしまったからな。すごく怒ってた?」

「怒り心頭ですよ。隊長がさ、後ろの方にいるよと伝えていたから、あの子はそれを信じていたんだけど、その後の報告で二番隊の戦いが最激戦で戦傷者多数なうえに隊長が一番乗りとあって、相当に来ちゃいましてね」

「生きていたから、いいということには」

「ならないと思うなぁ」

 ジーナは深刻そうな声に対してキルシュの声は楽天極まりない響きであった。

「怒られても仕方がないが、でもハイネさんは怒りっぽいから困るな」

「あんた様にはよく怒りますね」

「よくよく嫌われているわけだ」

「ゲホッゲホッ」

 キルシュが変なむせ方をし苦しいのか笑っているのかよく分からない震えた声を出した。

「とりあえず、ね。いまあの子は隊長が生きていて嬉しいのと、嘘をつかれて悔しいの複雑な感情で苦しんでいるわけでして、余計に怒りっぽくなっているわけさ。ですからあとで会いましたら、心配かけさせて悪かったと混乱をほぐすように優しく抱きしめるんですって。迷わずにですよ。これが例えばブリアンがそんな感じでギュッとしてくれたら、これに免じて今回だけは永遠に許す、絶対に許してやるってあたしは言うさ」

 キルシュの息が荒くなっている。なんで私があんな二人の真似をしないといけないのか、とジーナは心の中で思った。お前たちは結婚をしていないだけの夫婦だろうに。

「いや、私達はブリアンとキルシュの関係とは全然違うから、そんなことをするのも」

「そんなの関係ないって。兎にも角にもこれは隊長が招いた事態なんですから隊長が摘み取らないといけないさ。ほら隊長って責任を背負うのが大好きって言っていたじゃん」

「都合の良い時にそれを持ち出して。まぁ分かった出来る限り余計なことは言わずに謝ってことを穏便に済ませることにするよ」

「そう余計なことを言わないって大事大事、でもなぁ隊長って余計なことしか言わないから無理だろうな。あとそうそう龍身様もお呼びになっていましたよ。報告書を提出し終わったら、来るようにと、公務に復帰ってわけだね」

「ああそれは分かっている。もちろん、龍の館に行き私は……」

 ジーナは一度瞼閉じ、今一度自らに言葉を掛ける。そう思ってはいけない、そしてそう思わなければならない。声が、大きくなっていく。闇の中に響き渡るあの声……ジーナであるための、声。

 君はその名を呼んではならない

「龍身様に会いに行く」

 瞼の中の闇は金色の光によって照らし出された。
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